三島さんが死んだ。あの日僕が雷に撃たれるはずだったのに。 作:斉藤悠
『敵は?』
『誰もいない』
布張りのレセプションチェアが規則正しく並べられている空間。生前来たときはこんなにも広くて白かっただろうか、と思ったが、すぐに誰もいないからだと悟った。
『場所を変えよう。時間ないんだろ』
『ここは僕が向き合わなきゃいけない場所の一つなんだ。なにか、手がかりがあるはず』
白と紫の花に囲まれた遺影の中で、三島さんは微笑みを湛えている。遺影に近づいていき、その下に目を向ける。あの日は向き合えなかった、白い左前の死装束につつまれて棺桶の中で眠っている三島さん。改めて手を合わせようとして、なめらかで柔らかそうな頬に花柄の絆創膏が貼られていることに気づく。
『一応確認だけど、ミシマって肋骨だったんだよな』
『そうだよ』
何かをためらうようなライの筆跡は、僕の悪い予感を言い当てた。
『いや、そういやお前から、骨になったって報告、聞いてなかったな……って』
『……ごめん』
あのあと僕は、三島さんが目の前であの日みたいに死んだショックでむちゃくちゃになっていた。ライと言い争って、ずっと三島さん自身から目を背けていて、そのあとちゃんと肋骨になったかなんてろくに確認してなかったんだ。最悪だった。とにかく、もう一度廊下に出ようとしたとき、がさり、と音がした。
「斉藤くん」
今、一番聞きたくないと思っていた声が僕を呼び留めた。振り向きたくない……けど、もう目を逸らさないんだ。僕は羽根ペンに状況を書き込ませながら振り返った。
「図書室、ぶりだね」
棺桶の中から立ち上がり、嬉しさを噛みしめるように笑う三島さん。
「これ、みて。絆創膏。これ貼ると、傷が治るんだ。図書室で雷に撃たれて、ダメもとで貼ったらそのあと気を失っちゃって。目が覚めたらいつの間にかこの棺に収まってたんだ」
図書室で僕が取り乱してなければ。警察が来る前に絆創膏を貼った三島さんに気づけたのに。後悔を書き連ねると、ライが僕の筆跡を遮るようにセリフを書き込んだ。
『後悔したって状況は好転しねえよ。今度こそ、ミシマと向き合うんだろ』
ライには見えやしないのに、僕はノートに頷いていた。三島さんは愛おしそうに微笑むと、棺桶の中から——僕のスーベニアと全く同じノートを取り出した。
「なんでッ、それ、三島さんが、」
「棺の中にあったの」
ぱらぱらとノートを捲ってから、三島さんはうさぎの付箋を剥がして取ると、宙に投げた。付箋は銀色に光る羽根ペンとなって、三島さんの手の中に滑り込んだ。
「書けって、言われてるんだと思う。初めてだからうまく書けるかは分かんないけど」
三島さんはスラスラとノートに書き込み始めた。棺の前に、ぼやけた何かが現れる。合金の軽装鎧に片手剣。雷光のような金髪。スカイブルーの瞳。鎧が開いている脇下から、赤黒い肋骨が覗いている。
「お前が——俺の運命をむちゃくちゃにしてた奴だな」
「ら、ライ……!?」
僕がイメージしていた通りの——いや、それ以上に具体化され細かい装飾や小道具を身につけた姿で、目の前にいるもう一人のライは剣を構えた。
『還ってなかったミシマと、もう一人の俺で——きっちり肋骨十二本ってことかよ。ほんっと性格のいい試練だぜ』
僕のノートの中のライも、同じように剣を構えたようだ。
「ほら、かかって来いよ。どっからでも」
もう一人のライは余裕綽々といった感じで、あっさりと僕たちに先手を譲った。三島さんは黙って銀色の羽根ペンを動かしている。三島さんに当たったらどうしよう、と思う気持ちを抑え込んで、ノートに書き込む。
『俺たちのこと、舐めやがって……!』
雷光斬。もう一人のライはそれを軽く払うと、一足で僕の懐に潜り込み剣をひと振りした——胴体が真っ二つになると思った矢先、斬撃エフェクトがそれを弾いた。
『ありがとうライ、もうダメかと思った……』
『俺なら……ここで踏み込んで斬るって思ったんだよ』
三島さんは変わらずに手に持った銀色の羽根ペンを滑らせている。僕みたいに羽根ペンを浮かせて、念じて書かせることは出来ないのかもしれない。だったら。金色の羽根ペンにフル回転で書かせる。
『手数で攻めりゃ……どうだ!』
数多の、派手なエフェクトの斬撃が空間を埋める。もう一人のライは強く地面を蹴って斬撃の塊から離れる。
「大味すぎるな。——お嬢さん」
三島さんはもう一人のライに頷くと、銀色の羽根ペンを動かした。産毛が逆立つ感覚。パチパチとどこかで弾けるような音がして、向けられた剣身に薄く光る膜のようなオーラが纏わりつく。あ、これ、やばいかも——
「雷光斬!」
スカイブルーとレモンイエローの閃光。衝撃と、轟音。いつの間にか僕は、壁を突き破り駐車場のアスファルトの上に仰向けになっていた。
「斉藤くん、ごめんね……わたしたちも、精一杯、生きたいんだ」
三島さんの声と、ゆっくり近づいてくる二人分の足音が聞こえる。僕にトドメを刺すつもり……なんだろう。どこからかは分からないけど、血がだくだくと流れ出て、身体が冷えていく。
「肋骨として空に還らないといけないって知らされた時は……悔しさとか怖さとかあんまりなくて、諦めてたの。そういうものだって決まって生まれてきたのなら、仕方ないか……って」
図書室でのあの不気味なまでに落ち着いていた三島さんは、生きることをとっくに諦めていたんだ。一番下と……七本目が欠けた巨大な肋骨がきらめく星空を遮っている。あのぽっかり空いた部分が、ライと、三島さんの分だ。
「でも、図書室で……斉藤くんが手を差し伸べてくれたから、わたし、もう少しでいいから斉藤くんと話したいって思っちゃったの。だから、絆創膏を貼ったんだ」
僕は、三島さんを殺さないといけないという状況から逃げ出したくて、手を取っただけなのに……それが、三島さんの希望になってたなんて。動きにくくなってきた指でジャージを探る。もがく僕に語り聞かせるように、三島さんは続けた。
「気づいたら棺の中にいて……びっくりして、すぐに出ようとしたら……斉藤くんと……苦しそうなお母さんの声、聞こえたのに、聞こえてたのに、棺から出ようとすると身体が痺れて……」
なんとか探り当てた絆創膏のフィルムを、何度も剥がそうとするけど、指が思うように動かない。
「わたし、諦めてたことを後悔したんだ。精一杯生きなきゃって……」
三島さんがこんなに喋っているのは、初めてだった。
『ユウ! ったく、俺のヘソクリ、使ってやるよ!』
目の前に滑り込んできたノートの中で、ライが霊薬を飲み干していた。ボンヤリとしてきていた脳内がクリアになる。羽根ペンに礼を書かせると、ライから満更でもなさそうな返事が返ってきた。どうも塔の中でフェニックスと戦った時に、ちゃっかり霊薬をもらっていたらしい。
「お嬢さん! こいつ……」
「待って」
僕に斬りかかろうとするもう一人のライを、三島さんが書かずに制する。霊薬のおかげで間一髪、全快した僕はゆっくりと立ち上がった。
「三島さんとライに……還ってくれなんて、言えない。言いたくない」
左小指に巻きついた花柄の絆創膏を見せながら撫でた。
「でもこの絆創膏をくれた、三島さんが……この先で待ってるんだ。行かなくちゃ。どっちも譲れないなら——」
「戦うしかないんだね。いいね、そういうお話みたい」
三島さんは目を輝かせて、弾けるように笑った。
「どうなるか、書いてるわたしたちにも分かんないってすごくすてき……」
金と銀、二つの羽根ペンが輝く。
「話は付いたか?」
もう一人のライの言葉に僕と三島さんは頷いて、空にかかる虹のように広がる肋骨の下で向かい合った。
いつも読んでくださり、本当にありがとうございます泣泣泣泣泣泣