三島さんが死んだ。あの日僕が雷に撃たれるはずだったのに。 作:斉藤悠
——三島さんは、『涯て』にいなかった。
じゃあ、僕が助けに来た『涯て』にいたはずの三島さんは、何なんだ。あの足の透けた三島さんは、目のまえで食われた三島さんは、何だったんだ。
身体をバラバラにされながら、友達も好きな子も全員殺してやっとの思いで辿り着いたのに、全部、まやかしだったのか?
——思えば、『涯て』にいる三島さんが僕の代わりに罰を受けているって、レオンに聞かされたんだ。
全身に鳥肌が立って、手が震える。僕はいつから騙されていた? もしかして、自責という餌で、ここまで釣られていた? なによりも、自らろくに疑いもせずに「三島さんを救う」ことに飛びついてしまったことが悔しくて、唇を強く噛んだ。
『ユウ! 集中しろ! さっきから指示が散らかってる!』
ノート越しのライからの怒号に頭を振って、僕は目の前の砂に向き直った。砂が目前まで迫る。腰に衝撃を受ける。間一髪、正吾が突き飛ばしてくれたらしい。
『雷は!?』
『だめだ! 正吾を巻き込む!』
「巻き込め」
ノートを覗き込んだ正吾が一言、呟いた。
「撃て」
正吾は効かない斬撃に膂力を乗せて僕の分まで砂を崩し始めた。
「迷うな」
正吾がそういう奴なのは知っている。でも、正吾を巻き込んで自分ごと雷を撃つのが正しいんだろうか? 三島さんのお母さんの悲痛な自滅を思い出す。
「アハハ! 友情かよ! 熱いねえ」
逡巡する僕を見て、ウィズがにやにやと笑いながら手を叩く。ウィズが口を開こうとしたその瞬間、バリバリバリバリ、と激しい轟音が鳴り響き始めた。沖合に雷光が何本も現れ、地響きのような音が鳴り続ける。ウィズは忌々しげに僕を睨んだ。
『声をかき消したら、なんてよく思いついたな』
でも砂は相変わらず襲ってくる。たぶん、一度命令した対象なら追加で声をかけなくとも、操り続けられるんだろう。じゃあ、今ウィズの力が及んでいないものは? 雷をウィズだけに当てるには?
——人間よりも海水の方が、何倍も電気を通しやすいからね。
駐在さんの声が頭を過ぎる。僕は正吾を引っ張って、そのまま海に飛び込んだ。
三島さんが雷に撃たれたときの、あの時と同じ構図だ。海の中から見る雷光は美しかった。息継ぎのタイミングでは沖合に雷を落として、ウィズに追加の命令をさせない。水泳の授業みたいに正吾と僕は何回も沈んだり浮かんだりした。
ウィズを支えていた海水が、砂が、崩れ落ちる。僕たちは巻き込まれないように浜へと上がった。波打ち際に、ウィズが仰向けで倒れているのに気づいた正吾は、即座に体勢を立て直して竹刀を振った。パシーン!と音を立て喉に打ち付けられた竹刀は、徐々に輝きを失っていった。ウィズが震える唇を動かす。
「……『運べ』」
足元の砂が椅子のように盛り上がり、僕たちを街の方へ運んだ。正吾の竹刀は光ってはいない。ウィズが正気を取り戻した? だとしたら、僕たちをどこへ運ぼうというんだろう。もしかして——
「すまない……逃げろ——!」
ウィズの絞り出すような叫びとともに、砂の椅子が崩れた。血の匂いに振り返ると、ウィズが自分の喉を砂でできた腕にちぎらせていた。噴き出した血で白い砂浜が赤く染まる。海岸に転がるウィズだったものは、ぐにゃぐにゃと変形し——色とりどりの蝙蝠になった。蝙蝠たちは渦巻く球のようなフォーメーションで、ウィズの身体を包むように飛び始めた。蝙蝠が人型に収束していき……ツギハギの燕尾服となった。
「じゃーん♡ レオンちゃん参上〜っ☆」
正吾の竹刀が強く発光する。僕は正吾と目を見合わせると、羽根ペンをフル回転させながらじりじりとレオンに近づく。
「待って待ってレオンちゃんわる〜い魔法使いを倒しましたよ?! 見てましたよね!?」
ばたばたと両手を動かすレオンに、僕たちはなんの言葉も返さなかった。
「というか! レオンちゃんも食べられた側なんですけど! なんで警戒してるんデス!?」
「……ウィズを倒したら両足が戻ったんだ?」
「奪われてましたから♡」
口に人差し指を当ててニッコリ笑うレオン。正吾の竹刀が一際輝いた。
「嘘……だな」
正吾はレオンに走って接近すると、蛍光灯みたいに輝く竹刀で打ち込みまくった。僕もレオンを挟み込むように移動して、ライに剣を振らせた。レオンは全ての攻撃をあり得ない反射神経でヒラヒラと躱しながら煽る。
「寺田クンのスーベニア、ほんとに嘘に反応してるんですかぁ~? 寺田クンが怪しいと思ったものに反応してるだけですよねぇ~?」
正吾の剣筋が鈍る。ステッキで竹刀を叩き落そうとしているレオンを目掛けて、ライに剣を振らせる。当たりはしなかったけど、レオンを正吾から引き離すことに成功した。
たぶん、レオンとしては僕たちを嘘とハッタリで振り回すのに、正吾の竹刀の性質がひどく邪魔なんだろう。でも、正吾の竹刀が機能するためには、正吾自身が迷わないことが前提で。今、レオンはその前提を崩そうとしている。なら僕は、その前提を守らなくちゃ。
「正吾はレオンにもウィズにも初めて会ったのに、一貫してレオンにだけ竹刀が反応してる。正吾の気持ちに反応してるなら、もっと反応が揺れると思うな」
レオンは口角を吊り上げたまま、「寺田クン、可愛いオンナノコに照れてるだけじゃないですか?♡」と燕尾服の中の胸を持ち上げて強調してみせた。正吾は顔色一つ変えずにレオンを蹴り飛ばした。よろけるレオンに追撃するが、ステッキで受け流される。
「正吾のスーベニアが邪魔なんでしょ? レオン」
「……ご明察♡」
レオンは全身から蝙蝠を湧かせると僕たちに向かわせた。すぐさまライの斬撃で正吾と僕の周りを覆う。
「斉藤クン、アナタ三島サンを背負って河を渡りましたね? わる〜い魔法使いが三島サンに化けていたとも知らずに♡」
竹刀は光を増さない。レオンは本当のことを言っている。あの三島さんはやっぱり……僕は自分の胸の辺りをギュッと掴んだ。心当たりはあったんだ。ノートを順番に読まない三島さん。ライとコミュニケーションを取ろうとしたらノートを取り上げる三島さん。レオンはアハハ、と大きく笑ってから続けた。
「斉藤クンがわる〜い魔法使いを持ち込まなければ、『涯て』の皆さんは平和に暮らせてたんデスよ?」
竹刀は光らない。僕のせいだ。僕のせいなんだ。胸に冷たいものが流れ込んでくる。串を渡してくれたおばあさん。聞いたことがないのに懐かしい祭囃子のような音楽。僕が壊した……衝撃を受ける。正吾の拳が僕の頬を抉っていた。
「バカ! 多分あいつ……嘘にならない部分を都合よく言ってるだけだ」
血の味にハッと我に返る。会話の主導権を取り返さないと、どんどん惑わされるだけだ。
「でもあのウィズは、レオンだったんでしょ?」
「そんなわけ——」
得意げに話そうとするレオンに、正吾の竹刀が輝いた。
「全部、自作自演だったんだ。僕が背負ったのは、三島さんじゃなくて……レオンだったんだ。さっき暴れてたウィズも、全部レオンだったんだろ」
「ンー惜しい♡」
指を立てて振るレオンは、なぜか少し嬉しそうだった。
「斉藤クンが背負ったのは、レオンちゃんでありわるーい魔法使いであり、三島サンなのデース!」
「誤魔化すな」
正吾が凄むが、竹刀は光っていない。レオンは蝙蝠を燕尾服の中にしまうと、ニヤリと笑った。
「だってワタクシ二人ともパクっと♡ しちゃいましたから♡」