三島さんが死んだ。あの日僕が雷に撃たれるはずだったのに。 作:斉藤悠
『くそ、どんどん街の中に……!』
走るのには自信があったけど、レオンの背中を見失わないようにするので精一杯だ。肋骨のサンダルと指の間が砂で砂利つく。
『街に人がいるんだろ!? その人たちは大丈夫なのか!?』
ライからの書き込みにハッとする。追いかけることに夢中になって気づかなかったけど、さっきから、白い街並みに人っ子一人いない。屋台や楽器はむちゃくちゃなまま放置されているけど、壊れたり血がついたりはしていない。
『多分、逃げたみたいだ』
そうか、と書きこまれたあと、少し間があってから、ライのセリフが続く。
『だったらいいけど、心配だぜ。だってレオン……あいつ、街の人を食うつもりだろ! ミシマとか剣士のご友人みたいに……』
『うん、どうにか追いつかないと……』
段の低い階段はクネクネと湾曲していて駆け上がりづらい。
『しかしなんかヘンだな。コウモリになって逃げりゃいいのになんで人のまま逃げてんだか。三手くらいに分かれて逃げられたらこっちは打つ手ないのに』
言われてみればそうだ。僕たちの追撃に反撃できるように警戒しているんだろうか?
『そうだ、もう雷撃てるだろ! あいつの場所教えろ!』
さっきまで、浜にいたから雷を撃つのにも感電覚悟だった。でも、レオンは移動した。浜に居たままなら、僕たちの攻撃手段を制限できるのに。
——
『観客か……!』
『なんだよ急に、どういう……』
思えば……レオンはずっと、燕尾服の人間姿のまま、僕が追いつけないけど見失わないくらいのペースで走っているじゃないか。
『僕たちレオンに誘導されてる。たぶん……人が沢山いるところに』
『クソ、俺たちになすり付けるつもりか、全部……』
誘い込まれていると分かっていても、街の人がどうなるか分からない状況の下で、僕たちは進むしかなかった。ライは盛大に舌打ちしたあと、長く息を吹いて怒りを沈め剣を構え直した。
『あいつの背中が見えたら集中して書け。撃つ』
『分かった』
貝殻の形の看板をくぐって、曲がり角から顔を出す。レオンは、いない。学校くらいのサイズの大きな、博物館のような雰囲気の建物が僕たちに立ちはだかっていた。入口はなく、背面か側面のようだった。パステルカラーのタイルで舗装されている道が、建物の前に横たわる。僕は道の真ん中に駆け出ると首を左右に振った。燕尾服は見当たらない。
『やばい、見失った! 建物に突き当たって……道は左右に続いてるけど、どっちだか……!』
『右だ』
間髪いれずに返事が来たことに驚く。なにか心当たりがあるんだろうか。さすがにこんなタイミングであてずっぽうは勘弁してほしいけど。まごついていると、ライが続きを書きはじめた。
『さっきは、左に曲がったろ。その前は右に曲がった』
『あ、そうか。あいつ、同じ場所をぐるぐる回ってる訳じゃない』
『そうだ。誘導してるってことは……俺たちを撒きたい訳じゃなくて、どこか目的地——観客が集まっているところがあるはずだ』
僕は右に身体を向けて走り始めた。次は、左。
見えた。つぎはぎの燕尾服。
『いた!』
『——逃すかよ!』
レモンイエローとライトブルーの閃光。
『当たった!』
どさり、と倒れるレオンの背中に、思わずガッツポーズをしかけてやめる。
悲鳴。それも大勢の。
『クソ、もう街の人が襲われてるのか!?』
今倒したのは分身で、先に着いていた本体がもうみんなを襲い始めているのかもしれない。僕はラストスパートをかけ、大きな建物の脇道を走った。建物の影を抜ける。校庭くらいある、広場だった。中央には翡翠色の光を抱える噴水があって、向かいから白い布を纏った老若男女がじっと僕を見ていた。
「まさか、あんたがね」
『涯て』に来た時、屋台で串を渡してくれたおばあさんが、悲しそうに呟いた。
「どういう——」
「とぼけるんじゃないよ」
おばあさんは僕の足元を指さした。
「その子は私たちに逃げるよう、街じゅう走り回って呼びかけて助けてくれたんだよ」
僕の足元に転がっている、雷に撃たれところどころ焼け焦げている身体は、セーラー服を纏った三島さんだった。いいやさっき、見たのは確実にあの燕尾服だったんだ。見間違うはずないのに。
『またミシマかよ。お前に対する嫌がらせ、これしかできないのかあいつ』
『嫌がらせどころじゃない、最悪だ。僕ら——』
書きかけて、群衆の目線がやけに上を向いたことに気づく。振り返ると……レオンが、博物館のような建物の一番高いところに立っていた。
「『涯て』に魔法使いを招き入れ、浜を血で染め上げた大罪人よ!」
「お前だろ……全部! 僕はお前に騙されて、『涯て』に!」
高らかに謳うレオンに、目いっぱい、叫んだ。
「証拠は?」
「……ない! でもそれはそっちだって……」
咳払いをしたレオンはすらすらと話し始めた。
「アナタが魔法使いを背負って河を渡っているのを見ました。浜に駆け付けたワタシの妨害をして、魔法使いを逃がそうとしました。挙句、魔法使いをワタシが倒したら、自ら暴れ始めて、ついには街へ——」
——違う! お前が成り代わってた魔法使いを倒したのは、僕だろ!
目いっぱい叫んだけど、群衆の声がそれをかき消した。僕をせせら笑うレオンは愉快そうだった。
「『涯て』はこの私、『案内人』レオンが救います♡ よっと!」
レオンは跳び上がり、華麗に噴水の頂点に着地した。レオンを応援する声が聞こえる。僕はすっかり『悪役』に仕立て上げられてしまっていた。
群衆の中に撃たれて倒れていたはずの足の透けた三島さんがいた。みんなレオンに夢中で気づいていない。足の透けた三島さんは僕を蔑むように一瞥したあと、ほどけて消えた。たぶん、三島さんの姿の分身で、僕が魔法使いを招き、浜を襲ったのだと吹き込みながら、『涯て』の人たちをこの広場に集めたんだ。そして、僕たちが雷を撃ってくることも想定内で、むしろそれを利用して、逃げていた街の人たちの前で三島さんを撃ったように見せたんだ。
正吾や僕との問答は、時間稼ぎだったんだ。僕たちをはぐらかして断片的に情報を出して弄んで……三島さんの姿を取った分身が、偽りの情報をばらまいて、観客を集めるまでの……
『全部あの女の手のひらの上だったってことかよ、クソ!』