三島さんが死んだ。あの日僕が雷に撃たれるはずだったのに。 作:斉藤悠
ライが何度も地団駄を踏む様子がノートの罫線に浮かび上がる。
『俺たちは街の人を助けに来たのに! なんで罪人扱いなんだよ!』
『……ライ、やるしかない』
僕は歯を強く噛みしめながら羽根ペンを動かした。レオンが燕尾服の懐に手を突っ込もうとしているのが視界に入ったからだ。
『お前、あいつの茶番に付き合うのか!? クソっどいつもこいつも……』
何も知らない人が見たら、マジシャンが鳩でも取り出してみせるのかと思うだろう手つきだった。レオンは薄汚れたテディベアを取り出して、知っているだろう、と言わんばかりにニヤリと笑った。忘れるわけない。死んで一番最初に見せられた——引き裂かれると大きなヒグマになるスーベニアだ。羽根ペンを動かす。
「——行け、
レオンの前にあふれてうごめく綿が斬撃を受け止める。テディベアを引き裂かれる前に対処しようとしたけど、間に合わなかったらしい。綿から白いヒグマが現れた。ヒグマは大きな爪を鋭く振り降ろそうとする。あの時は怖くて、動けなかったけど今は違う。フル回転する羽根ペンが、ライにヒグマの様子を伝える。大きく空いた胴体に、もろに斬撃をくらってヒグマはひるんだ。すかさずライが追撃する。
『雷光斬!』
——ライとなら、熊一匹くらい、大したことない。
次の瞬間、僕は地に伏していた。頭がガンガンする。
『どうした!?』
血に染まった手の小熊が視界に入る。殴られた、と分かったときにはもう遅かった。その後ろでは、ヒグマだった綿から、次々と熊が生み出されていたからだ。一匹一匹が違う種類の熊らしかった。パンダとか着ぐるみとか、これも熊なのか?と思うようなものまで混ざっている。
「どうです? ビックリしました?」
『ユウ、どうなってんだよ、それ……』
ふらふらと立ち上がりながら羽根ペンを動かし始めた矢先、着ぐるみのクマが斧を振り降ろしてくる。なんとかライの剣で受け止めたと思ったら、小熊がまた僕の頭を殴ろうとする。なんとかしゃがんで回避すると、足が地面から生えてきた何かに貫かれる。
「う、グ、ああああああああああああああ!」
『ユウ!?』
「あーあ、寺田クンがあっさりレオンちゃんにぱくっとされたから斉藤クンピンチですね~お気の毒に♡」
激痛に思わず絶叫する僕をよそに、生えてきた細長い植物をパンダがちぎって食べている。竹かと思っていたけど、多分笹だった。血が止まらない。膝ががくがくと笑う。無理やりライの剣で斬って脱出したけど、四つん這いになる。こんな怪我じゃ走れない。三島さんの絆創膏を使い切っていたことを思い出して、僕はひどく後悔した。相手が多すぎる。正吾とやりあったときみたいに、集中して書いてるけど追い付かない。相手が多くてしかも連携してるから、死角から攻撃が飛んでくる。
『クソ、ユウが書けないとこから襲ってきやがって!』
ライが斬撃で僕の周りを覆って、熊たちの攻撃を抑え始めた。手のひらに感触を覚えて、とっさに手を引いたけど、間に合わない。勢いよく地面から生えた笹が僕の甲を貫いて縫い付けた。パンダは暇そうに笹を食べている。
「アハハ♡ レオンちゃんのクマさん、カワイイでしょ♡ アナタみたいな大罪人にピッタリ♡」
レオンは何もせずにけらけら笑って噴水の頂点に立ったまま見下ろしている。
「心臓♡ 貫いて終わりにしましょうか♡」
メキリ、と嫌な音がして、石畳が裂ける。ひっ、と情けない声が漏れる。手と足を貫いた笹が顔を出していた。書きながら、震えが止まらなかった。ライの剣で手を貫いている笹を斬ってこれを躱したとしても、僕の周りを覆う斬撃が消えた途端に小熊や着ぐるみが狙ってくるだろう。涙が石畳に落ちる。レオンの笑い声が聞こえる。
ノートの影に顔を上げると、『絶対なんとかしてやる!』と走り書きのセリフが書かれていた。ライは僕の両手を貫く笹を、無理やり断ったみたいだ。僕は持てる力を振り絞って斜めに倒れるのが精いっぱいだった。心臓を貫かんとしていた笹は空にグンと伸びた。斬撃が消えた代わりに雷撃が広がって、僕を狙っていた熊たちが怯む。
悲鳴。やった、と思ったのも束の間、広場に集まっていた人たちは全員地に伏していた。やってしまった。そんなつもりじゃなかったのに。濡れ衣が実績に変わる。これじゃ、レオンの筋書きに証拠を提供してるのとおんなじじゃないか。
『ごめん、俺のせいだ。焦ってたんだ。悠をただ殺したかったら、わざわざどう殺すかなんて言うわけないのに……まんまと誘いに乗っちまった、クソ、ごめん……』
弱弱しくノートの中で謝り続けるライの様子を読むのが辛かった。ライなりにベストを尽くしてくれたのに。レオンが嘲る。
「アハハ! 見てくださいよ、
「何が……言いたい」
転がりながら見上げたレオンは仰々しく両手を広げていた。
「あ~あ街の人全員なぎ倒しちゃってぇ……やっぱり、自分が助かるためなら、なんだってするような人なんですねえ♡ こんな奴のために、ホ~ント無駄死にでしたねえ、
レオンは懐をごそごそと探り、何かを探り当てると口角を吊り上げて笑った。
「やっと馴染んでくれましたねえ、寺田クン♡」
その手には、光り輝く竹刀が握られていた。
「お前、正吾に何した!?」
「何って……絶望させただけデスけど……? 寺田クン、お友達を目の前でこ~んなにいたぶってあげてるのに、なかなか絶望してくれないなんてメンタル強すぎじゃないですかぁ? あ、斉藤クンが消えれば三島サンとふたりっきりになれるから、嬉しかったんですかねえ?」
竹刀が一層輝いた。
「な、何の話なんだよ!」
口角からつばを飛ばして叫んだ僕に、レオンはウインクして見せた。
「寺田クンってば、斉藤クンに隠れてコッソリ三島サンのこと好きだったんですよ♡ 二人とも♡ レオンちゃんのお腹の中でお幸せに♡」
竹刀の輝きに、変化はなかった。嘘じゃない? え、正吾が、三島さんを……?! 動揺する僕に、『よく分かんないけど、あいつの話はまともに聞くな!』とノートの中から警告がなされる。
「さて、レオンちゃん正義の案内人ですので……大罪人に刑を与えます♡ って、もう観客の皆サンが斉藤クンのせいで意識失ってるじゃないですか! レオンちゃんやっと主人公になれるのに!」
「その、主人公ってなんなの?」
少しでも体力が戻るまでの時間が稼げればいい、そう思ってレオンの言葉尻を捉える。レオンが微かに目を見開いた。
「生きても死んでもず~っと脇役の人生でしたからレオンちゃん。肋骨もばっちりクリア~したのに『涯て』にすら入れてもらえずに『案内人』とかいうヘンな雑用係なんかあてがわれて! 誰もレオンちゃんのことなんて見てくれやしない! ですから、憧れの『涯て』で大罪人を退治して英雄になるってワケです♡」
「誰も見てないのに、僕を処刑して意味あるの?」
「皆さん、あなたにやられたことはバッチリ分かってますから♡ 次に目を覚ますときには、レオンちゃんが
あくまで、レオンの承認欲求は満たされるらしい。まあ、自分でこの状況になるよう誘導したんだし、レオンの中ではトレードオフなんだろう。くそ、少しでもこの状況を有利にするには、どうすれば。僕は石畳に手を突きながら頭を深く下げた。
「レオン、頼む」
「アハハ! 命乞いですか? だっさぁ!」
痛みを敢えて思い出して、大粒の涙をこぼしながら、地面に額を擦り付ける。
「正吾の剣でだけは……やめて、ください……」
「なんでです?」
レオンは軽薄な口調ながらも僕の思惑を探っているようだった。えずきながら僕は続ける。
「正吾が、傷つくから……」
「レオンちゃん、分かりました。お二人の意思を尊重します」
あとは、賭けだ。僕は祈りながら頭を上げた。切っ先が、向けられていた。
「な~んてね☆ アナタたちが一番嫌がるやり方教えてくれてありがとーゴザイマス♡ 竹刀だけでいたぶってあげます♡」
「クソッ……!」
僕は悔しがった。ふりをした。賭けに、勝った。熊さえ使わせなければ、勝率は少しはマシになるはずだ。剣同士なら——
笹が、膝を貫く。
「羽根ペン、動いてましたねえ? なんででしょうねえ? 竹刀だけ使わせるための演技ですかぁ? 斉藤クンひど~い☆」
見上げると、視界を黒い牙が覆っていた。
「じゃ、竹刀も使ってあげません♡ レオンちゃんモッタイナイ精神の持ち主なんで、出来損ないの悪役もちゃ~んと再利用してあげますよ♡」
全身を貫かれる。これが咀嚼なんだ、と気づいたころには、ごくりと飲み込まれ、僕は意識を失った。