三島さんが死んだ。あの日僕が雷に撃たれるはずだったのに。 作:斉藤悠
「効いてると思ってますぅ? ざんね~ん☆ あ、寺田クンこれご存知で?」
レオンが三島さんの絆創膏を使っているのだろう、三島さんの本の在処が明滅する。
「拘束はできるが一時的だな……クソ」
「いや、一瞬でいい」
ウィズの声のあとに、打撃音が聞こえる。どうも、ウィズがレオンの動きを止めている隙に、正吾が打ち込む即席のコンビネーションが出来ているみたいだった。
「寺田クンてば、三島サンに嫌われちゃいますよ? 撃て!
遠くでまた別の本が輝く。
「『阻め』! 『守れ』!」
ウィズの叫び声とともに地響きが鳴る。花火みたいな音と、何かが崩れる音……正吾は、ウィズは大丈夫だろうか。また三島さんの本が輝く。レオンが回復したということは、今のである程度ダメージを与えられたのか、あるいは、二人ともダメージを負ってレオンに回復の隙を与えてしまったのか。
もう掴めるほど近い三島さんの本を迷わず開いた。クリーム色のリングノートで、読書ノートらしかった。三島さんの少し丸い文字で、本の名前と読んだ感想がまとめられている。『斉藤くんの小説』と書かれたページを見つけて、恐る恐る読み進める。
〈感想、あれでよかったのかな。最近書いてないみたいだけど、わたし、変なこといっちゃったのかもしれない。〉
〈完結してほしいけど、完結してほしくない。だって斉藤くんがあの小説を書き終えたら、どう話しかけたらいいのか、わかんなくなっちゃうから。〉
愛玩動物を愛でるような眼差し、だと思っていた。子供に向けるような庇護の眼差し、だと思っていた。あの、期末テストの最終日、いやあの日から前も。三島さんは僕のこと、はじめから——
〈どうなるか……書いてる斉藤くんにもまだわかんないらしい。それってすごく素敵だと思う。だって、物語は生きている!〉
そこが最後のページだった。僕は顔を覆って泣いた。三島さんのお母さんの金切り声が聞こえてくる気さえした。羽根ペンを持つ手が震える。何を書いたらいいのか、全然分からなかった。
「ンー? な~んか聞こえますねえ……」
やばい、さっき泣いたときに、声が漏れてしまったのかもしれない。
「『切り裂け』!」
間髪入れず、ウィズの声が聞こえて、暴風が暴れる音で埋め尽くされた。たぶん、ウィズが誤魔化すために音を立ててくれているんだろう。
「ウィズサンも寺田クンも、斉藤クンのお知り合いでしたよねぇ? つまり斉藤クンが脱出の手引きをしていると考えるのが自然ですよねえ?」
やばい、レオンにバレてる! と思ったのも束の間、ウィズの笑い声が聞こえる。
「ククク、馬鹿だなあお前! お前に食われたときに、砂を持ち込んだんだよ! あとの奴らも俺が使ったのを使ってどんどん逃げてきてるって寸法だよ! あのサイトウユウとかいうのも、今頃出ようとしてるところじゃねえの?」
「勝手に人の身体にイタズラして……ほんと、わる~い魔法使いサンです♡」
ウィズが嘘にならない範囲でうまくレオンを誘導して誤魔化している。正吾の竹刀の手前、レオンもウィズも嘘をつけない。僕は深く息を吸って、ペンを執った。溌剌とした冒険譚が好きで、僕の小説の続きを待っていること。晴雨兼用の日傘はお母さんからのお下がりで、絆創膏を持ち歩いていること、それをためらわずに差し出すこと。読んだ本を読書ノートにまとめていること。ここまで書いたけど、何も起こらない。なにが足りないんだろう。僕はなにも三島さんのことを知らないんだ。三島さんのお母さんの言う通りだった。好きな食べ物も、将来の夢も、何も知らない。何も——
いや、さっき、知ったことが一つだけある。ぎゅっと閉じた目を薄く開けた。
——斉藤くんがあの小説を書き終えたら、どう話しかけたらいいのか、わかんなくなっちゃうから。
こんな自分なんて、そんなわけないだろ、という自分を心の中で殴りつぶした。当たり前だよな、でも。あんな母さんとずっと暮らしてて、誰かから好意を向けられていたとしても、受け取れるわけない。でも、確証なんてないだろ、と思う自分をもう一度殴った。書いてみるしかないだろ。ダメでもいい、設定に合わない描写は消えるだけだ! 羽根ペンを手でつかんでリングノートの上で動かした。僕のことが好きだったこと……書き切ったのと同時に、リングノートが光に包まれる。
「三島!」
正吾の声がする。やっとだ。やっと、三島さんを助けられた。と思った次の瞬間、上へと吸い込まれる。小説ノートが腕の隙間から零れ落ちないように、僕は抱きしめた。
広場に突然現れた僕は、地面に叩きつけられ——
「『運べ』!」
ウィズの声で風が僕を攫って、地面におろした。
「悠!」
着地を狙う熊の着ぐるみを、正吾が竹刀で薙ぐ。すぐに三島さんが僕の腕に絆創膏を貼った。パンダに笹で貫かれた傷がすぐに癒える。
「あーやっぱりアナタでしたか。これはウィズサンに一杯食わされました♡」
身体の半分が焼けて、おどろおどろしい見た目になったそれがレオンだと、声でやっと分かった。羽根ペンを呼び出して、ノートを取り出すけど、相変わらず白紙のままだ。
「寺田クンが出てきたあたりで吐き出しておけばよかったですねぇ~スーベニアも結局使えないゴミだし☆ あ~あ、三島サンの絆創膏は便利だったのに♡」
「これは、あなたのものじゃない」
三島さんはウィズの砂に守られながら、静かにはっきりと言い放った。ウィズと正吾にもすでに絆創膏が貼られていて、三島さんが二人を回復したようだった。
「アナタみたいな女のコ、ほんと嫌いなんですよねえ☆ アナタみたいなキャラクターのこと何て言うか教えてあげましょうか?
「『守れ』!」
レオンが懐から嘘みたいな動きで家庭用の冷蔵庫を取り出して扉を開いた。強い吹雪が僕たちを襲う。ウィズが咄嗟に作ってくれた壁のおかげでかなりしのげてはいるけど、壁から顔を少しでも出そうものなら、目も開けられない冷気と突風が襲う。
「撃て!
「『防げ』」
ウィズが声で風を操って弾道を曲げたんだろう。砲弾が壁のすぐ横に着弾する。着弾と合わせたかのように壁の脇からツキノワグマがウィズの背後に現れ、飛びかかろうとする。正吾が竹刀を振り、ツキノワグマの頭を容赦なくかち割った。笹が三島さんの足を貫く。三島さんは何も言葉を発さぬまま歯を食いしばり貫かれた足を引き抜くと、すぐに絆創膏を貼った。ここまで書いても、ライからの返事はなかった。小説の設定をいくら書いても、だめだった。ライがいなきゃ僕はただの子供だった。
「アハハ! 皆さんお揃いでだっさぁ~く低体温症で死んどきます? ここで死んだら砂になるんですよ☆ ね、ウィズサン♡」
ウィズは何も言わずに大きな舌打ちをした。正吾は近づけないし、三島さんも回復で手一杯だ。とはいえこのままここに居座ったら、それこそレオンの思い通りで。僕だって、戦いたいのに。書きたい。書けさえすれば……
体育座りのまま握りしめていた金色の羽根ペンが、肋骨のサンダルに触れた。サンダルが輝く。返事のないノートに、自分の筆跡で、『このままでいいの?』と書き込まれていた。何が起こってるのかは分からなかったけど、そんなの些細なことだった。迷わず返事した。
『良い訳ないだろ』
書き込むと、一拍置いてからまた僕の字で書きこまれた。
『武器をあげられる。でも、涯てにいられなくなる』
「やめとけ」
返事を書こうとしていると、ノートを覗き込んだウィズが苦い顔をしていた。
「肋骨がなんでお前と交信できてるのかは分からんが……涯てにいる資格を捨てるということは、もう一回、淵か肋骨だぞ。スーベニアもろくに使えない状態のお前じゃ無理だ。今は耐えろ。勝機を待て」
正吾は向かい側の壁で三島さんを守るように熊と打ち合っている。三島さんは正吾が熊の攻撃を食らうたびに、絆創膏を貼り続けている。吹雪はウィズと僕とのやりとりを二人から遠ざけていた。僕はウィズに頷くと、『武器を頼む』と書き込んだ。
「お前、今何したか分かって——」
「『淵』、一回行ってみたかったんだ。だって、ウィズのオススメルートでしょ?」
『僕ならきっとそう言うと思ったよ』
肋骨のサンダルが輝きながらバラバラになって外れた。