三島さんが死んだ。あの日僕が雷に撃たれるはずだったのに。   作:斉藤悠

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ファイナル・ガール

 左右のサンダルから外れた十二本の肋骨は、金色に輝きながら形を変える。驚く三島さんの手元には、あの薄桃色の日傘が。竹刀を構えたまま警戒を続ける正吾の足元には手錠が。僕の手のひらには、母さんのピアスが滑り込んだ。ライと会えなくなって、『涯て』にいる資格を捨ててまで得た武器がよりによって。こんなのでどう戦えって言うんだよ。僕はてっきり、肋骨の三島さんが持っていたもう一冊のノートが配られると思っていた。正吾の竹刀や絆創膏が配られていないのを見るに、今ここに存在しているスーベニアが重複して配られることはないのだろう。白紙のノートに書かれた自分の筆跡に苛立ちが募る。三島さんと正吾が向かい側の壁から、砲弾を避けながら渡ってくる。少なくとも、三島さんにあんな自傷スーベニアを使わせるわけにはいかない。

 

「三島さん! その日傘、貸して!」

 

 三島さんは身体の後ろに日傘を隠すと、僕の目をじっと見ながらはっきりと答えた。

 

「いや」

「ダメだよ……絶対、僕が使う。だってそれは、自分ごと相手に雷を落とすスーベニアなんだよ!?」

 

 言い切った瞬間に周囲を警戒していた正吾とウィズが、振り返ってこちらを見た。

 

「知ってる。だから、わたしに任せて」

「なんで……」

 

 言い淀む。自分の底に、あの日の三島さんが絆創膏を差し出したときの気持ちに近いものを見つけたからだ。

 

「絆創膏。貼りながら進むなら、私が日傘を持つのが一番速いと思う」

 

 三島さんの瞳は、静かな決意に満ちていた。三島さんのお母さんの、真っ赤にうるんだ目を思い出した。とても、二人は似ていた。

 

「大丈夫だから。信じてくれる?」

「……わかった」

 

 三島さんは微笑んで、薄桃色の日傘を開こうとした。物音。気づいた正吾が、近づいてきていた何かに金色に輝く手錠を迷わず掛けた。手錠を掛けられたパンダはみるみるほどけて綿へと戻った。

 

「俺のこれも……なんでか分からんが使い方はわかる。これで、熊の方を封じればいいんだろう」

「『防げ』――じゃ、砲弾の相手はしてやるよ。悪いが、もうこれ以上壁は出せない」

 

 壁の脇に砲弾が着弾する。ウィズは限界が近いのか、声が枯れかけている。

 

「行ってくるね」

 

 三島さんは傘を開くと、ウィズが作った壁から躍り出た。セーラー服の襟が激しい風にはためく。上手く傘を向けて吹雪をしのぎながら進む三島さんの背中を見送った僕は、右手のピアスを握ったまま、凍ったままの噴水の裏に隠れた。

 

「あら素敵な傘ですね♡ いい的になりそ☆ こんな吹雪にわざわざ死にに来たんですかぁ? 水兵と黒い犬(シードッグ・ブラック)!」

 

 大砲が放たれる。ウィズが枯れた声で全て曲げる。

 

「十匹の熊(テン・ベア)☆ そんなのろのろ動いてたら……ってあれ?」

 

 レオンは何度も薄汚れたテディベアを裂く。でも、綿は溢れない。三島さんは絆創膏をはがすと片膝を立てて、日傘を構えた。

 

「そこ――ッ!」

「ぐ!?」

 

 轟音。光。三島さん、と、反射的に叫びそうになって、こらえる。雷に撃たれた衝撃でうまく絆創膏を貼った三島さんが再び立ち上がり、進む。寒さか、恐怖か、三島さんの手が震えている。レオンは煙を出しながらぴくぴくと震えている。

 

「アナタ、そんな役にした覚えナイのにッ……」

 

 さらに轟音。もう三島さんは震えていなかった。白い息と共に、三島さんの唇から言葉がこぼれ落ちた。

 

「わたしを殺して、お母さんに酷いことを言わせて……」

 

 三島さんは呻きながらU字の柄を強く握りしめながら、崩れ落ちるような形で自分に絆創膏を貼った。

 

「斉藤くんを死なせて、騙して、利用して……!」

 

 ひときわ大きな光が閃く。三島さんは食いしばる口でフィルムをはがして、絆創膏を頬に押し付ける。傷は絆創膏で都度癒せても、痛みが軽減されるわけではない。三島さんの細い喉を汗が垂れる。

 

「寺田くんまで巻き込んで、涯てをめちゃくちゃにして……」

 

 三島さんの頬に、汗とは違う雫が流れた。三島さんはそれっきりなにも言わずに、ただ撃って、絆創膏を貼り続けた。セーラー服の隙間から肌が見えるところが絆創膏で埋め尽くされていった。真っ黒に焼かれたレオンだったものが、ついに横たわった。

 

「『飛べ』!」

 

 ウィズの一声で正吾が宙を舞う。冷蔵庫を飛び越えて、手錠をレオンの手首だった部分に掛けた。噴水の裏から飛び出ようとした僕は、異変に気付いて身を潜める。

 

「甘いあマーい♡」

 

 レオンの黒く焦げた手首がボロリと取れる。メキメキと音を立てて、小さなコウモリの翼がレオンの体表を覆う。

 

「くそ、自切しやがった……!」

 

 手裏剣のように飛んでくる小さな蝙蝠の羽根を食らいながらも、正吾は手際よく冷蔵庫のドアの取っ手部分と大砲に付いていたチェーンに手錠を掛け、膝をついた。

 

「毒のサーびス♡ 血の中で成分がクルクル変わる☆ 面白いでしょ?」

「『はこ』……ゴホッ……クソっ……」

 

 雪の上でのたうち回る正吾を回収しようとしたウィズの声は枯れていた。

 

「寺田くん!」

 

 三島さんが日傘で蝙蝠の羽根を受けながら正吾に近づいて、絆創膏を貼り付けた。正吾は立とうとして、また崩れる。三島さんはぺた、ぺた、と確かめるようにさらに一枚ずつ貼り付け続け、五枚目でやっと正吾は立ち上がった。毒の成分が変わるから一枚で回復させられないのかもしれない。レオンだったものはその隙にコウモリと肉片の化け物になっていた。

  

「ま、調子の良くない日って誰でもありまスよね! 切り替えキリカエ! 神々の豚(ミリオンダラーベイビー)!」

 

 レオンの声は、女なのか男なのか、子供なのか老人なのか分からない、合成音声のようだった。翼の隙間から豚の貯金箱を取り出して、レオンは宙に投げた。くるくると回るそれは大きくなり、体育館くらいある、巨大なイノシシのような獣となった。レオンは曲芸みたいな動きでその上に飛び乗る。

 

「お金をいれれば入れるほど大きく強くなるスーベニア! ん~元の持ち主がちゃんと育テてますね♡ エらいえラい☆ そこに、じャ~ん! 打ち出の小槌(マジック・マレット)☆ えいえい!レおンちゃんがんばるぞ~!」

「させない……!」

 

 三島さんが日傘を構えて何度も放つ。当たってはいるものの、効きが悪い。噴水の裏で黙って見ているしかないのが悔しかった。ライがいれば、あんなの、雷光斬で……。ノートに状況を書き込んでも、返事は返ってこない。こういうとき、ライなら、どうするだろう。

 

『そんなの、お前が今できることを考えてやるしかないだろ』

 

 これは今、僕が羽根ペンを動かして書いた。ライからの返事じゃない。でも、不思議と、ライとやりとりをしたような気持ちになった。僕は噴水の裏から飛び出した。

 

「み~んナ纏めてペチャんコデース☆」

 

 僕に全く気付いていないのか、武器を失い無力化している僕を無視しているのか、レオンは全く僕の動きを警戒していない。黄金のコインがどんどん注がれて大きくなっていく獣は、両方の前足を持ち上げて振り下ろした。たったそれだけで、広場にウィズが作った壁は壊れてしまう。ウィズに気づいたレオンは、顔のような部分を歪めると、獣に狙わせようとした。でも、獣は動こうとしなかった。

 

「あ、アれ? なんで……」

 

 イノシシは項垂れて、ガクガクと四つの足を折りたたんで座り込むと、うつろな目に涙を浮かべる。動かない獣のシッポの先端に正吾が手早く手錠を掛けたのを確認してから、僕は獣の足に突き刺していたピアスを引き抜いた。獣はみるみるうちに縮んで、豚の貯金箱に戻っていく。ポケットに手を入れて、少し躊躇ってから、三島さんはレオンを撃ち落とした。たぶん絆創膏が無くなったんだ。撃ち落とされたレオンは関節を逆に曲げながら立ち上がると、胸元らしき場所から沢山の道具を出し始めた。

 

 受話器、リュックサック、蓄音機、釣竿、ピンボール、スケート靴、サドル、レコード、地球儀、空っぽの鳥かご、バケツ、リコーダー、計量スプーン、手榴弾……

 

「まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだいっぱいイっぱい出せマすよ! アハハ!」

 

 正吾の手錠を自切で躱しながら、レオンは壊れたカラクリ人形のように痙攣しながら甲高く笑った。手錠を断念した正吾は舌打ちしながら間合いを取り、地に伏して苦しそうに吐く三島さんをレオンから隠すように竹刀を構えなおした。

 

「キリが無さすぎる……くそ、どうすれば……」

 

 三島さんは震える手で日傘を掴み、這いずって正吾の足を掴んだ。

 

「……どいて」

「三島、やめろ。俺がなんとかする」

「竹刀じゃ、届かないって分かってるでしょ。ね、どいて」

 

 でも、と言い淀んだまま、正吾は退こうとしない。二人のやり取りをレオンが嘲る。

 

「寺田クンは使えなイし斉藤クンはどこかに逃げたマま♡ 可哀想でスねェ~女の子に頼らなけレばひとつも有効打を与えられナい端役サン達☆」

「……寺田くんも斉藤くんも、関係ない」

 

 三島さんは痛そうに横に転がって正吾の影から出た。

 

「わたしが! そうしたいから! そうするの!」

 

 寝そべったまま日傘をスナイパーのように構え、三島さんは何のためらいもなく撃った。僕よりも正吾よりも、三島さんは主人公に近いと思った。心配よりも、かっこいい、という気持ちがいつしか勝っていた。

 

「ぐっ! あ、アナタ正気でスか?! 頭おかシいでしょ!? な~ンて☆」

 

 レオンは金色に輝く鍋のフタで雷を防いでいた。おそらくあれも誰かから奪ったスーベニアなんだろう。三島さんは悔しそうに傘を抱えたまま、レオンを睨んだ。

 

『おい今しかないぜ。行けるよな?』

 

 僕はまたライのセリフを自分で書いて、ひとりで頷いた。自分でも滑稽だと分かってたけど、晴れ晴れとした気持ちだった。

 

「アハハ! ホラー映画なら最後に生き残ルのは健気なヒロイン(ファイナル・ガール)でしょウけど……この舞台ノ主役はれオンちゃん♡ 端役がいクらアドリブしたっテ、結末は――」

「まだ決まってない!」

 

 後ろからレオンの首筋に思い切りピアスを突き立てた。

 

「物語は、生きている!」

 

 少し目を見開いたあと花がほころぶみたいに笑った三島さんが、レオンの肩越しに見えた。

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