三島さんが死んだ。あの日僕が雷に撃たれるはずだったのに。   作:斉藤悠

38 / 38
真夏のシューメイカー

 しばらくの間、僕は前後左右が分からない暗闇の中にいた。だんだんと潮風の匂いが近づいてくる。まとわりついていた翡翠色の光は、僕を撫でるようにして去った。

 

「ハア~座標も時間もテキトーに返してくれちゃって☆ 『淵』の皆サン、下手くそですネ♡」

 

 芝居がかった声に振り返ると、一メートル横に浮いていたレオンがウインクした。

 

「今更、アナタに何かする気なんてありませんよ。ただ、自分が手掛けた脚本はちゃんと客席に届けたいってだけデス」

 

 レオンは息を深く吸い込むと、ステッキをかざした。

 

「ノウハウはありますから。支払いはツケで! いいでしょう? わる~い魔法使いサン?」

 

 レオンの呼びかけに反対側を向くと、深くフードを被ったウィズが舌打ちした。

 

「――『曲がれ』!」

 

 次の瞬間、僕の横に稲光が走った。レオンが大きく口を開いて笑った。

 

「あ~あウィズサンてば、お節介ですねぇ♡」

「ああクソ、これでこの女と魂擦り切れるまであの場所かよ! ちくしょう、せめて、二度と面見せんなよ、ガキ……」

「ううん、待ってるよ。いろいろやり終わったら、『涯て』でずっと。ありがとう。二人とも!」

 

 二人の身体が透け始めて、やがて見えなくなった。身体に、冷たさと浮力を感じる。シュワシュワと泡が僕の身体を包んでいるのが見えた。海だった。体が海に洗われていく。ラムネ瓶の中のビー玉みたいになった僕は、意を決して海面から顔を出した。

 

「斉藤くん……!?」

 

 薄ピンクの晴雨兼用の日傘を差した、三島さんが覗き込んでいた。

 

「三島さん、ただいま!」

「斉藤くん、ほ、ほんもの……?」

 

 堤防を登ってずぶぬれのまま、舌をべっと出した。

 

「にせものだよ」

 

 三島さんは少し目を見開いてから、片手で口を押えてくすくす笑った。

 

「もう斉藤くん、何言ってるの!」

 

 三島さんが差し出した傘に、僕は短くお礼を言って入った。

 

「三島!」

 

 雨の中カッパも着ずに立ちこぎで突進してくる自転車が見えた。たぶん、正吾も記憶を持ってこの日に戻ってきたんだ。

 

「正吾! ただいま!」

「悠!? お前、生きて……」

 

 自転車が倒れるのもお構いなしに、正吾は駆け寄ってきた。

 

「二人を見送った後、いろいろあったんだ。書くから、読んでほしいんだ。ライに……読ませろって言われたんだ」

 

 三島さんは力強く頷くと、微笑んだ。

 

「続き、待ってるから。書いて」

 

 僕はエナメルバッグを拾い上げてから、頷いた。雨は嘘みたいに止んで、水平線の上には雲の切れ間から青空が出ている。真夏のじりじりとした日差しの下、僕たちはしばらく黙って海を眺めていた。穏やかで、陽の光に照らされてキラキラした太平洋は、とても綺麗だった。

 

 それから、僕たちは誰も欠けることなく、あの日の続きを生き始めた。相変わらず、家での母さんの当たりはキツいままだし、まだ学校で殴られるままだけど、構わなかった。

 

「悠君、こっち。配送の支度おねがいね」

「分かりました!」

 

 乾物屋でバイトを始めた僕は、今日も配送する干物の準備をしていた。

 

「斉藤君、いつも偉いわね。学校終わって、すぐバイトなんて」

 

 穏やかに話しかけてきたのは、三島さんのお母さんだった。僕は段ボールにひとしきり商品を詰め込みながら、答えた。

 

「学校出たら、東京……行きたいんで。それに、いつまでもあの家にいられませんし……あ、サバですか?」

「さすが。よく分かったわね」

「三島さん、好きだって言ってましたから」

 

 レジに移動して、手早く会計をする。三島さんのお母さんはいつになく嬉しそうだった。

 バイトを終えて家に帰った僕は、新しいノートに向き合っていた。

 

「……書けた」

 

 十数万字に及ぶ小説となったそれは、一度書いたものだからか、数週間くらいで出来上がってしまった。僕はそっとエナメルバッグにノートを収めると、代わりに、あの小説ノートを取り出した。スーベニアでもなくなったそれは、ライの物語が宙ぶらりんのまま止まっている。こっちでも、ライを海に連れてくんだ。僕は小説ノートを開くと、続きを書き始めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。