三島さんが死んだ。あの日僕が雷に撃たれるはずだったのに。   作:斉藤悠

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Lightning strikes

 

 

 ガチャン、ガチャン……

 

 遠くなったり、近づいたり。鎧の足音が響いている。目が慣れてきて、扉の下の隙間からのわずかな光でなんとなく自分の輪郭くらいは見えるようになってきた。

 こういう時、あの小説の主人公なら、こんなところすぐに飛び出して、あんな鎧なんてやっつけちゃうのにな。ふと、現実逃避に妄想を始めようとしたとき――

 ノートは淡く輝きながら僕の手からするりと飛び出した。三島さんが書いた『続き待ってるね』のうさぎの付箋はひらりと回転すると、金色の羽根ペンとなる。

 すごい、すごい!

 興奮した僕は羽根ペンを執り、ノートに続きを……

 

 ガチャン、ガチャン。

 いつからか近づいてきていた鎧の足音が、止まった。衝撃。ドアの上部が剣で貫かれて、光が差し込む。

 

 場所がバレた。僕は羽根ペンを掴んだまま、固まった。やばい。何か、書かなくちゃ。なにか、起こさなきゃ。ノートに自分がこれまで書いていた話を見返すと、やっぱり、主人公は雷に撃たれるしか展開が思いつかない。

 それでも、書くしかない。決心した瞬間、金色の羽根ペンが強く輝いた。僕が頭の中で考えて書くのをやめようとした――主人公が何度も雷に撃たれる描写を、書き込んでいく。ドアは半分めくれ、首なしの鎧が剣を振りかぶる。間に合え! なにか、起これ――!

 

 ――光。

 光だった。

 衝撃。

 熱い、痺れる。

 

 僕はこのときはじめて、雷に撃たれた。体が割れそうだ。脳がぐわんぐわんする。溶け落ちた日傘。血に染まるセーラー服。眠るような三島さんの顔。走馬灯のようなイメージが巡る。息ができない。三島さんもこんな感じだったのかな。痛くて、怖かっただろうな。

 

 雷に撃たれたからといって、もちろん三島さんが救われるわけではなかったことをやっと体感できた。

 

 まだ、痺れて首から下は動けないが、どうやら鎧も巻き込むことが出来たらしい。小説のノートは開かれたままで、文の末尾には、書いた覚えのない主人公のセリフが書き込まれていた。

 

 『下手くそ!』

 

 僕の字じゃないし、三島さんの字でもない、見たことのない筆跡だった。僕は返事をするために声を出したかったが、ヒューヒューとしか喉から音は出なかった。

 

 『もっとやり方あっただろ! 俺もお前も!』

 

 ノートの末尾にさらにセリフが浮かんでくる。本当にこれが主人公なら、たぶん、空に向かって叫んでるんだろうな……と思った途端に、金色の羽根ペンがスラスラとそれを書く。もしかして。僕が念じると羽根ペンはさらにノートの上を舞った。

 

 『君は僕が書いてること知ってるの?』

 

 羽根ペンは動いていないのに、文字が浮かび上がってくる。

  

 『俺の運命をむちゃくちゃにしてる奴だろ。反吐が出る。似たようなモンスターばっかりかと思ったら急に自滅なんかさせやがって』

 

 今までライ自身の気持ちなんて考えたこともなかった。とにかく、三島さんの気を引くために派手に戦わせて、戦わせて、最後は八つ当たりのように巻き込んで……

    

 『ごめん』

 

 自然と、3文字を書き込んだ。少し間が空いて、文字が浮かび上がってくる。僕はそれを必死に見ていた。

     

 『謝る前に、まずここがどこなのか教えろ』

 『どこって……』

 僕はライが何を言いたいのかいまいち掴めずに、次の文字を待った。

 

 『明るいのか暗いのかすら良くわからん空間をずーっと彷徨わされてるんだよ、こっちは』

 

 ずーっと、の中の伸ばし棒は5センチくらい引かれていた。指がまだ痺れていて、僕はぎこちなくページを手繰る。

 ライが戦っている描写。能力がいかに強いか。敵がどんな技を出しているか……僕は気持ちの良いところばかり書いていた。ライがどこを冒険しているのか。朝なのか夜なのか。全く書いていなかった。ノートには、三島さんがカッコイイと思うだろう主人公だけがひたすら書かかれてあった。

 文が書かれてある一番最後のページには、また台詞が浮き上がっていた。

 

 『なあ、俺は何なんだ』

 

 僕は答えられなかった。

 

 『俺は何のために生まれて、どこに行くべきなんだ』

 

 何も考えてなかった――なんて書けなかった。とにかく、何か、ライのために書きたい。そう願った瞬間に、羽根ペンは輝いて僕の手元にふわりと滑り込んだ。まだ痺れる手で掴む。ノートの罫線を睨みながら、僕は続きを必死に考えた。ライが今どこにいて、何をしようとしているのか。考えた。やっぱりよくある中世ヨーロッパみたいな感じの雰囲気なのかな。でも中世ヨーロッパって、どう書けばいいんだろう。僕は自分の世界史の点数が悪かったことを思い出した。どれだけ想像しても、ライが……どういう冒険をしているのか、全然思いつかなかった。やっぱり僕には、書けないのかもな。気持ちが重くなるにつれて、羽根ペンは輝きを失っていく。ペンは僕の書きたい気持ち、物語を考えたい気持ちに反応しているみたいだった。僕は頭を振った。

 思いつかないなら、せめて、今僕が取り巻かれている状況を書くしかない。えっと……僕は塔の中にいること、鎧に襲われたこと、さっきの雷でたまたまそれを倒したこと……を書いた。読点を書かないうちに、次の行に台詞が浮かび上がる。

 

 『つまり、この鎧を倒しながら上を目指せばいいんだな?』

 

 走り書きだった。ライは今、興奮しているんだな、というのが伝わってきた。そうだと思う、と書き足すと、突然、周りの瓦礫が鎧ごと吹き飛んでいった。

 

 『もっと書け。塔を登りきったら何があるか知りたいんだ』

 

 ライの走り書きの字がノートに書き込まれている。僕はよろけながらも立ち上がって、瓦礫から抜けでて螺旋階段を目指す……そして、その様子を羽根ペンに書かせる。今まで経験したことのない集中力の使い方で、階段につまづきそうになるけど、苦じゃなかった。

 

 『もっと行こう! 上へ!』

 

 ライの浮き足立ったような走り書きに、思わず笑顔になってしまう。少なくとももう、僕は独りじゃなかった。

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