ソシャゲみたいな世界で「ここは俺に任せて先に行け」をやったら生き残ってどうしよう   作:アサリを潮干狩り

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第一話

 

 黒く塗り潰されたような闇の中、木々の間を駆け抜ける。

 

 荒い息遣いを抑え、じわじわと痛む足を動かす。

 

「深也、後ろです!」

 

「分かってる!」

 

 黒髪の少女の悲鳴のような声に呼応し、走っている途中で足を止め背後を振り返る。

 

 振り返ったその先には、禍々しい漆黒の体表をした怪物が深紅の眼光で俺を睨んでいた。

 

 翼や腕が身体中に煩雑に貼り付けられ、まるで幼児が遊びで作ったような化け物。辛うじて生物としての形を保っているものの、生理的に嫌悪感を感じる容貌をしている。

 

 

 

 『影蝕獣』

 

 数十年前に突如として世界の各地に現れ、同時に世界を滅ぼしかけた怪物。正体不明のエネルギーを糧として生命活動を行い、何処からともなく出現する神出鬼没の災害。現在、無数の人類が暮らしていた地球は彼らの手で約三割の面積を支配されているらしい。

 

 

 

「『瞬氷楔』っ!」

 

 その怪物の首を、冷気を纏った氷の棘で撃ち抜く。

 

 首の八割を瞬時に失った怪物は、ゆっくりと後方に傾いて地面に倒れ伏した。巨体が地に倒れた衝撃で辺り一面に土煙が舞い、視界を遮る。

 

「くそっ、キリがない!」

 

 手に握った剣で小型の影蝕獣を切り刻みながら空色の髪をした青年が悪態をつく。

 

 彼の制服には血が滲み、袖は深く破けている。

 

 かれこれ数時間、俺たちは影蝕獣と交戦しつづけている。しかも問題なのは奴らの数が一向に減らないことだ。今も拠点に向かって後退しつづけているが、奴らは絶え間なく襲いかかってくる。

 

 いくら専門的な訓練が施された人間とはいえ、無尽蔵とも思える敵の攻勢は精神がすり減って当然である。

 加えて肉体的な疲労も加われば、集中力は極限まで低下する。

 

「こんな、こんな任務の筈じゃないのに……っ!」

 

 先程俺に向かって叫んだ黒髪の少女が双剣を振り回しながら呻く。

 

「紗夜!」

 

 そんな彼女の背後から忍び寄っていた影蝕獣を、氷の剣を生み出して串刺しにする。

 幾つかの氷剣に急所を貫かれた影蝕獣は、地面に縫い付けられたままぴくりとも動かなくなった。

 

「……っ、すみません。助かりました、深也」

 

「礼はいい!今はここを抜けるぞ!」

 

 再び、影蝕獣の群れから逃げるように走り出す。

 

 暗い森の中をひたすらに駆ける。

 飛び出していた根を切り払い、進路にある邪魔な蔦を千切る。

 

 僅かな光のみを光明に、前へ前へと進む。

 

「こっちよ、みんな!建物があるわ!逃げ込みましょう!」

 

 唯一俺たちの先頭を走り、部隊を先導していた少女がそう叫ぶ。リーダーである彼女の言葉に従って、まだ旧時代の建物が残っている方に向かう。

 

 だが、根本的な解決になっていないことは皆が分かっていた。敵の数は底が見えないし、拠点は未だ遥か遠くにある。

 

 この敵の群れはいつ終わる?

 

 いつまで戦い続ければ俺たちは帰れる?

 

 あぁ、苦しい。

 喉元を込み上げる焦燥感で視界が歪む。

 

「はぁっ……ふっ……はぁ……」

 

 酷使した足や腕が痛い。

 吐く息が熱くて堪らない。

 異能の使い過ぎで頭が酷く痛む。

 

 もはや全身に痛みが走り、平時ならば蹲って転がるところをなんとか精神力と脳内麻薬で誤魔化す。

 背後からは地を鳴らす重低音が響き、刻一刻と命のカウントダウンが迫ってくるのが分かる。

 

 こうでもなると、嫌でも思い出さざるを得ない。

 

「……はぁっ……はぁっ――」

 

 ――前世で味わった、暗く冷たい死を。

 

 

 ◆

 

 

 実は俺は、一度死んだことがある。

 

 それも死にかけたとか死の淵を見たとかではなく、その時は本当に命を落とした。確か死因は出血死だったかな、道で通り魔に運悪く刺されて死んだのだ。

 

 今でも俺は、その時の事を鮮明に覚えている。

 

 流れゆく体の熱。

 火傷をしたように熱い傷。

 そして、忍び寄る冷たき死の気配を。

 

 その後、俺はあっさり死んだ。

 

 それで、次に目を覚ました時には知らない部屋にいた。

 後で分かった事だが、俺は死んだ後に別の世界の日本に転生したらしい。俗に言うパラレルワールドとか異世界というものだ。

 

 正直、その時はめちゃくちゃ混乱した。だって例えば、お前は死んだけど別の世界に転生したぜ、と言われて直ぐに受け止められるわけがないだろう。

 

 だが、成長するにつれて次第に現実を飲み込むようになった。人間、極限状態に置かれても案外適応できるものだと分かったのは収穫だった。

 

 そんな頃だったか、俺がこの世界の現実を知ったのは。

 

 

 『影蝕獣』

 

 人を襲う本能が組み込まれ、高い殺傷能力を持つ怪物。無数の個体が確認されているが、全てに共通しているのは漆黒の体を持つことと現代兵器が通用しないこと、それと人を襲うことだ。

 

 

 この世界には、そんな怪物が何十年か前から現れるようになったらしい。突然現れた影蝕獣によって、当時は幾つかの国、団体、集団が滅んだと聞いている。その時の混乱は相応のものだっただろう。

 

 だがそれと同時に、人類の中にも特異な力を持つものが現れるようになった。

 人々はそれを『異能』と呼び、異能を扱う人々のことを『適応者』と呼ぶようになった。

 

 適応者たちが持つ異能は影蝕獣に対して特効を持っているらしく、各国はこぞって自国の適応者を集めることに必死になった。そうでもしなければ影蝕獣に国が滅ぼされてしまうので当然だった。

 

 そして運が良いのか悪いのか、成長した俺は日本が実施している全国民適応者検査に見事に引っかかった。

 

 今思えば、これが一番の俺の不運だった。

 

 適応者が集められる学園にぶち込まれた俺は、まず徹底的にマニュアルに沿って戦闘技術を叩き込まれた。

 

 そして、いきなり任務という名目で実戦に放り投げられた。

 

 最悪なことに、学園ではまだ未熟な学生に影蝕獣と戦うことを強いているのだ。

 

 理由としては前線の適応者の減少、学生への訓練、スポンサーや国民へのパフォーマンス等があるらしいが俺からしたら知ったことでは無い。これを指示した連中にくたばれとでも言ってやりたいくらいだ。

 

 まぁ俺はなんとかギリギリで初陣を乗り越えることが出来た。運が良かったのもあるが、運も実力の内とも言うし良いだろう。

 

 ちなみに、俺の異能は氷を操る事ができる異能だ。結構応用も効くし、自慢じゃないが当たりだと思う。

 

 そんなこんなで俺は、割と上手い事この世界を生きてきた。

 

 任務のために組んだ班で班員同士で喧嘩したり、ガチで一度死にかけたり、死線を潜ることで班員たちと絆が深まったり、一筋縄では行かないことだらけだったがなんとかやってきた。

 

 そのお陰でかなり俺も強くなれたし、憎まれ口を叩きつつ信頼できる仲間も出来た。

 

 この仲間たちと、俺は絶対に生き残る。

 

 そう、心に決めていたはずだった。

 

 

 ◆

 

 

 一度なんとか影蝕獣を撒いた俺たちは、道中で見つけた形を保っている鉄筋コンクリートのビルに逃げ込んだ。

 

 灰色のコンクリートが所々剥げて鉄筋が見えているが、それでも今の俺たちにとってはこれ以上ない休憩所だった。

 

 埃だらけの床に座り込み、各々消耗した武器の手入れなり栄養の補給なりをしていく。

 

「……げっ」

 

 道中で散々影蝕獣を叩き斬った学園支給の『三式汎用近接剣』は、刃こぼれが酷く所々に欠けが見えた。

 

 黒い刀身が虫に喰われたようにぽろぽろと零れ、斬れ味を著しく低下させている。任務のために消耗品一式はある程度持ってきていたが、既にこの連戦で替えの刀身は使い切っていた。

 

「刀身の替え、ありますか?その様子をみるに随分荒く使ったみたいですが」

 

 いつの間にか隣に来ていた黒髪の少女――朧谷(おぼろや)紗夜(さや)が、俺の顔をじっと見ている。

 

「すまん、ねぇわ」

 

「なら私の替えがまだ残っています、幾つかあるのでどうぞ」

 

「ん、助かる」

 

 俺のチームメイトである彼女は主に接近戦を得意とするため、他の人間より多くの刃物を準備している。物資が殆ど尽きた今となっては彼女が頼みの綱だ。

 

 パチンと刀身の部分を取り外し、紗夜から受け取ったものを柄に差し込む。しっかり奥まで差し込むと剣の機構が作動して固定された音がした。

 

 これでなんとか近接戦闘はそれなりにやっていけるだろう。

 

 だが、他の装備品もなかなかに酷い状態だ。

 

 現在着用している防具である学園の制服は、戦闘もこなせるように防刃防弾仕様が施され頑丈に作られていたはずだった。

 

 だが、度重なる激戦で袖はざっくりと破れて端はほつれ、懐には切り傷擦り傷が無数に出来ている。こうなったら買い換えるしかないなと、どこか上の空で思考を巡らせる。

 

「……こんな任務なら受けなかったのにね、本当にごめん」

 

 部隊のリーダーを務めている少女――(たちばな)香織(かおり)が、俯きながら言う。

 

 この任務を受けると決めたのは彼女だ。きっと貧乏くじを引いた自分を責めているのだろう。

 

 壁に背を預けて座り込んだ空色の髪をした青年――佐伯(さえき)(あきら)が眉を顰めて吐き捨てる。

 

「いや、お前のせいじゃねぇ。受けた任務自体は危険度の低いものだった」

 

「彰の言う通りです。事前情報では、ここまでの影蝕獣が居るとは書いてありませんでした。文句を言うなら任務を回した上に言うべきです」

 

 チームを組んでいる俺たち四人が受けた任務は、比較的安全な性質なものだった。

 

 増えすぎた影蝕獣の間引き。

 影蝕獣に支配された地区のマッピング。

 

 国防省から学園に回された任務は、その程度のものだった。少なくとも危険度が高い賞金首の討伐任務や、軍の作戦行動に同行する等ではなかった。

 

 でも、結果はこれだ。

 

 事前準備は怠らなかった。

 周囲の地形を確認して物もある程度詰め込み、学園で休息をしっかり取った。油断は決して無かったと断言できる。

 

「クソ……本当になんなんだ、運が悪すぎるだろ。上の奴らもちゃんと確認しろよ」

 

 彰が溜息と共に拳を握り締める。

 

 偶然、影蝕獣が密集している地域があった。

 偶然、そこの影蝕獣は強力な部類が集まっていた。

 偶然、その地域に俺たちが足を踏み入れてしまった。

 

 おそらく、ただそれだけ。

 特に劇的な何かも無く、全てが偶然だった。

 

 だがその程度の不運で、幾人もの猛者が命を落としていった。

 

 そして今、俺たちもその瀬戸際にいる。

 

「……はぁ」

 

 ダメだ。

 あまり暗いことを考えるな。

 

 活路を見出せ。

 ここから生き残る、最善の道を。

 

「どうにか救援を呼ぶことは出来ないか?」

 

「一応持ってきていた通信機器も、ここまで影蝕濃度が高いと回線が繋がりません。ですが、なんとか東京コロニーの周辺まで辿りつければ、哨戒中の国防省の部隊が助けてくれる筈です」

 

 いくつか、この異世界の日本には大規模な都市が存在している。

 

 その発展した都市群は『コロニー』と呼ばれ、俺たちが住んでいる場所は『東京コロニー』と呼ばれている。

 

 今俺たちは、その東京コロニーから数十キロ離れた場所に居る。助けを呼ぶことは可能といえば可能だが、あの数の影蝕獣に追われては体力が持たない難しい距離だ。

 

 ……逆に言えば、影蝕獣から追われなければコロニーに辿り着ける。

 特異な力を持ち普段から鍛えられている学園生なら、数日程度で踏破できる距離だ。

 

 ふっと、息を吸う。

 

「……一つ、提案がある」

 

 ここにいる三人の視線が集まる。

 

 ふと、思いついてしまった作戦を彼らに告げる。

 

「俺がここに残って付近の影蝕獣を引き付けて、そしてその内に他の三人は脱出するってのはどうだ。俺はどうなるか分からないが、お前らは間違いなくコロニーに逃げ――」

 

「駄目です」

 

 強く言葉を遮られる。

 

「ふざけてるんですか、この馬鹿」

 

 声の出処を見ると、紗夜が冷たい表情をしていた。

 

「ふざけてなんかない。俺としては本気も本気だ、四人死ぬくらいなら一人を危険に晒して三人逃げた方が良い」

 

 四人揃って死ぬくらいなら、俺が付近の影蝕獣全てを引き付けて皆が逃げる為の時間を稼いだ方が良いに決まってる。

 

「というかそもそも、単純な戦闘で言えば私の方が深也より千倍強いです。ナメクジより弱い深也が残るくらいなら、私が残った方がマシじゃないですか。私なら敵を誘導しつつ帰還できます」

 

 ……千倍とかナメクジは絶対に言い過ぎだが、全くもって正論だ。

 俺よりも強い紗夜が残れば、もしかしたら自力での生還の可能性もあるかもしれない。

 

 だが、それは紗夜が平常時の話だ。

 

「紗夜。お前、もう足動かないだろ」

 

「……っ」

 

 何となく察していたことを言ってみると、紗夜の目が大きく見開かれた。

 

「やっぱりか。何となく動きがおかしいと思ってたんだよ。そんな足じゃ無理に決まってるだろ」

 

 何となく戦闘中の動きと、ここに着いてからの彼女の様子で察していた。具体的には分からないが、おそらく彼女は足を怪我している。捻挫か外傷か、どちらにしろ戦闘行動は難しいだろう。

 

 それまで黙っていた彰が震え、口を開いた。

 

「なぁ……なんでお前が残ると決まってるんだ!俺もまだ戦えるぞ、勝手に候補から外すな!」

 

「彰、お前は下級生に弟が居るだろ。んで香織も大事な妹が居る。でも俺は孤児だからな、帰りを心配する家族とかも居ないし俺が適任だ」

 

 そんなことを言うと、三人とも黙ってしまった。

 皆一様に苦しそうに口を噤んでいる。

 

「大丈夫だ、お前らが脱出した後に俺もなんとか逃げる。絶対にコロニーに戻ってくるから、約束しよう」

 

 自分で言っていてマジで信用できねぇなと思ってしまう。

 こんなのこれから死ぬ奴が言うセリフじゃないか。

 

「俺が約束破ったことあるか?……ないだろ?」

 

「そんなの、いっぱいあるでしょう!模擬戦で負けたくせに食堂のパンを奢らなかったり!一緒に街に出掛ける約束をしていたのに忘れていたり!全然約束を守ってくれないじゃないですか!」

 

 ちょっとカッコつけてみたら、紗夜から痛烈な反撃を食らった。

 

 やべ、そんなことあったっけ?

 てかこの様子を見るに、案外根に持ってそうだな……

 

 一先ず、強情な紗夜からではなく部隊のリーダーである香織に話しかける。この場において決定権を持っているのは彼女だ。

 彼女は黙ったままずっと口を噤んでいた。

 

「なぁ……頼むよ、香織。俺もみんなでここで死ぬことは望んでない。きっと、誰かがやらなきゃいけないんだ。それが……たまたま俺だっただけで」

 

「……っ」

 

 香織の顔が苦渋に歪む。

 唇をかみしめて、血が出る程に苦しんでいた。

 

 そうして数秒の後、彼女は決断を即座に下した。

 

「……分かった、わ。深也が付近の影蝕獣を十分に誘引でき次第、三人でここを離脱する。みんな、準備して」

 

「香織っ!」

 

 信じられないとも言いたげに紗夜が叫ぶ。

 

 彼女は優しいから、人を見捨てることが出来ないのだ。

 だから俺が、その背中を押してやる。

 

「紗夜」

 

 呼びかけると、紗夜はゆっくり俺に振り向いた。

 

 彼女は迷子の子供のように、不安そうに俺のことを見ている。彷徨う視線が俺を捉える。

 

 まったく笑える気分では無いが、無理やり表情筋を動かして笑みを作る。

 

「まぁ……お前とは最初は色々喧嘩して殴り合ったり、悪口を言い合って仲違いしたこともあったな。喧嘩の勢いで嫌いとか言ったこともあったっけ。でも……俺は――――」

 

 ふと、今までの日々の思い出が脳裏を過ぎる。

 

 あぁ……くそ。

 ダメだ、彼女に余計な事を言ってしまいそうだ。

 

 でも、死人の言葉を彼女に残してはいけない。たぶん彼女は、こういう事はずっと引きずるタイプだろうから。だから、簡潔にひと思いも残さない言葉しか言ってはいけない。

 

 込み上げる思いを、心の奥底に押し込む。

 素直じゃない俺としては、精一杯の別れの言葉を送る。

 

「お前の事……そんなに嫌いじゃなかったよ」

 

 今の俺は、上手く笑えているだろうか。

 笑えていると良いな。

 

「――ぁ」

 

 俺の顔を見た紗夜は、何かを察したように顔面蒼白になってしまった。

 

「ま、待って下さい!深也!お願い、待っ――」

 

「ごめん」

 

 足も碌に動かない紗夜に近付き、頭に衝撃を与えて気絶させる。パニックになった仲間を沈静化させる為とかで、学園で習った方法だ。まさか、こんな状況で役に立つとは思ってもなかったが。

 

 全身から力が抜けた彼女を抱き抱え、険しい表情をしたままの香織に渡す。

 

「ごめん香織、今までお前には迷惑かけたな」

 

「……っ……ごめん……なさい」

 

「俺こそ、ごめんな」

 

 彼女には酷いことをさせてしまうことになる。

 部隊員を、長年の友を、見殺しにしてしまう罪を彼女に背負わせることになってしまう。

 

 きっと責任感のある彼女は、一生罪の意識に苛まれてしまうだろう。それを分かっていながら残ろうとする俺は、きっと酷い馬鹿野郎だ。

 

「あ、そうだ。忘れてた。彰、ちょっとこれ頼むわ」

 

「……これは」

 

 背嚢から取り出した小さな箱を、彰に手渡す。

 

「それ、コロニーに帰れたら紗夜に渡しといてくれ。中身は大したものじゃないから見ても良いけど、あんま乱暴な扱いしないようにな」

 

「……分かった」

 

 本当は任務が終わった帰りにどっかタイミングを見つけてこれを渡そうと思ってたんだけど、こんな状況じゃ渡せないしなぁ。

 

 でも渡せないまま持って死ぬのも勿体なくてアレだし、こいつに頼んでおこう。

 

「でも、絶対に帰ってこい。これを渡したからって死ぬんじゃねぇぞ、死んだらぶん殴ってやる」

 

 彰は、どこか感情を押し殺したような声色で俺に語りかけた。彼は表向きには反対していなかったが、きっとその心中は荒れ狂っていただろう。

 

「……ま、出来たらな。別に死ぬ為に行くわけじゃねぇし、ちょっと頑張ってくるわ」

 

 なんだか死亡フラグみたいだと、他人事のようにそう思った。

 

 

 ◆

 

 

「……」

 

 ビルの出口からひっそり抜け出す。

 

 俺、彰、気を失った紗夜を背負った香織。

 この順番で街道に出た俺たちは、瓦礫の陰に隠れながら作戦の手筈を確認していた。

 

「よし、俺が合図したらこの手榴弾を適当な所に投げる。たぶん奴らは爆発に反応してそこに近寄ってくるはずだ。だから、その隙にお前らは建物を上手いこと利用して脱出しろ」

 

 こくりと頷く二人を視界に収め、掌の手榴弾を握り締める。

 

 この作戦が成功すれば、俺は九割九分死ぬ。

 

 でも、その死によって仲間が助かるなら喜んでやってやろうじゃないか。たぶん神様は、この時のために俺を転生させたのだろう。

 

「いくぞ」

 

 手榴弾のピンを抜く。

 そしてすぐさま目に付いた建物に投げ込んだ。

 

 瞬間、爆音。

 適当に投げた先である民家の一角が爆発する。

 

 それと同時に、傍に居た香織と彰が一斉に駆け出した。

 

 香織は背中に気を失った紗夜を乗せて走り、彰はその隣を追走している。彼らは後ろには目もくれず、ただ只管前へ向かって走り続けている。

 そう、それで良い。お前らは何も間違ってない。

 

 影蝕獣たちは香織たちよりも爆音の出処が気になるらしく、既に手榴弾の爆発地点に集まってきていた。

 

「さて……始めるか」

 

 俺を睨み、殺意を向ける周囲の影蝕獣を眺める。

 こいつらは中々に耳が良い、数分でもすれば大きな音の元へさらに集まってくるだろう。

 

「『冰界領域』」

 

 手始めに異能を発動させる。

 

 瞬時に冷気が辺り一面に広がり、空気中の水分が凍り地面に氷板を張る。突然の温度低下で出来たダイヤモンドダストが太陽の光を反射して煌めく。

 

 同時にこちらに近寄っていた影蝕獣たちの動きが、急激に鈍る。パキパキと体表に張り付いた氷を割りながら少しずつ俺に近付いてくるが、その動きはあまりに緩慢だ。

 

 『冰界領域』はその名の通り、俺の異能の影響を辺り数十メートルに拡大する技だ。出力の細かい調整も可能で、長期戦を想定するならこれくらいが丁度良いだろう。

 

「ふーっ」

 

 吐く息は白い。

 剣を握る手は寒気で悴んでいる。

 体調は万全とは到底言えない。

 

 大丈夫、全部慣れたものだ。

 

 さぁ、精々役に立て俺。

 何のためにここまで生きてきたんだ、せめて友の役に立つことくらいしろ。

 朽ち果てる全てを燃やし尽くせ。

 

 そうして俺は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見渡す限り、数え切れない程の影蝕獣が屍を晒している。

 

 地平線の向こうからは燦々と朝日が昇っていた。

 

「……ごほっ……はぁ……」

 

 

 

 

「……なんか、生き残っちゃった……」

 

 数多の影蝕獣の屍と自らが生み出した氷に囲まれながら、俺は呆然と呟いた。

 

 

 

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