ソシャゲみたいな世界で「ここは俺に任せて先に行け」をやったら生き残ってどうしよう 作:アサリを潮干狩り
実は全部書き終わってるんで後は投稿するだけなんですが、書きたいとこだけ書いたのでたぶん想像の五倍くらいあっさり終わります。展開早いなと思うかもしれませんがそこら辺はご容赦ください。
「ここ、座らせてもらうわね」
紗夜の寝ているベッドの傍の椅子に、やや遠慮がちに香織が座る。それに続いて入ってきた彰が香織の斜め後ろに立った。
一気に二人が入ってきて、広かった部屋が少々手狭になった気がした。迷い込んだそよ風で窓のカーテンがふらりと揺れる。
「紗夜……身体は大丈夫?」
何から話せば良いのか、そんな雰囲気を纏っていた香織が誤魔化すように微笑みながら切り出す。
「……はい、大丈夫です」
聞きたいことは沢山あったが、紗夜は聞くのを止めて素直に返答した。
もしくは、聞くのが怖かったのかもしれない。
心の底から恐れていた答えが返ってくるのを。
「あれから三日間、貴方はずっと寝ていたのよ。治療を担当していた医師の方に聞いたけど、全身に傷があって酷い状態だったらしいわ。特に足の傷はかなり深くて治すのに苦労したそうよ」
「……そうですか……香織と彰は大丈夫でしたか?記憶通りなら私と同じくらい負傷していましたが」
「俺たちは紗夜と違って全身に軽い傷があったくらいで、あとは何にも無かったぜ。まぁ死ぬほど疲れていたから、帰って治療を受けたらすぐ寝たけどな」
「なら良かったです」
紗夜は
それでも、長い時間を共にした友たちには隠した物が伝わってしまったらしい。彼らは示し合わせたかのように顔を見合わせると、頷いて再び紗夜の方を向いた。
「……紗夜……少し、聞いて欲しいことがあるの。たぶん、紗夜自身も気になってることだと思う」
「……?」
「深也のことよ」
「っ」
紗夜が目を見開く。
それを見て香織が慌てて念押しする。
「気になってるのは分かるけど、出来るだけ落ち着いて聞いてね。今は貴女も安静にするべきなんだから、激しい動きをしたら悪化するだけよ」
「分かりました」
胸に手を当て深呼吸し、心を落ち着かせる。
そして、香織に頷いて続きを促した。
「……そう、それじゃあ言うわよ」
「……」
この後に至って紗夜は、まだ深也がここに居る事を期待していた。
まだ彼は重症を負いながらも生き延びていて、今は病院で治療を受けているのではないかと願っていた。二人は驚かせるためにそれをギリギリまで隠しているんじゃないかと、妄想じみたことすら考えていた。
「深也は……彼は事前に立てた作戦通りあそこに一人残って、影蝕獣を引き付けて私たちを逃がしたわ」
結局、その想いは粉々に打ち砕かれた。
「そしてあれから三日が経った今、未だ彼が戻ったという情報は無い。恐らく……多数の影蝕獣との戦いで力尽きたのか、とても可能性は低いけど帰るのに手間取っているか、そのどちらかね」
「……」
紗夜は聞きたくなかったと思った。
それと同時にやっぱり、とも思った。
彼はそういう人だと昔から分かっていたから、悲しみや後悔はあれど納得が大きかった。
「なら、今からでも深也を助けに行きます……!」
故に、その考えに至るのも早かった。
白い腕に刺さっていた点滴を抜き、身体を覆っていた布団を力づくで部屋の隅に吹き飛ばす。腕をベッドに付いて足に力を貯め、部屋から飛び出――
「ぐっ!」
「落ち着けって言っただろ……」
その前に、彰にベッドの上で抑えられた。
紗夜は必死に全身に力を入れて抵抗したが、彰の力の前に藻掻く事しか出来なかった。
戦闘力ならば彰を遥かに凌駕している紗夜だが、単純な力ではどう足掻いても彼に勝てない。それに加え病み上がりという理由もあり、本来の力を出せていないという事情もあった。
「なんでっ……ですか!離してください!仲間を助けに行くのは当たり前でしょう!?」
精一杯の思いを吐き出したが、彰が紗夜を離すことはなかった。石のように固く動かない腕が、紗夜の肩を押している。
「まだ深也は、独りで頑張ってるかもしれないんです!だから……早く行かないと……っ!」
歯を食いしばり身体を捩る。
負担が掛かったベッドが悲鳴を上げ、激しく揺れる。
「なぁ紗夜、お前も薄々分かってるだろ。あの数の影蝕獣の群れをあいつは一人で相手にしたんだ、態々リスクを冒して救助に行く程生存の可能性は高くねぇ。寧ろ低いはずだ」
「……」
「特にお前には……あんまこういう事を言いたくねぇけどよ。でもいつかは受け入れなきゃなんねぇんだ。なら、出来るだけ早い方が良いと思うぜ」
彰は強く唇を噛み締め、紗夜から顔を背けて呟いた。
その顔には見るからに重い後悔が滲んでいた。
胸がつかえる。
違う、そんなわけない。
まだ彼は生きているかもしれない。
その可能性が少しでも、塵程にでもあるなら、助けに行かないといけない。
そんな思いが紗夜の頭の中を満たす。
だが――
「……お願い、止めて。紗夜」
まるで今にも存在ごと消えてしまいそうな声。
掠れて聞き逃してもおかしくないものだった。
今まで聞いたことのなかった香織の声に、紗夜は思わず抵抗するのを止めた。それに従って彰も、紗夜から腕を離して元の位置に戻った。
横に居た香織は虚ろな目になりながら、肌が真っ白になるほど固く拳を握りしめていた。
そして苦々しく口を開く。
「深也は、もう……死んだのよ」
「――」
最も聞きたくなかった言葉。
あってはいけなかった事実。
その決定的な言葉が紗夜の頭に響く。
胸の中で何かが、乾いた音をして折れた気がした。
は、は、と意図せずに呼吸が不規則に上がる。
突然酸素が無くなってしまったかのように呼吸が不自由になり、息が荒くなる。
深也が、死んだ。
いつも笑っていて、どこか達観した感じで、こんな自分とも仲良くできる彼が、死んだ。
違う、彼が死ぬわけない。
彼と何年も一緒に過ごしてきたのだ。毎日顔を合わせていて、腕を競い合っていて、次の日にもなればまた元気な顔で――
『お前の事……そんなに嫌いじゃなかったよ』
ふと意識を失う前に見た、彼の顔と優しげな声が浮かぶ。
いつもの彼には似合わない、酷く慈しみに溢れた声。
あの後、彼は一人で無数の影蝕獣を相手に戦ったのだろう。
手がちぎれて足が折れて、それでも紗夜たちを逃がすために全力を尽くした筈だ。その後に無惨に殺されて身体を食い荒らされ、一片も残らなかったとしても。
それならば。
やっぱり。
やっぱり彼は。
死んで、しまったのだろう。
それを認識して。
目の前が、ぐにゃりと歪む。
「あ、ああ」
言葉ですらない声が溢れる。
何回考え直して試行して生存の可能性を考えても、必ず彼の死にたどり着く。脳は同じことを思考し続け、そして同じ結果を示し続ける。
途端に世界が遠くなった気がして、紗夜は何もかもが分からなくなった。
呼吸をしているはずなのに、何度も吸って吐いても息をしている感覚が無い。外に居る訳でもないのに、身体が苦しくて寒くて堪らない。瞳は世界を映しているはずなのに、目の前は色彩の失われた暗闇しか見えない。
「ぅ、うああ、ああ」
嗚咽が零れる。
いつの間にか視界が涙で滲む。
どうしてかは紗夜自身にも分からないのに、嗚咽と涙が止まらない。心が張り裂けてどうにかなってしまいそうで、ひたすら苦しかった。
「ああぁあ……ぁああああぁぁぁ!!!」
正体の分からない激情が紗夜の胸の内を満たす。
その感情に後押しされて、必死に声を枯らす。
いつの間にか瞳から涙が溢れて頬を伝わり、衣服を濡らしていたとしても。
そんな紗夜を、香織と彰は傍で静かに見つめていた。
◆
「本当にこれでいいのかよ、もう少し落ち着いてから伝えるのでも良かったんじゃねぇか?」
眉を顰めた彰がそう口にする。
既に香織と彰は病室を出て、学園の敷地の道を歩いていた。
一時は危なかった紗夜の様子もひとまずは落ち着いたので、一人にしても大丈夫だと考えたからだった。また、彼女にも想いを整理する時間が必要と判断したからである。
沈み始めた夕日が学園を狐色に照らし、残っている生徒たちに時刻を知らせる。彼方の黄昏が空を一面に染め上げ、どこか酷く感傷的な気分にさせた。
「……これが……一番良かったはずよ」
香織は自信なさげに言う。
彼女もこの判断が合っているのか迷っている様子だった。
「私たちが深也の事を言わなくても、紗夜ならきっとすぐに誰かから聞き出すと思う。学園の職員か国防省にね。それに、もしかしたら紗夜が自分一人で答えを導き出した可能性もあったわ」
行動力のある彼女ならすぐに身近の人間に話を聞くだろう。そして例え学園の人間を口止めしていても依頼元である国防省から聞き出されたなら、間違いなく深也の事を知られてしまう。
加えて賢い紗夜ならば、誰にも聞かなくとも少ない情報から真実を読み取ることすら考えられた。
「そうなった時、間違いなく彼女はたった一人で深也を助けに外へ出たはず。一人で影蝕獣の支配域の奥地に行くなんて、そんなのただミイラ取りがミイラになるだけよ。そんな最悪の事態よりかは、まだこれが良いと思う……んだけど……」
自信なさげに香織が俯く。
「まぁ……良いか。とりあえず、紗夜もあの様子ならすぐにどうこうする訳でもないだろ」
「……それは、そうだけどね」
病室に置いてきた紗夜の様子を思い出し、少し口ごもる。
まるで魂がなくなってしまった抜け殻のような、ただの人形のような、感情の見えない彼女の表情。
感情のままに叫んだ後、紗夜はどこか一点を薄目で見ながらなんの反応もしなくなってしまった。かろうじて退出する時に返事はしたが、それでも普段の彼女からはかけ離れている。
「……そろそろか」
そうして二人で歩いていると、学園の男子寮と女子寮を分ける分かれ道に差し掛かった。まだ道には他の学生もまばらに見受けられる。
「じゃあな」
「ええ、また明日」
軽く手を振り、香織は一人で寮に向かって歩み出す。
「……」
先程と異なり、辺りが一気に静まり返る。
人間の声どころか、動物の音や生活音すらも聞こえない。
ただ自らだけの空間に香織は放り出される。
口を閉ざしてひたすら歩く。
「……本当に……ままならない」
小さな声で呟く。
暗く陰鬱とした声色だった。
……なにが『深也は、もう死んだのよ』だ。
彼を殺したのは、自分だと言うのに。
死ねと、そう最後に命令したのは自分だと言うのに。
あまりに偉そうで、無責任な言葉に自分自身に苛立ちが湧く。紗夜に早く事実を受け入れてもらう必要があったといえ、あんな言い方は無かったんじゃないか。他の優しい伝え方は無かったのか。
︎︎自分に、そんなことを言う資格なんてあるのか。
そんな言葉が香織の頭の中でぐるぐると回る。
結局、どれだけ考えても答えは出なかった。
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