ソシャゲみたいな世界で「ここは俺に任せて先に行け」をやったら生き残ってどうしよう   作:アサリを潮干狩り

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第五話

 

 

 ただただ、感情が枯れ果てた。

 

 最早、口を開くのも億劫だった。

 

 このまま黙っていたら存在が空気に溶けてしまいそうなほど。

 

 紗夜はベッドの上で横になりながら、何をするでもなく視線を宙に漂わせていた。

 

 純白の患者服に身を包み、ほっそりとした白い肢体は微動だにしない。稀に目だけを動かして周りを見るが、それもすぐに終わる。

 

 深也の事を聞いて感情が暴走してから果たして何時間が経ったのか分からない。あの時はひたすら無我夢中で涙を流し、香織たちが出ていったことにすら気づかなかった。

 

 ︎︎制御出来ない熱で頭の中がぐちゃぐちゃになり涙もとうに枯れた頃、紗夜はいつの間にか泣き疲れて寝ていた。

 

 そして先程、目を覚ましてからはずっとこうしている。

 

「……」

 

 今、自分が生きているのか死んでいるのか、はたまた夢の中に居るのか、そんなよく分からない感覚。その虚ろな境界線上で意識が揺らめく。

 

 もしかしたら心の何処かが壊死を起こしたのかもしれないと紗夜は感じた。

 

 

 それでも、構わないとすら思った。

 

 

 これ以上何もしたくない。

 何も考えたくない。

 もう消えてしまいたい。

 

 

 だって、もう彼は居ないから。

 

 

 あまりにそれは当たり前過ぎて、最も大切なことを忘れていたのかもしれない。

 結局のところ紗夜のする行動の殆どに彼は共に居て、日常の中心に居座っていた。

 陰鬱とした紗夜の生き方を無理やり変えさせ、根本から全てを覆してしまった。

 

 食堂で昼食を摂る時も。

 訓練所で鍛錬する時も。

 稀に学園を出て外出する時も。

 

 隣には彼が居て、そして仲間が居た。

 

「……深也」

 

 その名を呟く。

 もう会うことの出来ない人の名を紡ぐ。

 

 まるで胸にぽっかり穴が空いてしまったような空虚感。

 代え難い何かを失くしてしまった時の言い知れない失望感。

 

「……?」

 

 それらで頭が一杯になりながら、紗夜は視界に見慣れない白い物体があるのに気付いた。

 

 病室に備え付けられた机の上にある”箱”。

 少しだけ煤で汚れた白い箱を。

 

 紗夜はやっと箱に焦点を合わせてまじまじと観察し、その正体に気が付いた。

 

 思い出した。

 あれは、数時間前に来た彰が置いていった箱だ。

 

 彼の話によれば紗夜に届けてくれと、死ぬ前の深也に頼まれたらしい。死んで渡せないのは勿体ないからどうせならお前が渡しといてくれ、と言われたのだとか。

 呆けていて彰の話をあまり聞いていなかったが、その部分だけは鮮明に覚えていた。

 

「……」

 

 紗夜は無言で身体を動かし、その箱を手に取る。

 思ったよりも小さくて簡単に片手で収まってしまった。

 

 息を小さく吸い、意を決して開く。

 最期に彼が残した物を見る。

 

「……これ」

 

 開いた箱の中からは、ブレスレットが出てきた。

 

 無骨でしっかりとした作りの、琥珀色に煌めくチェーンのブレスレット。

 何処かの有名ブランド程高級品では無いが、決して安物とは言えない素材が使われ細やかな意匠が凝られている。

 

 どうして深也がこれを渡したのか意図が分からず、紗夜はまじまじとそれを観察した。

 

 天井の照明の光を受けたブレスレットが冷たい光沢を放ち、ふらふらと紗夜の目前で揺れる。堅牢な作りをしているそれは激しい動きをしても壊れることは無さそうで、今どきの女子らしくない紗夜の感性にも合っていた。

 

「……ぁっ」

 

 ふと、記憶の源流に心当たりを見出す。

 紗夜は思わず小さな呟きを零し、手を震わした。

 

 ……嗚呼、そうだ。

 

 頭の奥底に封じられていた記憶が鮮明に蘇る。

 一気に霧が晴れたように情報が流れ込む。

 

 これは――――

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 人々の喧騒が聞こえる。

 

 老若男女問わずあちこちに人が溢れ、高くそびえ立つ建物には様々な種類の店舗が入っていた。いつも住んでいる学園では有り得ない光景に目が疲れる。

 

『う、すごい……人混みですね……』

 

 慣れない人混みに四苦八苦しながら、紗夜は学園の外にある街の中を歩いていた。

 

 休暇を取って久しぶりに街へ繰り出したは良いものの、何をするべきなのか分からない。学園での長い閉鎖的な生活のせいで娯楽の楽しみ方を忘れてしまったのだ。

 

 加えて行動を共にしていた深也たちを人混みで見失い、情報端末で連絡をしても返答は無い。気づいていないのか、電波が乱れているのかどちらかだろう。

 

 どうして良いか分からず、流されるままにそわそわと雑踏の中を揺蕩う。

 

 光り輝くネオンライトや人で溢れた大通り、騒がしい人混み。

 

 それらに目を奪われている内に、いつの間にか紗夜は店の中に押し流されていた。

 

 暖色の照明が店内を照らし、清潔感がある綺麗な店。

 

 店内を見渡してみると、ショーケースに入ったアクセサリーがずらりと並んでいる。ネックレスやブレスレット、指輪などが美しく照らされていた。

 

 どうやらここは装飾品を売っている店らしい。

 

『……』

 

 思わずキラキラとした輝きに目を奪われる。

 

 紗夜自身、一般的な女子とは異なる価値観を持っていることは自覚している。

 生まれた場所が理由なのか、刀剣や銃といった武器に魅力を感じるようになったのだ。戦う人間としては正解なのだろうが十代の少女の趣味とは思えず、仲間内ではドン引きされていたのは記憶に新しい。

 

 だがこうして見ると、ネックレスやブレスレットと言った物も悪くはないと思える。

 

 アクセサリーの滑らかな光沢が光り輝き、剣の刃とはどこか違う輝きに魅入られる。その柔らかな魅力に視線を絡め取られ――

 

『お……紗夜。こんなとこに居たのか、一応みんなで探してたんだぞ』

 

『っ!?』

 

 弾かれたように後ろを振り返る。

 

『……ん?何見てんのお前』

 

 そこには不思議そうに胡乱げな目付きをした深也が居た。

 

 いつもの戦闘用に加工された学生服とは違ったラフな服装に身を包み、ポケットに手を突っ込んでいる。外へ出掛けるということで普段着を着てきたらしいが、今までとはまったく違った新しい印象を受ける。

 

 なんとか誤魔化す為に、見ていたアクセサリーを背に隠すように立つ。

 仄かに冷や汗が滲むのがわかった。

 

『し、深也……居たんですね』

 

『おう、たまたま見かけてな。てか…………』

 

 深也はじろりと挙動がおかしい紗夜の様子を観察して、こくりと首を傾げた。

 

『な、なんですか。別に何もありません』

 

『や……何か見てたよなお前、別にそんな隠さなくて良いと思うんだけど……明らかに様子変だし』

 

『……何も見てませんよ?ほら、全然見てませんから大丈夫です』

 

『……』

 

 心底呆れたようにジト目で見つめる深也。

 それに呼応して額に冷や汗が伝う。

 

 紗夜としては、こんな年頃の女子が好むものを見ていたなんて絶対に知られたくない。それは普段の自らの行動や趣味からして、非常に()()()ない事だと分かっているからだ。

 

 ましてやここ居るのは、いつもの自分を最も良く知る男。

 

 知られてしまったら果たして何を言われるか分かったものでは無い。そんな想像をしてみると顔から火が出るほど恥ずかしかった。

 

『ほらっ……早く行きましょう!外で香織と彰も待っているんでしょう?ねっ!』

 

『えぇ……なんなの……』

 

 ぐいぐいと急かすように深也の身体を押す。

 やけに強引な行動に困惑したように彼は首を振っている。

 

 だが――

 

『あぁ、成程。そういうことね』

 

 店内の様子を見ると、納得したようにひとつ頷いた。

 その様子に思わず紗夜の身体が固まる。

 

『お前も……そういう物が気になるのな、なかなか珍しいこともあるもんだ』

 

『う”っ』

 

 頬がかっと熱くなるのが分かった。

 

『そ、その通りですよ!文句でもあるんですか!?あるならさっさと言って下さい!ねぇ、ほら!早く!』

 

 羞恥心から目を遠ざける為に目の前の彼に食ってかかる。

 

『いや落ち着けよ……別に悪いなんて言ってねぇし、むしろ良いことだと思うけど』

 

『良いこと……?ば……馬鹿にしているなら素直にそう言ったらどうですか!?』

 

『うるさ……いや、全然馬鹿になんかしてねぇよ。お前にもそういう感性がちゃんとあったんだなって逆に安心したわ』

 

『そっ……そうですか?』

 

 意外だ。

 想像していた展開と違う。

 

 彼なら適当に茶化してくるのだと思っていたが、案外普通の反応だ。いつもの行動から考えると面倒なくらい馬鹿にするはずなのだが、ここまで優しいと少し拍子抜けだとすら感じる。

 

 紗夜が驚きで目を瞬かせていると、深也は店内に入ってきてショーケースの中にあるアクセサリーを観察し始めた。

 

『お前見た目は綺麗なんだし、やっぱ少しは着飾った方が良いだろ。そうしたら周りの奴らの見る目も変わるさ、もしかしたら彼氏とかできるんじゃないか?』

 

『……別にそんなものは要りません。深也だって知っているでしょう、私が男子生徒からの告白を断っていることは』

 

『うーん、そうかぁ?本当は彼氏がもう居たりしてるけど隠してたり――』

 

『居ません』

 

『あ、はい』

 

 刺々しく返答する。

 ふんと息を吐いた。

 

 今の紗夜には恋人を早急に作りたいという気持ちも特になく、またそんな余裕も無い。

 

 色恋沙汰に現を抜かした者から死んでいくと、そう紗夜は常に考えている。だから、剣術の鍛錬に集中するという理由で告白は全て切り捨てるし彼らの事を気にすることは無い。申し訳なくは思っているが、そうしなくてはこの先生き残れないのだ。

 

『そ、そんな事はともかく……ここで何か買わないのか?せっかく街まで出てきたんだし、欲しいものがあるなら買った方が良いぞ』

 

『何も買いませんよ、どうせ買っても付けませんし。それにいきなり私がお洒落を気にしだしたら、周りから変な目で見られそうじゃないですか。それが本当に嫌なので買いません』

 

『でも、少しは興味あるんだろ?』

 

『………………まぁ……ちょっとは』

 

『ははっ』

 

『黙ってくださいっ!』

 

 軽く鼻で笑った彼を思わず罵倒する。

 

 実際、そういう類のものに興味が無いわけではないので、買いたいという気持ち自体はある。

 だがそんな素振りを一切見せなかった自分がいきなり女子らしい事をしたら、周囲からの好奇の目に晒されそうでどうにも心配だった。杞憂かもしれないとは分かっているが、どうしても気になって仕方が無い。

 

 はぁ、とため息をつく。

 

 そんな紗夜に深也はさりげなく口を開いた。

 

『そういう感じなら今度、暇があったら俺がお前に買ってやろうか?俺のセンス頼りになるけどな』

 

『……え?』

 

 予想外の言葉に面食らう。

 豆鉄砲を食らったように目を見開いていると、彼は可笑しなものを見るように軽く笑った。

 

『何だかんだ言ってるけど、お前には普段から世話になってるしな。いつか形あるもので恩返したいと思ってたところだったし、買うのが恥ずかしいなら俺が買ってもいいぞ』

 

『深也が私に……ですか?』

 

『それ以外何があるんだよ』

 

 それに、と彼は続けて答えた。

 

『変な目で見られるのが嫌だって言うけど、人から貰ったって言えば付けやすいんじゃないか。使わないのが勿体ない、とか言ってさ』

 

『え、えぇ……そう……ですね……』

 

 ごにょごにょと口を濁す。

 

 ……分かっている。

 特にこれといった意図が無いのは分かっている。

 

 それでも彼から煌びやかな物を贈られるという事柄に、よく分からない感情が浮かぶ。言語化出来ないもやもやとした重い霧に頭を支配される。

 

 紗夜が不明瞭な感情をうまく整理しきれず、返答を誤魔化していると

 

『んまぁ、アクセサリーじゃなくって他の物が良いって言うならその希望通りにするけど』

 

 そんな声が聞こえた。

 

『いえいえっ!そのままでお願いします!アクセサリーで大丈夫です!』

 

『お……おう……?ま、分かったよ。お前が良いなら今度暇を見つけて買ってくるわ』

 

 半ば困惑しながらも彼はこくりと頷いた。

 

 よし、と小さく拳を握る紗夜。

 この滅多にない機会を逃すというのはなんだか酷く残念な気がしていた。

 

 そして彼から物を受け取る未来を想像してみると、不思議とふわふわと心が高揚してくる。上がりそうになる口角を意識して抑え普段の態度を再現した。

 

 深也が仕方なさげに頭をかく。

 

『でも……精一杯努力するけどあくまで俺のチョイスだからな。好みに合うかは分からないからそこは分かっておいてくれ』

 

『大丈夫です、あまり期待しないで待ってますよ。最悪な場合を想定しておけばどんな物が来ても喜べますから』

 

『お前……そんな事言うならガチで酷いもん選んで送り付けるぞ』

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ――我に返る。

 

 洪水の如く溢れる記憶。

 それらを押しとどめて、意識が白い病室に帰ってくる。

 

「……ぁ」

 

 紗夜はぎゅっと、無意識に琥珀色のブレスレットを握り締めた。

 

 ……今更、こんなものを贈ってきてなんだと言うのだ。

 そもそもこういうものは当人が手ずから渡すのが筋だと言うのに、他人に任せるなんて有り得ないだろう。彼のことだ、どうせタイミングが見つからないから適当に任務の帰りに渡そう、とでも考えていたのだろうが適当過ぎやしないだろうか。本当に最悪、最低な男だ。

 

 彼に対する厳しい言葉が紗夜の頭で反芻する。

 

 ぐるぐると冷たい言葉が血液のように巡る

 ひたすらに埋め尽くす。

 

「……っ……ちが……う」

 

 紗夜は堪えきれずに、ふっと頭を振った。

 

 そんなこと、本当は別にどうでも良かった。

 

 それよりも遥かに大事な事。

 守って欲しいことがあった。

 

 本当は――

 

「……ぅあ」

 

 ――生きて帰ってきて、自分の手で渡して欲しかった。

 

 どれだけ酷い贈り物だろうが、どれだけ安物だろうが、彼の手から受け取るだけで紗夜は満足出来たのだ。

 

「っぅぁ……ぁぁあ」

 

 枯れたと思っていた涙が、双眸にじわりと滲む。

 

 深也が帰れなかったのは、誰にでも起こりうる単なる不運。

 聡明な紗夜はきちんとその事を理解できているし、友人たちもそう思っていることは分かっている。影蝕獣の生息範囲を予測可能な機器など無いし、これは仕方なかった事。

 

 それでも、思ってしまう。

 

 こんな自分がもっと強ければ。

 彼に襲い掛かる全てを斬り伏せ、命を守ることが出来たなら。

 

 暖かくありふれた日常を守れたのではないか。

 今頃、彼と取り留めのない会話をして笑っていられたのではないか。

 

「っぅ……あは……」

 

 今は無き日常を妄想している自分があまりにも滑稽で、紗夜は泣きながら乾いた笑いをした。

 

 

 

 

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