ソシャゲみたいな世界で「ここは俺に任せて先に行け」をやったら生き残ってどうしよう 作:アサリを潮干狩り
あらすじや前書きでも言った通り一発ネタなので、ここから展開速くなります。
「――であるから、この想定では戦場を迂回し――」
かつかつと、教室の静寂を切り裂くように黒板にチョークを擦る音が響く。
教壇では中年の教師が忙しなく動き回り、黒板一面に文字を埋めていく。
異能育成学園の授業は一般的な外の学校とは異なり、戦闘に関するものが多くを占める。影蝕獣との危険な戦闘が義務付けられている以上、生き残る為の術を教えるようになるのは自然な事だった。
だがそれ故に生徒が詰め込む知識量も増えており、負担は相当なものとなっている。連日の予習によって寝不足で居眠りをしている生徒も珍しくなかった。
授業を受けている生徒達は置いてかれないように、必死に情報をノートに書き留めていく。
「この場合は手榴弾や爆発物を――」
「……」
その中の一人である黒髪の少女、朧谷紗夜は虚ろな目で真っ白なノートを見下ろしていた。
彼女は教師の声を右から左に聞き流しシャーペン片手にぼーっとノートを眺めている。文字を書いた形跡すらなく、授業の内容を聞いている様子は無かった。
時折思い出したように黒板を見つめるが、再び下を向いて暗い顔で考え込んでしまう。かちかちとシャーペンを手癖で鳴らして、時間を無為に潰している。
誰がどう見ても、彼女は授業に集中出来ていなかった。
「朧谷さん?大丈夫ですか?」
それに気付いた学園の戦術科目を担当している教師が、授業をほっぽりだし上の空である紗夜を覗き込む。
「……っ!は……はい、すみません……大丈夫です」
「そうですか……?まぁそれなら良いんですが、しっかり授業に集中してくださいね。優秀な朧谷さんらしくない」
「す、すみません……」
慌てて謝り黒板に向き直った。
そして小さくため息をついてから、気を取り直して板書を写していく。
「……」
◆
結局、紗夜は一日中学園の授業に集中することは出来なかった。宙をぼーっと見つめ、それを教師に咎められる。その繰り返し。
どちらかと言えば教師も普段とは全く異なる紗夜の態度に困惑しており、そのせいか大して説教を受けることもなかった。
そして西の空に太陽が沈み、薄暮れの時が迫りつつある頃。
「――っ!――ふっ!」
紗夜の姿は、学園の訓練施設にあった。
一歩深く踏み込み、両手に持つ刀を振るう。
袈裟、逆袈裟と型をなぞる。
脳裏に宿る理想の動きと自らの現実を重ね合わせていく。
久方ぶりに持つ刀の重みは心地良く、暗雲が立ち込めていた心を微かに忘れることが出来た。
「は……は……ふぅ……」
最近は病院で療養していたということもあり、紗夜は久しぶりの運動で体から滝のように汗を流していた。息は熱く荒くなり、艶やかな長い黒髪が宙を踊る。ひたすらに無我夢中で刀を振り翳し、時も忘れて鍛錬に耽る。
今の紗夜にとって時間や場所など、そんなことはどうでも良かった。
ただ今は、胸の内に宿る
「ふ……良し」
ここまでは準備運動。
体が十分に温まったのを確認した紗夜は、次に生徒たちの練習台として設置されている藁人形へと向かった。
紗夜の身長よりも高いその藁人形は、異能を利用して作られていることもあり通常のものよりも遥かに硬く靱やかになっている。
紗夜は刀を鞘に納めると、深呼吸をして心体を落ち着かせながら人形に向き合った。
これから行う技は先程までの雑な斬撃とは異なり、しっかりと技術として継承されている朧谷の技だ。格好つけて言い換えれば奥義と言っても良い。半端な気持ちで行えば骨の一本や二本ほど折れてもおかしくない。
気持ちを整え両目で見据えながら、一足一刀の間合いに踏み込む。
右手で刀を軽く握り締める。
ゆらりと全身の筋肉を脱力させ、無駄な力を抜く。
そして。
短く。
小さく。
紗夜は息を吸った。
鯉口を切る。
瞬間、刀を抜く。
「――」
踏み込んだ足から腰へ。
回転させた腰から腕へ。
地面からのエネルギーが乗算され増幅され、紗夜の体を伝わっていく。
そして、その終着点は刀の切先。
適応者の柔軟な身体の
体内にある幾つもの複雑な関節の動きを連動させた朧谷の殺しの技。
数え切れない先人たちが磨き上げた練磨の結晶。
それに加えて紗夜の所持する異能、体感時間の操作すらも加わった時。
鞘から解き放たれた刀の速度は――。
「『迅雷一閃』」
――――僅かに音速すら超える。
音は、無かった。
藁人形の脇腹から肩口までを鈍色の光が切り裂く。音速の刃は一切の抵抗なく人形を貫通し、人間相手であれば間違いなく致命傷である斬撃。
一呼吸の後には、既に紗夜は残心を取っていた。
一歩、二歩。
紗夜がゆったりと下がった後。
思い出したかのように、ぱさりと藁人形が地面に落ちる。
事は一瞬。
瞬き程の間で行われた出来事。
二つに分かたれた藁人形を眺め、紗夜は目を細めた。
「……はぁ」
駄目だ。
まったくなっていない。
切り口が雑で汚い。
力が抜けきっていない。
姿勢が歪んでいる。
身体の連携が甘い。
普段の技の冴えと比べれば錆びきっていると言っても良い。
おそらく、原因は複数あるだろう。
これまでの病院生活で鈍っている身体。
先日の任務で負った傷跡。
そして、揺らいでいる精神。
「…………もう一回」
それらを払拭するために、紗夜は再び刀を取り鍛錬に励んだ。
それでも頭の中の暗く濁った感触は消えない。
決して埋まらない底無しの穴が生まれてしまったかのような、取り返しのつかない違和感。
紗夜はずっと、そんな感触で頭が一杯になっていた。
日常が劇的に変化したあの日から、十数日が経った。
大怪我を抱えていた紗夜は、高度な医療によって治療されて無事に学園に戻ることが出来ていた。
以前と何も変わらない生活。
学友と共に勉学に励み、戦闘技術を研ぎ澄ます日常。
特に命の危機もなく、血生臭い戦場でも無い穏やかな日々。
でも、決定的に
変わらない日常の景色とは裏腹に、欠けてはならないものが欠けている。
紗夜はそんな自身の感覚と現実との差異が、堪らなく気持ち悪かった。何となく噛み合わせが悪いと言えば良いのか、とにかく落ち着かない感覚。
――その原因は、紗夜にとっては明白だった。
気が付けば、
陽炎の如く揺らめく不安定な幻影を目で追いかける。
頭で理解していても長年染み付いた習慣は消えず、彼を探した後に虚脱感が襲ってくる。
蜃気楼のように目の前から消え失せた深也。
あまりに現実味が無い彼の死に、紗夜は精神が追いついていなかった。
死んだ、という事自体は理解している。
それでも彼の死の瞬間は自分は見ていないし、死体すらも発見されていない。ましてや墓なんてものは存在せず、ただ行方不明となったという知らせだけが情報として残っている。
そして紗夜は、彼が居ないこの日常に慣れてしまうことを非常に恐れてもいた。
なぜなら、彼がこの世に存在していたことを示す物が、このブレスレットだけになってしまうから。
寮の部屋の物は、彼の行方不明状態が取り消された時に全て処分される。
それに紗夜もいつまで彼の声、顔、匂いを記憶していられるかは分からない。この数年間の綺羅星の如き思い出もいつかは忘れてしまうのかもしれない。
だから――――この冷たい金属の確かな感触に縋る他、今の紗夜に出来ることは無かった。
◆
「……重症ね」
どんよりと重く呟く。
学園の食堂。
多数の学園生徒の生活を支える心臓部であるそこは、ひとつの商店街かと勘違いするほど巨大な空間を有した施設である。カウンターでは色鮮やかで様々な料理が提供されており、値段に目を瞑れば中華や寿司、果てには見たこともない異国の料理すらも注文可能だ。
そんな食堂の一角、時間も昼時であり多くの生徒で賑わっているところで、香織は頬杖をつき深く考え込んでいた。
注文した学園人気メニューの日替わりカレーを口に運びながら、思考に耽る。
「うん、どうしようかしら……」
もちろん、彼女の考えの内容は近頃様子のおかしい紗夜についてである。
「時間が心の傷を治すとは言うけど……あまりに引き摺りすぎて見てられないわね」
授業ではほとんど集中出来ずに常に上の空。
訓練もイマイチ身が入っていないまま反復練習を繰り返す。
香織が話しかけると笑ったり驚いたりなど普段と同じ反応はするが、明らかに無理をしているのが分かってしまう。
紗夜の様子が異常な理由は、間違いなく深也の死を意識しているからだろう。
「まぁ、紗夜らしいと言えば紗夜らしいけれど」
香織も深也の死について思うところが無い、と言えば嘘になる。寧ろ彼へ命令を下した者として、針で刺されるほどの痛みを抱えていた。
だが彼女は部隊を操る
そしてもう一人の部隊員である彰も、そこまで重く引き摺っている様子は無かった。
彼に関しては友を見殺しにした悔しさを糧として、更なる強さを求めて激しい訓練をしているらしい。
内に溜め込む紗夜とは違い、外へ形を変えて放出するのは彼の良い所だろう。
「でも、このままだと紗夜は精神的に壊れてもおかしくない。そうなってしまう前に、何らかの対処が必要……?」
彼女の精神がこのまま健全に回復し、正常になるという保証は何処にもない。下手をしたら精神的に病んでしまう事も十分に考えられる。
時に全てを任せてただ待つだけ、というのはあまりに危険な考えだった。
「一度休暇を取らせて休ませる……いや、これだと一人で余計に考え込んでしまうかしら。なら街へ連れ出して気を紛らわせる……これも危険ね、あそこは色々思い出があるから変に深也を思い出す可能性があるわ。うーん……なら、やっぱり正面から乗り越えさせるしかな――」
ぶつぶつと一人考えを纏める香織。
そんな彼女の懐から振動と共に電子音が鳴る。
「何よ……もう」
考えを打ち切り悪態をつく。
発信源は多機能型の情報機器だった。
おそらく誰かが香織に通話を掛けているのだろう。
食事中に面倒だと思いながらも、起動した情報機器を耳に当てる。
『――――!』
「香織よ。うん、何かあった?こんなお昼時に」
『――――――――――』
「……え?ご、ごめんなさい。もう一回言ってもらえる?」
『――――――――――』
そんな頃だった。
「…………はっ?」
あまりに信じ難い知らせが、香織の元へ飛び込んできたのは。
◆
息を切らす。
足を動かす。
「は……はぁっ……はぁ……!」
肺が新たな酸素を求めて冷たい空気を取り込み、吐き出す。
汗が集まり珠となって額から垂れ、制服を濡らす。
何だか最近も似たような事をした気がすると、香織は頭の片隅でそう思った。
精一杯息を吸いこみ、前進するための力へ変換する。
学園に併設された病院の廊下を駆け抜け、最短距離で目的地へ向かう。その途中で足音が大きく響こうとも、全く構わずに香織は走った。その顔には焦燥、喜色、吃驚が複雑に入り交じっていた。
早くこの目で確かめなければいけない。
その
そして香織はいても立っても居られず、学園を抜け出して病院まで来ていた。
『特別療養病床』
その看板を通り過ぎ、指定された番号の病室の前に立つ。
がらりと遠慮なく扉を開き、その中に入っていく。
そこに居たのは――
「――深也っ」
「あっやべ…………ひ、久しぶり…………?」
全身を包帯で巻かれ、気まずそうに引きつった顔で笑っている深也だった。