ソシャゲみたいな世界で「ここは俺に任せて先に行け」をやったら生き残ってどうしよう 作:アサリを潮干狩り
「――深也っ」
「あっやべ…………ひ、久しぶり…………?」
うわ、という呻き声をかろうじて抑え返答する。
友人との何日か振りの再会で口が紡いだのは、なんとも締まらないそんな言葉だった。
「貴方……っ! ︎︎どうしてここに…………っ! ︎︎ごほっ……けほっ……ごほっ!」
「……だ、大丈夫か……?ちょっと落ち着けよ、死にそうになってんぞ」
特にやることも無いので、静かな病室で窓から差し込む光を眺めながらぼーっとしていた頃。
廊下から大きく響く足音が聞こえた時から、俺は少し嫌な予感がしていた。
︎︎そして音が扉の前で止まり、勢い良く扉を開け入ってきたのは黒髪をポニーテールに結い上げた見覚えのある少女。
それは間違いなく俺の友である橘香織だった。
思わず心の中でしかめっ面をする。
実の所、俺はまだ彼ら友人と会う心持ちが出来ていなかった。
いや、言い訳するようだけど……別に会いたくなかった訳じゃない。
でもほら、やっぱりこの世の物事には順序って物があるだろ。こういうのは急に会うんじゃなくて、ゆっくり段階を踏んでいくものだと思うんだ。
それに最期にあれだけ恰好付けた言動をしていたから、顔を合わせづらいってのもある。昔からの気心の知れた友人たちとも言えどここまでの衝撃的な別れは初めてだった。果たして彼らにどんな反応をされるか、まったく見当がつかなかった。
「……ま、まぁ一旦座れよ。本当に、色々言いたいこともあるだろうけどさ」
「けほ……え、えぇ……わかったわ……」
俺の目の前ではぁはぁと荒い息を吐き、変なところに入ったのか苦しそうに噎せている香織。
急いでここまで来たのか手足から激しく汗をかいていて、彼女は草臥れたように傍の椅子に座った。
同時に彼女は未だに信じられないとでも言いたげに目を大きく見開き、俺の事を見つめている。
「……ねぇ……本当に、本当に……深也、なのよね」
「ん、そうだよ。ちゃんと帰ってきた感じ……かな。多分?」
「なんで疑問形なのよ」
香織の顔に呆れた色が混ざる。
久しぶりにその顔を見ることができて俺は無性にほっとした。
じわじわと実感が湧いてくる。
本当にここに帰ってこれたのだと、今更になって感情が追いついてくる。
「……そういや香織は、俺がここに居ることを誰から聞いたんだ?まだ学園にも知らせてないのに」
ふと湧いた疑問をぶつける。
実はまだ昏睡状態から起きたばかりということもあって、学園にはまだ話を通していない。だから香織が来た時、なぜ来れたのかを密かに不思議に思っていた。
「それはここに勤務してる友人から聞いたわ。この病院は治癒系異能力者の学校も兼ねてるから私たちと同年代も多いの。だから私も仲が良い子が何人か居て、それで貴方に気付いた子が私に連絡してくれたわ」
「マジかよ」
「あの子には感謝しないとね」
盲点だった。
確かにそういう話は聞いたことはあるがすっかり忘れていた。
知らせたらしい友達を若干恨む。
別にそれが悪いとは言わないけど、せめて再会に対して心の準備くらいさせてほしかった。色々早すぎるんだよ。
「……はぁ」
香織は大きく息を吐き、張り詰めていた気を緩めるようにゆったり座り込む。
「それにしても……本当に……生きてて良かったぁ……」
彼女は笑っているのか泣いているのか、どっちか分からないような顔で俯いた。
ずっと溜まっていた感情が漏れ出したような香織の様子に、俺はなんと言えば良いか分からなくなってしまった。
「深也、最後……あの時あんな命令をしてごめんなさいね。あれがどれだけ作戦として正しくても、今貴方が生き残ることが出来ていたとしても、私は貴方に謝らなければならないわ」
「……? あぁ、囮の事か。そんなの別に構わねぇよ、元々それは俺が提案したことだしな。それよりも俺こそごめん、部隊長のお前に全ての責任を押し付けちまった」
「……その程度のことなんて、貴方が成し遂げた事に比べればどうでも良いわよ」
それより、と香織は続けた。
「ここに帰ってきてくれて……ありがとう。私も凄く嬉しいし……きっと皆も喜ぶわ」
「……そっか」
あまりに真剣で嬉しそうな彼女に、俺は恥ずかしさ半分嬉しさ半分でそんな言葉しか返せなかった。
思ったよりも皆が俺のことを考えてくれていてちょっと恥ずかしかった。
でも、考えてみれば当たり前なのかもしれない。
俺はこの三人と長い年月を共にしてきた。
それは激しい戦場や学園での勉学、精神や肉体に大きな影響を与える思春期も含めてのことだ。互いに影響され合いながら育ち強くなり、そして生き残ってきた。
たぶん俺が思った以上に、皆はこの四人で居る事に思い入れがあるのかもしれない。その中には確かに俺が含まれていることも確認できて、少し感慨深い気持ちになった。
「で……ずっと気になってたのだけど、なぜあそこから帰ることが出来たのかのか聞いても良い?」
「あー……やっぱそこ気になるよなぁ」
「当たり前でしょう……」
深くため息をついて頭を搔く。
そして時々口篭りながらも、俺は香織に訳を話し始めた。
「その……なんというか、死ぬ気でやったら出来たみたいな。思わず凄い力が出ちゃった感じで……全部倒せちゃった……みたいな――」
◆
「……話の内容を要約すると」
香織は目線の先に俺の傷だらけの身体を据えて口を開いた。
俺の体には痛々しく刺さっている無数の管や、血で滲んでいる包帯があった。
「死を覚悟で時間を稼いでいたら思ったより上手く行って生き残っちゃって、色々言い残した手前顔を合わせるのも恥ずかしいけど帰ることにした。で……そこから頑張って歩いてコロニー外縁部まで辿り着いたところで倒れて、なんとか近くに居た国防省の哨戒部隊に拾われてギリギリ助かった……って事で良いの?」
「大体合ってる」
こくりと頷く。
確か影蝕獣を倒すのに丸一日掛かり、色々血を止めたり栄養補給など処置をしてから出発。
それからコロニーまで移動するその間に小型の影蝕獣に襲われたりもして、歩くのもやっとの状態で数日後にコロニーの近郊まで到着。
そこで限界になってぶっ倒れてるところを運良く軍の部隊に拾われ、応急処置を施されながら学園の病院に送られたらしい。どうやら傷の状態がかなり酷く、早く治さないと死ぬという判断をされたのだとか。
︎︎そこから異能を使用したかなり本格的な手術が行われ、俺は目覚めるのに数日ほどを要した。起きてからすぐに医者や国の人間からの説明を受け、そして諸々の手続きをしている最中に香織がやってきて……今に至るという訳だ。
「……はぁ、なるほど。よく分かったわ」
彼女は腕を組み、眉を顰めた。
その表情は呆れや安堵の色に彩られていた。
「ほんと、貴方よく生きてたわね。話を聞いてるだけでもなんで生きてるのか分からないわよ。多分、私なら戦闘を乗り越える事が出来ても帰るところで死んでるわ」
「まぁ俺は異能で色々応急処置も出来たからな。折れた足を支えるために杖も作れたし、傷口を塞ぐ氷も作れた。そう考えると、やっぱり俺があそこに残ったのは正解だった」
つくづくそう思う。
戦闘力という観点から言えばどうしても紗夜に軍配が上がり、速度や継続力で見ても香織や彰などの方が優れているだろう。
だが生存力で見れば間違いなく俺が最も優れている自信があった。
「というか話を聞いてる時に気になったんだけど、顔を合わせるのが恥ずかしいって何? 言ってる意味がよく分からないのだけど」
「……ぅむ」
それを聞くか。
一番聞かれたくなかったところなのに。
ため息を交えながら本音を漏らす。
「いやぁ……あれだけ死ぬのを前提にお前らに遺言を言い残したのに、やっぱり生きてましたはちょっとアレというか。もう死ぬ覚悟は決まってたからまた会うのが少し気まずいなみたいな――」
「馬鹿じゃないの?」
「そうっすよねすいません」
吹雪の如き冷たい眼差しを受け即座に謝る。
いや、俺も思ってるよ。
死んだと思った仲間が生きて帰ってきたら、どう考えても嬉しいとは思う。
でも前世の記憶がある分自分の状況を客観的に見て、めっちゃカッコつけてたのに結局生きててアホみたいだな、って思っちまったんだよ。今でも気恥ずかしくて堪らない。
そうやって誤魔化すように苦笑いしていると、香織は目を細めて仕方なさそうに俺の手を握ってきた。
︎︎彼女の細く白い指がぎゅっと手を包み、仄かに熱を伝えてくる。
「貴方はただ黙って帰ってきて、ただいまって言うだけで良いのよ。分からない人ね」
「――」
息を呑む。
見たことの無い彼女の表情に、思わず呆気にとられる。
「ほら、早く言いなさいよ。まだ言ってないでしょう」
「…………まぁ……ただいま」
「……それで良いわ」
ぎこちなく言う。
香織はふわりと優しげに微笑んだ。
春の微風を思い出す暖かいその笑顔に俺は内心戸惑った。
あれ、なんだか……思ってたのと違うな……。
俺が思ってたのはもっとこう、茶化されながらも無事を祝われるみたいな……雑にバシバシ背中を叩かれて喜ばれるみたいな感じだったんだけど……。
こんなにちゃんと心配されて帰還を喜ばれると拍子抜けというか、あれだけ気まずいとか言っていた自分が馬鹿みたいに思えてくる。
「……ん?」
そうして頭を悩ませていると、部屋の外から段々足音が聞こえてきた。
︎︎音を立てて廊下が軋む。
足音の数からしておそらく来訪者は単独ではなく二人か三人程度だろう。どたばたと激しく廊下を駆け抜けているのが分かる。
さっきも同じようなことあったしデジャブだなぁ……と他人事のように思っていると、香織の時と同じように足音の主たちは俺の部屋の前で止まる。
そして静かに、部屋の中を観察するようにゆっくり扉が開く。
開いた扉の先には、二つの人影があった。
︎︎二人の人間は学園の制服を着用し、急いでいたのか僅かに着崩している。
そして俺にとっては、どちらも非常に見覚えのある人間だ。
「……ははっ……本当に、生きてやがった」
その内の一人である佐伯彰が、横になっている俺を眺めて野性味のある笑みをさらに深くした。
彼の表情からは喜びや安堵などの感情が読み取れ、俺の帰還を喜んでくれてるのが伝わってきた。
――そして、もう一人。
「……」
白雪のような繊細で真っ白な肌。
明るい照明の下、濃紺に透けて流れる濡羽色の髪。
磨き上げられた彫刻のように洗練された容姿。
彰の横で、呆けたように口を開けている黒髪の少女。
朧谷紗夜が、黒曜石の瞳を震わせて俺を見ていた。