ソシャゲみたいな世界で「ここは俺に任せて先に行け」をやったら生き残ってどうしよう 作:アサリを潮干狩り
「深也……お前……よく帰ってきたな……!」
立ち止まっていた二人のうち、彰がこちらに寄ってくる。
学園からそのままここに来たのか、彼は制服を着たままだった。にやりと心から嬉しそうな笑顔で歩いてくる。
「あぁ、色々あってな。なんとか帰ってこれたわ」
「色々ってなんだよ、そこが重要だろ。でもまぁ……ここに居るだけで十分か……」
ほっと安心したように息を吐く彰。
そんな彼の姿を見るのは新鮮というか、かなり久しぶりな気がした。
そして彰が俺に向き直り、やけに真剣な顔で口を開く。
瞳の実直な光が俺の姿を映す。
「深也……あの時、置いて行ってごめんな。謝っても許されることでは無いかもしれないが、ずっとお前に謝りたかった。ごめん」
「いや……これは香織にも言ったけど、あの時はあれが一番正しい選択だったからな。納得した上で俺は残ったし、本当に気にしてないからお前も気に病む必要は無い。これから……また一緒にやっていこうぜ」
「……ありがとう」
噛み締めるように彰が返答する。
その目は少し潤んでいるような気がした。
初めて見るかもしれない彼の涙に、俺も誘われるように暖かな気持ちになる。
じわりと体の奥底から暖かな熱が沸き上がり、全身に柔らかな何かが行き渡る。
俺はその熱を確かに感じながら、彼に軽快に笑いかけた。
それから……俺と彰は少しばかり取り留めのない会話を交わした。
それは俺が居ない間に行われた授業の話だったり、彰の兄弟の話だったり、この件の後処理の事だった。
久しぶりに話す友との時間は心地良く、思わず時間を忘れて話し込んでしまった。
おそらく本当は数分程度だっただろうが、そう感じてしまうほど俺は人との会話に飢えていたのかもしれない。
まぁ……数日間ほど極限状態で彷徨っていた為、それも当然だとは思った。
本当に今更だが、心の底から帰って来れてよかったと思えた。
少しばかり目線を外し深呼吸。
「…………はぁ」
……ところで、俺は先程からずっと気になっていたことがある。
扉の前から一向に動いていない、
「……」
紗夜は先程から黙ったまま、部屋の入口で佇んでいた。
彼女の表情は俯いているため伺えないが、全身から明らかに異様な雰囲気を放っていた。それを察してか香織は目線をわざと彼女から外しているし、よく見たら彰も冷や汗をかいている。
ちょっと怖い。
怖すぎる。
何が怖いって、本当にさっきから一ミリも動いていないことだ。幽霊か怪異なのか知らないが、少しくらいは動いてくれ。
︎︎怒っているのか、はたまた喜んでいるのか、俺には彼女の胸中を想像することは出来ない。
だが無視する訳にもいかないだろう。
彼女もそれなりに俺の事を心配してくれていただろうし、ぞんざいな扱いをするのは望ましくない。
心配掛けてごめん、くらいは言わないといけない。ちょっと怖いけど。
目線を動かす。
起爆直前の爆弾に扱うように、恐る恐る紗夜に声を掛ける。
「……なぁ、久しぶりだな紗夜。さっきからどうし――」
その瞬間。
彼女の姿がぶれる。
部屋の扉から俺のベッドまで一直線に小柄な影が奔る。
「――」
「……ぇ?」
どん、と体に小さな衝撃。
視界の端に艶やかな黒髪が遅れて浮き上がり、ふわりと甘い香りが広がる。
俺の腕に蛇のように何かが巻き付き、万力の如く締め付けて離さない。
――気がついた頃には、紗夜は俺の身体に抱き着いていた。
「……??」
理解が追いつかない。
思考が巡り巡ってショートして煙を吹きそうだ。
全身を使って俺の身体に抱き着いている紗夜。
彼女は瞳を閉じて頭を擦り付けていて、俺の存在を確かめるように腕を精一杯使って手繰り寄せている。
「……紗夜?」
若干怯えながらも聞く。
「……」
何も答えない。
彼女はただ目と口を閉じて、ぎゅっと俺の腕を抱いているだけだった。
というか……腕が痛い。
紗夜に抱きしめられているところからズキズキと痛みが走っている。まだ傷が完全に治りきってないのもあるが、こいつの掴む力が強すぎる。
……でもこのよく分からない爆弾状態の紗夜に、痛いから止めろ離れろとは言いづらい。
今の行動でさえ理解できないのに、そんな事を言ったら何されるかわかったものでは無い。
困ったので助けを求めようと周囲を見渡すと、香織は苦笑いしながら気付かれないようにそそくさと退室しようとしていた。
というか既にこれを察知していたのか、用が済んだ彰はもう帰っていた。
「ど……どうしたんだ……? 一体」
「……」
彼女は俺の事を心配してくれてる……ようには見える。
抱き着かれているし、再会を喜んでくれてるのは確かだろう。
それに今の状況を客観的に見れば、俺たちは恋人のようにすら見えるかもしれない。
だが、紗夜に関しては異性の友人というよりも悪友、気の置けない友人という認識が強い。だから、好きとか恋してるとかそういう関係のものとは到底思えなかった。
「し、深也……」
「……なんだ?」
ついに口を開いた彼女に返答する。
あまりに居心地が悪過ぎる。
何を考えているのか分からない人の相手ほど怖いものは無い。本音を言うなら今すぐにここから出ていきたいほどだった。
――だが、そんな思いも次の瞬間に吹き飛んだ。
「本当に………帰って、来たんですか……?」
「……」
震えた声で言葉を紡ぐ紗夜。
精一杯抱き着きながらそう言う彼女に、俺は閉口するしかなかった。
流石にここまで言われれば、彼女の気持ちが分かる。
こんな様子になるまで心配してくれた友人に対して、自分の考えていたことが見当違いすぎて恥ずかしかった。
「……はぁ、ちゃんと帰ってきたよ。ほら、だからもう心配すんなって」
「……あ、あ……」
真正面から抱擁する。
華奢な身体である紗夜は俺の腕の中にすっかり収まってしまった。存在を確かめさせるために肌で彼女に触れ、滑らかに透き通る黒髪が腕の隙間からすり抜けていく。
彼女は自然、戸惑ったように息が漏れる。
びくりと一際大きく体を震わせて、しかし抱擁を受け入れた。
実を言うと、紗夜とはいえ女の子を抱き締めるのは少し抵抗があった。だが、心配してくれた彼女に応える方法はこれが一番だと思った。
彼女の背中に手を回し安心させるためにゆっくり摩る。
「もう俺は大丈夫だよ」
「ぁ……ぅ……ぁああ……深也……!」
彼女の声に嗚咽が混ざる。
閉じた瞳から涙が零れ落ち、線を引いて俺の服に染みを作っていく。
「ごめ、ごめんなさい……置いてってごめんなさい……私のせいでこんな事に……っ!」
「や、だから大丈夫だって。こうやってちゃんと帰ってこれたしな」
「ぁあ……でも……見捨ててごめん”なさ”い……私もあそこに残っていれば……」
懺悔するように叫ぶ紗夜。
黒瑪瑙にも見紛う程の神秘的で美しい瞳を濡らし、白い肌は赤く上気していく。さっきから酷い泣き方をしているというのに彼女の顔は変わらず綺麗で、寧ろそれがアクセントになってさらに美しさを増しているように思えた。
それから十分、いや……二十分程だろうか。
紗夜は俺の懐でずっと泣き続け、心の内を全て吐露した。
そのお陰で俺の患者服は染みだらけになってしまった。
でもそれは溜まっていた腫瘍を吐き出すような、彼女にとっては必要な作業のように感じられた。
「深也……私の事を、許して……くれますか……?」
ぽつりと、絞り出したような声。
やっと泣き止んだ彼女は目を赤く腫らしながら、ふとそんな事を言う。
「許すって……そもそもお前の事を恨んじゃいないし怒っても無いからな、そんな事を言われても困るというか」
事実、俺としては本当に何にも思っていないのだ。
香織に対して言った通り全ては俺が選んだことだし、結果的に死んだとしてもそれは自分の責任だろう。それを他者に押し付けるつもりは毛頭無い、ただ受け入れるつもりだった。
「……とりあえずこれからもお前とは友達で居たい、だからまた仲良くやっていこうぜ。別に俺はあの時のことは何も気にしてないからお前も気に留める必要はねぇよ、これは本当だ」
「……っ……はいっ……!」
小さく微笑む紗夜を見て、俺は内心安堵していた。
緊張から解放されベッドに体重を預ける。
︎︎これでやっと、肩の荷が降りた。
︎︎まだ学園への報告や破損した装備の修復、金額など様々な手続きが残っている。だが最も心配であった紗夜たちとの再会は無事に終わり、これからも同じように接していくことは出来そうだ。
「……ん?」
そんな中でふと、紗夜の腕に光るものが見えた。
なんとなくそれに既視感を覚える。
「あれ……お前それ、もしかして俺が渡そうと思ってたブレスレットか?」
「その通りです。深也からの贈り物だと、彰が渡す時に言ってました」
「良かった……あいつ、ちゃんと渡しておいてくれたんだな」
紗夜の腕に嵌められた琥珀色のブレスレットを眺める。
自然な彼女の美しさと神秘的なブレスレットがお互いを尊重し合っているように見えた。
こうして見ると俺の選んだセンスも悪くないと思える。
「どうだ?俺が選んだにしては悪くないだろ」
「そうですね、私の好みにも合っていて良かったですよ。初めてのプレゼントだったのでこれからずっと大切にします。贈ってくれてありがとうございます、深也」
「お、おう……そっか。なら良かったわ……」
にこりと笑い、やけに素直な言葉を口にする彼女に動揺する。
……こんなにこいつって直接褒めるタイプだったかな。
どっちかと言えば俺に対しては捻くれてるというか、褒める時は分かりにくい言葉で煙に巻く感じだったような……。
釈然としない態度に頭を悩ませながらも、疲れでぼうっとした意識で言葉を吐く。
「まぁ、そろそろお前も帰ったら?もう香織も彰もとっくに帰ったぞ、時間もそろそろ良い頃だろ」
「……」
だが彼女は離れない。
ぴたりと体をくっつけたまま、口を開かないでいる。
「おい……何とか言ってくれ、ここで寝るつもりかよ。流石にそれはちょっとやめて欲し――」
「ねぇ、深也」
紗夜が顔を上げる。
彼女は俺が贈ったブレスレットを摩りながら静かに微笑んだ。
強い執着を感じさせるような、そんな粘着質な笑み。
ぞわりと背筋が凍った。
「私……ずっと後悔してたんです。なんであの時一緒に残らなかったのか、どうして貴方の傍から離れてしまったのか……って」
「……」
急激に彼女の纏う雰囲気が変化していく。
今までの紗夜からは考えられないような粘っこい雰囲気。
いつの間にか止まっていた呼吸に気付き、生唾を飲み込みながら再開させる。
「深也が私の知らないところで勝手に死んだなんて、想像しただけでも嫌でした。知らせを聞いた時は胸が張り裂けてしまいそうな程辛くて、いっそ死んでしまったら良かったとすら思いました。でも貴方が助けてくれた命ですから、死ぬことなんて絶対に出来ません。なんにも出来なくて、本当に……辛かったんです」
ゆらりと、黒の瞳が揺らめく。
思わず視線が妖艶に煌めく紗夜の瞳に縫い付けられる。
彼女は育ちの良さを伺わせる嫋やかな仕草で、俺の事を愛おしげに見つめる。
「でも深也は帰ってきました。そしてまた一緒にやり直せるって分かって……私、凄く嬉しかったんです」
「……」
先程収まっていた寒気が再び湧き出す。
これは、大丈夫なのだろうか。
「だから、これからは
怖気を感じるほどの強い思念。
屈託の無い満面の笑み。
今まで向けられていた笑顔とはまったく性質が異なるような気がした。
︎︎幾つもの強い感情が入り交じった彼女の表情に対して、その美しさに見惚れると同時にとてつもない不安を抱く。
いや……でもずっと隣に居るのは勘弁してほしいな……。
おわり
正直まだまだ話を膨らませることは出来るし当初はその予定だったんですが、今の自分の実力的にきびしいなーと思ったので一旦ここで完結です。淡白すぎるなとは思いますが、一応リハビリの為に書いていたので。
まぁ……ここまで伸びると思っていなかったので、気が向いたら他のエピソードも書くかもしれませんが。
では最後に改めて、こんな私の駄文を読んで下さりありがとうございました。