遊戯王GX お隣さんに縁がある   作:深山 雅

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それでは、ぐだぐだとした日常話をどうぞ。


第10話 日常と前兆

 

 「【クルセイダ-・オブ・エンディミオン】で【ドラゴンフライ】に攻撃」

 

 「ヒョヒョ! だが! 【ドラゴンフライ】の効果発動! デッキから攻撃力1500以下の風属性モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する! 【フライングマンティス】を特殊召喚!」

 

? LP2100→1600

 

 フィールドに現れる新たな昆虫族モンスター。だがそれは当然だろう。リクルーターを破壊したのだから次のモンスターが出て来るに決まっている。

 だが。

 

 「これで次のターン! 俺は上級モンスターを召喚出来る!」

 

 「……何勘違いしてやがる」

 

 「ヒョ?」

 

 「まだ俺のバトルフェイズは終了していないぜ」

 

 「な、な~に言ってんだぁ!? お前のモンスターはもう全部攻撃を終えたじゃないか!」

 

 そう、今俺の場にいるのは【クルセイダー・オブ・エンディミオン】のみ。ただしそれは、あくまでも現時点での話である。

 

 「手札より速攻魔法発動。【バーサーカーソウ】……じゃなくて、【ディメンション・マジック】」

 

 そう、速攻魔法ならばバトルフェイズ中に手札から発動できる。

 

 「ディ、【ディメンション・マジック】!?」

 

 目を剥いた対戦相手に慈悲は掛けず、デュエルを進める。

 

 「こいつは自分フィールド上に攻撃力1500以下のモンスターがいる時に……じゃなくて、魔法使い族モンスターがいる時に発動できる。手札を全て捨て……でもなくて、手札から魔法使い族モンスター1体をフィールド上のモンスター1体と引き換えに特殊召喚出来る。さらに、相手フィールド上のモンスター1体を破壊出来る」

 

 「なにィーーー!?」

 

 「俺は手札を全……手札から、【魔導戦士ブレイカー】を特殊召喚。そして【フライングマンティス】を破壊」

 

 いかんな、どうにもさっきから変な思い出ばかりが蘇ってくる。相手に釣られたか。これはさっさと終わらせてしまうに限る。もう準備は整ったし。

 

 「覚悟しろ、この虫野郎! ドロー……は、しなくて! 【魔導戦士ブレイカー】の追加攻撃! ダイレクトアタック!」

 

 「ぎょえ~~~~~~~!!!」

 

? LP1600→0

 

 相手のライフが0を刻み、俺の勝利が確定する。何とも調子の狂う一戦であった。

 

 

 デュエルの終了によってソリッドビジョンが消え、俺はへたり込んでいる対戦相手に歩み寄ると起き上がるのを助けようと手を差し出す。

 

 「で? 大丈夫か、神楽坂」

 

 「あぁ……元日本チャンプでもダメだったか……」

 

 「人選を間違っている気がひしひしとする」

 

 今日はアカデミアに入学して2度目の月一テスト。そして今は実技試験中だ。

 俺の対戦相手は同じラーイエローの神楽坂。寮部屋が2つ隣で割と近いために話す機会も多く、先日俺が三沢の見てはいけない一面を見てしまったあの日、代わりに消しゴムを借りに行った相手でもある。

 神楽坂が俺の手を取って立ち上がるが、周囲からはヒソヒソとした話し声が聞こえる。それは中傷と言ってもいい内容だ。

 

 「おいおい、またかよ」

 

 「あいつ、本当に実技はダメだよな」

 

 「元日本チャンプのデッキをコピーしても勝てないのか」

 

 「いくら相手が『サポートの鬼』とはいえなぁ」

 

 おいこらお前ら。何言ってんだ。特に最後のヤツ。『サポートの鬼』って何さ。

 俺の耳に届くぐらいだから、当然、すぐ傍にいる神楽坂にだってその声は聞こえている。彼はグッと掌を握りしめて俯いた。その様子に俺は嘆息するしかない。

 神楽坂は元々、アカデミア入学試験の筆記において3位の成績を修めていた。三沢、俺に次ぐ形だ。単純な記憶力だけを見てみれば、恐らくは三沢すら超えているのではないかと思う。ただ、総合的な知力を比べれば三沢に軍配が上がるだろうが。

 そんな彼だが、実際にアカデミアに入学して暫く経った現在、俺や三沢とは明らかな差が出て来ていた。

 筆記では優秀な成績を修めている。だが実技で勝てないのだ。

 ただ勝てないだけならまだしも、彼の使うデッキの傾向が周囲の反応を悪くしている。

 先ほどのデュエルでも解る通り、神楽坂が使うのはコピーデッキ。本人はそのつもりは無く、記憶力が良すぎるが故にデッキを作っていく内に無意識に有名なデュエリストのデッキに似てしまうだけで、悪気は全く無いのだが。

 個人的には、くだらないことだと思うが。芸術だって先達の模倣から始まる場合は少なくない。デッキを組む際に過去のデュエリストのコンボを取り入れて何が悪い。問題は、どうやってその先に発展させるかだ。

 しかし最近、入学当初よりも神楽坂のコピー傾向が強くなっている。おそらくは本人も、結果を出さなければと焦ってるんだろう。

 

 尤も、思い詰めているのは神楽坂だけでは無いみたいだけれど。

 

 「【タイラント・ドラゴン】で攻撃!」

 

 「くっ……!」

 

万丈目 LP1400→0

 

 別のリングで行われていた実技試験は、ブルー生のそれだった。その内の1人は万丈目……もう1人は知らないや。誰だっけ?

 そんなどうでもいいことは置いておいて。

 先月十代に負けて以来絶賛大不調の万丈目は、またもや負けてしまったらしい。それに反応して周囲が再びざわめく。

 

 「また負けたぞ、万丈目さん」

 

 「もう終わりなんじゃないか?」

 

 「いい気味だぜ」

 

 そんな勝手な事を囁き合う彼らには溜息が出る。くだらない、と思う。お前たち自身もデュエリストなら、カードで語れってんだ。

 だが万丈目にとってはそうでは無いのか、肩を震わせながら足音荒く立ち去ってしまった。恐らくは相当な屈辱を感じているんだろう。

 まぁ、アイツには自業自得な部分も無いでは無いが。ここまでボロクソに言われるのも、これまでエリート意識を鼻にかけてふんぞり返って来ていたツケだろう。ここから立ち直れるか否かが彼の正念場に違いない。

 結局の所、神楽坂にせよ万丈目にせよ、自分で乗り越えてもらうしかないのだ。

 そんなことを考えていると、当の神楽坂が俺に問いを投げかけて来た。

 

 「ところで、上野?」

 

 「何だ?」

 

 「お前、どうしてそんな、マントのように制服を肩から羽織ってるんだ?」

 

 「雰囲気作りだ……あの時は羽織ってなかったけど」

 

 後半のセリフは口の中だけで呟き、俺は制服にきちんと袖を通す。うん、ちょっと悪ノリしたんだ。

 そうして、2度目の月一テストは幕を下ろした。

 

 

 

 

 「駄目だ、今日も繋がらない」

 

 寮に戻って携帯から遊戯さんに電話を掛けるがしかし、繋がらなかった。だがそれも、今日だけじゃない。

 先日の制裁デュエルが終わってから、冬休みにでも遊戯さんに会いに行こうと思った俺はアポを取るために電話をしてみた。けれどいざそうしてみると、連絡が取れなかったのだ。

 遊戯さん個人の携帯では無く武藤家の家電の方に電話した時は、双六じいちゃんが出た。それによると、遊戯さんは旅に出ているとのこと。

 

 それ自体は珍しいことじゃない。

 遊戯さんは現在、ゲーム屋『亀』の副店長という立場にいる。ただし、従業員は店長(双六じいちゃん)と副店長の2名のみという、それって可笑しくないかなとツッコミたくなるような役職名なのだが。

 そんな遊戯さんは、気の向くままにフラリと旅に出る。そしてそのまま音信不通となることもよくある。

 話を聞く限り、その旅の期間は様々だ。2~3日で戻って来ることもあれば、2~3ヶ月戻って来ないこともあるらしい。

 それに、行く場所もてんでバラバラである。国内旅行だったり海外旅行だったり異空間旅行だったり。何で異空間なんてそう簡単に行けるの、と電話で武勇伝を聞いた時に思わずツッコんでしまったが、遊戯さんはふんわりと笑うだけだった。マジで何なのあの人。俺なんて、精々エンディミオンが治める魔法都市ぐらいにしか行けないのに。

 そのため、その内時空間旅行にまで行ってしまうのではないかと密かに心配している。

 ただ1つ共通しているのは、旅に出た遊戯さんが帰って来ると、決まってカードを持ち帰っているのだとか……何やってんの遊戯さん。ちなみにそれらのカードは現在、『亀』にて販売されているらしい。

 

 とにかくそんなわけで、旅に出てしまって連絡が取れなくなった遊戯さんを探し出すことは、ほぼ不可能と言える。なので連絡をしたいと思ったら、コンスタントに確認を取るしかない。そのためここ最近、俺は日に1回は遊戯さんの携帯に電話を掛けているのだが……結局、連絡は取れずに今に至る。

 武藤家に連絡した時、双六じいちゃんにも事情を話した。そうしたら、もし遊戯さんが戻ってくれば教えてくれると言っていた。『近い内にまた会えると嬉しいのぅ』とも、好々爺然とした調子で言ってくれたのだが……。

 

 「冬休みまでに連絡取れるといいんだけどなぁ」

 

 そう呟き、俺は部屋の明りを消してベッドに潜り込む。今日はもう寝よう。

 

 

 

 

 翌日には月一テストの結果が出た。アカデミアもやっぱり高等学校と言うべきか、順位がわざわざ張り出されるのだ。

 これはこれでプライバシーに煩い昨今、どうにもレトロな感じがした。

 ちょっと気になったのでこの間、偶々定期連絡の際に珍しくモクバではなく社長と話す機会があったのでその真意を聞いてみた。曰く、生徒たちの競争意識を煽ってより屈強なデュエリストを育成するための教育方針なんだとか……スパルタか。寮間の格差のことといい、格付けの好きな人である。

 閑話休題。

 そんな試験結果を昼休みに確認しに行く。俺にとって、これはかなりの重要事項なのだ。

 

 「今月も何とか守れたな」

 

 何をって? 特待生待遇だよ!

 我が家の経済状況とデュエルアカデミアの学費を考えると、割とガチで死活問題なのである。なのでもの凄くホッとした。

 

 「お、優は今月も1位か?」

 

 安堵から一息ついていると、背後から十代の声が聞こえてきた。その手にドローパンを持っている所を見ると、購買に行った帰りに偶々通りかかったんだろう。コイツ自身は、テストの結果なんて気にしてないし。

 両手一杯にドローパンを抱えているからか、その内の1つを気前よく分けてくれた。それに礼を言いつつ、肩を竦める。

 

 「まぁ、そうだけど。順位はどうでもいいんだよ。問題は得点なんだ。学費援助のためにね」

 

 お隣に住む十代は、我が家の状況を少なからず知っている。俺たち家族が住むレッド寮に負けず劣らずのボロアパートを思い出したのか、苦笑した。俺はといえば、自宅のお隣の小奇麗な一戸建て……つまりは遊城家……を思い出して、世の不条理を感じていたが。

 何でうちは貧乏なんだろう、俺の両親もちゃんと真面目に働いてるってのに。

 貰ったドローパンを齧ってみると、具はカスタードだった。ラッキー。

 

 「お、また黄金の卵パンが出たぜ!」

 

 十代もラッキーだったみたいだが。どうなってんだ、コイツの引きは。

 なお、最近『サポートの鬼』と陰で言われる俺に対し、十代は『ドローの鬼』とか呼ばれているらしい。言い得て妙である。

 ただ、『サポートの鬼』+『ドローの鬼』=絶望とかいう謎の方程式が実しやかに囁かれているのは不満だ。

 

 「そういえば、翔と隼人は?」

 

 大抵の場合において十代とセットになっている2人がいないことに今更気づく。今日の時間割では、昼休み前に取っていた授業が俺は彼らと違ったのだ。

 

 「あぁ。授業終わってすぐトイレに行った。俺は腹減ってたから先に購買に行って来たんだ」

 

 「ふぅん」

 

 それで、ドローパンを纏め買いしたと。ということは、そのドローパンの山は2人の分も含んでるってことか。

 ドローパンを齧りながら、ついでとばかりにそのまま順位表を見てみる。

 2位が三沢……先月と同じく筆記だけなら俺より良いけど、より重要視される実技の分だけ俺が競り勝ったようだ。

 最近先輩に聞いて知ったのだが、月一テストの結果にはこの一ヶ月の生活態度だのデュエル成績だのも加味されているらしい。

 そう考えると、十代の順位がドン尻に近いのにも納得する。十代は筆記こそ壊滅的だが、実技は文句無しに高得点を取る。なので総合すれば中間ぐらいの成績を取っても可笑しくないのに、日頃の生活態度が悪いからこうなっているのだろう。

 宿題を忘れたり遅刻をしたりは序の口、授業をサボったり居眠りをしたりもするので先生方にはすっかり問題児扱いされている……同時に、何故か俺が保護者扱いされていたりもする。解せぬ。

 翔の成績も十代に近いな。最近になって授業に出るようになった隼人はそれより少し上か。

 それより気になるのは、万丈目だ。

 

 「随分と成績落としちまったな」

 

 「ん?」

 

 「万丈目だよ」

 

 彼は中等部時代にはトップだったと聞く。それが今や見る影も無い。ひょっとしたらこれ、降格もあり得るんじゃないかってレベルまで落ち込んでしまっていた。

 

 「あぁ……でも、きっと大丈夫だぜ! アイツ、凄ぇデュエリストだからな!」

 

 前回の月一テストでの十代VS万丈目以来、アイツは完全に調子を崩している。それでも当の十代はその時の万丈目のタクティクスに随分とワクワクしたらしい。1ターンで【VWXYZ】を召喚してしまったというのだから、無理も無いだろうが。

 

 「ま、そうだな」

 

 俺としても、万丈目にはぜひ復調してもらいたい。だって、俺はまだアイツとデュエルしていないのだ。なのでそんな願いも込めて、十代の発言に同意する。

 それにしても、とふと思う。

 今現在このアカデミアで最も万丈目の実力を認めているのは、きっと十代なんだろう。それは何と皮肉な話であることか。

 

 「ところで優、今日も放課後レッドに来るか?」

 

 「うん? あぁ、そのつもりだけど?」

 

 「だったらよ、久々にお前の第2デッキとデュエルしてぇんだけど、どうだ?」

 

 「……お前、マゾか?」

 

 ちょっと引いた。

 いやだって、里お触れデッキと戦いたがるHEROデッキ使いって。

 

 「まぞ?」

 

 十代は俺の発した単語の意味を解って無いのか、首を傾げている。俺はそれにハッとした。

 

 「いや、何でも無い。何でも無いんだ」

 

 危なかった。危うく純粋な少年に不適切な単語を教えてしまうところだった……あれ? これって保護者の思考?

 

 「で、どうしたんだいきなり」

 

 気を取り直して、質問を続けることにした。

 

 「昨日、いいカードが当たったんだ! それであのロックが破れねぇかなって思ってさ!」

 

 返って来た十代の答えは実に単純だった。なるほど納得。

 俺としても否やは無い。なので大きく頷いた。

 

 「解った。今日はあっちのデッキも持って行くぜ」

 

 「サンキュ。じゃあ、また放課後にな!」

 

 「あぁ、放課後に……待て」

 

 そのまま普通に別れそうになったが、発言の可笑しさに気付いて引き止める。具体的には、背を向けて歩いて行こうとした十代の後ろ襟を掴んで引っ張った。首が締まったために、飲む込もうとしていたドローパンが喉に詰まって呻いていたが、そんなことはどうでもいい。

 

 「何で次に会うのが放課後なんだよ。この後の授業、俺と同じだろ?」

 

 「あ~っと、それは……」

 

 しまった、と言いたげに目を泳がせる十代。コイツ、堂々とサボる気だったな。それを悟り、俺は十代を引き摺って行くことに決めた。

 先日の月一テストで、十代の対戦相手は同じレッドの生徒だった。どうやらクロノス先生は十代にちょっかいを出すのを止めたらしい。

 俺ってばこの間、先生に偉そうな事言っちゃったしなぁ。その分、十代の方も何とかしたい。コイツだって悪いのは間違いないんだし。少なくとも、俺と被っている授業におけるサボりや居眠りは改めさせたい……出来るかは解らんが。

 

 「次の授業って、アレだもんな。お前がいつも、居眠りしてたりサボってたりしてる、アレ。けど俺と出くわしたのが運の尽きだったな。行くぞ」

 

 「でもよ~。つまんねぇんだよな、次の授業」

 

 「……気持ちは解る」

 

 本当に、気持ちは解る。俺もこの次の授業は退屈だと感じているし。前回は危うく舟を漕ぎかけた。

 ただ、次の授業は必修科目では無い。選択科目である。つまりは、こちら(学生)の方が『学ばせて下さい』と言って受講しているのである。正直俺も、その義務感だけで授業を受け続けている節があるが。

 授業内容自体は悪くないのだが、どうにも単調でつまらないのだ。アレはアレで先生の教え方にも問題があると思う。

 なので俺は、ネタを仕入れて来た。

 

 「騙されたと思って、出てみろよ。んで、暫く寝るの我慢してみなって」

 

 ソレを入手できたのは偶然だった。図書室にある古いデュエル雑誌を見ていたら、偶々記事を見付けたのだ。コレは使えると咄嗟に思い、それ以降情報収集をしていた。そして今日、その成果を発揮したい。

 ニヤリと笑って言ってみるが、十代はバツが悪そうにしたままだった。

 

 「あ~っと、でもな……俺、宿題してねぇし」

 

 「お前が端っからサボる気満々だったってことがよく解った。いい加減にしろよ。その内、胃に穴が開いちまうぞ。佐藤先生」

 

 あの人、繊細そうというか、神経質そうだし。

 第一宿題にしたって、やってくることの方が少ない癖に口実に使いやがって。

 

 「安心しろ、まだ昼休みは半分以上残ってる。心優しく学年1位の俺が、手取り足取り教えてやるぜ」

 

 「つーか、写させてくれたりは……」

 

 「すると思うか?」

 

 「だよな」

 

 それなりに長い付き合いだが、未だかつて1度だって写させたことは無い。これからもさせる気は無い。

 項垂れる十代を引き摺りつつ、俺は次の授業が行われる教室に向かった。

 

 午後の授業が始まり、教室に入ってきた佐藤先生は居眠りもせずに席に着いている十代を見て目を見開いていた。次いで、昼休みの半分以上を掛けてやり遂げた宿題が提出された時には、思わずといった様子で窓の外を見ていた。雨なんか降らないって。

 

 そして俺は授業中、タイミングを見計らって仕入れたネタ……佐藤先生がかつてプロだったという話を出してみた。そして、授業でやってるデュエル理論に当時の体験談なども交えて話してくれるようにさり気なく誘導してみる。

 その成果もあってか、何とか今回の授業中には眠気を感じずに済んだ。というより、十代を含めて誰も、居眠りをしている者が1人もいなかった。これまでを考えれば快挙である。

 やっぱりみんなもデュエルアカデミアの生徒、聞きたいと思っても簡単に聞けるもんじゃない元プロの話を聞ける機会を逃したいヤツなんてそうそういない。

 これでしばらくこのネタを続けられそうだ。そしてあわよくば、先生の方でも授業内容に工夫を加えてくれるとありがたいんだけど。

 

 ちなみに余談だが、その後返って来た十代の宿題……レポートには花丸が付いていた。何かもう、提出してくれただけでもありがたいと言わんばかりの悲しげな花丸だった。というか、レポートの端に少しだが濡れた跡があった……泣くほどのことだったのか。

 だがその更に後、『あの』十代のレポートに花丸が付いたということで、俺がよく宿題の手伝いを頼まれるようになったのは誤算だった。どうやら昼休み中に教室に来た他の生徒が見ていたらしい。

 中には写させてくれというヤツもいたが、そういうのは『おい、デュエルしろよ』で成敗した。宿題は自分のためにやるものです!

 

 

 

 放課後。

 俺はいつもの如くレッド寮を訪れ、十代とデュエルしていた。ちなみにプレイマットでだ。流石に室内でデュエルディスクは使えない。

 

 「だぁ~! 負けたぁ~!」

 

 ライフが0になった十代が、悔しそうな声を上げて後ろに倒れ込む。ええ、俺が勝ちました。元々、こっちのデッキを使って十代とデュエルすると高確率で俺が勝つ。ただ、チートドローを発揮されると突破されることもままあるのだが。

 

 「でも、ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 

 それでもビシッと決めポーズ&決めゼリフをかます十代。

 これだから、十代とデュエルするのは気分がいい。デュエルの最中に互いの手を読み合うのは楽しいが、勝っても負けても気持ちよく終われるデュエル。それが1番大事だと俺は思う。

 

 「けどよ、行けると思ったんだけどなぁ」

 

 「俺だって改良は加えてるからな」

 

 そんな感じでやいのやいのと討論していた時だった。

 

 「あ」

 

 ガチャリと部屋のドアが開けられ、そこには見知らぬ少年が1人いた。見知らぬ……あれ? 見覚えはある気がする。レッドの制服を着てるけど、あれって……。

 それにあいつ、人間の気配がしない。

 そんな彼は俺と目が合った瞬間、さっと顔色を変えた。そして。

 

 「ゴメン、間違えた!」

 

 それだけ言うと慌ててドアを閉めて立ち去ってしまった。

 

 「あ、優君は初めてだったッスね」

 

 俺のキョトン顔に気付いたのだろう、翔が説明してくれる気になったらしい。

 

 「彼、隣の部屋のチック。よく部屋を間違えるんだよ」

 

 いや……チックって……そんなダイレクトな。

 

 「なぁ十代。お前、気付いてないのか?」

 

 「? 何がだ?」

 

 「いや……」

 

 そういえばコイツ、この間力を取り戻したばっかだった。しかしこれは……気になる。

 

 「悪い、俺もう行くわ」

 

 まだプレイマットに広げられたままのカードを急いで掻き集め、俺は鞄を持って立ち上がる。

 

 「おー。また明日な」

 

 「じゃあね」

 

 「なんだな」

 

 3人に挨拶を済ませ部屋を出、俺はすぐさま小声で傍らに呼び掛ける。

 

 「エンディミオン」

 

 『解っている。フェーダーが後を追った』

 

 「さっすがフェーダー、俺の相棒」

 

 『……指示したのは我だ』

 

 「一々言うなよ、器がちっさく見えるぞ」

 

 そんな会話を交わしつつ、俺はフェーダーの気配を辿る。長い付き合いだからか、エンディミオンとフェーダーの気配は大体解るのだ。

 辿り着いたのはレッド寮にほど近い森の中、人気の無い場所だった。微かに話し声が聞こえる。

 

 「ヤバいって、あれは絶対気付かれた!」

 

 「焦るな、だからどうしたというわけでも無い」

 

 「こんな所で何してるんだ?」

 

 出来るだけ不意打ち気味に声を掛けると、そこにいた2人は解りやすいぐらいに肩を跳ねて振り向いた。

 

 「そちらの方は?」

 

 先ほどの『チック』とは別のもう1人、大柄な男性を見ながら訊ねる。こちらも、何とも見覚えのある男であった。彼は些かしどろもどろになりながら口を開く。

 

 「いや、あの……私は、レッド寮の管理人で……」

 

 ほう。

 

 「精霊が寮の管理人になれるとは知らなかったな。【強力のゴーグ】?」

 

 「うぐ!?」 

 

 「それに、このアカデミアには精霊が入学できるってことも知らなかったな。【逃げ足のチック】?」

 

 「くぅっ!?」

 

 そう、さっき十代たちの部屋でチックを見た時に気付いた。彼は精霊なのだと。そして話を聞こうと思って追い掛けたらお仲間まで見付けてしまった。

 

 「バレてしまっては!」

 

 「仕方が無い!」

 

 2人はそう言うと、一瞬で衣装を変えた。何という早着替え。

 

 「「我ら! 黒蠍盗掘団!」」

 

 「うん、バレバレだから」

 

 「「それが! 黒蠍盗掘団!」」

 

 「どれがだよ」

 

 あ、こいつら疲れる。

 

 「誰も痛めず、傷付けず、貧しき者からは何も盗まずが我らの盗みの掟3ヶ条だが!」

 

 「任務遂行のため、やむを得ない!」

 

 「つまり何が言いたいんだ?」

 

 そして何故わざわざローテーショントークをする。

 

 「「その口、封じさせてもらう!!」」

 

 …………ほう。

 

~~~~~※暫くお待ちください※~~~~~

 

 「で? 誰の口を封じるって?」

 

 「「すいませんでした」」

 

 正面で【光の護封剣】によって取り押さえられながら正座している黒蠍盗掘団メンバーの2人を睥睨し、確認を取ればとても素直に謝ってくれた。

 話を聞くところによると、コイツらは正体を隠して潜入していたのに今日チックが俺と遭遇し、俺の反応から自身が精霊だと気付かれたことに気付き、思わず逃げた先に偶々いたゴーグを捕まえて話していたら、再び俺が現れたとのこと。

 俺としては、ただ人の山の中に精霊が入り込んでいるだけなら、特に何かをするつもりは無かった。

 だってさ、遊戯さんのとこのマナ……ブラマジガールも、時々ウィンドウショッピングに行ったりお祭りに紛れ込んで楽しんだりしてるみたいだし。それでマハード……ブラマジが頭を抱えてるって遊戯さんが苦笑しながら教えてくれたっけ。

 だが今回の相手は盗賊。それが潜入行動なんてしているんだ、何かあると疑うのは当然である。だから急いで追った。

 よし、まずは1つずつ確認してみよう。

 

 「黒蠍ってことは、お前らの他のメンバーもアカデミアに入り込んでるの?」

 

 「それは言えん!」

 

 「仲間を売るようなことなんて出来ねえ!」

 

 ……ほう。

 

 「あ、そう言えば今持ってるカードケースには【拷問車輪】が入ってたっけな」

 

 「女医として【棘のミーネ】が入り込んでいる」

 

 「【罠はずしのクリフ】が守衛をやってるぜ」

 

 素直でよろしい。

 なるほどつまり、【首領・ザルーグ】以外の面子がいるんだな……そうか……。

 

 「今更だけどさ、何でお前ら実体化してるの?」

 

 ふと疑問に思い尋ねる。

 言っては悪いが、見た所では黒蠍盗掘団の精霊としての格はそれほど高くない。コイツら自身に、自らを長期的に実体化させるほどの力があるとは思えないのだ。

 だが俺の質問に、チックもゴーグも何とも言えない顔をした。

 

 「いや、それがよぉ……」

 

 「我らにもよく解らんのだ」

 

 「はぁ?」

 

 詳しく話を聞くと、彼らの実体化は彼らのボス・【首領・ザルーグ】によって行われているらしい。しかし本来は【ザルーグ】にもそこまでの力は無いはずで、彼らも不思議に思っていたようだ。何でも、今回の仕事を片付けたら話すと言われたんだとか。ちなみに、【ザルーグ】は後から来る予定とのこと。

 つまり、【ザルーグ】がいない現状では、真実を知ることは出来ないってことか。

 

 「で? お前らの目的は?」

 

 「「…………」」

 

 ふむ、流石に沈黙したか。やっぱり何か後ろ暗い事情があるんだろう。

 

 「質問を変える。まぁ、盗掘団っていうぐらいだから目的は盗みなんだろう。何を狙ってるんだ?」

 

 「「…………」」

 

 これでも言わない、と。追い込み過ぎてトンズラされても困るよな。

 

 「……最後の妥協だ。その目的を達成するために周囲に害をなす予定はあるか? この質問にも答えなければ、俺も強硬手段に出させてもらう」

 

 「強硬手段?」

 

 チックが唇の端を引き攣らせた。俺はそれに頷く。

 

 「ああ、得体の知れない連中を放置しておくわけにもいかないんだよ。お前ら黒蠍盗掘団は探せば簡単に見つかるカードだから、それに押し込んで強制退去だ」

 

 精霊の宿っていないカードに精霊を宿すのは無理だが、目の前にいる精霊を憑代となるカードに押し込めるのは難しくない。

 その未来を予想したのか、チックとゴーグは顔色を悪くした。まぁ、強制退去なんてさせられたら目的を達成できないわけだし。

 

 「お、俺たちには盗みの掟3ヶ条がある!」

 

 「誰も痛めず、傷付けず、貧しい者からは何も盗まず!」

 

 「「それが! 黒蠍盗掘団!」」

 

 いやいやいや。

 

 「俺を口封じしようとしたじゃん」

 

 思わずツッコむと、2人はバツが悪そうな顔をした。

 

 「あれは、別に傷付けるつもりは」

 

 「ただ、少しばかり脅かして黙っていてもらおうと」

 

 ほう。

 

 「で? 脅かそうとしたら返り討ちにあって逆に脅かされたと?」

 

 「脅かされたというより、むしろ脅された……」

 

 「何か言ったかチック?」

 

 「イエ、ナニモ」

 

 チックの呟きは聞かなかったことにし、俺は思案する。

 どうやらコイツら、アカデミアに危害を加える気は無いらしい。この状況で嘘は言わないだろう。だとしたら……。

 考えを纏め、俺は捕えた2人にニコリと笑い掛ける。

 

 「そうか、なら丁度良かった。手を貸してくれないか?」

 

 「「は?」」

 

 訝しげな2人に、俺は自分の考えを明かす。

 森の奥にSAL研究所なるモノがある。俺は訳あってそこを調べたいのだが、何しろ研究施設故にそれなりの広さがあり、1人で調べるのは骨だ。しかも現役で使われているため、人の出入りも少なくない。

 ならば、人の目には見えない精霊に調べて来てもらえばいい。だから精霊の人出が欲しかったのだ。

 

 「初めはエンディミオンに行ってもらおうかとも思ったんだけどね。コイツ、俺の傍を離れたがらなくて」

 

 隣に立つ精霊(実体化中)をジト目で見るが、ヤツはそんな視線は気にもしなかった。

 

 『フン。我が主の傍を離れたら、一体誰が主を守るというのだ』

 

 「フェーダーいるじゃん」

 

 それに、よほどのことでも無い限りは自衛だってできるつもりだ。

 

 「ま、それはそれとしてだ。どう? 手伝ってくれるなら、取りあえずはお前らの事、見なかったことにするぜ?」

 

 出来るだけ偉そうに、ふんぞり返ってそう告げる。交渉は優位に立った者勝ちなのだ。ここで主導権を握らねば。

 俺の提案に、ゴーグが苦い顔をする。

 

 「取りあえず、だと?」

 

 「お前らの『目的』にもよるからな。最終的には【ザルーグ】が来て、ソレが判明してからだ……お前らは盗みの掟3ヶ条とか言うけどな、もしも誰かに害をなすような計画でも立ててみろ。力付くにでもカードに押し込めて……」

 

 「きょ、強制退去か……?」

 

 思わせぶりに言葉を切ると、チックは恐る恐るといった様子で自身の予想を述べる。だがしかし、俺はそれに対して首を横に振り、出来る限りの爽やかな笑顔で告げる。

 

 「お前ら全員、便所に流してやるからな」

 

 その宣告に、真っ青になってコクコク頷く2人。そうか、流されるのはそんなに嫌か。俺だって嫌だ。やられたくないし、出来ればやりたくない。

 2人はそのまま、俺への協力も約束してくれた。いやー、良かった良かった。

 

 こうして俺はこの日、使いっぱしりを手に入れたのだった。

 

 

 

 その後も時間はゆるゆると流れる。

 俺はといえば相変わらず、朝起きたらパック占いをし、日中は授業を受け、空き時間には情報収集に努め、放課後はデュエル三昧で過ごし、夜中には黒蠍盗掘団の報告を聞いたりKCやI2社と定期連絡をし……そんな日々を過ごしていた。

 

 

 そしてこれは俺が使いっぱしりを手に入れたあの日から既に1ヶ月近くが経ち、次の月一テストも間近に迫ってきたある日のことである。

 

 「話が、あるんだ」

 

 消灯時間直前、思い詰めた表情の三沢が俺の部屋を訪ねて来ていた。

 

 「どうしたんだよ。まぁ、入れ」

 

 俺としても断る理由は無かったため、快く引き入れる。

 力無く入ってきた三沢は、見るからに憔悴していた。そういえばここ数日、食事もそれほど取っていなかったような気がする。

 

 「優、俺は……俺はもう、どうすればいいのか……」

 

 「どうした? 誰かに空気とか背景とかって呼ばれたのか?」

 

 「未だかつてそのような呼ばれ方をしたことは無い」

 

 とうとうその時が来たのかと本気で心配したのだが、バッサリと切り捨てられてしかも、胡乱げな目で見られた。少しは気分が持ち直したようで何より。

 

 「そうじゃないんだ。実は……」

 

 そうして相談された話は、実に切実な悩みだった。それはもう、こうして語るのも憚られるような、果てしなく深い苦悩である。三沢は今、己の将来とアンデンティティに悩んでいたのだ。

 そんな深刻な相談を俺にしてくれたことが、とても嬉しい。頼りにされているのだろう。

 なので俺のその信頼に応えるべく、心の底から三沢の悩みに向き合い、真剣にその相談に乗った。

 そうして暫く語らうと三沢も答えを見付けたらしく、最終的には先ほど部屋を訪れた時とは正反対の晴れ晴れとした……そう、まるで解脱して悟りを開いた修験者のような顔をした。

 

 「ありがとう、優。おかげで俺はこの先に進める」

 

 すっと右手を差し出せれたので、俺もその手をしっかりと握り返す。

 

 「役に立てて嬉しいよ。俺も三沢の新境地を楽しみにしてる」

 

 そうして互いに固い握手を交わし、また明日と挨拶をして別れる。うん、実に良い事をした。

 俺がそんな達成感から笑顔を浮かべていると、部屋の隅の方から俺を呼ぶ声がした。

 

 『あの~、そろそろいいかしら?』

 

 精霊のミーネ……【棘のミーネ】である。彼女の傍には、他の黒蠍の面々も揃っている。

 チックとゴーグを懐柔した後、俺はミーネとクリフとも顔を合わせた。チックたちの説得もあり、4人は実に真面目に情報収集に励んでくれている。

 今夜も彼女たちは、SAL研究所の調査報告に来ていたのだ。三沢より先に来ていたが、三沢のあまりに切羽詰まった様子にあちらを優先した。アイツには精霊が見えてないので、それで特に問題は無い。

 

 「ああ、いいよ。で、どう?」

 

 俺が彼らに頼んだ調査は実に単純。昼でも夜でもいいから研究所に入って情報を集めてくれ、ということだ。研究員の話を盗み聞きするのでもいいし、置かれている書類だのを盗み見るのでもいい。とにかく見たものや聞いたものを余すことなく教えてくれ、と頼んだ。

 俺の目的を明かすわけにもいかないので(目的を明かせば、何故俺がそんなことをするのかという理由も明かさなければならなくなるし)、見聞きした情報を統合し取捨選択するのは俺自身の役目だ。

 その性質ゆえに時間は掛かったが、近頃は成果が出て来た。しかし同時に、頭を抱えることになる。

 

 「……今日もありがとう。それじゃ、解散」

 

 『『『『我ら! 黒蠍盗掘団!』』』』

 

 うん、何でここでその決めポーズなのかな? 

 しかし黒蠍の一員では無い俺がそんなことを気にしてもどうにもならないので、ただパッと出て行った4人の後姿を見送るだけだった。

 そして部屋の中には俺とエンディミオン、フェーダーだけとなり、俺は大きな溜息を吐いた。そんな俺の肩を優しく叩いて慰めてくれるフェーダーまじ癒し。

 

 「に、してもなぁ……何でこんなことになるんだ」

 

 『Super Animal Larning。略してSALか』

 

 「正式名称はどうでもいいんだよ」

 

 SAL研究所で行われている研究そのものについては、それほど問題があるとは思えない。平たく言えば、動物でもデュエルが出来るように出来ないか、ということらしい。うん、闇のゲームを研究するよりはよっぽど健全だ。

 なら何が問題かといえば、研究方法にあった。

 

 「捕えて来た野生動物に非道な実験をしてるとか」

 

 『動物虐待だな』

 

 「トラや大蛇が密かに飼われていたとか」

 

 『万が一逃げ出されたりすれば大惨事だな』

 

 おそらく、あの研究所は行方不明事件との関わりは無い。曖昧な原作知識からもそうだろうとは思っていたが、これで確信した……何故か心の奥の方で不吉な予感が警鐘を鳴らしてもいるのだが、それはともかく。

 だがしかし、別の問題が浮上した。動物虐待、ダメ、絶対。

 それにトラのような猛獣も問題だ。エンディミオンが言った通り、もしも脱走でもされたらそれに対処出来る人間は少ない。

 

 「取り合えず……報告しようか」

 

 都合の良い事に、今日はモクバとの定期連絡の日であることだし。

 

 

 

 3度目の月一テストも終えた数日後の朝、俺は購買にいた。勿論、パックを買うためだ。今日はついでに、朝食もドローパンで済ませてしまおう。

 

 「さてと。何が出るかな、何が出るかな?」

 

 特に深い意味も無く、耳の奥に残っているリズムに合わせて口遊みながらパックを開ける。

 

 「ふむふむ。【代打バッター】、【増援】、【ワンチャン!?】、【クリボーを呼ぶ笛】……って、サーチ系カードばっかじゃねーか」

 

 ここまで重なると、何やら意味深だ。つーか【増援】や【クリボーを呼ぶ笛】って、俺よりむしろ十代向けのカードじゃん。

 

 「んで、最後の1枚が……うわぁ」

 

 パックの1番下に入っていたカードを見て、俺はちょっと眉を顰めた。

 それはサーチカードでは無かったし、俺のデッキに入れても問題は無いカードだった。何しろ、OCGでは制限カードになっていたこともある強力な一品だ。使いどころは選ぶが。

 しかし問題なのは、そのカードのカード名である。

 

 「ますます意味深……パック占い、当たる時は本当に当たるからなぁ」

 

 「パック占い?」

 

 軽く溜息を吐いていると背後からよく聞く声が聞こえ、俺はハッと振り向いた。

 

 「明日香」

 

 そこには、ドローパンを手に持った明日香がいた。不思議そうな顔で俺の手元を見ているため、事情を説明することにする。

 

 「いやさ。前に朝一でパックを買った時に出たカードがその日の運勢を当ててくれたもんだから、それ以来験担ぎにね」

 

 苦笑して説明すると、明日香も納得してくれたらしい。俺はカードをポケットに仕舞い……しかしふと思い直してその内の1枚をデッキに刺した。これも特に深い意味は無く、言ってみれば験担ぎパート2である。

 

 「朝早くから占いって、呑気ねぇ」

 

 呆れたような明日香の物言いに、俺は苦笑で返した。

 

 「口実みたいなもんさ。何しろこのアカデミアに来るまでは、こんなに頻繁にパックを買えなかったからな。嬉しくってさ」

 

 「あら、その割には【天よりの宝札】のようなレアカードも持っているのわよね?」

 

 【天よりの宝札】は本当にレアカードである。元々強力かつ希少な上、出た時期が時期だけに今じゃ伝説と語り継がれているデュエリストたちがよく使っていたとかって更に価値が上がっている。なので最初の月一テスト以来、あれを賭けたアンティデュエルを申し込まれたことも少なくない。

 

 「あれは俺が当てたんじゃないよ。貰ったんだ」

 

 「そうなの? それは幸運ね……でも、そのせいで狙われてるんじゃない?」

 

 どうやらアンティの噂は明日香の耳にも届いているらしい。でも勘違いはしないで欲しい、あくまでも挑まれているだけなのだ。

 

 「ま、否定はしないけど。アンティは誘われても受けてないから大丈夫。だって校則違反だし」

 

 肩を竦めてそう返すと、意外そうな顔をされる。

 

 「あら、校則を気にしてたのね?」

 

 そこまで意外そうな顔しなくても……まぁ、明日香なら仕方が無いか。何せ色々と見られてるし。

 

 「そりゃあ気にするさ。俺には特待生待遇が必要なんでね」

 

 何だかこの前も十代相手にこんな会話をした気がするが、今回の話の相手は明日香である。故に実家の経済状況まで話す気にはなれず、少しぼかした発言をした。

 だが、特待生待遇が必要=校則違反(素行)に気を配るという式は成り立ったからか、明日香も深い追及はしなかった。潔いね、明日香……。

 

 「そう。それで勉強やデュエルにも熱心なのね……そういえば言ってなかったわ。今月も1位、おめでとう」

 

 「ありがと。明日香も3位、おめでとう」

 

 「……素直に喜べないわね」

 

 微妙に悔しいらしく、明日香の声は少し硬かった。まぁ、3回連続で同じ順位ならそうなるかもしれない。

 でも純粋に凄いと思う。俺はこれでも、1人の時は割とガリ勉してる。どれぐらいやれば今の成績を維持できるか解らないから、頑張ってやるしかない。でも明日香や三沢は結構余裕を持っている。凄い。

 

 「でも、納得したわ。あなたの目当ては順位じゃ無かったのね。だから首位を取ってもそれを吹聴することも無かった」

 

 うん?

 

 「吹聴するも何も無いだろ? 順位は張り出されてるんだから」

 

 しかし俺の反論に、明日香は何も言わずに渋い顔をするだけだった。その様子に、俺は悟る。

 つまり、中等部の頃に主席だったという万丈目は吹聴して回ってたわけだ……そうか、それで入学式の後にデュエルリングで出くわした時、取り巻き達が『万丈目さんを知らないのか!?』とか言ってたのか。

 しかしそこまで思い出し、俺も渋い気分になった。

 

 「そういえば万丈目、また成績落としてたな……」

 

 順調に……というのは不謹慎だが、とにかく万丈目の不調は終わりが見えない。今回は前回よりもまた成績が落ちていた。正直、降格を言い渡されても仕方が無いんじゃないかってぐらいになっている。

 だからだろう。他のブルー生たちの万丈目への態度もさらに悪くなっている。そりゃもう、加速度的に。

 

 「気になるの? 万丈目君のこと」

 

 明日香は意外そうな顔をしていた。まぁ、日頃の俺たちの関係を知っていれば無理も無い。

 

 「だってさ、俺はまだアイツとデュエル出来てないんだぜ? 十代も強いって言ってたし、俺もそう思う。だから俺だってデュエルしたいよ……なのに、前はアイツの取り巻きに阻まれるし。今はアイツ自身が、俺と顔を合わせるとすんごい目で睨み付けて話も聞いてくれないし」

 

 そう、滅茶苦茶敵対視されているのだ。主に俺と十代が、一方的に。もういっそ、憎悪を感じる目で。

 何で俺まで。十代には前に負けたから解るけど、俺、何かした? 最初の十代とのデュエルの時に、いらん口を挟んだからか? でも、あの頃より今の方が憎まれてる気がするんだよね……。

 

 「……いっそ哀れね、万丈目君も」

 

 「? 何、明日香?」

 

 「何でも無いわ」

 

 過去を思い返していると、明日香が何やらポツリと呟いていた。上手く聞き取れなかったので問い返したけれど、はぐらかされてしまう。しかも、この話はこれでお終いと言わんばかりの空気を醸し出しているので、俺はそれを読んで別の話題を口にした。

 

 「そういえば、明日香はどうしてこんな朝早くに購買に? 俺はよく来るけど、今まで1度も会ってないよな?」

 

 「私は……」

 

 どうもドローパンを買ったみたいだけど、朝食ならブルー女子寮でも出る。俺が朝食としてドローパンを買ったのはあくまでも『ついで』であり、それがメインなわけじゃない。なのに、明日香が持っているのはドローパンのみ。

 なので疑問に思って問いかけてみると、言い難そうに視線を逸らされた。その様子に、俺はピンとくる。

 

 「あ、そっか。黄金の卵パンを引き当てに来たんだ?」

 

 「な!?」

 

 「まぁなー。十代より早く来ないと引けないしなぁ」

 

 十代の引きはとにかく凄い。黄金の卵パンがドローパンの山の中にあれば、ほぼ百発百中で引き当てる。なので最近では、『黄金の卵パンを引きたければ遊城十代が購買に来る前に引け!』という暗黙の了解が出来上がってしまっていた。

 

 「わ、私はただ、ドローの練習をしようと!」

 

 「うん、つまり黄金の卵パンを引こうとしてるんだよな?」

 

 少し顔を赤くしながら反論されたため、ダイレクトに結論を述べる。結局は図星だからか、明日香はプイと視線を逸らしてしまった。

 

 「で、どうなんだ? それ」

 

 明日香がその手に持つ、未だ袋に入ったままのドローパンを指して問うと、彼女は諦めたように息を吐く。

 

 「ハァ……今から確かめるわよ」

 

 言って包みを破るとパンを少しだけ覗かせ、少しだけ齧る。そして咀嚼し、微妙な顔になった。俺はパンの断面から少し見えた具から中身を悟り、羨ましい気持ちになった。

 

 「ジャムパンかぁ」

 

 俺にとってはお気に入りの具材の中でも上位に入る。明日香も決して嫌いでは無いんだろう、嫌な顔はしていない。けれどお目当てのモノでも無かったからか、心から喜べない。そんな所だろう。

 さて、そんな俺の買ったドローパンはっと。

 明日香と同じように包みからパンを出し、少し千切って口に運ぶ……が。

 

 「……ごめん、明日香」

 

 「? どうしたの?」

 

 「黄金の卵パン、俺が引いてた……」

 

 2人仲良く絶句するしかない。

 え、だって俺、朝一で来たのに。どうしてあの膨大な山の中からピンポイントにたった1つの卵パンを引いちゃうんだ?

 うわ、明日香が凄く遠い目をしている。多分、わざわざ早起きして購買まで来たんだよね? どうしよう、気まずい。

 えぇい、こうなったら。

 

 「明日香、トレードしよう?」

 

 「え?」

 

 「俺はジャムパンの方が良いし。黄金の卵パン、千切っただけで口付けてないし」

 

 明日香は直接齧ってたけど、その部分を取るように千切ればいい。よし、これで解決!

 

 「でも……いいの?」

 

 「うん。俺は前に十代に分けてもらったことがあるけど、その上でジャムパンの方が好みなんだ……でもさ、黄金の卵パンはやっぱり普通の卵パンとは段違いに美味しいし。1度食べてみて、モチベーションを上げるのも悪くないと思うぜ? 明日香もジャムパンの方がいいんなら、それでいいけど」

 

 最後に確認を取ると、チラッと黄金の卵パンを見る明日香……食べたそうな目をしている。

 

 「じゃ、トレード成立。また後でな」

 

 互いの持っていたパンを取り換え、俺は寮に戻ることにした。今日の授業で使う道具一式、持って来てないし。

 

 この時、ジャムパンを齧りながら歩いていた俺は、パック占いの結果をすっかり忘れていた。それを思い出して後悔するのは、この数時間後である。

 

 

 

 十代は項垂れていた。それはもう、もうこの世に夢も希望も無いと言わんばかりの様子である。何かもう、目のハイライトが消えている。しかも地に膝を付いて頭を抱え、嘆いている。

 

 「何でだ……どうして、こんなことになっちまったんだ……」

 

 「ア、アニキ!? どうしちゃったの、しっかりしてよアニキ!!」

 

 世界の終りと直面でもしているのかと言いたくなるような調子の十代を、翔が懸命に励ます。翔だけじゃない。この場にいる他のレッド生たちも、心配そうに十代を取り囲んでいた。教師受けは悪い十代だが、生徒の受けは良い。特に同じレッド生には。人徳だろう。

 俺? 俺は不機嫌な顔でそれを見ている。

 

 「何だよ、そんな顔して。まるで目の前には恐怖と絶望しか無いとでも言いたげだな」

 

 憮然としてそう言い放つと、十代はキッと俺を見据えた。

 

 「まるでも何も、恐怖と絶望しか無ぇだろ!? 何でこんなことになってるんだよ!!」

 

 「三沢がいないからだよ」

 

 「三沢ー!? お前、すぐ来い!」

 

 「わー! アニキが錯乱したー!?」

 

 どこにいるかも解らない三沢に向けてだろう、切実な叫び声を上げた十代に翔が頭を抱える。やれやれ。

 

 「お前ら、コントならベンチに下がってからやれ。そこにいられると、俺がマウンドに立てないじゃないか」

 

 そんなグラウンドの真ん中にいられたら邪魔だ。だが溜息を吐いた俺に噛み付く十代。

 

 「立つな! お前は絶対立つな! 誰だよ、優をピッチャーにしたの!」

 

 いきなり噛み付かれ、その剣幕に怯むベンチのイエロー生たち。やがてその中の1人……神楽坂がおずおずと口を開いた。

 

 「え~っと……俺たちでの多数決で……だって、控えの選手で1番運動神経良いの、上野だし……つーかそもそも、俺たちの中で1番運動神経良いのも、上野なんだけどな」

 

 それが間違いなんだと何故気付かない。

 イエロー生たちの返答を受け、十代の矛先が俺に戻る。

 

 「断れよ! 優、お前自分のノーコンぶりは解ってるだろ!? 断れよ!!」

 

 理不尽……でも無いが、そんな怒りを受け、俺もつい八つ当たり気味に声を荒らげる。

 

 「断ったに決まってんだろ!? 何のために最初、頼み込んでスタメンから外してもらったと思ってんだよ!」

 

 これまでの会話で解ってもらえると思うが、俺たちは野球をしている。体育の授業中に、レッドとイエローでチーム分けをして対決中だ。なお、打順やポジションなんかは事前に決めていた。

 なのに当日になって、4番でピッチャーの三沢が来ない。1回の表が終わるまで待ったのだが、一向に来ない。多分、デッキ構築に夢中になっているんだろう。なんてったってアイツは今、魂のデッキを作っているんだからな。

 そして誰かをピンチヒッターに、となって俺に白羽の矢が立った。

 勿論断った。だが誰も納得してくれなかった。俺はノーコンなんだ、と説明しても誰も相手にしてくれなかった。解せぬ。

 だが、そうか今朝のパック占いはこのことを暗示していたのか、と納得もしてしまった。

 そしてこうなってしまった以上、俺は全力でやるしかないのだ。

 

 「ほらアニキ。行くよ」

 

 翔に促されても到底納得しない十代に、周囲のレッド生たちが痺れを切らす。

 

 「止めろー!! 死人が出るー!!」

 

 喚き暴れる十代を、抱えるようにして運び出すレッド生たち。失敬な、いくら何でも死人なんて出ない……多分。

 

 「いい加減にしろって、大袈裟な」

 

 「痴話喧嘩なら余所でやれよ」

 

 「みっともねぇなぁ」

 

 おい誰だ、今サラッと寒気がするようなこと言ったの。

 口々に十代を宥めようとするレッド生の集団を睨み、後で問い質そうかと考えた。

 しかし今の問題は、野球である。

 

 そして、惨劇は起こった。

 

 「彼らは犠牲になったのだ……俺のノーコンぶりを知らしめる……その犠牲にな」

 

 「何格好つけてんだよ、お前」

 

 3打席連続デッドボールという結果を出して見事交代を言い渡された俺は、ベンチで白い目を向けられていた。

 1回の裏、俺のピッチングによって3人のレッド生が斃れた。その一部始終を目撃していたみんなは、それはそれは沈痛な面持ちである。

 

 「遊城は間違ってなかったんだな……もしもメットを被って無かったら、アイツらは死んでいた……」

 

 何が起こったのかありのままに話すぜ。

 ピッチャーとなった俺は、全力で投球した。その球は恐らく、120キロは超えていたと思う。俺は昔から、コントロールは出来なくても威力は出る。

 そしたらその球はものの見事にバッターたちの頭に当たった。そりゃもう思いっきり。

 それによって満塁となり、流石にマズイと思った監督(役のイエロー生)によって俺は交代となった。そのままだったら次に俺と向き合うことになっていた4番バッター……つまり十代は、飛び上がるほどに喜んでいた。

 

 「だから、最初から言ってただろ? 俺はノーコンなんだって」

 

 そのせいで、未だにカード手裏剣を会得できずにいる。

 バッターにぶつけてしまったのは悪いと思うが、嫌がる俺を無理矢理マウンドに引っ張り出したのは周囲のイエロー生たちである。彼らもそれは解っているのか、バツの悪そうな顔をした。

 

 「……そりゃ言ってたけどよ、あそこまでとは思わねぇって」

 

 「そうそう。お前、何でもソツ無くこなすから……てっきり……」

 

 「あのなぁ! 俺は別に万能人間じゃないんだ!」

 

 思い出す、かつての日々を。

 引っ越したばかりの小学生の頃、ドッジボールの時に投げた球が何故か背後に飛んで行き、後ろにいたチームメイトの顔面に当たって鼻血と脳震盪。

 中学に入ったばかりの頃、卓球の授業中に打ったピンポン玉が相手の口にスッポリ入って、驚いて飲み込みかけてあわや呼吸困難を起こしかけ。

 いつしか、『上野優に球技をさせるべからず』という不文律が出来ていた。

 ちなみに、被害者はどちらも十代である。1度事が起こると先生も気を付けて俺に球を持たせないようにするため、2人目の被害者が出ないのだ。良かったな十代。お前、高校では被害者にならずに済んだぞ。

 ふ、これでアカデミアのみんなも解っただろう……俺が矯正のしようが無いノーコンであることを……あぁ、カード手裏剣のスキルはいつになったらこの手に出来るのか……。

 

 そしてゲームが進むと三沢が現れた。どうやら本当にデッキ構築をしていて時間を忘れていたらしい。普通なら自覚が足りないと怒られそうなものだけれど、誰も怒る人はいなかった。むしろ感激の涙と共に迎え入れられている。

 

 結局この日のゲームは、ピッチングでもバッティングでも三沢が大活躍したことでイエローの勝利に終わった。

 

 そして放課後、俺は三沢と十代、翔の4人でイエロー寮に向かう。

 

 「打ち負かされれば三沢の言いなりとなる、ねぇ……そんな約束をしてたんだ」

 

 どうも今日の野球の最後の回で、十代と三沢がそんな取決めをしていたらしい。俺、ベンチで黄昏てたから気付かなかったな。

 俺の呆れたような物言いに、三沢が鷹揚に頷く。

 

 「あぁ。それで彼らにも、部屋のビッグバンを手伝ってもらおうと思ってな」

 

 「何で僕まで……」

 

 完全にとばっちりの翔は少しブツクサ言っているが、十代が笑顔で引っ張っている。俺は元々三沢に頼まれていてビッグバン……三沢の部屋のペンキ塗りを手伝う予定だったから、どうでもいいけど。

 

 イエロー寮に辿り着くとまずは俺の部屋に行って荷物を置き、次いで隣の三沢の部屋に入る。俺は初めてではないが十代と翔は初めてで、思わずといった様子で感嘆が漏れていた。

 

 「うわぁ……」

 

 「何だこりゃ……」

 

 壁、床、天井。辺り一面に書き散らされた数式を見れば、そんな反応が出るのも当然だろう。

 

 「こっちが『シュレディンガーの猫』、あっちが『アボガドロの分子説』。そしてこれが『風が吹けば桶屋が儲かる確率式』……」

 

 三沢が無数にある数式の中からいくつかをチョイスして教えてくれる。

 いや、あのさ……内容に関しては俺も初めて知ったんだけど……俺、そもそも桶屋を見たこと無いんだけど……。

 いや、そんなことはどうでもいい。今回は数式の勉強に来たのでは無い。

 

 「さぁ、ビッグバンを始めよう!」

 

 いつの間に用意したのか、三沢が人数分のペンキ缶を持ってイイ笑顔を作っていた。

 

 4人もいるのだからそれほど時間は掛からないだろうと思っていたビッグバンは、しかし夕食時にまで縺れ込んでしまった。

 原因はハッキリしている。途中で俺以外の3人がはしゃぎまくったせいだ。些細な切っ掛けから互いに刷毛でペンキを塗り合い、しまいには缶ごと掛け合い……俺はそれを『若いなぁ』と思いながら高みで見物していた。結果的には、殆ど俺1人でビッグバンしたようなものだ。

 なので今、俺がこのイエロー寮の食堂にて遊んでいた3人にデザートを奢らせようとしているのは、当然の報酬である。

 

 「何で優君にはペンキが全然付いてないんスか~?」

 

 全身ペンキまみれとなり、さっきまで一生懸命シャワーでそれを落としていた翔は不満顔だ。だがしかし、不満を言いたいのは俺の方。

 

 「俺はお前らと違って、遊んで無かったからな」

 

 バッサリ切り捨ててやると、翔はうっと言葉を詰まらせた。どうやら自覚はあるらしい。

 

 「でもそれにしたって、少しは飛んでても可笑しくないんじゃないか?」

 

 十代も不思議そうな顔で俺の全身を見ている。うん、まぁ、あれだけの騒ぎなら確かに飛んでても可笑しくないけど。

 

 「俺にはボディーガードがいるんでね」

 

 ニッコリ微笑んでそう言うと、十代は俺の後ろで得意げにしているエンディミオンを見て納得していた。翔はクエスチョンマークの浮かんだ顔をしているが。

 そう、俺に飛んで来たペンキはエンディミオンが張った結界によって阻まれて俺まで届かなかったのだ。尤も、その結界を張るのに使ったのは俺の魔力なのだが。

 そんな話をしている間に、三沢が席へと戻ってきた。

 

 「さぁ、じゃんじゃん食ってくれ!」

 

 三沢の持つトレイの上には、豪華な食事の山。時間が時間なのでレッド生の2人も食ってけ、ということらしい。ちなみにこの食事の後、俺は3人にデザートを奢ってもらう予定だ。

 4人で1つのテーブルを使って食事を進めていると、三沢にブルー昇格の話が来ていることを知った。

 

 「へー、クロノス先生に言われたんだ」

 

 どうも野球をしている時に三沢の打球が近くを歩いているクロノス先生に当たり、そのまま話を聞かされたようだ。良かった、人に当てるのって俺だけじゃないんだ。

 

 「あぁ。ただ、決まったわけじゃない。明日試験的なデュエルがあるそうだ」

 

 「決まったも同然だろ。お前なら大丈夫だ……むしろ、何で今まで昇格の話が来なかったのか不思議なくらいだぞ?」

 

 甘口カレーを口に運びながらそう言うと、三沢は苦笑した。

 

 「そう言うお前は、今月も蹴ったんだってな?」

 

 そう、今月も俺に昇格話が来ていた。実を言えば先月も来ている。でも断った。だってブルー寮、そんなに魅力を感じないんだよ。イエローで充分だ。むしろ今の生活だって、分不相応な気がしてるのに。

 

 「でも、三沢は受ける気なんだろ?」

 

 正面に座る十代が、エビフライを飲み込んでキラキラした目を三沢に向ける。それに翔も続いた。

 

 「うん。だから部屋、綺麗にしたんスよね?」

 

 しかしそんな2人に、三沢は苦笑を崩さないままだった。

 それはそうだろう。あのビッグバンと昇格話は関係無い。だって俺が三沢に手伝いを頼まれたのは昨日、昇格話が来る前だ。なのでこれは単に偶然が重なっただけである。心機一転して魂のデッキを作り上げるのだと萌えていた。

 むしろ三沢も俺と同じく、昇格を受ける気は無いらしい。前に『俺がブルーに上がるのは俺がトップに立った時だ』とか言ってたし。

 だが盛り上がっている2人に水を差す気は無いようで、三沢は沈黙している。流石だ三沢、空気の読める男。

 

 「あ、でも三沢、今夜どうするんだ? 部屋のペンキ、乾いてないだろ?」

 

 ふと気付いたらしく、十代が真面目な顔になった。三沢はそれにすぐに答える……が。

 

 「何、優の部屋にでも泊めてもらうさ」

 

 え。

 

 「やだよ、ペンキ臭い」

 

 そんなの勝手に決めないでくれ。

 三沢は断られると思ってなかったのか、一瞬固まっていた。しかし次の瞬間には、己の服や手などを嗅いで匂いを確かめる。翔も同様だ。箸を置いてくんくんと鼻をひくつかせる。ただし十代は未だエビフライの虜だったが。

 

 「……そんなに臭うか?」

 

 「かなり。頭っからペンキ被ったんだろ? シャワー浴びたぐらいじゃ落ちないって」

 

 「そうか……」

 

 うん、臭いって自分じゃ気付かないものだからな。でも俺には解る。お前ら3人とも、ペンキ臭い。

 ちなみに、隣室でペンキ塗りが行われることが解っていた俺は、事前に自室を取り囲むように結界を構築済みである。なので俺の部屋にまで臭気は届いていないはず。

 三沢は嘆息したが、こればかりは譲れない。あっちの方でも解っているらしく、自ら代替案を出した。

 

 「なら仕方が無い。十代、翔。泊めてくれるか?」

 

 うん、それが良いと思う。臭いが気にならない者同士でいた方がいい。2人も軽く頷き、これにて今夜、三沢がレッド寮に泊まることが決定した。

 

 でも、そうか……今夜、三沢はレッドに泊まるのか。

 実を言うとここ最近、三沢は前触れも無く俺の部屋を訪れることが少なくない。デッキやカードについて語るためだ。なので夜、あまり部屋を開けられなかったのだが。

 今夜はまず間違いなく訪問してこない。それに明日、アカデミアは休み。

 ならば決行しよう。今夜、ケリを付ける。

 カレーに添えられた福伸漬けをポリポリと齧りながら、俺は兼ねてからの計画を実行に移すことに決めた。

 

 




<今日の最強カード>

優「ありません」

王『またそれか』

優「だって本当に無いんだもの。今回の話を要約すると……」

①2回目の月一テスト
②デュエルキングはあらゆるものを超越する
③十代に授業をうけさせようZE☆
④黒蠍盗掘団を手中に
⑤三沢の相談
⑥SAL研究所が別の意味でヤバかった
⑦明日香とドローパン
⑧ノーコンって怖い
⑨計画って? →ああ。それってハネクリボー?

優「こんなところかな?」

王『また随分と詰め込んだな』

優「これでも削ったらしいよ。本当は最後に出て来た計画についても今回明かすつもりだったんだとか。でも次回に持ち越すことにしたって」

王『なるほど。それにしても主よ』

優「何?」

王『これが主の日常か?』

優「そうだよ。何で?」

王『いや……ただ1つ言えることがある』

優「?」

王『もしもこの作品でも十代がフィアンセの意味を知らなければ、それはおそらく主のせいであろうな』

優「何でだよ。とにかく今回は、月一と銘打っておきながらアニメでは1回しか出なかった月一テストを出してみたんだって。アカデミアは秋に始まるでしょ。9月に始まるとして、冬休みまでに3~4回はあるはずだからね」

王『そうか。いやしかし、冬休みか……そういえば、筆者がこんなメモを残したらしいぞ?』

優「何? え~っと、『GXラストで十代を時空間移動させたAIBOなら、異空間移動ぐらい出来ると信じてる』? ……うん、否定できない。どうなるんだろうね、俺の冬休み」

王『まぁ、先のことはまだ考えずとも良かろう。それより次回は三沢VS万丈目か? このデュエルは描写するのか?』

優「しないって」

王『何? では2話……閑話も入れれば3話もデュエル描写が無いというのか!?』

優「いや、デュエルはあるよ? ただ、三沢VS万丈目が無いだけで」

王『どういう……ことだ……』

優「それは次回にて解る」
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