君の重しになりたくて 作:ダーニャちゃんってふわって消えそうだよね
踏み込んだソノラで彼女は佇んでいる。
ただ静かに後ろ手に組み、ゆらゆらと動き髪が動く後ろ姿は見慣れているけどどこか違う姿だ。
「……よく此処が分かりましたねぇ」
「ダーニャさんが消えてから探す為にラハイロイ全域を観測してたっすからね」
「相変わらずですね。変態さんは」
いつもの軽口の応酬……その筈なのにダーニャさんの声には明確な拒絶の色が宿っていて俺達の間に流れる空気は学園の時よりも冷たく虚しい。
「ダーニャさん、学園に帰ろうっす。みんな優しいっすからすぐに」
「許してくれるそう言いたいんですか?そうですね……みなさん、とても心優しいですからごめんなさいと頭を下げればそれで許してくれるかもしれませんね」
「なら──「でも駄目なんですよ。だって、見れば分かるでしょう?シュバルツ君」──」
振り返り俺を見る彼女の目は普段のタレ目ではなく、睨みつける様な吊り目になり胸には禍々しい周波数──恐らくアレフ1 と思われる──が渦を巻き、全てを飲み込む虚無の夜空を映し出している。
今の彼女の姿を見れば誰だってこう思うだろう──鳴式の共鳴者だと。
「こーんな禍々しい姿誰が赦してくれるっていうんですか?」
「俺は赦すっす」
「……それにもう私も我慢の限界なんです。壊したくて壊したくて──仕方ないんですから!!」
見たことがない紫色の影みたいな巨大な手がダーニャさんの背後から伸びる様に現れ、俺を殴り飛ばそうとしてきたのを大剣の腹で受け止め飛び退く。
重い……見た目だけなら随分の軽そうだけど、アレフ1 由来の周波数で形作られているせいか衝撃を殺してもなお、手に衝撃が残る。
「全て遅いんですよ!!もう貴方も彼女達も!!」
「ッッ!!」
今度は連撃か。
左右から勢いよく放たれる拳のラッシュを弾く様に受け流し、ダーニャへと近づく為に一歩踏み込む。
「来ないでください!!」
拒絶の言葉と共にブロックが俺達の間に降り注ぐと、次の瞬間には派手に爆発しダーニャさんは勢いを利用して俺との距離を開ける──その行動が俺には癇癪を起こしている小さな子供にしか見えなかった。
「言いましたよね?アレフ1には誰も勝てないと!!」
巨大な掌から放たれる光線を切り割く。
所謂、グミ撃ち呼ばれる方法で次々と乱射されていく光線の中から自分に直撃しそうなものだけを選び取り弾き落としながら、ダーニャさんへと迫る。
「戦いが苦手とか……嘘じゃないっすか」
右目を撃ち抜かんと迫る光線を斬り伏せる。
ただ闇雲に乱射してる様に見えるが、ダーニャさんの攻撃は俺の急所を的確に捉え余計な回避を許さない管理された攻撃だ。
まぁ、その分狙いがわかりやすくて助かるけど!!
「ッッ……どうして貴方もあの人達も抗おうとするんですか!!諦めてしまえば楽なのに!!」
「それは……ダーニャさんが一番良く知ってんじゃないっすか?」
「ッッ」
俺は知っている。
人にはよく諦めろとか、手をぬけとか、しっかり休めとか言ってくるけどダーニャさん自身が一度でも引き受けた事はどれだけ大変でもやり遂げてきたことを。
「それに俺はアレフ1とかぶっちゃけどうでも良いっすよ。そういうのは漂泊者に任せるっす」
「ならどうしてこんなところに来たんですか!!」
再び俺を遠ざけようとキューブが立ち塞がる。
これはダーニャさんがずっと作り続けていた他者と自分を遮る心の壁で、俺の言葉を彼女に届けるにはこれを破る他にない。
「そんなの決まってるっす」
大剣を握り締め、周波数を流し込めば七色の光が溢れ出す。
その色、一つずつに俺は彼女との思い出を乗せる。
燃え盛る赤色にはダーニャさんと初めて出会って告白した時を
太陽を思い出すオレンジ色には学食で一緒に食事をした時を
咲き誇る花の様な黄色には隣で居眠りをする彼女を
生命の力を感じさせる緑色には俺の実験に付き合ってくれる時を
心落ち着く青色にはお弁当を食べてくれる彼女を
海の底の様な藍色には涙を流す彼女を
神秘を感じる紫色には俺を苦しそうに遠ざけようとする今の彼女を
「ダーニャさん。俺は今も変わらずいや、もっと貴女の事が好きっすよ」
全ての思い出と想いを束ねて、キューブを斬り裂けば今度は爆発する事なく空気中に溶ける様に消えていき、俺の視線の先には今にも泣き出しそうなダーニャさんの姿があった。
「シュバルツ君……私は文明の敵なんですよ。ラハイロイを……いいえ、ソラリスを滅ぼす怪物なんですよ?」
「何言ってるっすか。怪物がそんな風に泣くわけないじゃないっすか」
一歩、彼女に近づく。
「どこの世界にこれから滅ぼす対象を優しく見つめる怪物がいるっすか」
ダーニャさんが逃げようと後退りをするから、更にもう一歩踏み込む。
「怪物は泣けないし、優しい目も出来ないっす。だって怪物には心がないっすから」
「……こころ」
「はいっす。怪物は心が痛まないから蹂躙出来るっす。でも、ダーニャさんは今も俺を本気で殺そうとはしてないっすよね。むしろ、自分が殺させようと誘導してる素振りすらあるっす」
大剣で受け止めても俺を軽々と吹き飛ばす力があるのなら、あの大きな手で俺を挟み込む様にすればミンチの出来上がりだし、グミ撃ちの光線も殺意こそ込められてはいたけど仮に直撃しても俺の命が失われる様な場所は避けていた。
きっと、俺に死なない程度の大ダメージを与えて余裕を奪い、俺が本気で殺しにきたら受け入れるつもりだったのだろう。
俺がダーニャさんを殺すなんて、世界が一億回生まれ変わってもあり得ないのに。
「ダーニャさん」
今度はもう彼女は逃げなかった。
「今は帰ろうっす。俺達のスタートーチ学園に」
笑って手を差し出す。
涙をポロポロと流し、俺の顔と手を何度も見返すダーニャさんはやがてゆっくりと俺が差し出した手を掴もうとして──
「──全て解決のハッピーエンド……とするにはまだ早くないかな」
「なっ!?」
聞こえてきた声に振り返るのとほぼ同時に、乾いた音が二回。
俺の腹と胸の辺りがあつくなって──
「礼を言おうシュバルツ!!君のお陰でダーニャは更なる虚無を知るだろう!!」
クソ……俺をダーニャさん自身が殺せれば満点、そうでなくても希望が見えた瞬間に摘む事で更なる絶望に堕とすのが狙いだったのか……ドフ野郎がふざけやがって……
背後で強くなる鳴式の気配と聞こえてくる絶望に染まったダーニャさんの悲鳴に身体を起こそうとするが、モロに銃弾の受けた痛みに喘ぐばかりで立ち上がれない。
「ダーニャさん……」
「──すまぬ遅くなった。この娘は妾に任せるが良い」
舞い上がる雪と綺麗な刀を構える巫女の後ろ姿を最後に俺は意識を手放してしまった。
何してん??組織長