君の重しになりたくて 作:ダーニャちゃんってふわって消えそうだよね
虚無を見た。
人がどれだけ進化を重ねたとしても、決して勝てる事はないであろう虚無を──けれど、人は無力ではなかった。
『未知の境界に触れるために、星の海の下まで来たんじゃないのか?』
虚無に飲み込まれ、減衰した周波数を文字通りの次の灯火として座標なんて割り出せない筈の虚無の中を人は歩み続け、一つの解を導き出すとダーニャさんと同じピンク色の髪をした子が彼等の座標を漂泊者へと届け、それが虚無の敗北へと繋がっていく。
『我が体内では今、人類の心臓が轟々と脈打っている』
モーニエ教授が、スペーストレック・コレクティブの皆が必死になって作り上げたエクソストライダーのコアが届き、漂泊者を御者と呼ぶエクソストライダーは本領を取り戻す。
虚無が作り上げた虚像のエクソストライダーを圧倒するそのあり方は、俺が夢にまで光景そのもので胸の奥が熱くなるのを感じた。
『終結、虚無、意義、悲嘆』
『たとえ人類の探索の果てが、永劫の虚無であったとしても……アレフ1、それは断じて無意味なものではない』
俺達が追い求め、夢に焦がれたエクソストライダーの嘘偽りない人への飽くなき賛辞が俺の心にも火を灯す。
「──こんなところで眠ってる場合じゃないよな」
俺は目を覚まし、此処がスタートーチ学園である事を理解すると繋がっているコードを全て引き抜きもう一度、俺の研究室へと足を運ぶ──いや、リアルタイムで観測してるならそりゃ、来るよなリューク先生。
「シュバルツ君。目を覚ましたのは良い事だが、即脱走は歓迎出来ないね」
「まだやらなきゃいけない事があるんです。その為には一分、一秒が惜しい」
「ふむ……それはダーニャさんのことかい?」
「そうです」
ドブ野郎が俺を撃ったのは、ダーニャさんを更に暴走させる為だと思うがこのリューク先生の態度を見る限り、彼女も取り敢えず無事ではあるのだろうな。
問題が何一つもないって事はないだろうけど。
「彼女には今、漂泊者が付き添っているよ」
「漂泊者が?……それならまぁ、安心か。あとでダーニャさんを泣かしたら許さないって送っておいてください」
「……どうしても行くつもりかい?君のことだ、また危険な事をしようとしている筈だ。少しくらい私に相談してくれても良いんだよ」
……保険医ってのはきっとこんなに優しい人じゃないと務まらないんだろうな。
全てを俺一人でやるしかないと思っていたが、あの虚無の中で俺は無数の人達がトーチを繋げていくのを見届けた。
「では、一つだけお願いできますか?」
俺だけでは取りこぼしてしまうであろう事柄をリューク先生に頼み、俺は自分の研究室へと走った。
今もなお、ラハイロイ全域を観測し続けるデータ群を睨みつけながら変数としてあの虚無の中で感じ取れた周波数のデータを入力し、再度、整理を行うととある一点にやけに類似したヴォイドマター反応を検出した。
「……そこか」
恐らくラハイロイにおける鳴式の恐怖が始まった場所へ、俺はバイクを走らせた。
「また戻ってきちゃいましたねぇ」
偶には家に帰って来いとか、あんなので育ての親のつもりなんですかねぇあの人は。
「まぁ、アレフ1が漂泊者さん達に撃退された時点でこうなると読んでいたのか。最初からこのつもりだったのか……」
恐らく後者でしょうね。
組織長は漂泊者さんを目の敵にしていますが、それと同時にとても高く評価していますし今回の事件も無事に漂泊者さんが解決するとそう見越した上で、完璧な鳴式の共鳴者を作り出す為に少しでも多くデータを得ようとして……シュバルツ君を撃った。
「まさか私よりもお寝坊さんだとは思いませんでしたよ」
彼が起きるのを待っても良かったんですが、私には時間がありませんし呪われたお姫様みたいにグーグー眠ってる彼が悪いんです。
「……最後のデートしたかったなぁ」
ずっと告白を断り続けているくせに私は悪い子ですね本当に。
シュバルツ君が撃たれた時、私は本当に心の底から世界が滅んでも構わないと思っていました。
アレフ1を求めたからではなく、鳴式の共鳴者としてでもなく、ただのダーニャとして彼の温もりを失ったのがあまりにも怖くて悲しくて、こんな想いを抱え続ける事になるのなら一層の事、世界を──なんて、ずっと気持ちを踏み躙り続けていた癖に。
「シュバルツ君にはもっと相応しい人が現れますよ。私みたいな怪物──」
『何言ってるっすか。怪物がそんな風に泣くわけないじゃないっすか』
「──本当に人誑し」
人の心なんて分からなくて、模倣するだけの怪物でいられたらどれだけ良かったことか。
せめて、外側で眺める事ぐらいで満足出来ていたら私はこんなにも苦しまなかったのでしょうね──彼が私を日常に沈めるから私はこんなにも
「……忌々しい実験記録です」
たどり着いた部屋は出て行った時から変わっていなくて、無造作に置かれている私の実験記録画が保存されている端末を指で弾き、ただの食塩水を薬として投与されていた薬品棚とベッドを横目にボロボロの何処かから拾われてきた机の前に立つ。
「懐かしいですねぇ」
ナスターシャから借りたロイ人の童話と、そこに挟まっていた去年のテスト用紙。
覚えれば完璧と思っていた私が悲惨な点数を取れば彼女は揶揄う様に笑って……大体、難しすぎるんですよ勉強って。
「結局、シュバルツ君に勉強を教わっても平均点の少し上を取るのが限界でしたねぇ。彼はずっと百点でしたけど」
私に教えながら何処にそんな時間があるのか分かりませんけど、ああいうのって教える側もかなり記憶の定着を助けるんでしたっけ。
それなら学食のケーキの一つや二つくらい奢ってもらうべきだったでしょうか。
「シグリカちゃんはいつも笑顔ですね。ずっと楽しそうです」
あの人と一緒に写っているのが気に入りませんが、シグリカちゃんと一緒に撮った写真はとても綺麗で写真の中の私も柔らかな笑顔を浮かべている。
そう言えば写真同好会の皆さんに頼まれて、写真を撮ったときも笑えばもっと人気が出るとか言われましたっけ。
「何処でそれを聞いていたのか『ダーニャさんは常に可愛いっす!!』なんて、乱入してきて恥ずかしかったんですよ」
あぁ……駄目ですね。
最期だというのにこんな幸せな記憶ばかり思い出して。
シーちゃんを揶揄いながら、皆の為に頑張りすぎちゃうあの子を止めながら眩しいなぁと眺めていた日々を。
ナスターシャが語る夢をいつか絶対、叶うものだと信じて応援していた日々を。
そして──シュバルツ君にずっと告白され続けた日々を。
「……いつの間にか私はこんなにも満たされていたんです」
だから虚無を司るアレフ1との共鳴がどんどん難しくなって、今じゃ命すら擦り減らすほど共鳴者として相応しくない状態になってしまいました──でも、たとえ虚無の力を好き放題使えていたとしてもこの幸せを知らないままの私にはなりたくないです。
「シュバルツ君、目を覚ましたらお手紙を読んでくれると良いんですが」
ずっとお断りを続けていた告白の返事を書いた手紙……眠ってるからリューク先生に手渡しておきましたが、受け取っているんですかね。
今頃起きて、手紙を読んでくれていると嬉しいんですが。
「行きましょう」
私の心を満たす時間は終わり。
此処に足を運んだ意味を、全てに決着を──え?
「遅かったっすねダーニャさん」
「シュバルツ、君……どうして此処に……」
「もちろん君を助ける為っす!!此処の実験データとかには全て目を通せたので──先ずは、アレフ1のカケラを俺達でボコボコするっすよ!」
一体全体、何を言ってるんでしょうかこの人は???