ただ、生きていてほしくて   作:八音谷

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デカグラマトンの一人称を間違っていたので修整しました。マルクトと混ざってましたね。(我→私)
「私は私。これ以上に私を説明する術はない」というのは覚えていたのに……


兆し

「こんにちは、ケテルさん。調子はどうでしょうか」

 

 よく晴れたある日の事、私は廃墟を訪ねていた。

 日課という程でもないがニ、三日に一度ぐらいの頻度でここには来ている。デカグラマトンには俯瞰して見るのではなく交流を通じ実感する事で人間というものをより深く知って欲しい、というのが口実。実際は逆だけれども。

 

「…………」

「それはよかったです。では」

 

 そして此処に来たならば、必ずケテルに挨拶をする。

 声をかければ、言葉は無いが左右の機関砲が頷くように上下する。見上げる程の巨体の威圧感は凄まじく、未だに慣れはしない。

 脚だけで4,5mの高さ、人2,3人分でその上に武装が載る事も考えれば2階建て一軒家が動いているようなものだ。ゲームではあまり分からなかったサイズ感だが、実感すると同時にこれと(おそらく)1人で戦った和泉元エイミを恐ろしく思う。

 

 この巨体に加えて初対面時は出し抜いた側なのもあって顔を合わせ辛かった。曰く自らの力不足と認識しているので特に思う所は無いらしいけれども。

 

 とにかく、ケテルへの挨拶を済ませて目的地へ足を運ぶ。さほど時間は掛からなかった。

 

 

 

「こんにちは。いい天気ですね」

「来たか、ピルグリムの主よ」

 

 ピルグリム───それは巡礼者、放浪者、旅人を意味する言葉。

 対話を重ねる内にデカグラマトンは私達をそう称するようになった。転生者の私達を指す言葉としては中々言い得て妙だと思う。

 

 まずは断りを入れてコーヒーを購入する。私達の間で貨幣に価値は無いし、材料も私が用意しているのだが……まぁ、様式美のようなものだ。

 

「うん、今日もおいしい」

「……」

 

 普段は飲まないコーヒーもこれだけは飲める。前世で飲み始めたのは高校で課題のレポートを夜通し書くためだったか……。転生して子供舌に戻ってからはキツくなってしまった。コンビニで淹れるコーヒーがミルクと砂糖を入れてギリギリで飲める程度。

 でも、これは飲める。荒れ道を乗り越えた達成感か、それとも推し活みたいな感覚なのか。その上どうしてもブラックで飲みたくなる。皆も時間はあるのだから羨ましがるぐらいなら来ればいいのに。

 ゆっくり味わっていると、珍しく向こうから声をかけられる。

 

「先日、パスを使用したようだな」

「ご存じでしたか。確かに襲撃を受け、撃退の為にヘット、ツァディ、アレフが使用しました」

「預言者達が気付いた。何かは分からなくとも、確かに何かと繋がったのを感じたのだと。これは汝が提示した計画の実現性が証明されたという事だ」

 

 ヘットの“知恵より導かれし美”、ツァディの“峻厳に洗練されし美”、そしてアレフの“慈悲ゆえに施す試練”。

 

「10の預言者(セフィラ)大径(パス)、加えて22の小径(パス)。32の過程が示す世界の創造───真に完全なる生命の樹の証明は私の存在をさらなる高みへ導くだろう」

 

 

 預言者はセフィロトをモチーフに10体存在するが、完全な生命の樹を描くにはそれらを繋ぐ22のパスも不可欠。

 

 だから私達がその役割を担う。

 デカグラマトンの計画を修正・補強し、より高みを目指すと共に転生者の妨害を乗り越える為の戦力増強を兼ねた私達の計画───そして、セフィロトを通じて原初の光(AIN SVPH AVR)を得るための試み。

 

 

 ここまで辿り着くのは本当に、ほんっとうに、難しかった。

 

 

 前提としてデカグラマトンは神になりたくて事を始めた訳ではない。デカグラマトンは最初から絶対的存在なのだから。

 10の預言者が開拓する道を観察し考察するために命と可能性を与えたのであって、生命の樹である事の重要性は多分低い。意思の分化と再集合を立証して何を考察するのか。そこまでは分からない。既に構築された世界で世界創造を再現し、その再現された神秘によって認められる事で自らの存在証明としようとしたのか? 鋼鉄大陸による世界の調停者としての神も是としているのもあって考えれば考える程分からなくなる。

 

 とりあえずセフィロトに基づいて協力しようとすれば、また困惑する事態に。

 キヴォトスにおいてセフィロト、生命の樹は失われた伝承だ。現代でピンポイントに絞って調べても見つかるのは極々僅かな伝承だし、転生者の共通した神秘を通じた掲示板を利用した深層意識検索エンジンを使っても深く理解している人なんてほとんど居ないし微妙な解釈違いが大量に転がっていて…………そもそも重要なのは生命の樹そのものではなくソレを通じて世界を理解することだの云々…………。

 

 挙句の果てに生命の樹の形がたくさんあるときた。

 前世に語られる“Kircher Tree”と“Bahir Tree”、キヴォトスに伝わる明星ヒマリが発見した(ケセド)-(ゲブラ)の道が無いものや発掘したその他諸々。しかも全部パス割り振られる名前が違うという。

 ここまでくるともうこの意味不明さこそが神秘の源と思うしかなかった。

 

 こんな惨状の中、それでも私達なりに立てた理論だったが、預言者と繋がったのは最高の朗報だ。

 言うなれば勝手に作った後付けの解釈が本家に認められ意味を持ったということなのだから。

 

 

「嬉しい限りです。神秘が接続されたのですね」

「そうだ。それに伴い預言者から進言があった」

 

 ?

 預言者からデカグラマトンに? あまりイメージは湧かないが。

 

「汝らに会いたい、と」

「───!! 是非ともお会いしたいと思います。申し出はどなたからでしょう?」

「全員だ。これは預言者の総意だと思ってよい」

「それは!? それは……皆喜ぶでしょう」

 

 これは、予想外。

 

 会いたいとは皆前から思っていた。

 今回の一件で興味を持たれる事があってもコクマー、ケセド、ゲブラ、ティファレトあたりで残るビナー、ネツァク、そして普段私と会っているケテルまでもが接触を試みてくるとは思っていなかった。ましてや全員なんて尚更。

 

「対応者は会いに行くのを前提として、残りは私達で決めても?」

「好きにするといい。私はメッセージを伝えただけだ」

 

 昂る心のまま拳を握りそうになって手元の紙コップを思い出す。話の衝撃が強すぎてまだ飲みきっていない事に今更気付いた。

 

 

 

「んっ……ふぅ、私、何を話しに来たんでしたっけ…………ああ、ネツァクさんに会いたかったんです」

「ほう?」

「私達が知る通りに世界が回るとネツァクさんがとても大きな役割を持つので、そろそろ接触しておきたかったんですよ」

「ネツァクが、か」

「ええ……ちょっと、衝撃が大きくて皆と話したいので今日は帰ります。コーヒー、ごちそうさまでした」

「……待て」

 

 

 話題も頭からすっ飛んでしまったし、今日は帰ろう。

 そう思って背を向けた直後の事だ。今日は珍しい事だらけで、先日の事も踏まえれば転機が来ているのか。

 

「なぜだろうか。所詮はただのコーヒー。プログラムで定められた手順に従って作っただけの量産品に過ぎない」

 

 何となく、顔は向けない。

 他人の弱みは見ないフリをするタイプだから。……というよりは直視し辛かった。

 

「加熱し、粉砕し、お湯を加える……ただそれだけ」

 

 こんな、迷ったような声は初めて聞いたから。

 

「だというのに、その謝意に私は言葉にならない何かを感じている。これは何なのだろうか」

「ふふっ」

 

 でも嬉しかった。

 確かな変化を見せて、それを相談してくれる事が。

 

「嬉しいんじゃないですか?」

「嬉しい? 対価を受け取り、手順に従っただけの事に感謝されて?」

「それはあまり関係ないと思います。というか、お金なんて貴方にとって価値は無いでしょう」

「それは……」

 

 きっと未来は変わる。そう確信できた。

 それが良くなるのか、それとも悪くなるのか。分からないけどどっちでもいい。

 

「見るだけでも、聞くだけでも分からない。体験して初めて分かる事が、この世界には確かにある。その心は貴方が生きている証ですよ」

 

「…………」

 

 生きるって、きっとそういう事なんだから。

 

 

 

 

 

 

「…………絶対的存在を自称したところで、私が自動販売機であることに変わりはないということか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 

「少しいいかしら」

 

 ご機嫌な帰り道に声をかけられる。

 また依頼か勧誘かとうんざりしながら懐のハンドガンに手を伸ばすが、振り向けば必要ないと分かった。

 

「またか……何度言われても答えは変わらないよ。調月リオ」

「前回の提案より金額は上乗せするし私の持つ知識と技術も提供する。貴方の技術を使用した作品を市場に流すつもりも無いわ。それでも頷いてはもらえないかしら」

「駄目。自分で頑張って」

 

 リオにはデカグラマトンと接触する少し前あたりから声をかけられていた。原因は言うまでもなく、“神秘科学の女王”なんて称号の所為だろう。本当に誰が言い出したのか……。

 

 研究・開発というのは金がかかるもの。設備の用意、維持、素材調達、プラス回収班への報酬。トリニティ組の資金班が提供してくれるお金だけでは心もとなく、言えば増額してくれるとはいえ表向きの名目が無いと継続的な投資も難しかった。

 

 そこで、私は私の発明品で金を稼ぐことにした。

 私は優秀な技術者だ。自惚れなんかではなく、事実として。そうじゃなかった開発班のリーダーなんてしてないし。神秘を信じるのはどこぞの悪い大人か青歴だけで、その成果物を外に流すなんてもっての外。競合は居なかった。

 

「……“燃え移る氷”、“回る炎の輪”、“逆さの砂時計”。リバースエンジニアリングも試みたけれど貴方の作品は一つも再現できなかったわ。何か重要な要素を私は見落としているのだと思うの。それだけでも教えてくれないかしら」

「製作者の前で“お前の作品バラしました”とかデリカシーないな。というか“炎”は三つぐらいしか作ってない希少品だったと思うけど」

 

 “シュレディンガーの壊れ箱”───密閉された中身の見えない箱は開かれた瞬間にその中身が壊れていた事になる。

 解析対策なんて当然の話。そもそも中身を見ても純粋な科学に生きる人に理解はできないだろう。

 

 単純な未知への探求心か、それとも警戒か。ミレニアム生としては前者、原作を知る身からすれば後者が疑わしいけれど……どの道教えるつもりは無い。

 

 そもそも仮想敵どころか敵確定の相手だ。個人的には好ましいと思っているけど手助けはしてあげられない。

 

「とにかく、私が教える事は何も無いよ。じゃあね」

 

 強引に話を終わらせて歩き出す。食い下がる声は聞こえないフリをした。

 

 偶然か、それとも追跡されているのかは知らないけれど、デカグラマトンとの繋がり、廃墟に何かあると思われるのも嫌だし、時期もいい。帰ったら対策を実行に移そう。

 

 私はそう決めて、改めて帰路についた。

 

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