ボスヤスフォート vs シックス   作:ギアっちょ

24 / 27
スプリガン

古い遺跡には妖精が住むという。

石と金属の継ぎ目に潜み、忘れられた扉の前で、

近づく者をじっと見ている小さな守護者。

 

名を――スプリガン。

 

それが本当なら、いまこの森で、妖精は何を見ているのだろう。

遺跡を灰にすべく銃口を向ける黒鉄の重戦車か。

それとも、六枚の羽をひらいて、それを阻みに来た白い熾天使か。

 

風が吹いた。

 

その風を切り裂くように、白銀の機影が飛び込んでくる。

 

「やめろーーーーーーーッ!!」

 

ルカの叫びと同時に、アグヌスの剣が振るわれた。

 

真空が裂ける。

 

ソニックブレード。

 

次の瞬間、ラクリモーサの背に据えられたバスターランチャーの砲身が、

横薙ぎの衝撃波で半ばから断ち割られた。

圧縮されていた魔導エネルギーが暴れ、森の空気ごと白く爆ぜる。

 

「くっ……!」

 

ゼルクが咄嗟に機体を傾ける。

直撃ではない。

だが、あれで終わりだ。

バスター砲はもう使えない。

 

「バスターランチャー、機能停止」

 

ノクターンの声は冷静だった。

 

「戦術目標、遺跡の消滅――失敗」

 

「わかっている!」

 

黒鉄の機体が、即座に通常戦闘姿勢へ移る。

バスターランチャーの残骸を切り離し、ラクリモーサは重い剣を前へ出した。

 

その正面、白いアグヌスが森の木立を背にして着地する。

六枚の羽が半ばまで開き、霧の代わりに森の影を切り取っていた。

 

「遅かったね、先輩!」

 

ルカの声は軽い。

だが軽いだけではない。

そこには、明確な怒りと、張り詰めた焦燥も混じっている。

 

ゼルクは低く返す。

 

「まだやるのか、ルカ! 考え直す気はないのか?!」

 

「考え直す?」

 

白い機体が嗤うように揺れた。

 

「遺跡を灰にする気で来た奴に、うだうだ説教されたくないんだよ!」

 

その一言が、戦場の意味をひっくり返す。

 

帝国側は危険な力を封じるために来た。

血族側は利のために守りに来た。

なのに、今この瞬間だけを切り取れば、

破壊者は黒鉄で、守護者は白い熾天使に見えた。

 

「来るぞ」

 

ゼルクが呟く。

 

ノクターンが即座に応じる。

 

「はい。

六枚羽、上段二枚の開きが速い。加速優先です」

 

アグヌスが消えた。

 

いや、消えたように見えた。

 

木々の間を縫い、幹を蹴り、枝の影へ一瞬だけ溶け込む。

その動きに引きずられるように、白い残像が三つ、四つ、五つと増える。

 

「パラレルアタック……!」

 

ゼルクは剣を引きつける。

前回より速い。

しかも今度は霧ではなく、森そのものを利用している。

 

「ノクターン、こちらのダメージは?」

 

「バスターランチャー喪失。背部懸架フレームに軽微な損傷。

ですが、近接戦闘に支障はありません」

 

「よし。まだ行けるな」

 

「はい、マスター」

 

同時に、白い影が左から来た。

 

ゼルクは受ける。

だがそれは本命ではない。

次の刃が、半拍遅れて右下から跳ね上がってくる。

 

金属音。

剣同士が擦れ、火花が木の幹へ散る。

 

ルカが笑う。

 

ラクリモーサの巨体が一歩踏み込む。

だが重い。

どうしても追い切れない。

白い機体は幹と幹のあいだを滑るように抜け、角度と間合いをずらし続ける。

 

打ち合いの最中、木の葉が舞う。

黒鉄が振るう剣は重く、白銀が振るう刃は鋭い。

受け流し、差し込み、離れる。

その繰り返しの中で、ノクターンが静かに言った。

 

「マスター。このままでは追いつけません」

 

「わかってる」

 

「緊急外装排除を提案します」

 

一瞬だけ、ゼルクの眼が揺れる。

 

ラクリモーサの誇りとも言える重装甲。

それを捨てる。

 

だが次の瞬間、彼は短く命じた。

 

「やれ!」

 

黒鉄の機体の肩部、腰部、脚部に固定されていた増加装甲が一斉に炸裂ボルトで弾き飛ばされる。

重く、分厚く、美しかった防御層が森へと落ちる。

 

ラクリモーサが、一瞬だけ別の生き物になった。

 

軽い。

 

いや、白いアグヌスのような軽さではない。

だが、重戦車が突然、牙だけを剥き出しにしたような危うい速さを得る。

 

「なっ……!」

 

ルカが反応を遅らせた。

その半拍で十分だった。

 

黒鉄の剣が白い機体の脇腹を抉る。

アグヌスの装甲が裂け、六枚羽のうち一枚が大きく揺れる。

 

「読んだぞ、ルカ!」

 

「ちぃっ……!」

 

アグヌスが跳び退く。

だがもう、さっきまでのようには圧倒できていない。

 

「カメオ、各部関節の状態は?」

 

ルカの問いに、カメオは即答した。

 

「万全です。まだまだ行けます!」

 

「よし!」

 

「はい、マスター」

 

その“はい”に、僅かな硬さがあった。

だがルカは聞き逃した。

あるいは、聞こえないふりをした。

 

白い機体が、次の瞬間にはさらに高く跳ぶ。

 

今までよりも一段上。

真空斬りより上の技。

それを切ると、空気そのものが鳴った。

 

「――旋風烈斬!」

 

アグヌスの剣閃を中心に、螺旋状の衝撃波が生まれる。

一発目。

 

タイフォーン。スパイラルソニックブレード!

 

巻き上がる真空の渦がラクリモーサの左腕ベイルを丸ごと持っていく。

黒い盾が裂け、吹き飛び、森の木々を何本も薙ぎ倒して地へ突き刺さる。

 

「ベイル喪失!」

 

ノクターンの声が走る。

 

ゼルクは踏みとどまる。

だが一発では終わらない。

 

「まだだ!」

 

ルカの咆哮とともに、二発目の旋風烈斬が来た。

 

今度の渦は低い。

地面を舐めるように走り、ラクリモーサの左腕基部へ食い込む。

 

爆音。

 

黒鉄の左腕が、肘から先の反応を失う。

 

「左腕系統沈黙! 駆動応答なし!」

 

ノクターンが冷静に告げる。

 

「ベイル喪失。左腕破損。右腕のみ戦闘可能。

戦闘継続は非推奨です」

 

ラクリモーサは片腕の怪物になった。

誰が見ても劣勢だった。

 

森の風が、一瞬だけ冷たくなる。

 

だがゼルクは下がらない。

 

「まだだ」

 

「マスター」

 

「まだ、おまえがいる」

 

その一言に、ノクターンの沈黙がほんの僅かに変わった。

肯定でも否定でもない。

ただ、その主が“まだ立つ理由”を理解した者の静けさだった。

 

白い機体の中で、ルカが歯を食いしばる。

 

二発当てた。

ベイルを飛ばした。

左腕も死んだ。

ここで決まってもおかしくなかった。

 

なのに、黒鉄はまだ立っている。

 

「カメオ」

 

ルカの声が低くなる。

 

「あと一発だ。

三発目で終わらせる」

 

カメオは返事をした。

した、はずだった。

 

「……行けます」

 

少しだけ、遅かった。

 

ルカはそこで初めて気づきかける。

だが、もう戦況が彼に猶予をくれない。

ゼルクもまた、最後の一合へ全身を向けている。

 

アグヌスが三発目の構えに入る。

 

羽が広がる。

剣先に螺旋が宿る。

大気が震える。

 

そして、その直後だった。

 

「が……ふ……っ」

 

カメオが血を吐いた。

 

赤いものが、白い唇からひと筋だけ零れる。

それは一瞬で、だがあまりにも鮮烈だった。

 

「カメオ?!」

 

ルカの声がひっくり返る。

 

「マスターに……勝利を……」

 

その言葉が、むしろ刃だった。

 

勝ち星を。

主に。

それは忠誠か、見栄か、祈りか。

 

そのどれだったとしても、ルカには最悪の形で効いた。

 

視界が一瞬だけ揺れる。

 

ジル。

 

失われた相棒。

届かなかった手。

間に合わなかった後悔。

血の匂い。

あの時と同じ温度が、一瞬で胸へ戻ってくる。

 

「……やめろ」

 

ルカが低く言う。

 

「マスター……」

 

「やめろ!!」

 

勝てるかもしれない。

三発目を通せば、ラクリモーサは落ちるかもしれない。

でも、その代償がまたファティマなら――。

 

ルカは決断した。

 

「引くぞ! 限界だ!!目的は達成した!!! 

 スモーク!」

 

アグヌスの全身から白煙が噴き出した。

森の中に濃い幕が張られ、木立と木立のあいだを一瞬で覆い尽くす。

ノクターンが即座に敵影を追おうとするが、ゼルクは片腕と損傷で深追いできない。

 

「ルカ!」

 

叫んでも、返事はない。

 

白い機影は、煙と木々のあいだを縫うように消えていった。

 

______________________________________

 

その頃。

 

無人に近くなった研究施設の地下では、別の戦いが終わっていた。

 

巴が先頭に立つ。

DRが湿度と空気の流れを制御し、テラが埋設構造の歪みを読み、

血族の実働部隊は最短で深部へ入っていく。

 

そこに、シオン・ハルトマンもいた。

 

拘束されてはいない。

だが自由ではない。

研究施設へ戻ってきたのに、帰ってきたとはどこかで思えない。

背後には武装した血族の兵がつき、前には巴がいる。

 

「解説の続き、お願いするわ」

 

巴は振り返りもせずに言った。

 

「君がいれば、話が早いでしょう?」

 

「……人間の盾、か」

 

シオンの返しは乾いていた。

 

「さあ?」

 

巴が肩をすくめる。

 

「少なくとも、あなたがここにいると知れば、帝国側は派手な砲撃をためらうかもね」

 

それは冗談めいていた。

だが、冗談だけでもない。

 

研究を続けるための頭脳。

帝国側が焼けない理由。

どちらでも使える。

 

シオンは、自分が“解説者”であると同時に、“盾”でもあることを理解した。

 

「最低だな」

 

「ありがとう」

 

巴は笑う。

 

施設深部の制御卓へ辿り着くと、血族の技術員たちがすぐに機材を展開し始めた。

ここから先は、戦場ではなく研究の時間だ。

ただし、その研究は銃を背負って続けられる。

 

地上ではまだ、煙の中で白と黒が分かれている頃だった。

 

花が目を引くあいだに、実は摘まれていた。

前回と同じ。

いや、今回はさらに深く。

 

______________________________________

 

煙が晴れた時、森には傷だけが残っていた。

 

砕けたベイル。

沈黙した左腕。

裂けた地面。

吹き飛ばされた木々。

そして、撃てなかったバスター砲の残骸。

 

ゼルクはラクリモーサの中で、荒い呼吸を整えた。

 

「……逃がしたか」

 

「はい」

 

ノクターンの返答は静かだ。

 

「ですが、止めました。

少なくとも、今ここで遺跡は焼かれていません」

 

その言い方が、妙に重い。

 

守ったのか。

守られたのか。

阻まれたのか。

どちらが正義だったのか。

戦いの熱が引き始めた今ですら、簡単には決められない。

 

そこへ通信が割り込んだ。

 

研究施設からの緊急回線。

切迫した声。

占拠。

地下制御卓喪失。

シオン・ハルトマンの姿も確認。

血族が施設内部へ入り込んだ。

 

ゼルクが歯を食いしばる。

 

「……またか」

 

ノクターンは短く言った。

 

「今回も、戦場は一つではありませんでした」

 

その通りだった。

 

目の前の決闘に意識を奪われている間に、別の意味で守るべきものはすでに取られていた。

 

森の奥では、小鳥がまだ鳴いている。

風も吹く。

川も流れる。

 

その自然の真ん中で、遺跡だけが静かに残された。

焼かれずに。

だが、守られたと言い切るにはあまりにも醜く。

 

もし本当にスプリガンがいるのだとしたら。

 

今夜、その妖精が守ったのは、遺跡そのものだったのか。

それとも、その中でさらに蠢き始めた次の災いだったのか。

 

答えは、まだ出ない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。