ボスヤスフォート vs シックス   作:ギアっちょ

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新しい血族の拠点、その最奥。
灯りは柔らかく、空気は静かで、だからこそ趣味が悪かった。

最近手に入れたばかりだというリラックスチェアに、
シックスは深く身を沈めていた。

人体の肋骨を思わせる曲線。
誰かの苦悶の顔にも見える肘掛け。
座る者を包み込むようでいて、どこか拘束具めいている。

悪趣味だった。
そして、よく似合っていた。

シックスは片手で口元を押さえている。
笑いを堪えているのだ。
だが、堪えきれてはいない。肩がわずかに揺れている。

「どうなさいました?」

控えていた巴が問う。

シックスはようやく笑みを飲み下し、目だけで愉快そうに細めた。

「今回も、我々の大勝利だった」

穏やかな声だった。
だから余計に、言葉の中身が悪い。

「だが、それ以上に愉快なのは――ボスヤスフォートたちが、遺跡や施設を処分するにあたって味わった苦悩と、そこで支払ったコストの方さ」

指先で、椅子の肘掛けを軽く叩く。

「資源。人材。時間。迷い。
それらを無駄に消耗しながら、なお立っていなければならない。
……あれを思うと、どうしても笑えてしまう。笑顔を抑えるのが大変なくらいにね」

巴は、うっとりするほど従順な笑みで頷いた。

「仰せの通りでございます。
やはり花は、咲くより散る方が美しい」

「うん」

「我ら『五本指』は、あくまで貴方様の指。しもべであり、道具。
まして、ルカは所詮小指。いかようにもお使い捨てくださって結構かと」

シックスはその言い草に、むしろ心地良さそうに目を閉じた。

「これでまた帝国は、資源と人材を消耗した。
焦り、迷い、削られ、なお立っていなければならない。実にいい」

そして、椅子にさらに深く沈み込む。

「さて――我々も先の段階へ、指を動かすことにしよう」

巴の唇が、細く笑った。


勝ったつもり

「奪還は急がん」

 

首相府地下の作戦会議室で、ボスヤスフォートはそう言った。

 

当然、場はざわついた。

 

クラヴィスが真っ先に反応する。

 

「は?

研究施設を、ですか?」

 

「そうだ」

 

「今、あそこは血族の手の中だぞ」

 

「知っている」

 

「じゃあ何故だ」

 

ボスヤスフォートは、机上に並べられた研究施設の見取り図と、

地下遺跡の層構造図を一瞥した。

 

「今あそこへ突っ込むのは、相手の思う壺だ」

 

レオードが眼鏡の位置を直す。

 

「では、どうなさるおつもりで?」

 

「使わせる」

 

短い一言に、また空気が揺れた。

 

「奴らには、あの施設を“取ったつもり”で使わせろ」

 

ユリウスが眉を寄せる。

 

「……施設を、餌に?」

 

「餌というより箱だな」

 

ボスヤスフォートの声音は、いつものように硬い。

 

「研究施設の中身には、まだこちらしか知らん“細工”がある。

ダミー資料。誘導用の偽ログ。

深掘るほど、誤った結論に誘導されるよう整えた相互参照。

加えて、区画封鎖と焼却の遠隔系統も残してある」

 

クラヴィスが口笛でも吹きたそうな顔をする。

 

「うわぁ……」

 

「研究施設を守る必要はなくなった」

 

ボスヤスフォートは続けた。

 

「これからは、使わせる価値がある」

 

ビスマス公が腕を組む。

 

「奪われたのではない、と」

 

「入ったのだ。こちらの用意した箱に」

 

その一言で、帝国側の空気が少し変わった。

負けた気がする、という感触だけだったものに、ようやく逆向きの牙が生え始める。

 

コバルトが小さく息をつく。

 

「趣味悪いわね」

 

「誰かさんに言われたくはないな」

 

クラヴィスがぼそりと挟み、コバルトに睨まれて黙った。

 

___________________________________

 

 

占拠された研究施設の地下深部。

そこでは、シオン・ハルトマンが血族の技術員たちを前に、

冷えた声で説明を続けていた。

 

「その配列は違います。

そこをそのまま繋ぐと、位相照合が捻じれる」

 

「こっちは?」

 

「保留です。

……いや、待ってください」

 

シオンの指が止まる。

 

自分が知っているはずの施設だ。

なのに、机に並ぶ断片ログと、再構成された整理表の噛み合い方が、どうにも妙だった。

 

「何か変だな」

 

巴が壁にもたれて問う。

 

「何が?」

 

シオンは舌打ちを飲み込む。

 

「資料の並び方です。

私が見ていたものと、微妙に噛み合わない」

 

「へえ」

 

「抜かれた後に、帝国側が慌てて再構成した……のでは説明がつかない。

これは最初から混ぜてある。

誘導用の偽ログか、あるいは……」

 

言いかけて、口を噤んだ。

 

巴が笑う。

 

「あるいは?」

 

シオンは顔をしかめる。

 

「……帝国側も、最初から“使わせる”前提で仕込んでいた」

 

その結論を、自分で口にするのが妙に腹立たしかった。

帝国にも、血族にも、全部は知らされていない。

その実感だけが、じわじわと不快に染みてくる。

 

巴は満足そうに肩をすくめた。

 

「やっぱり、ボスヤスフォートもただ苦しんでるだけじゃないわね」

 

「嬉しそうですね」

 

「ええ、もちろん」

 

巴は平然と答えた。

 

「頭のいい相手の方が、遊び甲斐があるもの」

 

シオンはそれ以上返さなかった。

返したところで、この女の機嫌を良くするだけだとわかっていたからだ。

 

___________________________________

 

血族の拠点、整備区画。

 

吊られたアグヌスは、戦闘後とは思えぬほど静かで、美しかった。

だが、外装の内側にある熱痕や、関節部のわずかな歪みは、

前回の無理が決して軽くなかったことを物語っている。

 

ルカは白いMHと、その整備担当のマイスターを黙って見ていた。

そして、カメオのことを考えていた。

 

その場の空気を、別の声が割る。

 

「三発どころか、もっと撃てるようにしてやろうか?」

 

軽い。

あまりに軽く、親切な申し出にも聞こえる。

だからこそ、不気味だった。

 

ルカが振り向く。

そこに立っていたのは、痩せた長身の男。

白衣じみた作業服の裾を乱雑に翻し、目だけが妙に愉しそうに細い。

 

ファティママイトのサルファーだった。

 

「敵が壊れる方が先なら、理屈の上では問題ない」

 

平然と続ける。

 

「機体も、ファティマも、どこまで持たせるかは設計でいじれる。

まあ、その“持つ”の意味をどこに置くか次第だが」

 

スピネルが露骨に顔をしかめた。

 

「最低」

 

サルファーは肩をすくめる。

 

「最高効率と言ってくれ」

 

ルカの眼が細くなる。

 

「冗談じゃない」

 

「冗談のつもりはないよ」

 

その返しが余計に気味が悪い。

 

そこへ、別室の扉が静かに開いた。

メンテナンスを終えたカメオが現れる。

表情はいつも通り。

唇に血の色はない。

だが、だからこそ余計に平然として見えた。

 

スピネルが彼女を見て、少しだけためらってから言う。

 

「……ホントに、三発目行く気だったの?」

 

カメオは柔らかく笑う。

 

「マスターが望めば」

 

「本気で言ってるの?」

 

「本気も何もありませんわ。私の役目ですもの」

 

サルファーが楽しそうに口を開く。

 

「いいね。

なら決まりだ。三発でも四発でも――」

 

「マスターは、少し席を外していただけますか」

 

カメオが、穏やかな声で遮った。

 

ルカがわずかに眉を動かす。

 

「何でだ」

 

「少し、調整の話を」

 

「俺がいたら困るのか」

 

カメオはほんの少しだけ目を伏せ、それでも笑みを崩さなかった。

 

「お願いです」

 

その言い方だけが、普段より一歩だけ柔らかかった。

 

ルカは数秒、何も言わずに立っていた。

だが結局、苛立ちを飲み込むように踵を返す。

 

扉が閉まる。

 

それを見届けてから、スピネルが低く言う。

 

「……本当にやる気?」

 

カメオは椅子へ腰掛けながら、ゆっくりと目を上げた。

 

「三発どころか、もっと撃てるようにしてくださるんでしょう?」

 

サルファーが笑う。

 

「やれるよ。

ただし、代償は増える」

 

「構いません」

 

即答だった。

 

スピネルが息を呑む。

その迷いのなさが、逆に恐ろしい。

 

「見捨てられるよりは、ずっと…」

 

それは声に出るか出ないかの小ささだった。

スピネルには聞こえた気がした。

だが、カメオはすぐにいつもの顔へ戻っていた。

 

___________________________________

 

 

帝国側、整備区画。

 

ラクリモーサは片腕を失い、増加装甲を喪い、

それでもなお黒い威容を失っていなかった。

 

だが、ここまで来ればもうただの修理では済まない。

 

「ラクリモーサ、ここまできたら修理じゃなくて改修だな」

 

聞き慣れない男の声がした。

 

無精ひげ。

やる気があるのかないのか分からない、少しだるそうな立ち方。

だが、その眼だけはラクリモーサを見た瞬間に鋭かった。

 

マゼンダ・トッド公。

 

ツァイス家の遠縁にあたる、MHマイトだった。

 

「久しいな、ゼルク」

 

彼は、親戚の子に話しかけるような気安さで言った。

 

「ようやくファティマを娶ったんだって?

だったら連絡くらい寄越してもよかったろう」

 

ゼルクは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「祝いに来たわけじゃないでしょう。

ラクリモーサを見に来たなら、早く本題に入ってください」

 

「辛いなあ。せっかく久々に顔を見たってのに」

 

口ではそう言いながら、トッド公はもう機体へ近寄っている。

肩の傷。

左腕基部。

外装パージの痕。

そして、片腕でもなお立ち続けた黒い骨格。

 

「……なるほど」

 

そこで、彼の声が少し変わる。

 

「面白い壊れ方をしてる」

 

「面白がらないでください」

 

「面白いさ。

ここまで来たら、修理じゃない。これは改修だ」

 

ビスマス公が腕を組む。

 

「で、どこをどう触る」

 

トッド公はラクリモーサを見上げたまま答えた。

 

「まず左腕は再構築。

ただ戻すだけじゃなく、パージ後のバランスと右腕一本の戦闘継続も前提に組み直す。

それから装甲。重いのは美点だが、重いまま噛めないなら意味がない」

 

コバルトが呆れたように言う。

 

「私はファティマ専門よ。MHの設計までは」

 

「同じくです」

 

ビスマス公も渋い顔をする。

 

「だから俺が呼ばれたんだろう」

 

トッド公は肩をすくめた。

 

「古い怪物は、優しく撫でても目を覚まさん。

目を覚まさせるなら、骨から触る」

 

ゼルクは、その言葉に何も返さなかった。

だが、ラクリモーサもまた次の戦いに向けて変わらざるを得ないことだけは、

もうわかっていた。

 




勝ったつもり。

シックスはそう笑い、ボスヤスフォートもまた相手を箱へ閉じ込めたつもりでいる。
研究施設を占拠した血族も、
使わせている帝国も、
どちらも自分が一歩先にいると信じている。

だがその実、誰もまだ相手の盤面を全部は見ていない。

見落とされた価値。
ずれた焦点。
灰にすべき扉。
遺跡の妖精。

そして今また、それぞれが次の勝ち筋を組み始めていた。

誰も止まらない。
誰も、本当に勝ってはいない。
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