ボスヤスフォート vs シックス   作:ギアっちょ

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見えない。
目立たない。
だが、確実に奥で燻っているものがある。

火は、燃え上がった時よりも、その手前の方が厄介だ。
まだ誰も大火だと認めていない。
だからこそ、消されもしない。

帝国側整備区画は、珍しく少しだけ空気が軽かった。

ラクリモーサの胸部中枢へ、新型心臓部が据え付けられていく。
全高十五メートル級の黒鉄の怪物が、
腹を開かれたまま天井クレーンの下で沈黙している。

その足元を人間たちが忙しく行き来し、工具を渡し、数値を読み上げる。
戦場では城壁のように見える機体も、工房の中ではやたらと生々しい。

その黒鉄を見上げながら、ひとりの整備士がふと口を開いた。

「こんな旧式機を、ここまでやるんですね」

マゼンダ・トッド公は、無精ひげを指先で掻きながら肩をすくめた。

「旧式だからだよ。
古い怪物は、まだ伸び代を隠してる」

「それ、どこかで聞いたことがある言い方だな」

別の工員が笑う。

「伝説のMHマイスターってやつも、そんなことを言いそうです」

トッド公が片眉を上げた。

「レディオス・ソープのことか」

「ええ。噂には聞きます」

若い整備士が、手を動かしながら話を継ぐ。

「どこの戦場にも風みたいに現れて、風みたいに消えるとか。
しかも、MH整備の速さは普通のマイスターの十倍以上だとか」

「ホントですかね、あれ」

「さあな」

トッド公はラクリモーサの断面を覗き込んだまま言う。

「だが、もし本当なら会ってみたいもんだ。
こういう機体を前にして、どう笑うのかは少し興味がある」

そこで別の工員が、思い出したように声を潜めた。

「しかも、そのレディオス・ソープ、かなりの美人らしいという話です」

トッド公の手がぴたりと止まる。

「……ホントか?」

「たしか、“男にしとくのはもったいないレベル”だとか」

数秒の沈黙。

「……男かよ……」

「そこですか」

ゼルクが冷たく言った。

周囲がくすりと笑う。
ほんの一瞬だけ、工房に戦場とは別の熱が宿った。

だがその笑いも、新しい心臓部の固定ボルトが締め込まれていく重い音とともに、すぐ仕事の空気へ戻っていった。


隠れた種火

新しい血族の拠点、その最奥。

 

悪趣味なリラックスチェアは、今や床に横倒しになっていた。

 

人体の肋骨を思わせる曲線を持つ背もたれは、

真ん中から嫌な音を立てて裂け、

片方の肘掛けはまるで折れた手首のようにぶら下がっている。

 

一見して高価そうなそれは、壊れてしまえばただの趣味の悪い木片と金具の塊だった。

 

シックスは、その残骸を見下ろしていた。

 

口元には、薄い笑み。

 

「申し訳ありません、シックス!」

 

若い部下が青ざめて膝をつく。

 

「急ぎ代わりの椅子を――」

 

「なぁに」

 

シックスの声は、驚くほど穏やかだった。

 

「この椅子にも飽きたところだよ。

そして、お前にもね」

 

部下の顔から血の気が引く。

 

シックスは壊れた肘掛けをつま先で軽く転がした。

 

「その椅子の責任を取って、自害しなさい」

 

命令は軽かった。

軽すぎて、一瞬、冗談に聞こえるほどに。

 

だが、この部屋でそんな期待は誰も持たない。

 

部下は何か言いかけ、言えず、深く頭を垂れた。

そのまま後ずさるように去っていく。

 

入れ替わるように、巴が静かに現れた。

 

「お気に召しませんでしたか」

 

「うん。壊れる瞬間は良かったんだけどね」

 

シックスは椅子の残骸から興味を失ったように視線を外した。

 

「でも、良いものはたいてい壊れた瞬間がいちばん美しい。

その後は、急につまらなくなる」

 

巴が恍惚とした微笑を浮かべる。

 

「やはり花は、咲くより散る方が美しいと」

 

「そういうこと」

 

シックスは歩き出した。

椅子のない部屋を、まるで最初からそこに何もなかったかのように。

 

「帝国はどうしてる?」

 

「動いております」

 

巴がすぐ後ろにつく。

 

「研究施設は奪還せず。使わせる価値があると見たようです」

 

「へえ」

 

「加えて、ラクリモーサを再起動。

近代型エンジンへの換装と、改修案の選定も始まったとか」

 

シックスの目が細くなった。

 

「いいね。

勝ったつもりで、ちゃんと次の手を打ってくる。

やっぱり、ボスヤスフォートは立ったまま苦しんでくれる方が見応えがある」

 

巴は一瞬だけ視線を下げる。

 

「では、こちらも」

 

「もちろんだよ。

次の指を動かそう」

 

その一言に、部屋の空気が少し変わった。

 

見えている指ではない。

見えていない、まだ奥に隠れた何かへ触れる声色だった。

 

「“火”ですか?」

 

巴が問う。

 

シックスは、すぐには答えなかった。

代わりに壊れた椅子の脚を見下ろし、小さく笑う。

 

「いや。まだ早い」

 

「種火のまま、ですか」

 

「うん」

 

振り向く。

 

その笑みは、炎よりもずっと静かだった。

 

「火は見えた瞬間から消される。

今はまだ、見えないところで燻っているくらいがちょうどいい」

 

___________________________________

 

 

血族の拠点から少し離れた、岩場の多い荒地。

 

ルカは一人、剣を振っていた。

 

MHではない。

自分の手で持つ、騎士用の剣。

地面には無数の足跡が刻まれ、踏み込みと反転の軌跡が何重にも重なっている。

 

息は上がっていた。

だが止まらない。

 

一歩、二歩、半拍遅らせて踏み込み、さらに切り返す。

頭の中では、アグヌスの挙動と、自分の足さばきが重なっている。

 

「違うな……」

 

独り言のように呟く。

 

「これじゃまだ、パラレルの延長だ」

 

剣を引く。

 

風が頬を打つ。

 

そしてまた踏み込む。

 

今度は三方向へ散るように。

想像の中で三つの残像を作り、

それぞれの軌道から同時に真空斬りを飛ばすつもりで、腰と肩を回す。

 

だが、途中で止まる。

 

「……くそ」

 

額の汗を手の甲で乱暴に拭う。

 

「剣聖ダグラス・カイエンみたいに、ってわけにはいかなくても……」

 

空へ向けて、剣先をゆっくり上げた。

 

「トリプルソニックブレードくらいまでは、自分の力で届かせたいんだよ」

 

それはカメオに聞かせる言葉ではなかった。

自分自身に言っている。

 

アグヌスの性能。

カメオの演算。

それらがあって初めて使える技がある。

それは事実だ。

 

だが、そこへ寄りかかり切った先にあるものを、ルカは前回の戦闘で見てしまった。

 

血。

 

一瞬の遅れ。

唇に滲んだ赤。

そして、また失うかもしれないという最悪の予感。

 

剣を握り直す。

 

「大技を借りるんじゃない。

自分の剣で届くところまで、持っていく」

 

足を開く。

息を整える。

次の踏み込みは、少しだけ前より鋭かった。

 

遠くの岩陰から、それを見ている者がいた。

 

カメオではない。

 

スピネルだ。

 

彼女はルカの汗だくの背中と、

独りで足さばきを繰り返す様子を見て、

何も言わなかった。

 

ただ、言葉にしないまま一つだけ理解する。

 

あの男は、ようやく“借りた火”だけで戦う怖さに気づき始めているのだ、と。

 

___________________________________

 

 

別室。

カメオの再メンテナンスは、まだ終わっていなかった。

 

白いソファに腰掛けた彼女の指先へ、スピネルが器具を繋いでいく。

表情は穏やか。

だが平常ではないことは、近くで見ればわかる。

呼吸の浅さ。

疲労の抜けきらない目元。

それでも、本人だけは崩れない。

 

「外で頑張ってるわよ、マスター」

 

スピネルがぽつりと言った。

 

カメオは薄く笑った。

 

「そう」

 

「ちょっと驚いた。

もっとあなたに頼る方へ行くのかと思ってた」

 

「頼ることと、寄りかかることは違いますもの」

 

その返しは静かで、だがどこか硬い。

 

そこへ、ぬるりとサルファーが現れた。

 

「いい傾向だ」

 

誰も呼んでいない声。

誰も歓迎していない声。

 

「自前の火を持つ駒は長持ちする」

 

スピネルが露骨に顔をしかめる。

 

「入ってこないでくれる?」

 

「やだよ。

面白い話をしに来たんだから」

 

サルファーは壁にもたれたまま、カメオを見た。

 

「三発どころか、もっと保たせる方法はある」

 

スピネルが息を呑む。

 

カメオは表情を変えない。

 

「どういう意味かしら」

 

「“壊れていない”の定義を少し変えるだけさ」

 

ひどく穏やかに言う。

 

「限界を先送りにする。

痛みの出方をずらす。

演算処理を、壊れる手前まで常時底上げする。

やりようはいくらでもある」

 

「……最低」

 

スピネルの声は低い。

 

「最高効率だよ」

 

サルファーはまるで褒め言葉でも受けたように笑った。

 

「大技を使うたびに怯えるくらいなら、最初から“それ前提の器”に寄せてしまえばいい。

理屈は単純だ」

 

「代償は?」

 

カメオが問う。

 

「増える」

 

即答だった。

 

「だが、撃てる回数は伸びる。

“耐える”という意味さえずらせばね」

 

部屋が静かになる。

 

スピネルはカメオを見た。

すぐに嫌だと言ってほしかった。

そんな改造を受ける気はないと、表情にでも出してほしかった。

 

だが、カメオはすぐには答えなかった。

 

その沈黙が、何より怖かった。

 

やがて彼女は、ゆっくりと目を伏せる。

 

「……考えておきますわ」

 

その一言だけで十分だった。

 

スピネルの背筋が冷える。

サルファーは満足そうに笑う。

 

見えない。

だが、確実にどこかで火がつき始めている。

 

 

___________________________________

 

 

研究施設の深部では、シオンが一人で端末に向かっていた。

 

拘束されているわけではない。

だが自由でもない。

この施設は元々自分が使っていた場所のはずなのに、今や自分は招かれざる研究者としてそこに座っている。

 

画面に走るログは、まだ妙だった。

 

本物。

偽物。

帝国側が仕込んだ誘導。

血族側が掘り起こした断片。

それらが混ざって、一つの答えの形を拒んでいる。

 

「……わざとだ」

 

シオンが呟く。

 

「わざと焦点をずらしてる」

 

背後に、いつのまにかシックスが立っていた。

 

「気づいたかい」

 

シオンは振り返らない。

 

「最初から全部見せる気なんてなかったんでしょう、帝国も」

 

「当然だね」

 

「それでも、ここに残していったものがある」

 

シオンの指先が、ある座標を止める。

 

「完全な罠じゃない。

本物の熱源が混ざってる」

 

「面白い?」

 

シックスが聞いた。

 

シオンは少しだけ迷ってから、悔しそうに言う。

 

「……面白い」

 

その返答に、シックスは満足げに目を細めた。

 

「それでいい。

知りたいという火は、他の命令よりずっと強く人を動かすからね」




その夜、巴はシックスの傍らで静かに控えていた。

「小指は、まだ燃えますか」

「燃えるよ」

シックスは新しい椅子をまだ用意させていなかった。
代わりに窓辺へ軽く腰掛け、夜の闇を眺めている。

「だが、あれは燃料だ。
自分で火を点ける指じゃない」

「では、やはり残る一本は」

「うん。
あれが表へ出る時には、もう少し大きく燃えてもらう必要がある」

巴はわずかに微笑む。

「では今は、隠れた種火のままで」

「そう。
見えないまま、奥で燻っていればいい」

シックスは夜の向こうを見た。

帝国では、黒鉄の怪物が再起動している。
血族では、白い熾天使がまだ燃え尽きていない。
研究施設では、知識欲の火がシオンの内側を食い始めている。
そして、まだ誰も知らない火種が一つ、表へ出る機会を待っている。

大火は、たいてい気づかれないところから始まる。

シックスの笑みは、炎よりも静かだった。
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