八千代の時と三千万回の輪廻   作:渚 龍騎

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お待たせしました。
今回は短いですが、明日の同じ時間に投稿いたします。


第十二話

 

 

 

「えっ!?だ、誰!?」

 

 

 突然として現れたピンク色の妖精に、彩葉は驚きを隠せずに自分でも聞いたことがないような声を上げた。

 その驚愕に妖精は耳を塞いでから、腰に手を当てて不貞腐れるように片頬を膨らませた。

 

「もうっ!ひどいわ彩葉!あんなに沢山お話を聞かせてくれたのに、もう忘れちゃうなんて」

 

 見たこともない生き物。それでいて流暢に日本語を話している。彩葉は一気に押し寄せて来た情報の量に頭を抱え、これが現実であるか思考を巡らせた。

 

 その間、妖精は彩葉の顔色を伺うように「ミュミュ?」と不思議に鳴きながら覗き込む。身体を半回転させて視線から逃げようとすれば、妖精はその矮躯をふわりと揺らして彩葉の顔を食い気味に覗き込んだ。

 

「本当に忘れちゃったの……?」

 

 妖精がガックリと肩を落として落ち込む。その様子を見ていた彩葉は思わず「ご、ごめん……」と謝罪を口にするが、今までの人生で目の前の妖精と話したことなんて一度たりともない。

 

 気不味い空気が流れていき、やがて妖精は「まあ、仕方ないわね!」と割り切った様子で顔を上げた。

 

「今回の輪廻では初めて会ったから。それに、彩葉がこの姿を見るのも、三千万の輪廻で初めてだから仕方ないわ」

 

「さ、三千万……?」

 

 次から次へと流し込まれる情報に彩葉は置いてかれていく。だが、妖精の語っていた三千万という数字には記憶があった。

 ファイノンがかぐやとヤチヨを救う為に、自ら身を投じた永劫回帰の数。それと同じものだ。

 彩葉の呟きに、妖精は腰に手を当てて胸を張りながら自信満々に答えた。

 

「ええ、そうよ?彩葉が三千万回もあたしに話を聞かせてくれたから、こうやってあなたの前に出てくることができたの」

 

「わ、私が……!?」

 

 妖精の発言にさらなる驚愕。困惑に次ぐ困惑で、彩葉は脳がパンクする寸前だった。

 妖精は空中に浮いたまま態勢を変えながら「なんとなく記憶があるんじゃないかしら」と告げる。そこで彩葉はファイノンに話したことと、自分の中にある夢のように感じられる記憶を思い出した。

 

「あ。私、確かに誰かと何回も話した気がする……」

 

「ようやく思い出してくれたわねっ!そう、彩葉がずっと話してた相手──それがあたしなの!」

 

 「その時のあたしに体は無かったけど」とウィンクをしながら、妖精は微笑む。冗談にしてはあまりにも笑えない内容だった。

 妖精は彩葉の周りを飛んで見せてから、彼女の額に手を当てる。その瞬間、彩葉の記憶の奥底に眠っていた三千万の記憶が蘇った。

 

 幾度となく彼と対峙した。

 幾度となく彼と手を合わせた。

 彼の背中を押して、彼を無数の輪廻に閉じ込めて、自分は他の輪廻の自分に任せる。

 

 ファイノンが行った永劫回帰の過程で生まれた酒寄 彩葉の記憶が、妖精に手によって全て流れ込む──否、流れ込んだというよりも、記憶の奥底に閉じ込められていたものが引き出されたような感じだった。

 

 立ち眩みがする。数分、数時間、それか数日と、時間の感覚が崩壊して、意識が戻った時────、

 

 

 

 ────その全てを思い出した。

 

 

 

 私はずっと、目の前の彼女に自分が経験した物語を聞かせ続けていた。

 何も答えず、何も言えない彼女に。寂しくならないように、私は物語を紡いで、彼女が必要としていた記憶を捧げ続けた。

 

 それが分かった時、彩葉は思わず微笑んで「私は、こんなに可愛らしい相手に話しかけてたんだ……」と呟いていた。

 

「もっとこう……神様みたいなのだと思ってた」

 

「これでもあたし、結構すごいのよ?」

 

 そう言いながら、妖精は「元々はこーんなに大きいんだから」と小さな体を目一杯使って自信満々に両手を広げた。

 にわかには信じ難いが、今まさに目の前で信じ難い起こっている所為で嘘と断定できなかった。

 

「えっと、そんなにすごい人……?がどうしてここに?」

 

 彩葉が説明を求めると、妖精は笑いを溢してから「あら、ごめんなさい」と口元に手を当てる。すると妖精はくるりと体を翻して、彩葉の顔の横で座るように宙に浮いた。

 

「久しぶりに誰かと話したから、舞い上がっちゃったみたい」

 

 妖精は手を後頭部に回して頭を掻きながら笑った。

 だがそれでも、彩葉は自分の中にあった不思議な記憶の相手が、目の前の妖精であることを漠然と受け入れていた。

 姿形は覚えておらずとも、記憶がそう訴えていた。

 

 妖精はくるりと回ってから「単刀直入に言うわね」と切り出して────、

 

 

 

 

「──あなた達の物語は、まだ終わってないわ」

 

 

 

 

 妖精の言葉に、彩葉は「え?」と言葉を漏らした。

 物語が終わっていない、その意味を理解するのに時間がかかる。妖精は目を伏せて「けれど」と気重に口を開き、

 

「このままだと世界は終わってしまうわ」

 

「それは、隕石の所為で……?」

 

 妖精は首を振って否定した。

 空に手を伸ばすと、ぼんやりと光が広がっていき、そこにどこかの情景が映し出される──首が痛くなるほどの巨躯を持った四つ腕の怪物に立ち向かっていく14人の英雄たちの一幕だった。

 

 その光景を見上げていると、妖精はおとぎ話でも聞かせるかのように柔らかく言葉を紡ぎ始める。それはかつて、どこかの宇宙、どこかの銀河で起こった運命を打ち破る為の戦いだった。

 

 

 ────かつて〝黄金裔〟と呼ばれる英雄たちは、天外から来た救世主と共に、絶滅大君「鉄墓」と銀河の命運を懸けて戦った。

 

 

 情景に刻み込まれた英雄たちが各々の武器を掲げ、信念のままに鉄墓との凄まじい戦いを繰り広げていく。きっとそれは、まさに命運をかけた壮絶な戦いだったのだろうと、その一幕だけでも感じられた。

 

 

 ────鉄墓との戦いは熾烈を極め、それでも諦めなかった黄金裔たちは、運命を変えるために戦い抜き、やがてその願いの力が鉄墓を打ち倒した。

 

 

 星よりも巨大な鉄墓が倒れていき、瓦解していく。しかしその身体が霧散する中で、無数のポリゴンが弾き出されていた。

 妖精はその光景を見ながら物語を続けた。

 

 

 ────けれど、鉄墓は散り際にウィルスを拡散。それは一つでも残れば鉄墓へと成長し、宇宙中にいる有機生命体にも被害をもたらすものだった。

 

 

 紫色のポリゴンが宇宙の彼方へと拡散していく。それを見上げていた灰色の髪の救世主が、12人の黄金裔の元へと歩み寄ると、輝きに満ちた弓を構えた。

 

 

 ────黄金裔は自らを光矢と変えて、全てを救世主に託した。救世主はその光矢(ねがい)を受け止めて宇宙に放ち、無数に散ったウィルスを残らず削除(デリート)して、世界は平和を取り戻した。

 

 

 無数の矢が天を昇る流星となって、宇宙を駆け抜ける。拡散したウィルスを残らず打ち抜き、救世主と黄金裔たちの活躍は宇宙中に刻まれた。

 これで物語はハッピーエンド──そう思っていると、妖精は情景を見つめながら、

 

 

「────はずだった」

 

 

 そう言って、物語の続きを語り始めた。

 場面が切り替わり、ウィルスの一つとそれを追いかける光が宇宙を駆け抜けている光景が映し出された。

 

 

「ウィルスの一つだけが、その光矢の雨を抜けてしまったの。それに気付いた一人の黄金裔が、自身の記憶を引き換えにしながら、世界を超えて追いかけた」

 

 

 どういう意味なのか試行錯誤していたが、妖精は情景から振り返って彩葉を見つめる。静かに瞳を閉じながら「そして──」と言葉を続け、

 

 

「──鉄墓とその()が辿り着いたのが、この世界」

 

 

 彩葉の目が大きく見開かれる。銀河に被害をもたらす化物がこの世界に来ている──その事実を、彩葉は受け止め切ることができずに一歩だけ退いた。

 

「な、なんでそんな怪物がここに……?」

 

「きっと、かぐやとヤチヨが囚われている無限の輪廻に吸い寄せられたんだと思うわ」

 

「輪廻って……」

 

「過去に、鉄墓の誕生を防ぐ為に一人の英雄が無数の輪廻を繰り返したことがあるの。多分、その影響ね」

 

 妖精は悲しげな表情を浮かべながら、落ちた声色で訥々とそう言った。

 妖精の語っていた物語の中で、この世界に来たのが鉄墓だけでないことを思い出して「そういえば彼って……?」と問いかけた。

 

「ええ、彩葉もよく知っている人よ」

 

「やっぱり、ファイノンさんなんだ……」

 

「あまり驚かないのね。それなら、彼の正体にも気が付いているのかしら?」

 

 彩葉は何も答えず目を伏せた。

 まだ整理がついていないからだ。考えることがあまりにも多過ぎる。思考を切り替え、話題を戻した。

 

「でも、そんな怪物どうしたらいいの……?」

 

 銀河を相手にする、途方もないほど思考が追いつかない怪物。そんなものが来たと急に言われても、なにがなんだかまるで分からない。

 困惑していると、妖精が彩葉の胸の辺りに手を置いた。

 

「鉄墓が今どこにいるのかは分からないけれど、対処はできるはずよ。それに、彩葉の中には彼が預けた火種があるの」

 

 「火種って……」と妖精の言葉を口の中で呟きながら、彩葉は自分の胸の辺りに手を当てた。

 ファイノンがその身に宿していた力。それが自分の中にもある、と妖精は言う。だがファイノンから預かった記憶は一切なく、彩葉は「そんなの貰った記憶なんてないけど」と首を傾げた。しかし、妖精は首を振りながら、

 

「いいえ、あるわ。あなた達は彼がフレイムスティーラーの記憶を見ていた時、負担を軽くする為に記憶を分けたでしょう?」

 

 妖精は続けて「その時に、彼は自分の中にある火種をあなた達に託したのよ」と語った。

 なぜそんなことを妖精が知っているのかは分からなかったが、そんなのは些細なことだ。

 

「でも、火種を持っててもどうしたらいいか……」

 

 こんな風に終われるわけないと息巻いて飛び出したは良いが、状況を打破できる方法など特に考えていなかった。

 今の自分にできることをただやるだけだ、と覚悟を決めただけ──俯いていると、肩に柔らかい肉球が置かれて顔を上げる。そこには妖精が柔らかく微笑んでいた。

 

「大丈夫よ、あなたなら」

 

 「だって」と妖精は言葉を紡いで────、

 

「──彼の相棒なんだもの」

 

 その言葉に目を見開く。脳裏に過る彼の声がさざ波のように押し寄せ、彩葉を何度も呼んだ。

 握り締めた拳に力が入る。爪が手のひらに食い込み、彼を救えなかったことがあまりにも悔しくて、自分の無力さに唇を噛み締めた。

 妖精はそんな彩葉の様子を一瞥してから言葉を続けた。

 

「自信を持って?彩葉も、あたしと同じくらいの美少女なんだから、そんな顔は似合わないわ」

 

 あまりにも場違いな発言と、自分を美少女と自負する妖精の姿に思わず笑いを溢してしまう。彩葉の笑う姿に口元を緩めてから、妖精はくるりと回った。

 

「あなたの中にある火種は──『歳月』」

 

 そう言って、彩葉の胸の辺りに肉球を置くと、火種が輝き出して彼女の内側から現れる。それは銀河を封じ込めたような石で、黄金の文様が刻み込まれている。だがそれは、どういう訳か半分に割れていた。

 

「これが歳月……?」

 

「ええ。彼はこれと月人の異空間を利用して輪廻を繰り返していたの」

 

 妖精の説明を受け、彩葉は「それじゃあ」と顔を上げる。この火種さえあれば、過去に戻ってファイノンが消える未来も、かぐやが連れ戻される運命も変えられる。一筋の希望を感じて、彩葉は一歩前に出た。

 だが、妖精はゆっくりと首を振った。

 

「歳月だけでは、過去に戻ることはできないわ。それに、この火種は半分に割れているわね……」

 

 希望が再び絶望に叩き落とされた。

 彩葉はなにもできない悔しさに唇を噛み締め、拳を強く握り締めた。

 俯く彩葉の様子を見つめて、妖精はすぐに彼女の肩に手を置いて「まだ諦めちゃダメよ」と優しい声色で言葉を続けた。

 

「過去に戻る為には、色々と準備がいるの。例えば、月人が通って来た異空間の代わりも必要になるわ」

 

 妖精は顎に手を置いてから「でも、それの心配はいらないわね」と顔を上げた。

 

「彼は異空間を通る際に、異空間の脆弱性を突いて通り道を残したみたい」

 

「じゃあ、それを見つければ過去に戻れる?」

 

「まだ必要なものがあるわ」

 

 妖精はずいっと彩葉に顔を寄せて微笑むと、歳月の火種に手をかざす。すると眩い光が火種を包み込み、やがてその輝きが収まる。妖精は「これて大丈夫ね」と頷いてから、火種を彩葉へと返した。

 

「なにをしたの?」

 

 火種がすうっと消えた自身の胸に手を当てながら、彩葉は首を傾げた。

 

「歳月の火種に、あたしの力と他の火種を注入したの。これがあなたを導いてくれるはず。後は、この火種のもう半分が必要ね」

 

「でも、それってどこに……」

 

 そこまで吐いて、彩葉は気が付いた。

 ファイノンの記憶を見たのは自分だけではないと。それに妖精は「火種をあなた達に託したのよ」と言っていた。

 あの時、ファイノンを救う為にもう一人いた。

 

「ヤチヨ……!」

 

 気付いた彩葉に、妖精は「そうよ!」と微笑んだ。

 潰えていた希望が芽を出し始める。可能性を感じ始めていたが、妖精がまたもや困ったような表情を浮かべて顎に手を置いた。

 

「ただ、今は彼の残した道が閉ざされているのよね……それを開けることができたら、後は彼の作った通り道を抜けるだけなのだけど……」

 

「どうにかできないの?」

 

「うーん。記憶の残滓で封じられてるから、なにか彼の記憶を刺激できるものがあれば開くはずよ」

 

 妖精は続けて「彼が大切にしていたもの……例えば、心の支えになってたものとか……?」と呟きながら考えを巡らせる。合わせて、彩葉も腕を組んで首を傾げた。

 

 覗いたファイノンの記憶を遡る。彼が最も大事にしていたもの、彼がなにを糧にして永劫回帰を続けたのか、その()()()を記憶の中から探していった。

 

 手に持っていたヤチヨのキーホルダーを眺める──だが、これではない気がする。もっと彼を根底から支え続けていたもの。彼の記憶に焼き付いた()()を、彩葉はヤチヨのキーホルダーを眺めながら見つけ出した。

 

 

 

「あ、歌だ…………」

 

 

 

 彩葉の言葉に首を傾げる妖精。彩葉はキーホルダーを胸に抱いて、堂々と一歩前に踏み出た。

 まくし立てるような勢いで彩葉は言葉を連ねた。

 

「歌……!ファイノンさんは、ヤチヨとかぐやの歌をすごく大切にしてた!」

 

 彩葉の勢いに妖精は驚いて僅かに下がるが、彼女の表情に輝きが戻って来たことを悟ると、優しく微笑んで答えた。

 

「歌……確かに、歌は人の心を癒やす力があるわね。あたしも、一度耳にしたら忘れられない歌声を聞いたことがあるわ」

 

 懐かしむような声色でそう語った妖精の表情はどこか穏やかだった。

 微笑んで、くるりと回ってから彩葉の頬に手を添える。その手は柔らかい肉球のはずだったが、どこか人間と同じような手の感触があった。

 小指から薬指、中指と頬をなぞって、最後に人差し指が名残り惜しそうに離れていった。

 

「こんなこと頼んでごめんなさい……本当は、これはあたしの役目だったのに……」

 

 ゆっくりと瞳を閉じてから、無数に散らばった星々を見渡すと、妖精は優しく微笑んで告げた。

 

「──時間が来たみたい」

 

 そう言ってから、妖精は高く舞い上がった。

 僅かに顔を上げて見上げる位置で止まった妖精は、彩葉を見下ろして「名残り惜しいけれど」と淡い微笑みでささやき────、

 

 

「──さあ。この物語に、完璧な終止符を打って」

 

 

 あなたならできるわ、と激励を受けて彩葉は「ありがとう」と答えて、導かれるように踵を返す。歩き出してから、温かい感覚が背中に感じた。

 優しく背を押され、遠くに見える光の中へと足を踏み入れる寸前で────彩葉は振り返った。

 

「あなたの名前は……!?」

 

 彩葉の言葉に呆気に取られていた妖精は、思わず笑いを溢してから「そういえば教えてなかったわね」と口元に手を当てた。

 彩葉のあまりにも純粋で強い双眸を見つめ返して、妖精は胸を張って答えた。

 

 

 

 

 

「あたしの名前は────」

 

 

 

 

 

 




ピンクの妖精さんに関しては、結構いろいろなところで伏線張ってたんですけど、気付いた方いらっしゃいます?あからさま過ぎでしたかね……。
鉄墓云々に関して、色々と思うことある人もいるかもしれませんが、大目に見ていただければ幸いです。

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