八千代の時と三千万回の輪廻   作:渚 龍騎

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矛盾だらけです。何言ってるか分からないと思いますが、感覚で読んでください。


第二話

 

 

 

「──今は、何回目?」

 

 

 

 ヤチヨの問い掛けに対して、ファイノンは沈黙という選択を取る。だがしかし、ヤチヨは更に詰め寄ってファイノンの逃げ場を塞ぎ、息がかかるほど近くまで顔を寄せた。やがてヤチヨの圧に耐え切れず、ファイノンは誤魔化すように答えた。

 

「まだ数回だよ」

 

「──ウソ。正直に言って」

 

 一瞬で嘘を看破して、ヤチヨはファイノンの額にデコピンをする。彼は「痛っ」と小さく声を漏らし、攻撃をしてきたヤチヨを見下ろす。彼女は真剣な表情に悲しみの色を滲ませて、ファイノンを見上げていた。

 

 まるでなにかを恐れ、心配してるような悲しげな表情だ。そんな顔で見つめるヤチヨにファイノンは息を呑み、目を伏せた。

 

 そんな顔をさせたかったわけじゃない。そんな顔が見たかったわけでもない。ただ笑って、みんなで黎明を見たかっただけなのに。なんでそんな顔をするんだ。ファイノンは眉を寄せる。ヤチヨのその表情を真っ直ぐに見ることができなかった。

 

「正直に言わなかったら、カスライナのアカウント──即、バンするから」

 

「あはは……それは、権力の横暴じゃないかい?」

 

 ヤチヨを見つめて、そんな軽口もすぐに喉の奥に戻る。彼女の目尻には大きな雫が溜まっていて、今すぐにでも溢れだしてしまいそうなほどだ。ファイノンは誤魔化すことを諦めて「やっぱり、君には敵わないな……」とポツリと溢した。

 やがて、数秒の沈黙に耐えかねたファイノンは覚悟を決めて答えた。

 

 

 

「…………10万8642回目だ」

 

 

 

 ファイノンの言葉に、ヤチヨは絶句する。やがて理性が現実を理解して、耐え切れず大粒の涙を流しながら彼の胸に飛び込む。ごめんね、ごめんね、と何度も何度も謝罪の言葉を吐露しながら、ファイノンの胸で嗚咽を漏らした。

 

 服を強く掴んで泣くヤチヨの背中に腕を回して、ファイノンは抱き締める。そうすることでしか、彼女を宥める方法を思いつかなかったからだ。

 

「ごめんね……っ!ごめん、本当に……ごめんっ……!」

 

「大丈夫だよ」

 

 なんと声をかけるべきか、ファイノンには分からなかった。ただ彼女に罪悪感を与えず、笑顔を取り戻してもらう方法を見つけたかった。

 

 彼女は何も悪くない。ヤチヨはただ、彩葉に会いたかっただけだ。そんな純粋な願いすら叶わない世界がおかしい。これ以上、かぐやが辛い想いをするのは見ていられなかった。

 

 何度も謝り続けて泣き喚く彼女の背に腕を回し、ファイノンは彼女が泣き止むまで強く抱き締めていた。「大丈夫」、「君が謝る必要はない」と、思いつく限りの慰めの言葉をかけながら、彼女の頭を優しく撫でた。

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

「え」

 

 

 酒寄 彩葉のバイト先──『BAMBOO cafe』の扉を開き、すぐ目の前にいた彩葉に目も向けず、その奥にあるレジの前に立っている青年を見て、真美の口から素っ頓狂な声が漏れ出た。

 

「え?」

 

 店に入るなり呆然とした真美の姿に呆気に取られ、彩葉もまた素っ頓狂な声を漏らしている。真美は手に持っていた荷物を床に落とし、彩葉に視線を向け、青年を見て、彩葉を見て、青年を見て、彩葉を見るかと思いきや青年を見続けた。

 

「え」

 

「え?」

 

 真美の見開かれた瞳が彩葉を捉え、彩葉もなにが起きているのか理解できずに同じ言葉を返してしまう。

 

「え?」

 

「え」

 

「真美?」

 

「え?」

 

「あー、もうやだ……」

 

 彩葉が耐えきれずにそう呟くと、真美は目にも止まらぬ速さで彩葉の腕を掴んで店の端に連れられる。意味も分からずにぐいっと引っ張られて「ちょっと真美!?」と驚きながら、真美に引き寄せられた。

 ガシッと両肩を驚くほどの力で掴まれ、彩葉は真美の異常な眼力に気圧された。

 

「彩葉」

 

「な、なに?」

 

「彩葉!」

 

「だ、だからなにってば!」

 

 真美の意図も思考もまるで読めずに狼狽する彩葉。真美は肩を大きく上下させながら、なぜか息を荒くしている。すると真美は、僅かに頬を赤く染めながら彩葉に顔を寄せ、耳元で囁いた。

 

 

「──あそこの爽やかイケメン誰!?」

 

 

「イケめ……は……?」

 

 

 予想もしていなかった真美の発言に彩葉は呆気に取られる。肩を掴まれてぐわんぐわん揺らされながら真美の視線の先を辿っていくと、そこには優しげな微笑みで真摯的に対応をしているファイノンの姿があった。

 そこでようやく真美の言葉を理解して「二ヶ月ぐらい前に入ったファイノンさん」と名前を教えた。

 

「外・国・人!?」

 

「え、うん……らしいけど」

 

「なんで教えてくれなかったの!?」

 

 真美の熱量に気圧される彩葉。目が怖い。普段のほんわかとした雰囲気からは感じられない異常な眼力に、彩葉は逃げようにも肩を掴まれていてその場から動けなかった。

 

「最近彩葉の調子が良さそうだったからバ先を覗いて見れば……そういうこと!?」

 

「なにが!?」

 

 徐々に詰め寄られていき、彩葉は壁際に追い詰められて逃げ場を失う。興奮を抑え切れない様子の真美は、ファイノンを一瞥してから彩葉を見つめる──だがすぐに、視線はファイノンに固定された。

 

 目がマジだ。可愛らしい顔立ちが崩れ、口から涎すら垂れてしまいそうなほどだ。ちょっと待て、彼は食べ物ではない。グルメ系インフルエンサーといえど、人も食べ物判定は流石に──彩葉は顔を引き攣らせた。

 

「相棒、少しだけ手を貸して……っと、彼女は……相棒の友達かい?」

 

 ファイノンがいつものように彩葉を相棒と呼び、彩葉が「ちょっ!」と彼の口を手で抑えて静止をするが、吐き出された言葉はもう既に真美の鼓膜に届いていた。

 

「──あいぼぉ!?」

 

「ま、真美ちょっと待って何か勘違いしてるから!」

 

 彩葉の静止も聞かずに、真美はファイノンに向けて何度も頭を下げながら「彩葉をよろしくお願いします」などと、丁寧に何かを頼んでいる。彩葉と真美の間で齟齬が起きていたが、真美の不思議な行動にファイノンは、猜疑心すら抱かずに笑顔で答えた。

 

「ああ、僕に任せて!」

 

 いやちがぁう、と叫びながら二人の間に割り込む彩葉。きょとん、とした表情を浮かべているファイノンに対して、真美はスマホを取り出す。震える手で「芦花も、呼ばないと……」と電話を掛けようとするが、彩葉がスマホを取り上げた。

 

 

 

「──だから話を聞いてってば!!」

 

 

 

 彩葉の叫び声がカフェ内で響き渡り、優雅にコーヒーを飲んでいた客の視線が全て彩葉に降り注ぐ。今いる場所を思い出した彩葉は、慌てながら何度も頭を下げて一人一人に謝罪を述べた。

 

 取り敢えず真美を席に座らせると「休憩時間まで待ってて」と言ってから、ファイノンの背中を押してレジ前に追いやる。それから二人はバイトの休憩時間までテキパキと仕事をこなし、後輩のミスを事前に防ぎ、クレーマーの対応を終えた。

 

「やっと休憩〜……」

 

 バイトの制服の上から上着を羽織った彩葉が、真美のいるテーブルにぐったりと倒れるように伏せる。後から来たファイノンが「お疲れさま」と労いながら彩葉と真美の前にカフェラテを置いた。

 

「えっ、私頼んでないですよ?」

 

「これは僕からの奢りだよ」

 

 柔らかい口調でそう告げられ、彩葉は「いやいや毎回頂いてるのに貰えないですよ」とカフェラテをファイノンに押し返そうとする。だが彼は彩葉に突き返し、彩葉は彼に突き返し、互いに「いやいや」と言って一歩も譲らない押し問答が始まった。

 

「相棒の友達もぜひ飲んでくれ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 素直にカフェラテを受け取る真美。目の前では、未だにファイノンと彩葉が押し問答を続けている。カフェラテが行ったり来たりする様を目で追っていた真美が目を回し始めた頃、ファイノンが目を伏せて「そうか……これは善意の押し付けだったみたいだね……」と肩を落とした──彩葉がファイノンの表情を見て、唇を噛み締めた。

 

「僕はただ、相棒に喜んで貰おうと思ってただけだったんだけど……」

 

「うっ」

 

「僕の想いは届かなかったみたいだ……」

 

「ぐっ」

 

 ファイノンの悲しげな表情が、彩葉の心を締め付ける。やがて彩葉はファイノンの策略に敗北してカフェラテを手に取って「い、いただきます……」と自分の前に引き寄せた。

 

 彩葉がカフェラテを飲み始めると、ファイノンはさっきまでのが嘘だったように──最初から嘘ではあったが──満面の笑みを浮かべた。

 まろやかな味わいが口内に広がり、疲労の溜まった身体に染み込んでいくのを感じる。冷え込んでいた身体に僅かな灯火を灯し始めた。一口飲んで、彩葉は思わず「ふう」と息を吐いていた。

 

 一息つく彩葉を柔らかな目で見守ったファイノンは、真美の方へと視線を移す。そして自分の胸に手を当てながら「自己紹介が遅れたね」と切り出した。

 

「僕はファイノン・カスラナ。二ヶ月前にここでバイトを始めた新人さ。相棒とは、数々の地獄のような日々を乗り越えた仲で、何度も助けられたんだ」

 

 ファイノンの自己紹介に対して彩葉は「いやいやいや」と手を振って否定する。寧ろ助けられているのはこっちですから、と訂正しようとするがファイノンから向けられた温かい双眸に言葉を呑んだ。

 

「諫山 真美です。チョロ葉がいつもお世話になってます〜」

 

「誰目線なの……?」

 

「相棒ってそういうことだったんだね」

 

「真美が考え過ぎなだけだからね」

 

 えへへ、と柔らかく笑う真美。彩葉は呆れたように溜め息をついた。

 二人の仲睦まじい姿にファイノンも微笑みを溢す。ファイノンがカップを手に取って、カフェラテを喉に通していると、真美が少しだけ身体を前のめりにして目を輝かせながら口を開いた。

 

「ファイノンさんって、どこの国の人なんですか? その髪って地毛ですか?」

 

 真美が投げる怒涛の質問のラッシュにファイノンは戸惑うことなく一つずつ丁寧に答えていく。出身国ははぐらかされたが、髪の毛は地毛であること、日本に来たのは月見ヤチヨのファンだから来たと──恐るべし初期からのガチ勢。国を跨いでまで日本にやって来たその執念には感嘆の思いすら湧き上がった。

 ファイノンに真っ直ぐ見つめられると、真美は思わず身体を硬直させて彩葉の後ろに隠れてしまう。

 

 今思い返して見れば、ファイノンが来てくれるようになってからというもの、客足が増えた気がする。それもそうだ。街を歩けば、すれ違う十人全員が振り返ってもおかしくはない。テレビに出ているアイドルに詳しいわけではないが、アイドルと言い張っても誰も疑わないような、人目を引く容姿だ。

 

「真美は、相棒とは二人でよく遊んでいるのかい?」

 

「今日は来てないですけど、も、もう一人、友達がいます。いつも彩葉のノートのおかげで赤点を回避させてもらってるんですよ〜」

 

 要らぬことまで言ってしまったと、真美は発言してから少し顔を赤くする。だがファイノンは「あはは」と笑いを溢してから彩葉を見つめた。

 

「流石は相棒だ。みんなから頼りにされているんだね。バイトでも店長や後輩から信頼されていてね」

 

 もちろん僕もね、と胸に手を当てて微笑むファイノン。彩葉は「いやいや」とまたもや両手を勢い良く振って否定した。

 

「ファイノンさんが来てくれたから、私の負担も大分減ったんですよ。仕事を覚えるのも早かったし、なんなら一人ですぐにできちゃうくらいだったから……」

 

「そんなに謙遜しなくていいさ。僕がすぐに上達したのも、相棒の教え方の賜物だね」

 

 と、爽やかな笑顔を崩さずに語るファイノンだったが、彩葉は彼のその眼差しが一瞬だけどこか遠くを見つめたような気がした。しかし、淀んだ表情も刹那で微笑みに滲み、真美はそれに気が付いておらず、彩葉も見間違いだったと改めて彼の顔を見つめた。

 

「あ、そうだ……ファイノンさん、これ知ってますか?」

 

 真美が忘れてたと言わんばかりに手を叩いて、ポケットからスマホを取り出すと画面の上で指を滑らせる。沈黙が数秒だけ流れていき、真美は例のツクヨミに現れたチーターのネットニュースをファイノンに見せた。

 

「ああ、相棒にこの前見せてもらったよ。チートを使う人がまだ跋扈しているなんて、本当に許せないな」

 

 彩葉もチーターは不倶戴天の敵だと同意見で頷く。そこで真美はチーターの写真を見てから「あれ?」とファイノンを比べ始めた。

 真美が何度もスマホからファイノンの顔へと視線を移して、彩葉は剣呑すると同時に思い出す──チーターとファイノンの容姿がどこか似ていたことを。

 

「あ、あれ、このチーター……ファイノンさんに似てるような……」

 

「ん?どういうことだい?」

 

 見せてくれるかい、と言ってファイノンが身体を前のめりにして、真美のスマホを覗き込む。

 本来現実の容姿とツクヨミにおけるアバターとでは、プレイヤーによって見た目が乖離する。故に、ファイノンのアバターも現実とまるで違う可能性があるのだが、なにせ一目引くその白銀のような髪だ。

 

 老衰による色の落ちた髪色でもなければ、今の若者が興味本位で染める髪色でもない。純白、というには少し暗く、まさに白銀のような髪である。その下にある優しげでありながら勇猛に輝く双眸が、真美から向けられた画面を見て瞳を細めた。

 

「あー……」

 

 ファイノンがスマホに映る背中を見て数秒静止。そして頭に手を当てて「あちゃー」と声を漏らす。真美か彩葉か、どちらかが固唾を飲んだ時、ファイノンは顔を上げて答えた。

 

 

 

 

「これ、僕だ……」

 

 

 

 

 いったいいつから、この世界に入り浸っているのだろうか。それを感じたのは数千年も前か数万年、いや、そんなにも昔ではなかったか。取り敢えずそんな考えですらも億劫になるぐらいには、同じ年月を過ごした。

 

 一回目の輪廻──()にとっての記憶にある輪廻の一回目だ。

 目が覚めた時、俺は異世界に来ていた。

 異世界に来るみたいな話は、創作でもどこでも色んなところで読んだことがある。まさか自分がこうなるとは思いもしなかったが、辺りを見渡しても何もないし、足下に波紋が広がる水面と無数に浮かぶ灯籠だけ。水面を見て自分の姿に驚愕した。

 

 白銀のような白髪。透き通るような空色の瞳。爽やかな顔立ちに対して、水面を見た時の崩れ具合と来たら、キャラ崩壊も良いところだろう。

 

 ファイノンだ。

 

 ファイノンである。

 

 もう一回言うよ、ファイノンだ。

 ファイノンであるイケメンになれたのは嬉しい。嬉しいのと同時に転生先を察して絶望した。

 マジかよ、と呟いた自分の声が部屋に反響して、声もまんまファイノン(CV 日野聡さん)でニヤニヤが止まらない。が、すぐにそれも絶望色に染まって、重ねて絶望した。

 

 知らない人にファイノンを説明すると、崩壊スターレイルという星々を跨いで開拓するゲームに登場するキャラであり、その内のオンパロスという世界で主人公たちが出会った青年だ。

 

 なぜここまで自分が絶望しているのか、ちょー噛み砕いて説明すると、宇宙にとんでもない被害を齎す化物を作り出す為の実験場がオンパロスで、完成するめちゃめちゃギリギリの所でファイノンが輪廻を繰り返して化物が誕生するのを防いでたから────え、これから俺がそれ経験するの?

 

 一回の輪廻にかかる年数はざっと1000年以上で、ファイノンが経験した輪廻の数は3355万335回とかいう途方もない数字である。その間に何度も仲間も殺した。いや、無理だろ。

 

 人の心とかないんか? いや、ガチで。

 そもそもこの世界に人の心求めたらイカンわ。

 

 俺の心の中にいるドブカスさんも、ダサいとか言わんで裸足で逃げるレベルの絶望具合。

 あれはファイノンだからこそできたことであって、てかそもそもファイノンですら壊れそうになってたし、そんなん俺に担えるわけないでしょイカれてんのかこの世界。

 

 と、まあここまで絶望して、どうやってこの世界から逃げようか考えていたのだが、目の前に現れた彼女の姿を見てもう一回驚愕した。キアナ顔? いやケビン顔かな……このイケメンにそんな顔を何度もさせたらいけないな。

 

 とにかく、目の前にいる彼女は満面の笑顔で僕を見た。白く長いツインテール。青と紫、赤を基調とした、海洋生物をモチーフとした和の装いを着こなす超絶美女。色気すら感じるお姉さんでありながら、笑顔がとても可愛らしい人物だ。

 胸元にあるメンダコが妙に目を引く。が、その人物が誰なのか数秒をかけて理解し、またまた驚愕した。

 

 

月見(るなみ)ヤチヨ!?」

 

 

 ヤチヨは僕の驚愕なども無視して、ゆっくりと瞳を閉じて語りだす。今気が付いたが、真っ赤な鳥居がヤチヨの背後にそびえ立っていた。

 同時に理解する。というか、理解してた。

 

 

「──太陽が沈んで、夜がやってきます」

 

 

 ヤチヨは語る。そして真っ赤な夕焼けがヤチヨの言葉に呼応し、一瞬で夜へと沈む。空に広がるのは光の尾を引く無数の星々。それに目を奪われながら、僕はヤチヨを見つめた。

 するとヤチヨは目を開け、笑顔を浮かべながら駆け寄って来る。美女の急接近である。だが今の俺も超絶怒涛のイケメンだ。負けない気がする。それは置いといて、彼女は気さくにも手を握り──、

 

「──仮想空間ツクヨミへ、ようこそ! 管理人の月見ヤチヨで〜す。このモフモフはFUSHI!」

 

 ヤチヨが肩に乗っているウミウシに視線を送り、FUSHIは「ヤチヨがツクヨミと僕を作ったんだ!」と僅かに跳ねる。そして彼女は言葉を区切ってから、鼓膜に風を吹かすような涼やかな声で「さあ」と切り出した。

 

「出掛ける前に、その格好じゃあつまらない!」

 

 そう言った瞬間に、僕の視界にキャラメイクのウィンドウが現れる。そこには自分の姿と、髪型や目の色、格好、某モンスター狩りのゲームほどの膨大な選択肢があった。

 

「すっごいな……」

 

 ぼんやりと指でスライドして、ファイノンの髪型などを色々と弄ってみたが、結局はファイノン自身の見た目で行くことにした。せっかくイケメンに生まれ変わったのだからイケメンのままで行きたい。

 次はツクヨミ内での格好だが、少し考えていると、どういうわけか強制的にファイノンが着ていた鎧やマントへと着替えさせられていた。

 

 和が舞台でもあるツクヨミで、この格好は些か場違いとも思ったが、結局は好きにできる場所なのだからあまり目立ちはしないだろう。

 よし、と決めて声を漏らすとヤチヨは僕の手を引いた。

 

「うん、これで準備は整ったね!」

 

 ヤチヨに力強く引かれて、そのまま投げ出されるように鳥居を潜らされる。困惑が追いつかない中で放り投げられた僕の耳に聞こえたのは「行ってらっしゃ〜い」というヤチヨの送り言葉だけだった。

 

 それが、この世界に来て初めてのキャラメイクだ。

 いやいや、世界観が違うにもほどがある。まあでも最後の方はSFだったし、似てはいるのか。ああ、僕がどの世界に来たのか、皆にはまだ言っていなかった。というか、ここまで来て分からない人の方が少ないかな。

 

 

 

 僕が来た世界は──超かぐや姫!の世界だった。

 

 

 

 どゆことやねん。という話は置いといて、ここからは昔の僕が体験した話を見てもらうことにするよ。新たな転生者として、私は見ました──キャラメイクこれにて完成!(一切手を付けていない)

 

 

 

 光の波紋を潜り抜けた先にあったのは、和をモチーフとした超未来な世界である。光の点が形作ったクジラやら、イルカが絵の具をぶちまけたような漆黒の空を泳ぎ、チュートリアルを抜けたばっかの橋の上からでも賑わいがよく見えた。

 

「…………」

 

 腕を組む。なぜこうなったのか思考を巡らせるが、何せ前世と呼べる記憶があまりない。死んだ記憶も無いし、前の世界で何をやってたのかすっぽりと抜けているようだった。

 

 だが、ご都合主義設定のおかげで崩壊スターレイルの事も、超かぐや姫の世界も知っている。愉悦の星神(アッハ)も手を抜いたものだ。ライコスだってあんなに入念な準備をしてたのに。少しは見習ってほしいものだ。アッハが原因なのかは知らないけど。

 

 とにかく、あの理不尽極まりない世界から抜け出せただけでも良しとしよう。超かぐや姫の世界なら、殺しも辛いことも無いし、滞りなくハッピーエンドに行くからね。僕なんかいなくても、大丈夫。

 

「よし、それじゃあ、せっかくだからこの世界を満喫しようかな」

 

 そう言って頷いた時、潜り抜けてきた鳥居から光の波紋が広がる。誰か来たのかと振り返って、後ろに誰かいた事に初めて気がついた。

 

 彼女と、目が合った。

 

 青を基調としたストリート風の格好。着物にパーカーとベルトを組み合わせた端正な顔立ちの少女。何より目を引くのは、ピコピコと可愛らしく動くキツネの耳と尻尾である。

 

 少女が誰であるか理解すると共に、目が合ったまま硬直してしまう。彼女も僕にジッと見つめられてるものだから、何か言いたげに表情を困らせてから露骨に目を逸らされてしまった。

 

 直後に背後の鳥居の波紋がより広く遍いていき、背後から「うわぁっ!」という悲鳴が聞こえたと同時に背中に鈍い衝撃が走る。視界がぐらっと揺れて、衝撃に押されるまま身体が倒れた。

 

「──えっ、ちょっ!?」

 

 少女の声が響く。水面に波紋が広がり、盛大に水飛沫が上がった。

 重い何かが背中にずっしりと乗っているだけじゃなく、トラックに衝突されたような衝撃で目が回り、起き上がることができない。

 視界にくるくるとアザラシが回っている。すると、頭の上から聞いたことあるような声が聞こえた。

 

「あ、()たた……あ、ごめんっ!」

 

 背中の上の人物が何かに気が付いたようで、慌てて飛び退く。するとキツネ耳の少女も「大丈夫ですか!?」と僕の顔を二人で覗き込んで来た。

 見知った顔が視界に映り込み、美少女ワクチンによって一気に思考が鮮明(クリア)になる。そして驚きと共に、サフェルもびっくりな速度で飛び退いた。

 

 

 それが僕と、酒寄 彩葉、かぐやとの出会いだった。

 

 

 それからは、えーっと、何があったかな。

 元よりハッピーエンドが決まっているこの物語に最初から干渉するつもりもなく、推したちの行方を見守ってモブに徹し、傍観を決め込むつもりだった。

 それがなぜか、無数の輪廻を繰り返すことになっている。始まりはどこで、今は何回目なのかもうろ覚えだ。それでも、輪廻を繰り返すことになったことだけは今でも鮮明に覚えていた。

 あれは、僕が初めて過ごした輪廻の前の話だ。

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

「待って、かぐや……」

 

 彩葉の手に握り締められたブレードが落ちる。カラン、と乾いた音が響き渡る。見上げた先で、無数の月人が出現する。その圧倒的な量に彩葉は絶句して、もはやまともな思考も停止。文字通り、絶望した。

 

 かぐやは悟ったような笑み浮かべる。かぐやを取り囲む灯籠型の頭を持った月人が頭を下げ、倒したはずの巨躯を持った月人も全員が復活し、全てが無駄だと叩き付けられた。

 

 彩葉はもう走れなかった。

 すべてを出し尽くした。色んな人に頼んで、みんな、みんな、精一杯、全力で一緒に戦ってくれた。ブラックオニキスでも歯が立たなかった。ただ、かぐやと一緒にいたい──ただそれだけの想いだったのに。

 

「──かぐや……!」

 

 ────彩葉もハッピーエンドに連れてく!

 額を伝う汗は渇きを知らず、彩葉の視界を遮ろうと躍起になっていた。

 

「──かぐや……っ」

 

 ──これ彩葉が作ったの?すご!!

 激しく脈打つ鼓動は悲鳴となって、荒々しい呼吸が喉と肺を焼いた。

 

「──かぐ、や……っ」

 

 ──彩葉と、勝ちたいからっ!

 あの蝟集した暗闇を照らしてくれたのは、紛れもないかぐやだ。それだけは絶対に覆らない。こんな結末、認めてたまるか。散々迷惑かけといて、散々振り回しておいて、あっさり帰るのかよ。

 なにが運命だ。なにが受け入れるだ。

 

 ────これが私のエンディング。

 

「──ふざけんな!こんな結末、私は認めない!」

 

 叫んだ瞬間、背後から青年が現れる。肩に手を置き、目尻に大粒の涙を浮かべて見上げる彩葉に、いつもと変わらない優しい微笑みを向けた──「後は、僕に任せて」と、たったそれだけを告げて。

 

 鷹揚と歩いていきながら、()()()()()は遠くでことを見守っているヤチヨを見上げる。視線に気が付いたヤチヨは、儚げな笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 ────いいよ、やって。

 

 

 そう、聞こえた。

 実際に喋ったわけではない。ただ、彼女の柔らかい瞳と表情からそう聞こえたような気がしただけだ。

 カスライナは胸に手を当てる。瞬間、黄金の焔が彼を包み込む。満点の星空が輝く夜闇を照らし尽くし、カスライナは一気に飛び上がった。

 

 

「──数多の火種を怒りに、この身を焼べよう!」

 

 

 カスライナのアバターが、赤黒いポリゴンに侵食される。雄叫びが静寂を切り裂き、黄金の焔は繭となって大地を照らす。膨大なエネルギーの集合体、チートモードすらも遥かに凌駕するデータ量にツクヨミの処理能力でさえもバグを引き起こすほどだった。

 

 

 烈日が────ツクヨミを照らす。

 

 

 それはまさに、神々しい天使のような姿だった。

 黄金と漆黒に染まった二対の翼が天を切り裂き、カスライナの銀髪が黄金色に燃え上がる。カスライナのひび割れた身体の内側には、黄金の空間が広がり、彼はわずかに彩葉を見下ろした。

 

 

「ファイノン、さん……」

 

 

 全身が引き裂かれるような痛みに唇を噛み締め、カスライナはかぐやを取り囲む月人を睥睨すると、身の丈以上に変化した大剣を振り下ろす。それは壊滅と数多の火種によって更に巨大化──大地を抉り取り、一瞬で天を覆い尽くすほどの月人を屠った。

 

 この異常事態を察知した月人が、更に軍勢を送り込むが、それを凌駕する速度で月人がカスライナの一撃によって消滅する。被害が出ないように近くにいる彩葉やかぐやに光の障壁を展開し、カスライナは大剣を振り翳した。

 

 

「……………ヤチヨ。本当に、いいんだね?」

 

 

 ポツリと呟き、カスライナはまたもやヤチヨへと視線を送る。その言葉が届くわけはない。それでも視線を向けずにはいられなかった。

 見なければ良かった。見なければ、この胸の痛みがこれ以上広がることもなかったのに。

 それでも、見てしまったのだ────。

 

 

「いいよ、カスライナ。私はもう、後悔は無いから」

 

 

 ────ヤチヨの悲しげな、あの表情を。

 カスライナは、唇を噛み締める。ヤチヨの言葉が何度も脳内で木霊して、大剣を振り翳す手が躊躇いを孕んで震えた。

 

 後悔が無いのなら、なんで君は…………。

 目を逸らしてしまいたい。大剣を振るう度に、全身を蝕む激痛とは別の痛みが胸を締め付ける。心臓が今にも握り潰されてしまいそうなほどだった。

 

 

「────ッ!」

 

 

 後悔してないのなら、なんでそんなに────、

 

 

 

「────悲しい表情(カオ)をしているんだ」

 

 

 

 カスライナは天に翳した腕を、ゆっくりと下ろす。こんなの()じゃない。()はただの人間で、英雄でも救世主でもない。こんな選択肢を選べるほど逞しい人間じゃないんだ。

 この世界は、ハッピーエンドに向かっていく。()が干渉していい事柄じゃない。それでも、ファイノンならきっとこうしたのだろうか。

 

 攻撃を止めたカスライナの隙を見逃さず、巨大な月人が錫杖を叩きつける。カスライナは大地に叩き付けられ、喀血する。黄金の血が吐き出されて地面を蚕食した。

 

 ゆっくりと立ち上がり、カスライナは自分の中にある無数の火種の中から『歳月』の火種に手を触れる。壊滅の力と歳月の権能、それと月人が通ってきた空間を思い浮かべ、翼をはためかせると一気に飛び上がった。

 

 

「ここでかぐやを救えば、ヤチヨという存在は消える。後に残るのはなんなのか検討も付かない──」

 

 

 月人が現れた瞬間──ヘリオスで空間を引き裂く。ノイズが迸り、自分の中にある全ての歳月の火種を利用する。赤黒いポリゴンがカスライナの身体を包み込み、時空間を捻じ曲げた。

 

 

 

「──それなら、僕が変わりに八千年を過ごす!」

 

 

 

 ファイノン、もとい黄金裔たちはデータの生命。月人やヤチヨとそう変わりない存在だ。それなら八千年前の地球へと戻り、『かぐや』という存在はそのままで、そこに『ファイノン』という存在を埋め込み、八千年の年月を肩代わりする。そうすれば、八千年を過ごしたかぐや──月見ヤチヨの存在は消えず、かぐやも存在する。それはもうヤチヨじゃないんじゃないか、とかそういう考えが脳裏を過ぎった。

 

 恐らく、それは大丈夫だろう。今の月見ヤチヨが存在している限り、時間軸がいくら分岐しようとそれは変わらない。僕が救うのは、これから過去に飛ぶかぐや達だ。

 

 

「──オァァァァァァァッ!!」

 

 

 我ながら馬鹿らしい。とんだお人好しだ。

 カスライナはそのまま大剣を突き刺して、八千年前の地球へと飛び上がった。

 

 

 




オリ主くんは、頭が良いわけではありません。
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