八千代の時と三千万回の輪廻   作:渚 龍騎

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賛否別れるかもしれません。


第三話

 

 

 

 ()は、英雄ではない。救世主でもない。

 嫌なことは嫌だ。英雄になんてなれないし、救世主にもなれない。ただの人間だから。ゲームやアニメの主人公や、黄金裔のような信念も矜持も強さもない。世界を変えることなんてできないし、変えようとも思わない。

 

 

 ────それでも、憧れた。

 

 

 転生した。ファイノンになった。

 ()とは真逆の存在。三千万を超える輪廻をただ独りで進み続け、奇跡が起きるのを待った。

 月見ヤチヨ、かぐや、酒寄彩葉、ファイノン、みんな輝いている。そんな輝きに俺みたいな影を忍ばせてはならない。

 

 なのに、なのに、なんで、こんなことを思ったんだろう。歌を聞いた。優しくて、暖かくて、柔らかい、心の奥底に染み込むような歌声を聞いた。

 

 何度も聞いた──映画で、動画で。

 何度も聞いた曲なのに、実際に聞くとこうも胸に焼き付くのか。目が離せなくて、初めてこの人生に対して輝きと感動を感じた気がした。

 

 月見ヤチヨの歌声は、待ち望んだ人への愛だった。

 

 かぐやの歌声は、未来を進む為の光だった。

 

 何者でもない()が成れる気がした。

 僕というイレギュラーを知っていたヤチヨから、どこかの僕と歩んだ八千年の物語を聞かされて、かぐやを救ってほしいとお願いされた。

 断った。そんなことできるわけない。

 物語の結末を知っているから、この物語はハッピーエンドへと向かっていく。だから干渉する気はなかった。

 

 なのに、なんでそんな表情(カオ)をするんだ。

 その時、過ぎってしまった。

 僕が干渉すれば、これから先で起こる無数の輪廻を脱却できるのではないかと。転生して得たこの身は、この力は、きっと終わらない輪廻を終わらせるためにあるんじゃないかと。

 

 たとえ、英雄のような信念を持たずとも。

 たとえ、英雄のように強さを持たずとも。

 たとえ、英雄のような知性を持たずとも。

 たとえ、英雄のように成れずとも。

 

 この憧れは、同じでありたい。

 ヤチヨと過ごした八千年の記憶は今の僕には無いけど、それでも彼女やかぐや、彩葉たちと共に過ごした日々は本当に楽しかったんだ。

 楽しくて、楽しくて、傍観するつもりがみんなと仲良くなってしまった。

 

 もし、この輪廻が定められたものだとしても、選択もすべて決められているのだとしたら────あえて、逆らおう。

 

 

 ()には分からないから。

 ()なら、全部なんとかできるから。

 

 

 

 >>>永劫回帰#1

 

 カスライナは歳月の火種と月のテクノロジーを利用して、八千年前の過去へと飛んだ。自分の身体を自らデータへと変化させ、誤って八千年前の地球にやってきたかぐやと意識を同期させる()()だった。

 

 ぐわんぐわんと揺れる意識が途絶え、いつから眠っていたのかも分からずに目が覚めた時、そこは見たこともない景色が広がっていた。

 息を呑む絶景とは、まさにこのことを言うのだろう。地平線の先まで見渡せそうな澄み渡る蒼い海。雲一つない壮麗な空から降り注ぐ太陽の光をキラキラと反射して、美しい景色が遍いていた。

 

 振り返れば、そこには見飽きていた建造物が一つとして存在しておらず、あるのは人の手が一切加えられていない山や森である。今いる場所がどこなのか、今が何年なのかは検討もつかなかったが、眼前に広がる光景だけで、そこが自分のいた世界より遥か大昔であることは理解できた。

 

 過去へのタイムスリップは成功した。

 だが、自分の身体を見下ろしてかぐやとの同期が失敗したことを悟る。それがなぜなのか、自分の身体がウミウシではなく、ファイノンのままだったからだ。

 

「はぁぁぁぁ……」

 

 あれだけの覚悟を持って行った行動がまさかの失敗。ファイノンはその場に座り込んでガックリと肩を落とす。精神的にも肉体的にもかなりやられていた。

 顔を両手で覆い、空を見上げながら声を上げる。溜め息をつくことしかできず、緊張感が抜けて疲労が波のように襲ってきた。

 砂浜に大の字になって寝転がり、そのまま瞳を閉じた時、聞き慣れた声が聞こえた。

 

 

「──ファイノンだ!」

 

 

 その声に驚いてガバッと起き上がると、そこにはウミウシ──かぐやがいた。誰かがいる、という安堵と同時に失敗してしまったことに対する罪悪感がファイノンの胸を締め付ける。かぐやはファイノンの胸に飛び込んで「やっぱりファイノンだ!」と喜色を滲ませながら声を上げた。

 

「かぐや、君は……」

 

「八千年も生きてるって本当だったんだね!」

 

 どういうことなのか、理解が追いつかない。八千年も生きてる、なんて発言はしたことがないからだ。

 だがそれでも、心のどこかでタイムスリップが失敗して良かったと思ってしまう自分がいた。

 今はただただ、小さな小さな身体になってしまったかぐやを強く抱き締めることしかできなかった。

 

 それからは、かぐやの隣にファイノンがいる、という輪廻に変化した。タイムスリップの失敗を無かったことにしようと、再度タイムスリップを試みたが、一回のタイムスリップでかなりの力を消耗したらしく、変身すらできなかった。

 

 かぐやからカスライナの力のことや、月へ帰る時に何をしたのか等と色々なことを聞かれ、隠すこともできずにすべてを話した。

 その時のかぐやは「これは私がドジった結果だから、ファイノンが自分を責める必要なんてない」と泣きながら言い、輪廻を繰り返すことを止めようとしていた。

 その場しのぎで誤魔化したが、今更輪廻を止めるつもりはなかった。

 

 初めての八千年は、かぐやが隣にいたおかげもあり、それほど苦痛に感じることはなかった。しかしそれでも、数々の出会いと別れを繰り返すのは、なかなかに堪えた。ヤチヨは、たった独りでこれを経験したのか。やっぱり彼女には敵わないな。

 

 それからヤチヨの辿った過去を記憶のまま再現し、僕は分離。後は、()がこの世界に来たタイミングで意識を統合すればいい。

 

 結局、初めての輪廻は失敗に終わったまま進んでいった。それに伴い、かぐや──ヤチヨが僕のことを知った状態での輪廻は進み、月人がかぐやを連れ戻そうとするタイミングで僕は蓄えていた力を解放して八千年前へと飛んだ。

 

 

 >>>

 

 >>>

 

 >>>

        

 

 


 

 

 >>>永劫回帰#2

 

 今度の永劫回帰は、前回の失敗を踏まえて入念に準備した。その結果としては成功だった。

 目が覚めた時、僕の身体はウミウシだった。

 目を閉じて確認すると、火種は感じられなかったが、その中にかぐやの意識や存在を感知できた。最初こそウミウシの身体は不便な上に生きた心地もしなかったが、それも数百年経てば慣れた。後は、ヤチヨの記憶の通りに僕が八千年を過ごせばいい。それだけでも彼女の心身的には楽になるだろう。

 

 ヤチヨに無駄な心配をかけたくなくて、彼女がこの永劫回帰を知らない方向で進めて行きたかったが、どうやらそれは無理らしい。もう既にかぐやと共に八千年を過ごした結果は変わらず、どうせ輪廻を繰り返すんだからと全てを話したのは間違いだった。

 

 ヤチヨは僕の正体と輪廻を繰り返すことを知っている。その為、二回目の永劫回帰で、僕が僕と意識を統合した時にヤチヨは僕の存在を知っている状態になってしまった。

 

 八千年経てば、ヤチヨに責められ、輪廻を止めるように念を押される。最悪の結果になってしまった。そこでヤチヨはかぐやが連れ戻される場面で、自分を犠牲──ヤチヨという存在の消失と引き換えに、僕が輪廻を繰り返すのを止めようとしていた。

 

 だが、それでは意味がない。

 僕はかぐやもヤチヨも救いたい。無数の輪廻を繰り返すことは起こさせない。これからの彼女たちにこれほどまでの辛い経験を何度もさせる訳にはいかない。それなら、僕が全てを背負っていく。

 

 >>>ライフサイクルは順次に終了。

 >>>対象カスライナは演算プロセスを逆行させた。

 

 


 

 

 >>>永劫回帰#3

 対象カスライナ──ストラテジーに微調整が発生。

 かぐやとヤチヨの輪廻を脱却する方法を試行錯誤する。これは僕が勝手に始めた輪廻だ。ただの自己満足でしかない。ヤチヨ以外にそれが理解される訳でもなければ、感謝をされるわけでもない。そんなことはどうでも良い。

 

 >>>ライフサイクルは順次に終了。

 >>>対象カスライナは演算プロセスを逆行させた。

 

 


 

 

 >>>永劫回帰#15

 対象カスライナ──権限エスカレーションのため、初めて月人に逆コンパイルを試み、かぐや及び月見ヤチヨを対象とした権限外の認可操作を実行。失敗。

 

 >>>ライフサイクルは順次に終了。

 >>>対象カスライナは演算プロセスを逆行させた。

 

 


 

 

 >>>永劫回帰#42

 対象カスライナ──月人構成のカーネル層に対する11回目の攻撃が失敗。「かぐやと月見ヤチヨの犠牲を回避」の意思決定のウェイトが下降傾向を示す。しかし数秒程度で上昇傾向に戻る。

 

 >>>ライフサイクルは順次に終了。

 >>>対象カスライナは演算プロセスを逆行させた。

 

 


 

 

 >>>永劫回帰#133:永劫回帰#83〜#133までの観測結果を纏めると、対象『カスライナ』の精神に汚染の兆候。メンタル関数に潜在的ダメージを受けた可能性あり。精神崩壊の危険性増大。

 

 


 

 

 >>>永劫回帰#134

 

 

 

「カスライナ、これ以上は本当に壊れちゃうよ……」

 

 

 

 ヤチヨがファイノンの胸に顔を埋め、力いっぱいに服を掴みながら嗚咽する。ファイノンは彼女の背中を腕を回して、優しく抱き締める──「大丈夫だよ」と小さく囁いて。その声には、かつての力強さは込められていなかった。

 

「大丈夫じゃ、ないって……!今も、カスライナは辛そうだから……私が知ってるカスライナは、もっと明るくて……ッ」

 

 滂沱と流れる想いが口から言葉となって溢れ出て、ヤチヨはそれが刃となることに気がつく。背中に回された手がゆっくりと優しく擦る。彼の優しさだけは、今も昔も変わらないと理解して、ヤチヨは彼の胸の中でひたすら謝り続けることしかできなかった。

 

「ごめん……ごめんね……っ!」

 

「これは、僕が勝手に始めたことだ。君が謝る必要はない。僕には、君の歌がある。それだけでもこの輪廻を続ける力になるんだ」

 

 思考が鈍る。頭が割れそうだ。

 この涙も、もう100回は見た。それなのになんで、まだ慣れないんだろう。彼女の涙を見る度に、この胸の内側がギュッと掴まれるような逼迫(ひっぱく)さを感じた。

 ────彼女の涙を見たかった訳ではないのに。

 

 >>>永劫回帰#134

 対象カスライナ──『月』のカーネル層に対して行った103回目の攻撃が失敗に終わる。意思決定のウェイトが下降し、過剰適応のリスクが懸念される。

 

 >>>ライフサイクルは順次終了。

 >>>対象カスライナは演算プロセスを逆行させた。

 

 


 

 

 >>>永劫回帰#5297

 対象カスライナ──『月』のカーネル層に対する5266回目の攻撃が失敗に終わる。対象のストラテジーは『永劫回帰#42』の酷似すると推測される。さらに、対象のメンタル関数に一部破損が確認された。

 

 カスライナは、ゆっくりとその場を見渡す。業と燃え盛る火の海を見つめ、空を見上げる。銀色の流星が雲を切り裂き、耳を聾する爆撃音が大地を真っ赤に染め上げた。

 鼓膜を劈く悲鳴と怒号の連鎖は、巻き上がる炎と爆発音に掻き消される。警報の金が鼓膜を叩き、道行く人々が振り返ることもなく走り抜けた。

 

 刹那────目蓋を焼くような閃光が世界を包み込む。嵐でさえも矮小に感じるほどの爆風が、遅れて吹き抜ける。建物を薙ぎ払い、人を吹き飛ばした。

 

 天高くに昇るキノコ雲。それはまさに、絶望と混沌を降ろす帳のようで。一秒すらも永遠に感じるほどの絶望が過ぎ去った後に残ったのは、驚くほどの静寂と核の齎した破壊の爪痕だけだった。

 

 この光景も、何度も見た。

 「また明日」──そう言って手を振った少年少女が、何千回目の終わりを迎える。死は、やがて見慣れる。だから悲しまない。苦しくもない。悲しくなるはずなんかない。どうせ輪廻を繰り返すのだから、数千年経てばまたここで会える。だから、悲しむはずなんかない────、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────そんなわけ、あるものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手を伸ばした。必死に、手を伸ばした。

 この身が引き裂かれようと、この胸に燃える火種がまだ輝く限り、僕は必死に手を伸ばした。

 救いたい人は、沢山いた──こんな僕に親切にしてくれたお爺さんや、僕と遊んでくれた子供たち、共に苦難を乗り越えた夫婦。僕はみんなを助けたかった。

 

 助けられなかった。また、助けられなかった。

 胃が捻れるような吐き気が込み上げる。身体が震える。黒く淀んだ雨が静寂の中で篠突く。吐き出したい。胃の中の全部を吐き出してしまいたい。この身体を呪った。この身体と、現実に起こっているこの大空襲の有様が、僕は無力だと叩きつける。この力があるのに、世界に変える『壊滅』の炎が灯っているのにも関わらず────僕は、あまりにも無力だった。

 

 >>>ライフサイクルは順次終了。

 >>>対象カスライナは演算プロセスを逆行させた。

 

 


 

 

 >>>永劫回帰#23779

 対象カスライナ──『月』のカーネル層に対する23748回目の攻撃が失敗。以降、永劫回帰#23780〜#108641までの結果は変わらず、対象はカーネル層に対して108610回の攻撃を行い、全てが失敗した。

 

 しかし永劫回帰#24480〜#106452までの過程で、対象は酒寄彩葉、月見ヤチヨを含む人物と対峙し衝突。対象のメンタル関数に甚大な損傷。この破損は修復不可能の可能性がある。

 

 

「ここから先は、行かせないよ──カスライナ」

 

 

 覚束ない足下を見つめながら、自分で勝手に植え付けた自己満足な使命感に促されて階段を登っていると、頭上から聞き慣れたはずの声が響いた。

 ゆっくりと顔を上げる。見上げた先で純白の髪が夜空に流れ、それはまるで流星のように見えた。

 宝石のような瞳がカスライナを睥睨する。クラゲのように透き通った美しい傘型武器を開きながら、月見ヤチヨはカスライナを見下ろしていた。

 カスライナは燃え盛る炎に焼かれそうになる意識の中でヤチヨを見上げ、ゆっくりと口を開いた。

 

「この輪廻を続ければ、君たちはあの苦痛を繰り返すことはない」

 

 かつての彼からは考えられないほどの低い声色。感情の灯っていないただ発せられるだけの言葉が、彼の喉から吐き出されていた。

 ヤチヨを見上げるその瞳は、空のように澄んでいながらも光が灯っておらず、暗く淀んでいる。表情にも一切の感情が消え失せ、表情筋をまったく動かさずに淡々としていた。

 

「そうやって、自分だけが背負えばいいって思ってるんだ。私を言い訳にして──そんなカスライナの優しさなんていらない」

 

 ヤチヨの反駁に対して、カスライナは一切の感情を見せない。その言葉も何万回と聞いた。ヤチヨが敵として立ちはだかるのも何万回と経験した。

 ゆっくりと一歩ずつ階段を登る。思考は真っ暗な闇の中で揺らめいて、いったい何を理由にして、この輪廻を続けていたのかもよく分からない。果たしてこの輪廻に意味はあるのか──いや、きっと無いのだろう。

 

「カスライナが苦しむなら、私は何度だって八千年を繰り返す。そっちの方がいい。なんで、なんで君はそんなに──私のために頑張るの?」

 

 これはただの自己満足に過ぎない。

 これはただの自分勝手な幻想に過ぎない。

 自分で自分の首を締め付け、自分の身体を痛めつけている。自分で勝手に行ったことだから、救いを求めてはならない。

 

「カスライナは言ったよね?これはきっと、今までにないロマンチックな物語になるって」

 

 この無数の輪廻の中で、初めて聞いた言葉だ。

 ヤチヨは目じりに涙を浮かべて、カスライナを見下ろす。さっきまでの負に満ちた表情が悲しみの色に染まる。ひと粒の雫がヤチヨの頬に軌跡を描き、顎から階段の上へと落ちた。

 

「それを乗り越えれば、ハッピーエンドだって…………八千年を何回も繰り返したから、もう忘れちゃった?」

 

 そんなわけない。

 

「私との約束も、全部────」

 

 忘れてなんかない。

 

「ずっと一緒だったのも」

 

 違う、ちがう、チガウ。

 

「全部全部、忘れちゃったの……?」

 

 息を呑む。唇を噛み締める。何度も脳内で繰り返される彼女の言葉。思考を埋め尽くし、反芻し、反響する。伸ばしかけた腕を止めて、拳を握り締めた。

 

「ヤチヨ、僕は────」

 

 瞬間、どこからか飛んできたブレードがカスライナの足下を撃ち抜く。視線を落としたと同時にブレードのワイヤーが勢い良く巻き取られ、カスライナの足に絡まる。態勢が崩れ、なんとか踏み止まった。

 その武器が誰のものであるか理解した直後──叫び声が、聞こえた。

 

 

「──ファイノン!!」

 

 

 振り返る。そして目を見開いた。

 ワイヤーを巻き取る力を利用して飛び込んで来た彩葉が眼前まで迫っていた。

 武器はワイヤーを巻き取るのに使っている。今の彩葉に武器はない。そう思った瞬間、彼女は自分の身体の背後に隠していた金棒を振り翳していた──帝アキラの武器だ。

 

「────ッ!」

 

 対応が間に合わず、彩葉が渾身の一撃をカスライナに叩き付ける。その一撃は、勢いが一切収まらずにカスライナを階段から地面へと打ち付けた。

 ヤチヨの前に降り立った彩葉が大粒の涙を流しながら振り返り、地面からゆっくりと起き上がるカスライナに向けて怒声を上げた。

 

 

「──ふざけんな!バカ野郎!!」

 

 

 腕を振り払い、カスライナに向けてその内側から沸々と湧き上がる怒りと悲しみの全てを吐き出した。

 彼の優しさを知っている。

 彼の微笑みを知っている。

 彼の悲しみも知っている。

 彼のすべてを知っている。

 彩葉は今までにないほどの怒りを────否、悔しさを言葉に込めてカスライナに叫んだ。

 

「なんで独りで背負うの!どうして誰にも頼ってくれないの!?」

 

「構わない……僕が、背負ってみせる、君たちはただ、その場で僕が進むのを見ているだけでいい」

 

 変わることのないカスライナの意志に、彩葉は唇を噛み締める。そしてブレードと金棒を強く、強く、強く握り締めた。

 ヤチヨを見つめ、彼女は頷く。二人は一歩前に踏み出して、カスライナの行く手を阻む──「絶対に嫌だ」と何万回目の徒労を拒んだ。

 立ちはだかる彩葉が「だって」と言葉を紡ぐ。

 

 

「あなたが残酷な末路を辿ろうとしてるのを……見て見ぬふりなんてできないから」

 

 

 そう言って、一気に駆け出した。

 これはみんなを、この先の道を、いつか訪れる結末に黎明を照らすべきだ。僕が全てを背負えば、みんなが別れの悲しみに満ちることはない。かぐやが経験した八千年は、無駄にしてはならない。その八千年の蓄積する苦しみを僕が背負えば、もっと明るい未来があるはずだから。

 

 


 

 

 永劫回帰#■■■001

 

 

「これ、僕だ…………」

 

 

 ポツリと溢した言葉が、三人の間に吹き抜ける。沈黙と静寂が渦巻き、数秒の間が開く。やがてカランカランとドアベルが沈黙に介入し、真実と彩葉はお互いに顔を見合わせてから「えぇぇぇぇぇぇ!?!?」と、店内BGMをも凌駕する声量で驚愕の声を上げた。

 

 店内にいた客と店長の視線が三人の席に向けられる。彩葉と真美は思わず口を両手で抑え、そのまま隠れるように身を縮めた。

 

「ちょ、ちょっとどういうことですか?」

 

 真実が小声で問いかける。横で彩葉も首を縦に何度も振る。二人の食いつきっぷりに驚きながら、ファイノンは「いや、どうと言われても……」と困惑した様子で首に手を当てる。そして二人の訝しむ眼差しを受けて、慌てて手を振った。

 

「いやいやいや!僕はチートなんて使っていないよ。これは誓って言える」

 

 ファイノンは胸に手を当て、真剣な表情で二人を見つめる。二人の視線がファイノンを射抜き、数秒の沈黙が流れていくと彩葉と真実はホッと息を吐いた。

 彩葉が優しげな目を向けて「別に疑ってないですよ」と答え、真実もそれに同調して頷く。それを知ってファイノンは安堵の息を漏らした。

 

 彩葉にとって、ファイノンとの時間はまだ二ヶ月程度のものしかないが、彼の真摯な態度やヤチヨに対する羨望は紛れもない本物だと理解している。なぜ相棒と呼ぶのかは未だに分かっていないが、それでも彼の優しさは身を持って感じた。

 

「それじゃあ、なんでチートだなんて疑われてるんですかね?」

 

 真実が顎に指を当てて首を傾げると、ファイノンは心当たりがあるように「あー……」と苦笑する。やがて彼は、疑問の表情を浮かべている二人に視線を向けず、斜め上の方へと瞳を向けて「多分」と答え出した。

 

「この前KASSENをやったら、相手にものすごい速さで勝ってしまってね……もちろん、僕だけの力ではないよ。お助けで来てくれたヤチヨのおかげでもあるんだけど……」

 

 圧勝した相手に対して、申し訳なさの気持ちを滲ませながら語るファイノン。謙遜しているようだったが、ただでさえ戦術や実力の差が出やすいSENGOKUモードで、更に不利な二対三人という人数不利もものともせずに相手に圧勝。いくらお助けヤチヨの『チーム同士の実力差によってパワーが上下する仕様』があるとはいえ、そう簡単に勝てるものではない。

 

 ファイノンの言葉から彼の実力を理解して苦笑する彩葉。そこで真実がスマホをスクロールして「えっ」と驚きの声を漏らし、彩葉とファイノンが同時に彼女へ視線を向けた。

 

「こ、このファイノンさんが戦った相手……プロゲーマーですよ……」

 

 震える手で見せられたスマホの画面には、チーターと呼ばれているファイノンの後ろ姿にネットニュースの取材文が表示されており、そこには怒り心頭と思わしきお相手のコメントがびっしりと書き連ねていた。

 

「こ、これは…………困ったね」

 

「ちょっと見せて」

 

 真実のスマホを受け取って、彩葉はその記事の内容を改めてしっかりと読む。まさか記事の対象がすぐ近くにいるとは思わず、流し見をしただけでしっかりとは読んでいなかった。

 

 画面に指を滑らせ、そのまま読んでいくと最後の方には取材を受けたプロゲーマーの挑発文と『再戦希望』のコメント。ご丁寧にDMやアカウントのIDも載せられていた。

 

「お相手、大分怒ってますよ?本当にチート、使ってないんですか?」

 

 目を眇めて訝しむ彩葉。ファイノンは再度慌てて手と首を横に振った。

 

「いやいやいや、相棒まで僕を疑うのかい!?本当に使ってないんだ。ただ、少しだけ長くKASSENをやってただけで……」

 

「でも全然やってないって、この前言ってましたよね?」

 

「本当に全然やっていなかったんだ。前に少しやっていただけで、友人に誘われて最近また復帰したんだ」

 

 友人、とファイノンの口から出た言葉に彩葉は疑問を浮かべる。ならなぜお助けヤチヨと二人でSENGOKUモードをやっているのか不思議だった。

 まさか、ヤチヨと友達……?そんな考えが脳裏に過るが、そんなはずないかと思考を切り捨ててファイノンとスマホのコメントに視線を移した。

 

「冗談です」

 

 きょとん、と音が鳴った気がした。

 今までの仕返しと言わんばかりに鼻を高くしてそう言った彩葉。呆気にとられていたファイノンが、言葉の意味を噛み砕くのに数秒の時間を要する。やがて、ファイノンは吹き出して笑いを溢した。

 

「あははっ、これは一本取られたね」

 

 それは偽りのない本当の笑いのように見えた。

 普段の彼はどこか裏があるような──笑顔を演じているような奇妙さを纏っていた。まるですべてを知っているような漠然とした感覚があった。

 彩葉もつられて微笑んでから、でもと視線をスマホに落とす。

 

「このままじゃファイノンさん、ずっとチーター扱いされてツクヨミでもまともに活動できないですよ」

 

「なんとかファイノンさんの誤解を解かないと……」

 

 三人で腕を組み、首を傾げながら「うーん」と唸る。どうにかしてチーターである疑いを晴らさなければならない。というよりも、お助けヤチヨがいて気が付かないわけがない。だが、相手の怒り具合を見るにその正論も通じないだろう。

 やがて、ファイノンが顔を上げて提案した。

 

 

 

「───彼らの挑戦を受けるよ」

 

 

 

 




オリ主くんの輪廻は、きっと世界に必要なことじゃありません。ただ彼が勝手に背負っている荷物です。必要なのか、必要ないのか、そんなの彼にも分かりません。ただ、みんなに悲しんでほしくないから。ただそれだけです。
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