八千代の時と三千万回の輪廻   作:渚 龍騎

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Q.分身ができる八千歳の宇宙人は誰でしょう?

A.ウルトラマン80


第七話

 

 

 

 最近ずっと、不思議な夢を見る。

 

 いや、初めて見るはずの夢なのに、なぜか何回も何回も見たような気がする夢だ。

 

 目を開けると、そこはツクヨミの夜空のような星空が無限に広がっている。それは空だけでなく、自分の周りすべてに遍いている宇宙のような──いや、そこは宇宙そのものだった。

 

 ■はいつもここにいる。誰もいないこの広大な宇宙で、■はいつも独りで茫洋と漂っている。走っても、走っても、走っても、景色はまるで変わらない。それどころか、そこから動いているのかも分からない。

 

 なぜこの場所にいるか、それすら不明で、夢の中にしては妙にリアルな感覚だった。

 ゆっくりと歩いていき、世界が暗転する。視界が一変して、そこは宇宙空間のようでありながら、その奥には無数の岩石と光の集合体が渦を巻いて空高く昇っている。神秘的で壮観な景色だった。

 

「…………」

 

 ■はいつもこうしている気がする。初めて来るはずの場所なのに、なぜか()()()と感じた。辺りを見渡して、ただ目的もなく歩く。なにかに引き寄せられるように、光の方へと歩みを進めた。

 

 そしていつも、歩いていると声が聞こえる。それは聞き慣れた人たちの声で、いつも聞いてきた言葉の導線だった。

 見慣れた人たちが■の歩く道に現れ、言葉を投げる。記された道なき光の道を歩きながらそのまま進んでいくと、ふと足を止めた。

 

 ひたすら歩いたのに、まったく進んでいない。

 夢の終わりを辿ろうとして途方に暮れていると、突然だれかに肩を叩かれた。

 

 

 

 

 振り返った先には────〝其〟がいた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 無数の分身となって現れたフレイムスティーラーが、カスライナの首を刎ねようと大剣を振り払う。それらすべてを一息で消し飛ばし、フレイムスティーラー本体を大地に叩き落とした。

 

 左腕を振り上げると、ツクヨミの夜空が真っ赤に染まる。フレイムスティーラーだけでなく、遠くにいた全員が天を見上げ、目を見開く。驚愕がやがて悲鳴となり、怒号と轟音が連鎖した。

 

 空間が震える。大地が震え、仮想空間そのものが唸りを上げる。誰もが見上げた先では、夜を塗り潰しているはずの闇が消え失せている。代わりに広がっていたのは、灼けた鉄のように真っ赤に爛れた空だった。

 

 

「往昔の余燼を以て────」

 

 

 世界を圧し潰す圧倒的質量が眼前に広がる。さらには無数の隕石が大地を打ち抜き、耳を聾する爆発音が轟く。降り注ぐ隕石を背に、その中心には対の両翼を広げた神がそこにいた────。

 

 

「────来世に暁をッ!!」

 

 

 その声を以て、天を覆い尽くさんばかりの超巨大な隕石がフレイムスティーラーに向かって落下する。影が墜ち、辺りを纏めて吹き飛ばそうと世界を圧し潰す。だが、フレイムスティーラーは避けるでもなく、逃げる素振りすらも見せずに隕石へ突っ込んだ。

 

 一瞬の閃光が視界を埋め尽くし、赤黒いポリゴンの集合体が隕石を呑み込む。その瞬間、世界を壊滅させるはずの巨大隕石が一瞬で消滅。カスライナが驚愕していると、隕石の間を縫って現れたフレイムスティーラーがカスライナの胸部に大剣を突き刺した。

 

「くっ──!」

 

 突き刺された大剣を握り締め、フレイムスティーラーの漆黒の襤褸を掴む。この身体に眠る全ての火種を覚醒させ、肉体を発火。全身を焼き尽くす苦痛に歯を食いしばりながら、フレイムスティーラーを絶対に逃さない。

 

「──このままお前もろとも焼き尽くすッ!」

 

 いつから、こんな風に戦うようになったのだろうか。今ではさっぱり思い出すことなどできない。

 ただ、仮想空間では〝死〟が無いからと驕った。

 自分の無力さを呪った。

 自分の無能さを恨んだ。

 こんなにも誰かを恨んだことはなかった。ただただ、誰かを恨まずにはいられなかった。自分の油断が招いたこの結末を、認められるはずがなかった。

 

「絶対に逃がすものか」

 

 この身が焼き尽くされようと。この身が苦痛に苛まれようと。この心が灰と化しても。いま目の前にいるコイツだけは絶対に殺す──その意志だけが、カスライナを突き動かしていた。

 

 灼熱の業火に身を焼かれながら、カスライナはフレイムスティーラーの身体に腕を突き刺す。体内に秘められていた膨大な量の火種がカスライナと反発。絶対に離さず、カスライナはフレイムスティーラーの体内から『壊滅』を流し込んだ。

 

 瞬間、すべての記憶が流れ込む。焼き付くような記憶の奔流が、濁流となってカスライナの襲い来る。

 

 ────大丈夫、私はカスライナを信じてる。

 

 未来を信じて、ヤチヨは笑う。

 

 ────だから、カスライナも笑って?

 

 申し訳なさで俯くカスライナの頬に手を添えた。

 

 

 

 ────さようなら、カスライナ。

 

 

 

 無数の火種の反発が二人を弾き飛ばし、カスライナは大地に叩きつけられる。地面を転がり、全身に激痛が走る。苦痛の表情を浮かべながら、立ち上がろうと手に力を込めた。

 

「いま、のは───カハッ」

 

 カスライナは喀血。地面に黄金の血が流れ、蚕食していく。仮想空間内でのカスライナの力の解放は、ツクヨミの処理能力に甚大な被害とバグをもたらす。ツクヨミの崩壊を防ぐために、カスライナは仮想空間にかかるその負荷すべてを引き受けている。故に、アバターであっても現実と同じ反応を引き起こしていた。

 

「──ファイノンさん!」

 

 彩葉が慌てて駆け寄って、カスライナの身体に腕を回す。燃え盛る炎に焼かれ続けていた身体は、触れることができないほどの高熱を宿しており、僅かに触れた彩葉は思わず「熱っ」と手を離してしまう──温度を感じられない仮想空間の中であるのにも関わらず、カスライナの身体は熱を持っていた。だが、それでも迷わずに彼の身体を起こすと、彼は頭を抑えて荒く呼吸をしていた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 彩葉に支えられながら、カスライナはゆっくりと立ち上がる。彼の身体はもはや限界が近く、少しずつ塵となって崩れ始めていた。

 ツクヨミにおける普通の消滅ではないと異変に気が付き、彩葉は心配げな眼差しを向ける。すると彼は彩葉を見下ろして、目を伏せた。

 

「すまない、相棒。僕は、ヤチヨを守れなかった……」

 

 訥々と吐き出される言葉には、深い悲しみと後悔が滲み出ていて、彩葉はそれが嘘ではないと一瞬で理解してしまう。その言葉がどんな意味を含むのか、本能では混乱しているが、理性で現実だと受け止める。唇を噛み締め、瞳を強く閉じた。

 

「そう、ですか…………」

 

 悔しさからようやく出た言葉は、あまりにも素っ気ない一言だけ。しかし彩葉の瞳には大粒の雫が溜まり、頬に軌跡を描いては顎から地面に落ちていった。

 ヤチヨの笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。彩葉は涙を拭って、カスライナを支えながら一歩、さらに一歩と前へ進んだ。

 

「すまない、本当に……ごめん……」

 

 何度も謝罪の言葉を口にするカスライナ。彩葉はなにも答えない。なにを言っても、今の彼にはすべて刃となって傷つけてしまうから。ただ、その謝罪を受けて頷くことしかできなかった。

 

「あの黒いのは?」

 

「分からない……」

 

 けど、とカスライナは言葉を続ける。まだ釈然としていない記憶の濁流をなんとか整理しようとするが、混乱は一向に収まらない。漠然と知ることはできたが、まともに理解できていない。なんとか言葉にして、簡略的に伝えようと口を開いた。

 

「あいつの正体は──輪廻を繰り返した無数の()だ」

 

 は、と彩葉の口から漏れる。困惑を隠し切れない彩葉を横目に、カスライナは言葉を続けた。

 

「厳密に言うと、()()()()()()()()の僕だ。何らかのトラブルで、僕に記憶と意識を同期できず、時間の流れ──いや、ツクヨミ内にデータとして取り残されていた。残したのは、多分だけど輪廻を繰り返す前のFUSHIかな」

 

 膝から崩れ落ちる。それを彩葉が受け止め、なんとか一歩を進める。その足取りはあきらかに遅い。

 カスライナは胸に手を当てる。心臓が握り潰されてしまいそうな激痛に耐えながら、平然を装って言葉を続けた。

 

「そこに、僕が輪廻を繰り返した結果──無数の火種と僕のデータ体が蓄積され、理性と人間性を失ったフレイムスティーラーが誕生した」

 

 今までの輪廻では、ウミウシになったかぐやに意識と記憶を同期させるため、過去に戻る度に自分の身体を破棄していた。そうしなければ、ウミウシの身体に入り込むことができなかったからだ。

 息を呑み、唇を噛み締めながらカスライナは目を伏せた。

 

「ごめん。これは全部、僕が招いたことだ」

 

 カスライナは自信が引き起こした過ちに悔やみながら、まったく摩擦のない謝罪を漏らす。すべての発端が自分であること、守ると決めた大切な人を自分の手で消してしまったこと、なにもかもがすべて自分の行動が原因だった。

 

 悔やんでも悔やみきれない。なにからなにまで全部が裏目に出た。大切な人を守ろうと思って行っていた行動のすべてが、大切な人たちを苦しめてしまっている。それを理解した時、カスライナの行動原理は消え去り、精神はもう灰となっていた。

 

「僕が、やってきたことは……全部……全部、無駄だった……」

 

 足が、止まる。力が抜けていき、彩葉も支え切れずに二人でそのまま倒れ伏せてしまう。慌てて起き上がった彩葉は、カスライナに手を差し伸べているが、彼はもう戦う意志を失いかけていた。

 

 抱えていたものがすべて崩れ落ちる。箍が外れたように、今まで抑え込んでいた感情のすべてが溢れ出す。涙を拭っても、拭っても、抑えても、両手の隙間から滲み出しては地面に流れた。

 

「みんなを助けようとして……みんなを守りたくて、ずっと、頑張ったのに……全部、徒労だった……」

 

 小刻みに震える自分の両手を見つめる。それは土と黄金の血で汚れていた。

 カスライナの言葉が震える。吐き出される激情が悲しみに塗れて消える。本能が抑えろと叫ぶ。理性が堪えろと囁く。それでも閉じ込め切れない激情の吹き溜まりによって、堤防が決壊した。

 

 

 ファイノンになったから。

 カスライナになれたから。

 結局、()は英雄でも救世主でもなかった。

 せっかく背中を押してくれる人がいて、大切に想ってくれる人がいて、手を差し伸べてくれる人がいて。その結果がこれだ。

 

 幾度となく死を経験した。

 何度も同じ別れを経験した。

 それでも、そのはずでも、最も大切な人が目の前で消えた。しかも、誰かの所為なんかじゃなく、この自分の手で殺した。

 

 せっかく、前の輪廻で相棒が背中を押してくれたのに。全部を台無しにした。また()はウジウジして、後悔して、恨んで、悩んで────()はどこまで行っても、救世主(ファイノン)には成れない。

 

 

 ────英雄になるなんて、夢のまた夢。

 凡人にはほど遠い道のりだ。成ろうと考えた自分が馬鹿だったのだ。十万を超える輪廻を過ごしても、この心は決して変わらない。この性根はずっと腐ったまま。そもそも自分は英雄なんて器じゃなかった。

 

「ごめん、ごめん……相棒の期待も、全部無駄にした……僕が、みんなを幸せにしたいなんて思わなかったら……こんなことにもならなかった……みんな、こんな辛い思いをすることもなかったのに……っ」

 

 ファイノンなら、泣かなかっただろうか。

 カスライナなら、堪えてしまうのだろうか。

 でも、()はただ救世主の皮を被っただけの凡人で、なにも成し遂げられなかった凡夫。どこまで行っても所詮は、平凡な結果にしか導けず、英雄の辿る叙事詩は描けない。

 

「ファイノンさん」

 

 今までの輪廻はいったいなんだったのだろう。

 なんの為に自分を犠牲にしていたのだろう。

 僕なんかがでしゃばったから。僕が余計なことなんてしなければ、ヤチヨが消えることなんてなかった。みんなにこんな辛い想いをさせることなんてなかった。

 

「ファイノンさん」

 

 なんだよ、なんなんだよ。

 僕は英雄に成りたかったわけじゃない──そんな大層な称号なんていらない。僕はただ、大好きな人たちの笑顔が見たかった。大好きだったから、大好きになっちゃったから、みんなが笑っていてくれるなら、それで良かったから。

 

 

「──ファイノン!!」

 

 

 顔を上げる。瞬間、胸に勢い良く何かが飛び込んだ。その衝撃が全身に巡り、身体が僅かに蹌踉めく。視線を落とした先には、金砂のような長い髪が夜風に流れてなびいていた。

 

「かぐ、や……?」

 

 横には、呆気に取られている様子の彩葉がいる。どうやら、さっきまで名前を呼んでいてくれたのは彼女のようだ。しかし、どこからか現れたかぐやが彩葉の横を駆け抜けて胸に飛び込んで来たらしい。

 

「きみ、ライブは……?」

 

 振り絞った問いかけに対して、かぐやはファイノンを強く抱き締めたまま顔を上げる。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていて、可愛らしさが盛大に汚れていた。

 鼻をすすり、かぐやは「そんなの、後でいい……!」と嗚咽混じりにそう言った。

 

「で、でも、これは君の卒業ライブで……みんなにとっても、大事な──」

 

「──うるさい!!」

 

 ファイノンの言葉が、かぐやの叫びによって無理やり制される。かぐやは少しだけ顔を離し、大洪水の涙が彼女の顔をさらに汚していく。鼻はすすり過ぎて少し赤くなり、それでも鼻水は垂れてきていて、頬に描かれる軌跡は渇きを知らなかった。

 

「今はたった一人の友達の為にいる!!卒業ライブなんて、また今度やればいい!」

 

「また今度って、君はこれから月に……」

 

「──ファイノンが守ってくれるんでしょ!?」

 

「────ッ」

 

 かぐやはファイノンの胸から離れて立ち上がる。滂沱と溢れる涙を拭い、それでも溢れる涙を放って、かぐやは強い眼差しでファイノンを見下ろした。

 

「ファイノンがすっっごく優しいのも知ってる。ファイノンが今までずっっと頑張って来たのも知ってる。だから、かぐやも彩葉も、ファイノンのことをめちゃくちゃ、ちょぉぉぉぉぉぉぉぉ信用してる!」

 

 両手を握り締めて、かぐやは勢いのままに感情を乗せる。真っ直ぐな瞳が、なんの隔たりもなくファイノンを穿つ。いつしかファイノンも、かぐやのその瞳から目を逸らせなくなっていた。

 

「ファイノンは沢山かぐやたちのことを守ってくれてたんだよね?かぐやもヤチヨも、彩葉のことも……」

 

 ゆっくりと瞳を閉じて、かぐやはまた涙を拭う。ファイノンに向けられた表情は、さっきまでの感情の大渦ではなく、穏やかに満ちた笑顔だった。

 

「諦めちゃダメだってこと、ファイノンから教わったんだよ?私の知ってるファイノンは、優しくて、強くて、たまに変なことしてるけど、それでもかっこよくてさ。彩葉と同じぐらいすごいっ!!」

 

 おい、と彩葉が思わずツッコむ。大事な雰囲気が台無しだ。思わず笑いを溢してしまうと、かぐやも僅かに口角を上げてからファイノンの頬に手を添えた。

 

「あのね、ヤチヨから沢山聞いたんだ。ファイノンに──ううん、カスライナにしてもらったこと、カスライナから貰ったもの全部」

 

「ヤチヨが……?」

 

「うんっ、独りで辛くてもうイヤだーって時、必ず手を差し伸べてくれたって。たっくさんお別れして、胸が苦しかった時もぎゅーって抱き締めてくれたって。ヤチヨ、誇らしげに語ってたんだ」

 

 かぐやは懐かしむように微笑む。まるで、過去に自分が体験したかのような口振りで、嬉しそうに笑っていた──その笑顔は、まるでヤチヨのようだった。

 

 彼女を守れなかった。

 その事実は決して変わらない。たとえ輪廻を何度繰り返そうと、この罪は消えない。僕の中に渦巻く後悔と憎悪は、いつまでも燃え続けるだろう。

 

「かぐやは、輪廻とかそういう難しいこと全然分かんないけどさ。カスライナがずっと、ずっっっっっっとかぐやたちのこと大切にしてくれてるんだってことは分かってるよ」

 

 かぐやがカスライナの手を取る。壊滅の炎に焼かれた手を、一切の躊躇も見せずに握り締めて真っ直ぐ見つめた。

 夕陽のように染まる瞳がカスライナを映し出し、彼はその中に映る自分を見つめる。涙で汚れた、マヌケな表情が鮮明に映し出されていた。

 ああ、せっかくのイケメンが台無しだ。

 

 

 ────ずっと、独りでいなければならない。

 

 ────ずっと、孤独で背負わなければならない。

 

 ────ずっと、独りでいるつもりだった。

 

 

 だがそれは全部、杞憂だった。

 独りでやらなければならないという使命感は、すべて僕が勝手に思っていたこと。みんな、僕を独りにはさせてくれない。独りで死なせてくれない。独りで絶望させてさえくれない。

 

「だからさ、かぐやたちにも手伝わせてよ」

 

 なんで。なんで、みんな僕を独りにさせてくれないんだ。元々存在していなかった僕なんか、独りで勝手に消えてしまえば良かった。なのに、なんでみんな僕の側にいてくれるんだ。なんでみんな────、

 

 

 ────そんなに優しいんだ……。

 

 

 諦めようとした自分が恥ずかしい。みんなの期待を裏切ろうとした自分が憎い。こんなにも僕の背中を押してくれる人がいるのに、また僕は同じ過ちを犯してしまった。

 ──嗚呼、馬鹿だったなぁ。なんで気が付かなかったんだろう、君たちに。

 

「吹っ切れた?」

 

 カスライナの様子に気が付いたかぐやが首を傾ける。彼は力強く腕で涙を拭い、かぐやを見上げてから「ああ」と笑顔で応えた。

 かぐやは彩葉と目を合わせる。彩葉は目を閉じてから穏やかな笑顔を浮かべ、腰に手を当てる。そして互いに頷いてからかぐやと彩葉の二人は、カスライナに手を差し伸べた。

 

「ありがとう、二人とも」

 

 二人の手を握り締めて、ゆっくりと立ち上がる。その手は温かさ感じられないが、彼女たちのその柔らかさと温もりはそれだけで充分感じることができた。

 

「何度もごめん」

 

「何度だって構いませんよ」

 

「そうだよ!何度でも頼って!」

 

 胸を張るかぐやと、爽やかな笑みで応える彩葉に、カスライナはまた目頭が熱くなるのを感じた。

 カスライナが前を向き、一歩を踏み出した直後──彼の背後にフレイムスティーラーが降り立つ。どんよりとした雰囲気が空気を圧迫し、カスライナは憎悪が湧き上がるのを感じながら振り返った。

 

 だが、それよりも前にかぐやと彩葉がカスライナの前に踏み出る。華奢な体躯に似合わぬ巨大なハンマーを肩に担ぎ、かぐやは自信満々に笑った。隣では、首を振りながらもかぐやの思考を理解した彩葉がブレードを握り締めて立っていた。

 

「お、彩葉わかってるね〜」

 

「当たり前でしょ」

 

 互いに見合わせることなくフレイムスティーラーの前に立ちはだかった二人の背中に、カスライナは思わず呆気に取られた。

 かぐやと彩葉は笑顔で振り返りながら、

 

「ほら、はやく行って。こんな結末、絶対に変えてよ!」

 

「私、ファイノンさんに一緒に()()()って言いましたし。だから、ここは私たちに任せて行ってください」

 

 二人の背中にカスライナは頷く。そうすることでしか、彼女たちの勇気に応えられる気がしなかった。

 カスライナが足を踏み出そうとした時、かぐやに呼び止められた。振り返ると、かぐやと彩葉はカスライナを見つめたまま言った。

 

 

 

「──また明日!」

 

 

 

 カスライナが目を見開く。すぐに「ああっ!」と答えてから飛び出すと同時に、フレイムスティーラーが突っ込む。彩葉がブレードで大剣を受け止め、跳躍したかぐやが勢い良くハンマーを振り下ろした。

 

 寸前で回避したフレイムスティーラーの足下を打ち砕き、大地が膨れ上がってクレーターが生まれる。空中に投げ出されたフレイムスティーラーに目掛けて、彩葉はブレードを振るい、緑色の光輪を弾き出した。

 

「──ありがとう、二人とも。後は任せて」

 

 二人の戦闘を背にして、カスライナは両翼を大きく広げて一気に羽ばたく。月人は未だに出現を続け、ブラックオニキスが足止めをしている。だがもうそれほど時間は残されていない。ここでするべきは、月人がやってくる異空間と『歳月』の権能を利用して永劫回帰を行うことだ。

 

 かぐやのもとへと向かう月人を悉く薙ぎ払いながら突き進んでいると、突然どこからか『お〜い!』と誰かが呼んでいる声が聞こえた。

 首を巡らせ、その正体が小さなウミウシであることに気が付いたカスライナは、必死に何度も跳躍して存在をアピールしているFUSHIを掴まえて方に乗せた。

 

「FUSHI、今までどこにいたんだい?」

 

『そんなことよりもよく聞け』

 

 FUSIの真剣な声色に耳を傾ける。二拍ほどの間が空いてから、FUSHIJは真っ直ぐにカスライナを見つめて口を開く。

 

 

『──ヤチヨは、まだ生きてるぞ』

 

 

 FUSHIの言葉にカスライナは目を見開き、思わず空中で静止する。「それは本当!?」と驚きながらFUSHIを見つめると、ウミウシは目に涙を浮かべて頷いた。

 

『どういうわけなのか、ヤチヨはツクヨミのバックアップの方に保存されてる。これはヤチヨがもしもの時の為に作ったから、本来ならヤチヨ以外に権限はないはずなんだ』

 

「ん?それはどう意味だい?」

 

『ヤチヨという存在が、外部の干渉によって無理やりデータとして保存されたんだ』

 

「外部の干渉って……」

 

 カスライナの言葉を肯定しながら頷いて、FUSHIはフレイムスティーラーへと目を向けた。

 次から次へと謎が増えていく。今にも頭がパンクしそうなほどだ。FUSHIの言葉で、フレイムスティーラーの目的がより分からなくなっていた。

 だが、今は考えるよりも先にやらなければならないことがあった。

 

「ありがとう、FUSHI。ヤチヨが生きていると知れただけで、僕はまだ戦える」

 

 それを告げると、FUSHIが柔らかく微笑んだ。

 FUSHIをゆっくりと安全な場所に下ろして踵を返すと、FUSHIに「ちょっと待て」と呼び止められた。

 

『これを持っていけ』

 

 そう言われて渡されたのは、この輪廻で起こったツクヨミ内での記録だった。

 なんの役に立つのかは分からないが、カスライナはそれを受け取ってから「ありがとう」と伝えてまた飛び上がった。

 

 チートモードを使っていたブラックオニキスが限界を迎え、乃依と雷が撃破される。残った帝が独りで奮闘しているが、それも限界が来ていた。

 巨大な月人が帝に豪腕を振り下ろす寸前で、カスライナがヘリオスで月人を一刀両断。そのままボサツ型の月人が抜けてきた空間にヘリオスを突き刺した。

 

 

 

 永劫回帰が、再開する────。

 

 

 

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