八千代の時と三千万回の輪廻   作:渚 龍騎

8 / 10
タイタンの舌


タイタンたん

っていうどこかで見た動画のネタがずっと頭に残っています。


第八話

 

 

 

 ずっと、不思議な感覚だった。

 

 誰もいないこの世界で、■はなにをしているのだろう。星々が煌めいて、光が渦を巻きながら天へと昇っている。宇宙に天井という概念があるのかは定かではないが、その先にあるものは想像もつかない。

 

「────それでさ────」

 

 振り返った先にいた其に向けて、■は自分が体験したこのウソのような物語をずっと語った。

 其は、振り返ったらすぐに消えてしまう。それでもなぜか聞いてくれているような気がして、■はただそこに座りながら想い出を紡いだ。

 

 三千万回──ずっと其に語り続ける。不思議と苦痛ではなかった。いつも語りかける時は、この場所に懐かしさを感じていたから。ずっと同じことを繰り返しているわけではなく、なんとなく前にも此処に来たことがあるという程度にしか思わなかったからだ。

 

「──で───なこと────■はさ──」

 

 返事は返ってこないが、それでも其がずっと耳を傾けてくれていることは知っていた。なぜそう思ったのかは分からないが、それでも漠然とした感覚がそう思っていた。

 

 直接会話をしているわけではないが、それでも脳裏に其のことが過ぎった。

 これは其が会話をしてくれているのだと思って、■は体験した物語をただ語り続けた。

 

 其は、遠い銀河の果てからやって来た。

 其は、ある銀河では神様のような存在らしい。

 其は、誰かを探しているらしい。

 

 それが誰を指しているのかは分からない。けれど、探している人物は其にとって、■■にとっても大切な存在だと言っていた。

 

 手を貸してあげたいのは山々だが、■が元の世界に戻った時、ここでの会話を一切覚えてない。その上、其もこの世界に来た影響で記憶による力の大半を失ってしまったとのこと。

 

 其が此処に来れたのは、■や■■■■■の輪廻による影響だった。

 力を取り戻すには、■に語り続けてほしいと。この物語を、この■と■の叙事詩を聞かせて欲しいのだと■は漠然とそう感じた。

 だから、■は語る。別に苦痛ではなかったから、世界を救えるならこの程度のことお安い御用だ。

 

 

 

「─────」

 

 

 


 

 

 

 

 >>>永劫回帰#2003432

 

 

 対象カスライナによる演算プロセス逆行の影響により、対象フレイムスティーラーの火種の数が800兆を超える。その結果、知性と人間性に甚大な損傷。存在が不確定となり、仮想空間ツクヨミの処理能力に問題発生。空間が歪み、現実世界へ影響を与える可能性が浮上。永劫回帰を行うたびに対象フレイムスティーラーの力が増大すると推測される。

 

 対象カスライナ──対象フレイムスティーラーに対する1835430回目の攻撃が失敗。

 対象フレイムスティーラー──対象月見ヤチヨ、かぐやを含む計7名のデータ化に成功。仮想空間ツクヨミのバックアップに保存。しかし、■■■■の干渉により、一名のデータ化に失敗。バックアップに保存された7名のデータは、対象カスライナによって奪取された。

 

「──くっ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 黄金の血が、滴り落ちる。切り落とされた左腕が目の前に転がり落ち、カスライナは残った右腕で禍々しく変貌したヘリオスを握り締めた。

 肩に乗るFUSHIが心配げな眼差しを向けており、カスライナは頬を擦り寄せて微笑んだ。

 

「そんな心配しなくて大丈夫だよ。それよりも、みんなのデータはちゃんとあるかい?」

 

『ああ、ちゃんと残ってる……』

 

 けど、とFUSHIはなにか言いたげな表情でカスライナを見つめる。カスライナの身体は、今にも灰となって消えてしまいそうだった。

 

 背中から一息で突き刺された大剣が地面を穿き、カスライナの身体は動かせずにいる。深々と突き刺さった大剣を抜くことができず、カスライナは無理やり立ち上がった。

 

『お前の身体もいつまで保つか分からない……200万回の輪廻を繰り返して、まだ永劫回帰を続けるなんて、正気じゃない……』

 

 FUSHIの心配に、カスライナは笑いを溢す。

 

「心配いらないさ」

 

 黄金の血に塗れていながら、爽やかに笑った。

 

「僕には、みんながいてくれる。彼女たちの歌がある。僕はもう──絶対に迷わない」

 

『ヤチヨもかぐやも、みんなお前を信頼してる』

 

「ああ、分かっているよ」

 

 カスライナは苦悶の表情を浮かべながら、自身の胸に突き立てられた大剣を引き抜く。光り輝く血が溢れ出して、地面に彩りを加える。肩を大きく上下させて、カスライナは目の前の処刑人を見据えた。

 

 

「──例え、終わらない暗闇の中でも、彼女たちの光が、星となって銀河へと導いてくれる」

 

 

 迷いのない瞳が、星に照らされて覚悟が差し込む。カスライナはFUSHIをゆっくりと安全な場所に下ろした。

 

「FUSHI、この輪廻でのデータを貰ってもいいかい?」

 

 優しく問いかけると、FUSHIは頷いてツクヨミでの『記憶』をカスライナに預けた。

 あの輪廻から、カスライナはツクヨミで起こった出来事を全て記録している。それを次の輪廻でFUSHIに預け、フレイムスティーラー打倒の手立てを探し続けていた。

 

「それじゃあ」

 

 カスライナが立ち上がりながらそう告げると、FUSHIは精一杯の笑みを浮かべてから、その言葉を以て英雄を送りだす────、

 

 

『──また明日』

 

 

 カスライナはまた過去へと駆け出す。大切な人たちと、未来へと突き進む為に────。

 

 

 >>>ライフサイクルは順次に終了。

 >>>対象カスライナは演算プロセスを逆行させた。

 

 

 


 

 

 

 >>>永劫回帰#4000001

 

 

 

 永い輪廻を繰り返して、カスライナの精神は擦り切れていた。八千年という年月、四百万回の輪廻。その永遠にも感じる永劫回帰は、どれだけ覚悟を決めた傑物であっても、そう簡単に割り切って過ごせるものではない。

 

 地平線の彼方──浅い水面が灯籠の行方に波紋を広げ、星々を映し出している。そびえ立つ鳥居を見上げ、カスライナはその場で座り込んでいた。

 

『まだ、抗うのか?』

 

 背後からそう問われ、カスライナは懐かしい声を聞いた気がしてゆっくりと振り返る──そこには睥睨する〝俺〟がいた。

 カスライナは水面に波紋を広げながら立ち上がる。俺には()()()()()()。ぼんやりとモヤがかかっていて、その表情を見ることができなかった。

 

「ああ、もちろん」

 

 淡々とそう返して、カスライナは彼を見下ろす。嗚呼、今の僕より小さいんだったっけ──久しぶりに見た自分の姿にそう思った。

 

 ()の顔が見えないのも、400万回の輪廻の果てで自分の姿を完全に忘れてしまったからだろう。元より未練があったわけでも、元の世界での自分の在り方をあまり覚えてないのもあって、別に悲しさはなかった。

 

『なんで、お前はそこまでして輪廻を続けるんだ?』

 

 ()の声は、憐れみに満ちている。まったく理解できないと言わんばかりの感情が込められ、カスライナはそびえ立つ鳥居を見上げた。

 そうか、君はまだ知らないのか──感情が薄れている低い声が、淡白に喉の奥から溢れ出た。

 

「別に、理由なんかない」

 

 カスライナの言葉に、()は驚いた様子で僅かに一歩退く。そんな自分の姿を横目に、なにかを感じると言われればそうでもなかった。

 ()が呆気に取られている姿を一瞥して、カスライナは自分の両手を見下ろした。

 

「彼女たちを守りたい。大切な人を救うのに、理由なんかいらないだろう?」

 

『そんなわけない。お前は、そんな善人じゃない』

 

 ()はそう言い切った。

 確かに、とカスライナは鼻で笑う。確かに昔の自分はそこまで善人じゃなかったような気がする。困っている誰かを目の前で見つけたならともかく、自分の命を投げ捨て、この身を灰にしてでも誰かを救うなんて思ったことない。いればきっと良かっただろう。いなかった()には分からない。

 

『お前は、ファイノンなんかじゃない。所詮は偽善だ。カスライナのような救世主になんて成れやしないんだ』

 

「…………ああ、そうかもしれない。けど、偽善でも、行動にしなければ偽善のままだ」

 

 黙れ、と()は声を震わせる。握り締められた拳が小刻みに慄え、一歩前に踏み出た。

 表情は分からないが、憤慨していることだけは分かる。彼はきっとこう言いたいんだろう──何者にも成れないのに、なんで足掻くんだ。運命なんて、受け入れてしまえば楽になれる。いや、違うな。嫉妬、妬み、自分が成れなかったから、僕が成れると信じているから。いや、それもきっと違うんだろう。

 だって────、

 

「君は、僕を守ろうとしてくれてるんだね」

 

『────ッ!』

 

 爽やかな笑みが、()を射抜く。彼が俯くと、瞳から溢れ出た涙が水面に静かな波紋を広げる。カスライナはゆっくりと手を差し伸べ、彼の頬に指を添えた。

 

「やっぱり、その優しさは何も変わらないよ」

 

『なんで……なんで、()だけで死なせてくれないんだよ……っ!俺は英雄の器なんかじゃないから、勝手に独りで死ねればそれで──!』

 

「──違うよ」

 

 次々と溢れる感情を受け止め、()の言葉を遮った。息を呑み、彼が顔を上げる。その表情は依然として分からないが、それでも涙で盛大に汚したみっともない顔をしてるだろう。

 そんな彼に向けて、言葉を紡ぐ。

 

「君がいるから、今の僕がいる」

 

 大丈夫だよ、とそう奮いを立てて、

 

「何千、何億年が経っても、僕は決して──あの頃に抱いた、君の憧れを忘れてはいないからね」

 

 優しく、柔らかく手を差し伸べる。かつて、彼女たちにそうやってもらったように、笑顔を浮かべて。

 ()はその手と僕の表情を交互に見てから、困惑したように僅かに手を伸ばしてから引っ込める。だから、その手を僕は力強く掴んだ。

 

「だから、僕と一緒に行こう」

 

『でも、どうすればいいかなんて分からない……』

 

「そんなの、決まっているよ」

 

 カスライナは微笑んだ。

 そんなこともう既に決まっている。微笑むカスライナを見上げて、()は首を傾げる。迷う必要もない。今なら、胸を張って言えるから。手を取った彼の腕を引き、立ち上がらせると、カスライナは大きく息を吸って声を高らかにした。

 

 

 

「──僕と一緒に、英雄になろう!」

 

 

 

 カスライナの笑顔に、()は思わず吹き出す。自分がそんなこと言われるとは到底思っていなかったのだろう。その笑いには憐憫も含まれていない純粋な羨望の眼差しが宿っていた。

 

『バカだなあ、君は……』

 

 今まで英雄になろうなんて考えていなかった。

 大切な人たちの笑顔を見たくて、大切な人の幸せだけを願っていたから、英雄になんてなれなくていいと思っていた。そんな僕が、ようやくこのセリフを言えた。

 

「僕は君だからね。何者でもないからこそ、きっと誰かが待ってくれているはずだ」

 

 握った手を強く握り返されて、カスライナは僅かに口角を上げる。それを見た()は『イケメンなのがムカつくな』と恨み言を呟いて、やっと頭を上げた。

 

『それで?天外からの英雄は来ないよ。開拓者は、この世界にいない。それでもまだ希望を捨ててない理由はなんなの?」

 

「天外からの英雄はいないけど、僕にはヤチヨがいる、かぐやがいる、それに──相棒もいる」

 

 あと、と呟いてからカスライナは天を見上げる。その先に煌めく星々を見つめながら、ふと気がついたことを口に出した。

 

「多分だけど、()がこの世界を見ている」

 

 は、と俺の口から漏れた。

 困惑を隠し切れていない俺は腕を組み、こいつはいったいなにを言っているんだとばかりに首を傾げた。

 

星神(アイオーン)が?なんで分かる?』

 

「輪廻を繰り返している中で見えた未来の光景──過去にしか飛んでいないのに、なぜ隕石が地球に堕ちる未来が見えたのか……ずっと、月人のあの空間が原因だと思ってた」

 

『いやいやいや、ちょっと待て。()()()()()が見てたからだとでも言うのか?』

 

「あとは、なんとなく」

 

 そんなのあまりにも根拠として薄すぎる、俺は首を振りながら慌ててカスライナの可能性を否定する。理解はしているが、あれがどうにも脳裏に引っかかって離れない。不思議とあれが誰かが見ている光景にしかおもえなかった。

 カスライナは腑に落ちておらず、言葉を続けた。

 

「それに、相棒のことも引っかかる」

 

『酒寄 彩葉?』

 

「フレイムスティーラーがかぐやたちをデータ化する時、決まって相棒だけデータ化に失敗してるんだ」

 

 たまたまでしょ、と返す俺に向けて、カスライナは首を振りながら「それこそ根拠が薄い」と返した。俺はぐっと声を漏らしたが、カスライナはそのまま言葉を続けた。

 

『そもそも、なんでフレステはみんなをデータ化しようとしてるんだ?ほら、もとは君だろ?』

 

「それを言ったら僕の大本は君だよ」

 

 俺は肩をすぼめる。とにかく、とカスライナは話を戻してから今までのフレイムスティーラーの行動を振り返った。

 まずやつは、必ずといっていいほど最初にヤチヨを狙う。それからかぐや彩葉をデータ化した後にブラックオニキスや彩葉の友人を狙っていた。

 

「やつの目的を突き止めないと」

 

『でも、前にあいつの記憶を覗いたんだろ?それなら掘り返してみればなんとなく分かるんじゃない?』

 

「それも試したさ。結局、分かったのはデータ化の力は月人由来のものってことぐらいかな」

 

 さっぱり分からん、と俺は腕を組んでからお手上げといった様子で肩をすぼめた。

 

『じゃあ、更に話を戻して。なんで酒寄彩葉のデータ化に失敗したことと記憶の星神──浮黎が関係してると思ってるわけ?』

 

「数百万の輪廻で、相棒だけが毎回データ化に失敗してる。その上、ツクヨミではログインのまま。行方だけが分からない」

 

『だから星神(アイオーン)の仕業だって?突拍子もないことを言うんだね』

 

 それで言ったらファイノンに成り代わってる時点で突拍子もないだろう、と元も子もないことをカスライナは言う。それに対して俺は『それもそうだけど……』と言いながら、考え過ぎで頭が痛くなったのか額に手を当てた。

 

「あ、でも、もしフレイムスティーラーがわざと相棒のデータ化だけ失敗してるとしたら?」

 

『それで星神(アイオーン)と謁見させてるって?』

 

 なんでそんなこと、と俺は呟く。結局のところ、フレイムスティーラーの目的が分からない以上どうしようもない。

 カスライナは振り返って、鳥居の先を見据える。このまま憶測だけで物事を語っているだけでは先に進めない。輪廻を始めようとしているカスライナの姿を見て、俺は『もう行くのか?』と問いかけた。

 

「ああ、これからはフレイムスティーラーの目的を探る。やつの体内から記憶を同期すれば、きっと目的が分かると思う」

 

『だけど、輪廻を繰り返せばやつは強くなる。それで負けて輪廻を繰り返して、最悪のループだぞ』

 

 分かってる、とカスライナは応える。今の戦力差は計り知れない。タイマンで真っ向から挑めば、カスライナは必ず負ける。カスライナ一人だけでは絶対に勝てない。ブラックオニキスたちの手を借りても勝てなかった。

 

「希望はある──必ず」

 

『そういう短絡的なところは変わらないね』

 

「もし、輪廻に足を踏み入れたのが彩葉、もしくはヤチヨだったら、もっと賢いやり方を見つけられていたのかもしれないな」

 

 ()は俯いた。

 僅かに希望を失い掛けているカスライナの横顔が、あまりにも切ない。だがそれでもカスライナの瞳には、未だ灯る黎明が宿っていた。

 

「悲しいことに、僕には他の選択肢がないんだ。僕は、新たな輪廻で奇跡が起こることに全てを賭けるしかないんだよ」

 

 カスライナは受け取った今までのツクヨミ内での記憶を手に、強く握り締める。ファイノンに成り代わったのには、必ず星神の力が関わっている。其がなんの為に、なにを思ってファイノンという存在をこの世界に送ったのか。

 

「僕は、数多の輪廻での記憶を捧げて、星神(アイオーン)を呼び寄せる。その為には、もっと多くの記憶が必要だ」

 

『そんなことやったって、本当に其が来てくれるとは限らない。それにこの世界を一瞥しているかも分からないんだぞ?』

 

「そんなの関係ないよ。僕を信じてくれている人たちがいるんだ。その期待に、僕は応えたい」

 

 そうか、と()は溜め息をついてから呆れた笑いを溢す。カスライナの無謀な挑戦を止めようとしたことが馬鹿らしく感じた。

 

『他人任せ、希望的観測、そんなんで英雄に成れるのか?』

 

「やってみなければ分からないこともあるさ」

 

 腰に手を当てて、()は呆れたように首を横に振る。だがそこに嘲笑はない。そして、カスライナの背中を強く叩く。衝撃が駆け巡り、カスライナは自分の胸の内が温かくなるのを感じながら、笑って彼を一瞥。そしてそのまま鳥居を潜り、輪廻を──旅立ちを再開した。

 

 

 


 

 

 

 >>>永劫回帰#23570000

 

 

 ヘリオスがフレイムスティーラーの身体を穿く。2000万を超える輪廻でようやく手にした好機(チャンス)を、カスライナは逃さなかった。

 ヘリオスを引き抜き、すかさずフレイムスティーラーの傷口から自身の腕を差し込む。その瞬間、膨大な情報と衝撃が身体を駆け抜け、カスライナはその場で倒れ込んだ。

 

 記憶が、駆け巡る。数多の奔流が、情報の嵐となってカスライナの脳髄を埋め尽くす。それはやがて濁流となり、フレイムスティーラーが抱いていた寂寥とカスライナに託した一縷の希望が、数え切れないほどの波となって襲い来る。

 

 

『──隕石を止めることはできない』

 

『──僕には、この方法しか思い付かなかった』

 

 

 悲しげな眼差しを向ける先には、八千年を共に過ごした大切な人──ヤチヨがいる。彼女の表情は不安が募っていた。

 

『本当に、その方法しかないの……?』

 

『ああ。全人類──いや、このツクヨミにいる全ての人間の()()()()。そうすることでしか、みんなを救うことはできない』

 

『みんなを、月の人たちみたいにして、永遠にツクヨミに閉じ込めるってこと?』

 

 ファイノンは頷く。その提案を呑み込んで、ヤチヨはファイノンに背を向ける。そこから彼女の表情は見えなかった。僅かに俯いているということだけは、頭の位置からなんとなく推測できた。

 

 ファイノンが一歩だけ前に歩を進めた。

 

『月人からかぐやを救えば、君は消える。だから、今の君をデータ化して、次の輪廻に連れて行く』

 

 それは、無数の輪廻を繰り返したカスライナでさえも、驚愕する解決方法だった。

 ファイノンは胸に手を当て、無念を噛み締めながら言葉を続けた。

 

『そして、その輪廻でかぐやを救う。そこでのヤチヨは消えてしまうが、僕が連れて来たヤチヨがいる。そうすれば、君だって、世界だって救え──』

 

『──違うよ』

 

 羽根のように簡単に吹き飛ばされてしまいそうな小さな声が、ファイノンの言葉を遮る。振り返ったヤチヨの目尻には、大粒の雫が溜まっていて、その瞳がきらりと潤んだ。

 その涙に──ファイノンは怯んだ。

 

『そんなの、ハッピーエンドなんかじゃない』

 

 ばっさりと、ファイノンの提案が切り捨てられる。ヤチヨは眉をしかめ、涙をなんとか堪えながらも真っ直ぐにファイノンを見つめた。

 彼女の悲観と悲愴に満ちた表情が、ファイノンの心に突き刺さる。彼は唇を噛み締めながら、負け時と一歩前に踏み出た。だが、それをヤチヨが制した。

 

『──おかしいよ。そうなるんだったら、私が八千年を過ごせばいい。そうすれば、世界は終わらない。みんなも自由に生きていける。ツクヨミに閉じ込めるなんて、私が望んだ自由じゃない……!』

 

 視界を遮ろうと躍起になる涙を堪え、ヤチヨは噛み締めるように吐露する。ツクヨミは、数多の別れと絶望を経験したかぐやが、誰もそんな経験をしない為に作り出した世界。誰も傷つかず、誰も孤独にならない、いつでも返事をもらえる温かい場所──それこそがツクヨミだ。

 

『カスライナがやろうとしてることは、自分の都合でみんなを勝手に檻の中に閉じ込めようとしてるのと一緒だよ』

 

『でも、これ以外に方法なんてない……!どれだけ輪廻を繰り返しても、それ以外の方法なんて見つけられなかった!僕は英雄なんかじゃなかったんだ!』

 

 怒号が、悲痛な叫びが、二人の間で交錯する。人々の自由と引き換えに苦痛から解放される、たとえそれか最善の手であろうと、ヤチヨにとっては望んでいない、許せない結末だ。

 

『カスライナは、そんなこと言わなかったじゃん……』

 

 八千年を共に過ごした二人の間には、いつしか途方もない時間が広がっていた。

 隣にいたはずの彼は、もう既にいない。

 

 

 ──それは、僕が()()()()()()()()だった。

 

 

 それから、ヤチヨとファイノンは決別した。

 八千年の積み重ねで築き上げて来た絆は、完全に崩れ去り、ヤチヨはファイノンの人類の思念体化を阻止する為に対峙。ファイノンはヤチヨを守るためにヤチヨと戦った。

 

 

 その結果、ファイノンが勝利した。

 仰向けに倒れるヤチヨの首筋に大剣の切っ先をあてがい、勢い良く振り上げる。その瞬間、ヤチヨの身体が光に包まれた。

 目の前の光景に呆気に取られていると、土に塗れた顔で僅かに口角を上げたヤチヨは、声を震わせながら訥々と────、

 

 

『──大好きだったよ、カスライナ』

 

 

 そう言い残して、ヤチヨの目尻から涙が流れ落ち、次の瞬間に身体が消滅する。それは単に、アバターが消えた時のそれとは違った。

 存在の消失。月見ヤチヨの人格データの完全な破壊。そうすることで、ファイノンの計画を狂わせようとしていた。

 

 それに気が付いた時、ファイノンは唇を震わせた。心臓が締め付けられ、手に持っていたヘリオスが音を立てて落ちる。その音すらも、ファイノンの耳に届くことはなく、激しく脈打つ鼓動と慟哭だけが、虚しく響いていた。

 

 ────嗚呼。これは、あまりにも。

 

 目を背けたくなるほどの絶望が、狭窄する。目を背けようにも、滂沱として流れ込む記憶に抗うことはできず、カスライナは正面からそれを受け止めた。

 

 その後、ファイノンは新たな輪廻を再開した。

 だが、過去に戻る過程で自身の胸にヘリオスを突き刺し、自身の三千万の記憶の殆どを転送する。絶望のその果てで残ったのが、理性と人間性の消えたフレイムスティーラーであり、記憶を読み取れなかったのも、記憶そのものが()()()()()()()()

 だがそれでも、フレイムスティーラーはその身に焼き付いている目的を果たそうと行動していた。

 

 新しく生まれるファイノンに全てを託して、同じ結末を辿らないように自身を()として対峙させる。更には、輪廻の開始地点をかぐやの初ログイン時に固定して、必ずかぐやと彩葉の二人に接触させる。

 

 その執念には、もはや感嘆する。数多の輪廻にある最初にして最後の、たった一度だけの彼女との八千年。その中で築き、重ね、思い描いた期待は、灰となって風に吹かれていく。それはあまりにも──あまりにも、悲しい結末だった。

 

 

『──ガッカリしたか?』

 

 

 ()が、背後から問いかける。もう一人の自分の最後は、孤独と寂寥に苛まれていた。後悔と絶望だけが渦巻いていた、もう一人の自分の結末。もし、今の自分がそうなっていたと思うと恐ろしい。

 

 カスライナはヤチヨから貰ったキーホルダーを手にして、優しく見つめる。そしてそれを優しく握り締めてから、「いや」と首を横に振って否定。空を見上げながら答えた。

 

「彼は、最後に僕に託した──それは、まだ彼がハッピーエンドを諦めていないってことだ」

 

 また一つ、荷物が増えた。

 背負わなければならない大事な想いだ。

 誰かの英雄に成りたい──英雄なんてどうでもいいと思っていた僕がそう思い始めたのは、いつの輪廻からだっただろうか。けれど、そう思わせてくれたのは、間違いなく彼女たちだ。

 

 幾度となく経験した孤独と寂寥を、ただ彼女に会いたいという願いで乗り越え、作り笑いでその全てを隠すことを覚えた月見ヤチヨ。

 

 退屈から抜け出し、自らの結末(みち)を切り開こうと、自由を求めて一直線に駆け抜けていったかぐや。

 

 

 そして────、

 

 

 借り物の物語を歩みながらも、たった一人で努力し、たった一人で突き進み、最後には運命すらも変えたこの世界の救世主──酒寄 彩葉。

 

 もちろん、前の僕にも彼女たちはいた。

 だがそれでも、僕には彼女たちがいる。何度もぶつかり合って、それでも僕を信じてくれて、僕の背中を押し続けてくれる。僕の手を引いてくれる。だからこそ、僕はまだ前を向いて戦える。僕は────もう独りじゃない。

 

「この程度の絶望じゃ、僕の心を砕くには至らないかな」

 

 僅かに微笑んで見せると、俺は呆れたように溜め息をつきながら『イケメンじゃなかったら殴ってる』と言って背を向けた。

 カスライナはゆっくりと立ち上がり、胸に手を当てる。この胸中には沢山の想いが眠っている。何度も悩んで、何度も挫けて、何度も挫折して、それでもまだ〝カスライナならできる〟と背を押してくれる人たちがいた。

 

「さあ、行こうか」

 

『ああ、行ってらっしゃい』

 

 世界中の心拍が戻り、カスライナの意識もツクヨミに帰還。同時に動き出したフレイムスティーラーと激しい攻防を繰り広げながらも、味方の援護を受けて奮闘する。だがフレイムスティーラーとの力量差は計り知れず、今回の輪廻でも勝つことはできなかった。

 

 輪廻を繰り返せばいい──そんな思考は端からない。無数の輪廻を、一度たりとて無駄にしたことはない。

 運命に抗い、何度も挑み、いずれくる烈日の為に全力を尽くしている。それでも、立ちはだかる壁は高く、何度もぶち当たった。

 

 まだ足りない。運命を壊す為には、まだ炎を燃え上がらせなければならない。

 道は見えた──フレイムスティーラーを倒し、彼の中にある全ての火種をこの身体に宿せば、本物のカスライナと同等かそれ以上の力を得られるはず。そうすれば、隕石の破壊も可能になる。其に頼らないやり方は、恐らくこれだけだ。

 

 

 

 みんなで明日を見るために────僕はまだ、戦い続ける。

 

 

 




実は

カスライナ「彩葉たちのイチャイチャを見たいだろ?」

俺「EX-Yotogibanashiやめろ」

みたいなやり取り入れたかったんですけど、ちょっとあまりにも無理でしたね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。