八千代の時と三千万回の輪廻   作:渚 龍騎

9 / 9
遅れてすいません。
ネタ切れかまして悩んでました。
一回投稿したんですけど、変な終わり方だったので一度消しました。すいません。それと、一旦区切りがついたため次回から物語を更に進めていくつもりです。


第九話

 

 

 ────また、ダメだった。

 

 

 大剣が腹部を穿き、喀血した。

 

 

 ────また、ダメだった。

 

 

 目の前で、■■の首が飛んだ。

 

 

 ────この輪廻もダメだった。

 

 

 みんな、いなくなってしまった。

 必死に足掻いて、必死に食いしばって、必死に喰らいついて、その全てが無駄で終わった。

 

 切り裂かれ、切り刻まれ、切り落とされる。切られて、斬られて、()られて、切断()られて、斬られて、斬られて、斬られて、斬られて、斬られて、斬られて、斬られ続け────、

 

 腕が飛び、足が飛び、倒れ伏せる。

 何度も、苦痛を味わった。

 何度も、苦渋を噛み締めた。

 大切な人たちが目の前で散っていき、この胸の憎悪と後悔を滾らせて、その度に精神を削って擦り減らした。

 

『はいっ!ほら!カスライナも歌って〜!』

 

 いつだって、君は手を引いてくれる。笑って、満面の笑顔を僕に見せてくれた。

 

『かぐやね、彩葉の作ってくれた歌ぜ〜んぶ好き!』

 

 君の歌は、とても綺麗だった。

 温かくて、感動を与えてくれる素敵な歌声だ。

 前から歌は好きだったけど、実際にこの耳で聞くとここまで胸が温かくなるんだって、思わず泣いてしまった。

 

 この銀河を独り揺蕩う僕に、道を示してくれる。飛び立てなかった僕に、君が翼をくれたんだ。

 

 

「この一瞬を、最高の…………」

 

 

 何度も聞かせてくれた、彼女の大切な歌。八千年間、いつも聞かせてくれたこの歌で、僕たちはこの永い時を過ごすことができた。

 そしてそれは、今も僕の胸の中で忘れることなく強く刻み込まれている。僕に、立ち上がるための力を与えてくれるんだ。

 

 負けて、死んで、殺されて。輪廻が始まって何度も絶望する。八千年を三千万回以上も繰り返して、精神が焼き切れそうになっても、この歌で必死には繋ぎ止められた。

 

『カスライナっ!ほら、ここをもっと、もぉ〜〜〜っと大きくして、かぐやがツクヨミを創る!』

 

 両手を大きく広げて、ようやく辿り着いた光景に目を輝かせるかぐや。彼女を見て、僕は胸の奥で込み上げるものがあった。

 

『カスライナ、ありがとっ。ここまで来れたのは、カスライナがいてくれたおかげ』

 

 あの笑顔が、あの声が、あの瞳が、全部が好きだ。

 いつも僕を困らせて、いつも僕を笑って、いつも僕の背中を支えてくれる。僕は、本当に彼女のことが好きなんだな。

 

『あっ!ちょっとかぐや!ってファイノンさんまでかぐやの味方をするの!?』

 

 そして、いつも僕の背中を押してくれる相棒。

 

『ああもうっ!ほら、はやく手貸してください!』

 

 強くて、かっこよくて、僕なんかよりもずっと凄い彩葉。なんだかんだ言って、いつも手を貸してくれて、かぐやが相棒のことを好きになる理由がよく分かった。

 

『ファイノンさんがいた場所で一番美味しかった食べ物とかありますか?』

 

『ファイノンさん、肌すごい綺麗ですよね。何かやってることとかあるんですか?』

 

 彩葉の大切な心優しい友達。消えてしまいそうだった彼女を引き止めてくれた、真実と芦花。彼女たちにも沢山お世話になった。

 

『おいファイノン!俺と勝負しようぜ!』

 

『次は、俺も頼む』

 

『え〜、俺はやんな〜い』

 

 いつも頼りになるブラックオニキスのメンバー。誰よりもはやく先陣を切って戦う帝に、気怠げでもやる時はやる乃依、寡黙だが誰よりも熱い雷。

 この三人は助けられてばかりだった。

 ブラックオニキスほど背中を預けられる存在はいないだろう。彼らには、頭が上がらない。

 

 そして────、

 

『カスライナカスライナ!彩葉がねっ、彩葉が──ツクヨミに来てくれたのっ!!』

 

『やっと、やっと会えたんだよっ!!』

 

『次はなにを歌おっかな〜?カスライナのリクエストはある?』

 

『カスライナも一緒にライブやっちゃう?あははっ、冗談だよ!でも、いつか一緒に歌おうねっ!』

 

 嗚呼、本当に────本当に楽しかったな。

 ヤチヨ。君は知らないかもしれないけど、僕は君に救われたんだ。何もなかった、この命に然程価値はないと思っていた僕に、たった一つの光を与えてくれたんだ。

 

 

『おかえり』

 

 

 ()からの挨拶を受けて、カスライナは目を覚ます。水面に波紋を広げ、ぴちゃっと水音を響かせながらゆっくりと上体を起こした。

 輪廻を繰り返して、まず始めにするのは両手で顔を覆い「また、失敗した……」と、その輪廻で起きた出来事を全て思い出すことだった。

 

 大きく溜め息をついてから、顔を上げて()に「ああ、ただいま」と返す。彼の表情は未だにモヤがかかっている所為で表現が分からないが、声色は分かりやすい。今の『おかえり』も、カスライナがまだ生きていることへの安堵が大きかった。

 

『進捗はどうだ?』

 

「気が付いたことが一つだけあったよ」

 

 ん、と短く反応する俺は、カスライナに手を差し伸べる。それを受け取って立ち上がるカスライナの姿を見て、俺は腰に手を当てながら『それで?気が付いたことって?』と首を傾げた。

 

「──もしかしたら、相棒は輪廻の記憶があるかも」

 

星神(アイオーン)が見てるとか突拍子もないこと言ったと思えば、今度はなんだ?』

 

 呆れたような様子で肩をすぼめる俺を一瞥。カスライナは無数の輪廻の記憶を遡り、酒寄彩葉との会話を全て蘇らせる。いつかの輪廻から、ずっと頭の隅に引っかかっていた。

 

「16万8000回目の輪廻で、相棒は僕に一緒に運命を背負うと、言ってくれたんだ」

 

『ああ、そうだな』

 

 あの時の言葉に、どれだけ救われただろうか。

 ただの仮初の言葉なんかじゃなく、彩葉の瞳に宿る、あの真剣な眼差しがカスライナの灰となった心に灯火を灯してくれた。

 何度も見たあの輝きが、真っ暗に染まった世界を新しく照らしてくれたんだ。

 

 どれだけ心が救われたのか、それを理解しているのはカスライナだけではない。()自身もその意味を強く理解している。俺は『それで?』と腰に手を当てた。

 

 

 

「それからの輪廻で、相棒は僕に何度もこう言ったんだ」

 

 

 

 ──『私、ファイノンさんに一緒に背負うって言いましたし』

 

 

 

 カスライナの言葉を聞いて、俺はそれを呑み込む。一秒ほどの間が空いてから首を傾げた──『で?』と一文字だけを添えて。

 

「おかしいと思わないかい?」

 

 カスライナが何を伝えたいのかまるで分かっていない俺は、腕を組んでから少し考えると『まったく思わないけど』と口にする。この言葉だけを聞けば、なにもおかしい点はない。だがおかしいのは────、

 

「相棒は、16万8000回目の輪廻の後から、一度も僕に『一緒に背負う』なんて言っていないんだ」

 

 は、と俺から声が漏れる。カスライナの言葉で追い打ちをかけたおかげで、俺はさらに困惑していた。

 そんな彼を横目に、カスライナは「なんて言ったらいいかな……」と続け、

 

「〝背負う〟って言ってないのに──〝一緒に背負うって言いましたし〟って言っていたんだよ」

 

 初めてフレイムスティーラーが現れた輪廻で、ヤチヨをデータ化された上にフレイムスティーラーの正体が自分だと知り、敢然に絶望的していた時──彩葉は『一緒に背負う』と言った体で話をしていた。

 

『まったく意味分からん』

 

「きっとまだ無意識なんだと思う。複数の輪廻での記憶が交ざり合っている所為で、相棒は言ってないのに言ったと勘違いしているんだろうね」

 

 カスライナの説明で『うーん』と腕を組みながら唸る俺。記憶の星神(浮黎)が関わっているのか、それともこの世界にも壊滅の星神(ナヌーク)が来ているのか。

 

『でもなんで酒寄彩葉に?』

 

「主人公だからだよ」

 

『え?そんなありきたりな──』

 

「主人公だからだよ」

 

『…………そうなのか……三月なのか……』

 

「え?」

 

『なんでもない』

 

「君にギャグのセンスは無いよ」

 

 聞こえてんのかよ、と俺は恨み言を吐いた。

 カスライナの予想では記憶の星神がこの世界に来ている。未来の果てで生まれる浮黎ならば、未来での出来事も知っているはず。その影響で、未来で堕ちる隕石の光景が見えたのだろう。

 

「あとは、フレイムスティーラーを倒す方法を見つけないと」

 

『全人類の思念体化──とんでもないことを考えたもんだ。確かにツクヨミなら、隕石の影響は受けない』

 

 ツクヨミにいる人類を思念体化させ、人々を現実から隔絶し、永遠にツクヨミに閉じ込める。そうすれば、隕石によって世界が滅んでもツクヨミであれば、誰も傷つかず、誰も死ぬことはない。永遠の楽園を築き、フレイムスティーラーは現実と仮想の狭間で、ツクヨミを永遠に維持する。

 

『やってることはサンデーとなんら変わりないな』

 

「大切な人を危険から遠ざけて守りたい気持ちは、よく分かる」

 

 溢れんばかりのものを抱えていた両手を見つめて、カスライナは呟く。抱えるばかりで拾うこともできず、そのまま落ち続ける両手は、大切な人すらも守れない。

 

『ああ。君もフレステも、始まりはいつも月見ヤチヨを守りたい、救いたいという願いからだった』

 

 フレイムスティーラーは無数の輪廻で絶望し、希望を失った。その結果として辿り着いたのが、人類の思念体化だった。フレイムスティーラーも苦渋の決断だったのだろう。大切な人たちの自由を奪う選択がどれだけ辛いものだったのかは、カスライナにすら計り知れない。

 

「僕は、ヤチヨの笑顔が見たい。かぐやの笑顔が見たい。そして相棒に、またあの笑顔を浮かべてほしい」

 

 ──彩葉が危なくなったら、かぐやが助ける!

 

 ──かぐやがミスっても、私は置いてくー。

 

 ──なんで!?

 

 二人のあの笑顔が、あの笑い声が、脳裏に張り付いて離れない。あの笑顔を守りたくて、僕はまだ輪廻を繰り返している。ヤチヨとの思い出も、何億年が経とうと決して忘れることはない。

 

 ──カスライナ、笑って!

 

 ──いつか、カスライナの手を握りたいな。

 

 ──カスライナがいてくれるから。

 

 さて、とカスライナは振り返る。足下で流れゆく灯籠の一つを持ち上げた。そこにはカスライナが過ごして来た輪廻の一つ一つが宿っている。この一つ一つの記憶を媒介にして、其を誘き寄せることができれば良い。それが不可能だったとしても、メモキーパーが寄って来れば、そいつらを利用するだけだ。

 

『彼女たちのこと、そんなに好きになったのか?』

 

 ああ、とカスライナは淀みのない声色で即答する。その眼差しは純粋で、表情にも一切の曇りがなかった。それだけ彼女たちに心を奪われ、自分の捻れ曲がった性格も矯めるほどの影響があった。

 

「ヤチヨからは、想い続ける事を教わった──彼女は、八千年の中で作り笑いで隠す術を覚えた。それでも、その心の中に秘めた想いは決して忘れなかった」

 

 カスライナは僅かに俯く。あの日、あの輪廻で、フレイムスティーラーがヤチヨを穿いた時の感情は忘れられない。怒りと悲しみが渦巻き、初めて大切な人を失う経験をした。あんなことは二度と起こさせない。

 

「ヤチヨは、ずっとハッピーエンドを求めている。初めての輪廻で、彼女は僕に一緒にハッピーエンドを見ようと言ってくれたんだ」

 

 だから僕はここにいる、そう呟くカスライナの瞳は蒼く澄んでいた。

 俺は笑いを溢した。

 あれだけ捻くれていた自分が、ここまで純粋で高貴な存在になっていることに驚きを隠せない。人は変われる、まさかそれが自分に起こるとは思いもせず、吹き出してしまった。

 

『でも、もう既に色々と試したんだろ?』

 

「そうだね。元々、フレイムスティーラーが現れるより前に、輪廻の開始地点をかぐやの初ログインよりも前にして、隕石や輪廻の対策を練ったりしてたからね。今回も試行錯誤したけど、結局全部失敗さ」

 

 そうか、と俺は声色を落とす。輪廻を繰り返す度に強くなるフレイムスティーラーを倒すのは至難の業だ。

 本物のファイノンでさえも、その身に宿した火種の数は四億。だがフレイムスティーラーには、偽物の火種とはいえ桁違いの量の火種が詰め込まれている。そのため、カスライナでは太刀打ちできなかった。

 

「それでも、まだ策はある。諦める理由なんてないさ」

 

 真っ直ぐ告げたその言葉が、カスライナの覚悟を示している。今の彼には、なにを言っても通じないだろう。それを理解しているからこそ、俺は彼の背中を強く叩いた。

 

『ほら、行ってこいよ──救世主』

 

「うん、行ってくるよ」

 

 差し出された拳に拳を当てて、カスライナは鳥居を潜る。視界が真っ白に染まり、意識はまた新たな輪廻へと飛ばされていった。

 

 

 

 >>>永劫回帰#33550335

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

「あ、そうだ。かぐや初ログインだから迎えに行った方がいいか……」

 

 

 彩葉はそう呟いてから歩を止め、踵を返す。雑踏の喧騒が漂うツクヨミの街並みを抜けていき、橋を渡って離にあるツクヨミの入り口──大きな鳥居の側までやってきた。

 

 漆黒の夜闇に佇む鳥居を見上げ、彩葉はかぐやがどんな格好で来るのか想像する。そこでふと隣に目を向けた時──()()()()姿()の青年がそこに立っていた。

 

 西洋の騎士をモチーフにしたような風貌。月見ヤチヨに似た白銀の髪に、爽やかで端正な顔つきの奥にある蒼色の双眸は強く、揺るぎない覚悟を宿している。その真っ直ぐな瞳が彩葉へと向けられ、思わず一歩後退り、息を呑んだ。

 

「あ」

 

 彼は彩葉を見つめるなり、柔らかく微笑む。そしてゆっくりと瞳を閉じると、大きく息を吐いてから歩き始めた。

 呆然とする彩葉の横を抜け、姿を顔で追う。遠くなっていく背中に思わず手を伸ばし、彩葉はなんとか音にした声を吐き出した。

 

 

「ファイノン、さん……?」

 

 

 その名前が、ふと頭に過ぎった。

 会ったこともないのに、なぜ名前が分かったのだろうか。なぜそれが彼の名前だと思ったのか。

 彩葉に名前を呼ばれ、青年の歩みが止まる。そしてゆっくりと振り返った。澄み渡る海のような瞳が大きく見開いて、彩葉を映し出した。

 

「相棒……?」

 

 彼の口から溢れでた不思議な呼び方。初めて呼ばれたはずなのに、どこかしっくりとくる──何度も呼ばれたことがあるような、馴染みのある呼び方だった。

 

「あ、あれ……なんで私……」

 

 頭を抑えた──知らないはずの記憶が呼び起こされるような感覚がある。だが、それの正体が分からない。蘇りつつあるどこかの記憶がフラッシュバックして、彩葉は困惑する。意味が分からなかった。

 

「どういう、こと……?」

 

 滂沱と流れる記憶の濁流に意識が塗り潰され、彩葉の足取りが蹌踉めく。倒れそうになる彼女の肩に腕を回し、青年は心配げな表情で見下ろした。

 

「大丈夫かい?」

 

「えっ、あ、はい……すいません、急に……」

 

 彩葉はそう言いながら、今も脳を襲う頭痛に似たなにかに息を整えて態勢を直す。だが、身体は怠く重い。見覚えのある青年の顔を見た途端に吹き溢れた名前と、知らないはずの記憶の渦──いや、知らないはずなのに知っているという矛盾。

 

 何度も、彼とは出会ったことがある。

 

 何度も、何度も、何度も、何度も────彼とは出会い、笑い、共に戦ってきた。

 戦って、背中を押して押されて、挫けそうになっても常に彼が隣に居て、絶望している彼を見た時はこっちも胸が締め付けられるように苦しくて。

 

 顔が青ざめ、額から汗が滲む。胃が捻れるような痛みが吐き気を催し、彩葉は思わず口を抑えた。

 

「…………」

 

 頭を抑えている彩葉を見つめながら、青年は何も言わない。それからゆっくりと立ち上がり、困惑で処理できていない彩葉の肩に手を置いた。

 

「大丈夫、ゆっくり深呼吸して」

 

 優しい声音で囁かれ、導かれるように彩葉は大きく深呼吸する。やがて竜巻のように荒れ狂っていた記憶の渦は鳴りを潜め、整理がつかない状態ではあるものの落ち着きを取り戻していった。

 

「すいません、なんで急に……」

 

 困惑して戸惑っている彩葉。青年は心配げな眼差しを向けて、彼女がゆらりと立ち上がる様子を見守る。彼女は溢れる記憶の波に混乱していた。

 青年は驚きの色を瞳に滲ませながら、

 

「記憶が、あるのかい?」

 

 そう問いかけた。

 だが、彩葉は頭を抑えて訥々と答える。

 

「え、記憶……?すいません、私も、よく分からなくて……」

 

 滂沱として流れる記憶を、彩葉はまだ自分の記憶だと理解できていない。

 彼女の不可解な言動と様子を見ていた青年も、彼女の身になにが起こっているのかまるで分からなかった。

 

「取り敢えず、もうかぐやが来るんだろう?」

 

 「なんでそれを……」と困惑しながら顔を上げる彩葉。それと同時に、鳥居の内側に波紋が広がって輝き始め、その中から金砂のような髪の少女が叫びながら飛び出して来た。

 

「わぁぁぁあ!?」

 

 ツクヨミ恒例『一歩目は転びがち』を達成する直前で、青年は頭から落下するかぐやを受け止めた。

 寸前で受け止められたかぐやが困惑して首を巡らせると、視点が持ち上がって逆さまになっていた天地がひっくり返った。

 ゆっくりと下ろされて、かぐやは困惑しながらも抱き留めた青年に「あ、ありがとう……」と告げ、彼は微笑んだ。

 

「金髪の、ギャルいかぐや姫……」

 

 派手な装いに、夜闇でも目立つ金色の髪のかぐやの姿を見た彩葉が苦笑する。青年の横から現れた狐耳の少女を見て指差した。

 

「もしや、彩葉!?」

 

 そう言って彩葉の姿に驚き、すぐに隣にいた青年へと視線を向けると、彩葉の服の裾を引っ張った。

 

「えっと、この人はだれ?」

 

 私も知らない、と彩葉は答えた。

 青年はまるで懐かしむように微笑んでから瞳を閉じる。そして二人を見つめながら胸に手を当て、柔らかい声音で答えた。

 

 

 

「──僕はファイノン。未来から来たんだ」

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 最後に全てを話すよりも、隠すことなく話して対策を練る方が手っ取り早い。本来の道筋とは違う形にこそなってしまうが、それでも知っていることの方がメリットになる。かといって、出会ってすぐに全てを話すのは愚策だ。

 

 そこで僕が話したのは、隕石衝突を防ぐ為に僕が未来から来たこととフレイムスティーラーが現れることだけだ。

 ヤチヨがかぐやであることや、輪廻のことは伏せた。余計な情報は彼女たちに混乱をもたらすからだ。

 端的に話した結果────、

 

 

 

「いやいやいや、意味分かんないし」

 

「マジでなに言ってんの?」

 

 

 

 二人は混乱していた──というより、こいつ頭おかしいのかと言わんばかりの冷ややかな眼差しでファイノンを見ていた。

 だがそれも、ファイノンにとっては無数の輪廻で何百万回と同じ反応をされたのだからもう慣れてしまった。胸が痛いのを我慢すればどうとでもなる。

 

「ま、まあ、そういう反応にもなるよね」

 

「え、彩葉?ツクヨミにも変な宗教の勧誘とかあるの?」

 

 あるわけないでしょ、と彩葉は一蹴する。ライバーのファンにならないかという勧誘こそあるが、未来から来たやら隕石落下を防ぐやら、突拍子もないことを言って勧誘するなどと聞いたことがない。

 

「えっと、ファイノンさんのライバーの設定とかですか?ヤチヨが八千歳っていう設定みたいな、そういう感じの……」

 

「違うよ」

 

「いやでも、それ以外に考えられな──」

 

「うん、違うよ」

 

 すかさず繰り出されるファイノンの否定に、彩葉は黙り込む。彼女の腕を掴んでいたかぐやが横から顔を出した。

 

「でも、かぐやと彩葉のこと知ってたよね?それなら、未来から来たって言うのも割と本当なんじゃない?」

 

 さすがはかぐやだ。たった数日で成人して、言葉を完全習得しただけある。理解力が桁違いだ。

 一方で彩葉は未だに信じられないという表情を浮かべており、かぐやに「なんでかぐやはそんなすんなり受け入れられてんの」とボヤいていた。

 

「普通に有り得ないでしょ」

 

「でも、未来人がいてもおかしくないよ」

 

「はあ?」

 

 未だに信じられない彩葉にかぐやは胸を張った。

 

「──かぐやだって宇宙人だし」

 

 ぐ、と彩葉の表情が歪んだ。

 確かにその通りだ。

 超常的で突拍子もない存在なら、七色に光るゲーミング電柱から生まれて来たかぐやだって普通の存在ではない。なんなら未来人よりも明らかに意味不明な出生だ。

 

「そういえばそうだった。一番身近に普通じゃないのがいたわ」

 

 頭を抑えた彩葉が、諦めてようやく真実を受け入れようとする。だがそれも、そう簡単な話ではない。

 このまま放っておけば、世界は隕石の衝突によって滅亡してしまう。世界の命運がかけられているのだから、悩むのも仕方がない、

 

「えっと、ちょっと待って。色々あり過ぎて頭が痛くなってきた……ただでさえかぐやのことで頭いっぱいなのに……」

 

 少し離れた位置で頭を抱えて蹲る彩葉の姿を見つめ、ファイノンは申し訳なさそうに目を伏せる。数多の輪廻で、多忙を極める彩葉の心身を楽にする為に行っていたのは、バイトでの負担を軽くすることだった。

 

「うーん、なんかよく分かんないけど、その、えっと、()()()()()()()()()だっけ?

 

「フレイムスティーラーだよ、かぐや」

 

「ああそうだった。そいつを倒せば、後はファイノンがなんとかしてくれるんでしょ?」

 

「確証があるわけじゃないけど、彼の中にある火種──つまりは力だね。それを僕が受け継ぐことができれば、あとはなんとかするよ」

 

 腕を組んで真剣に考えるかぐやに答えると、彩葉が突然「あぁー!」と声を上げてズカズカとファイノンの前まで詰め寄った。

 

「もし嘘だったら本気で許しませんからね!」

 

 彩葉の勢いに気圧されながらも、ファイノンは微笑んでから胸に手を当てる。柔らかい眼差しを向けられ、彩葉はその端正な顔立ちに思わず息を呑んだ。

 

「──ああ、誓うよ。僕のこの名にかけて」

 

 その声音は、驚くほど静かに告げられた。

 初めて見た真剣な表情に彩葉は思わず見惚れてしまう。ハッピーエンドにすると高らかに宣言したかぐやとは違った、また別のそれは、彩葉の胸に何かを灯した。

 

「取り敢えず、まずは初めてのツクヨミを堪能しようよっ!」

 

 ファイノンの来るでしょ、と手を差し伸べてくれたかぐやの笑顔を見てから、ファイノンは微笑むとその手を取った。

 彼女はいつだって変わらず僕に接してくれる。それがいつも嬉しくて、つい甘えてしまうんだ。

 

 

 

 嗚呼、こんな幸せがずっと続けばいいのに。

 

 

 

 その為にも、この輪廻で必ず終わらせる。明日へと向かう為に、みんなと未来を掴む為に。

 それから僕は、相棒の働くカフェで新人バイトとして入り、相棒の負担を減らしていった。何千万回と同じ仕事をしていれば、目を瞑っていても仕事はこなせる。かぐやが地球に来るよりも前に輪廻の開始地点を固定した時は、それなりの役職にも就いた。

 

 かぐやの配信活動の手伝いもして、相棒とかぐやの二人の大事な時間は邪魔をしないように遠くから見守った。

 そして、ヤチヨにも会いに行った。

 暗がりの部屋に広がるケーブルと、鈍い稼動音を響かせるパソコン機器が雑多に積まれている。その中心には、かぐやが地球に来る為に乗ってきたタケノコ──『もと光る竹』が沈んでいた。

 

 スマートコンタクトを装着してツクヨミにログインすると、そこはヤチヨがいつもいる私室へと繋がった。

 

「ヤチヨ」

 

 名前を呼ぶと、背中を向けていたヤチヨが振り返る。瞳を潤ませ、目尻に大きな涙を溜めたヤチヨは駆け寄って、勢い良く僕の胸に飛び込んで来た。

 

「おっと……()()()()、だね」

 

 ヤチヨの記憶では、八千年を僕と共に過ごしている。だから〝久しぶり〟なんて挨拶は違うのだが、彼女にはそんな説明は不要なのだろう。彼女は、僕が久しぶりにヤチヨと出会ったのをよく理解している。

 

「うん、久しぶり。元気だった?」

 

「ああ、元気だよ」

 

 その声色は到底元気なものとは言えない疲れきった低い声だった。

 ヤチヨはそれに言及せず、ただ僕の胸に顔を埋めて離さないとばかりに強く抱き締めていた。

 そんな彼女の背中に腕を回して、優しく抱き留めると、彼女はくぐもった声で問いかけてきた。

 

「今、何回目?」

 

 少しの間を空けて、僕は正直に答えた。

 

「3355万335回だ」

 

 ヤチヨが僕を見上げて絶句する。八千年という孤独の辛さを知っているヤチヨだからこそ、その輪廻の数がどれほどなものなのか理解しているのだろう。

 

「カスライナ……」

 

 ヤチヨは大きく息を吐いたままファイノンの背中に回した腕により力をこめる。心配かけてごめん、と気休め程度にしかならない謝罪を告げれば、彼女はゆっくりと首を振った。

 

「ううん、こうやってまた会いに来てくれただけでも嬉しいよ」

 

 そう言って、少し離れたヤチヨの瞳には大粒の涙が頬に軌跡を描いていた。

 目尻に溜まる涙を僕が指で拭うと、彼女は僕の手を取って顔を上げた。

 

「ここに来たってことは、私に何かしてほしいってことだよね?」

 

「ごめん、君を利用するみたいな形になって」

 

「謝らなくていいよ。カスライナは、私にたくさんのものをくれたから。今度はヤッチョがカスライナを助ける番だよ」

 

 そう言ってくれるとありがたいよ、とヤチヨの頭を優しく撫でる。彼女は僕に頼られることが嬉しいと言わんばかりに顔をパァっと明るくさせ、手を取ったままバルコニーに向かった。

 

「いいよ、何でも言って」

 

 二人で並び、ツクヨミの夜景を見下ろしながら、僕は息を吸う。そして覚悟を決めると、真っ直ぐにヤチヨを見つめて言葉を放った。

 

 

 

「──僕に、命を預けてほしい」

 

 

 

 

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超かぐや姫! ~月見酒に寄り添う鈴の音~(作者:筍の研究所)(原作:超かぐや姫!)

何気ない日常を過ごす一人の男のお話し▼――あるいは、少女達が最高のハッピーエンドを迎えに行く物語▼『超かぐや姫!』に脳を焼かれたオタクです。▼この小説には映画『超かぐや姫!』のネタバレが含まれております。▼原作改変や独自解釈も多分に含まれているため、ご了承ください。▼


総合評価:1165/評価:8.4/連載:3話/更新日時:2026年04月20日(月) 02:18 小説情報


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