ゾンビランドサガ習作 近所に住んでたあの子と俺 作:レノボのカナリア
時は1969年の9月半ば、その夕暮れ。
かつて生きていた2100年代だったら灼熱の太陽が地面を照りつけた余韻が未だに色濃く残っていたような気がする時期と時間。
今のここでは既にそこらが薄ら寒くなり、遠く庭先では羽虫の類がコロコロだかリンリンだかと元気に鳴いている。
仕舞い忘れた風鈴と羽音が同時に聞こえ、それらをえらく風流なものだと思いながら俺は鉛筆を置いた。
俺、久我雅実は月頭に今生の齢で16歳になった。
大学受験を来年に控えているため勉学に励んでいる……というポーズで自室に籠り、こうして一応は鉛筆を取っているものの気分はあまり良くない。
前世からの記憶がまるで役に立たない地理だの歴史だのの分野を除けば、曾孫やら玄孫の勉強につき合わされていた分で受験への準備は十分お釣りがくるので、ズルをしているような気になりとーっても嫌だ。
古くから続く名家、それも父も兄たちも政治家なんて家庭なんだから俺の1人くらい趣味に生きても良いと思うんだが、自分の趣味代くらいは稼げるようになれ! 小遣いが欲しいなら勉強しろ! なーんて言うんだものなぁ…………パトロンにもなってくれないのかなぁ、厳しいねぇ。
なんだい叔父さん、道場主になればお金の心配は無いから柔の道場を継がないかって?
更になんだい曾祖伯父さん、うちならそれに加えて可愛い孫も付いてくるって?
んー、あー……棟梁みたいなことはもう良いかなって思ってるんだけど、いや、こっちの話…………曾祖伯父さんの孫娘って既婚子持じゃなかったかな。
ごほん………そりゃあ俺だって無職になるつもりも高卒で終えるつもりも最初からないんだ。
俺は書道の師範と画家になりたいからな、この世界は前世とは色々と違う歴史を歩んでるようだから、とりあえずは書学を学べる所へ行くことは子供の頃から決めていたんだ。
親戚にも大家と呼ばれるような爺様がいるからそれで食えるのは間違いないだろうしな、うん。
ただまぁ、色々聞いたり調べたりしたら大学に通う意味って学閥に入ったほうが有利だから?みたいな感じらしくて正直入る意義を掴めなくて……そんな感じなら書学は物書きを訪ねて教えを乞えば良いと思う。
官僚になるわけでも政治家になるわけでも良い所に就職したいわけでもない俺にはさ、大学進学無用だと考えちゃうわけですよ、本当にね。
だからもう勉強しなくても受かるだろうなーってくらいには頭に入ってる受験対策なんてやりたくないんだよなぁ。
戦後、というには少し時間が経っているが、世間様ではいまだ苦しい状況を生きている人たちが大勢いるからと恵まれたお家へ産まれた俺もそれなりに真面目には生きているし、そんなお家に仕える家人たちの手前変な行動は取れねぇからまぁ頑張ってはいるけれども、本当に面倒くさくて暇で暇で大変に苦しい。
今更また鉛筆を握るのも嫌だし、テレビもつまらん、ラジオもつまらん……………なんでこの時代はこんなにも娯楽が無いんだろうな。
原初のアニメです!原初の漫画です!ってのはあるがそういうのが見たいわけでもないしさ……あーあーこんな時代に生まれ変わるくらいなら未来とかにしてくれれば良かったのになー暇だな………晩飯まで適当にそこらへんでもぶらぶらしてくるかなぁ……………
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とあるところで、幼い女子がブリキ製のおもちゃギターをじゃんじゃかじゃんじゃか鳴らしながら流行歌を歌っていた。
適当に鳴らしているおもちゃからそれなりにきちんとした音が響くあたりでわかるだろうか……彼女はお音楽が大好きである。
レコードを集めるのが趣味な親の影響で演歌やらフォークソングやら舶来の歌やら様々な歌に触れて自分も歌手になりたいな!なんて思い、おもちゃのマイクを片手に箒のギターを立てて空き地で熱唱するくらいには……お歌が大好きである。
末はピーナッツか三人娘だねぇなどとよく分からない言葉で褒めて溺愛した両親の存在が、彼女の行動に拍車を掛けているのは言うまでもない。
そんな愛され熱唱少女は今現在、自分に襲いかかっている不運に気づかずにいた。
気持ちよく歌っているのは良い。
時刻的には夕から夜へ移ろった頃ではあるが近所の人間の心には子供の歌声なんて気にもしない昭和のおおらかさがあり、彼女のよく通る声はそれこそ街頭ラジオから流れる歌のような扱いを受けていると言っても良かったのだ。
では何が不運か?
ただただ、彼女が歌っている場所が悪かった。
現在地は東京である……細かく言えば後に目白御殿とも呼ばれる田中角栄の邸宅が存在する文京区だ。
この頃は住宅地の不足や地価の高騰などもあって平屋ではなく2階建ての家が主流になりつつあったのだが、少女の家ももれなく2階建て。
屋根はこの頃にしては珍しいフラットルーフとも呼ばれる類の物になっていて…………少女はその上で歌っていたのだ。
屋根の上でギターを弾いて歌う、少女はそのカタチに酔いしれながら歌っていた。
母親の保管していたピンナップに写る屋根の上でギターを弾く男に影響されてしまった、少女はミーハーなところがあった。
高いところへ登ることはちょっとした段差や突起などに手足を掛ければ子供の身体でもそれとなくいける。
木に登ってみたり図書室の本棚に登ってみたり、フェンスを乗り越えてみたりetc……と人それぞれに登ってみた経験というものがあるに違いない。
普段とは違う景色に胸を躍らせとても楽しい気持ちになっただろうが、大体の人間はそれに付随する経験も同時にすることになったはずだ。
「こ、これ……どうやって降りれば?」
降りられないのである。
「た、助けて………」
歌っていた時の調子は何処へやら、蚊の鳴くような声で助けを求めたがそれに応える親が下にもいないことを少女は忘れていた。
今日は近所で寄り合いがあるから遅くなるわね、ご飯はテーブルの上にあるからね、先に寝ていてね。
そう両親に言われたのはほんの1時間と少しほど前。
そこから鬼の居ぬ間になんとやらと背中にギターを背負って屋根に登り、気持ちよく歌っていたのだから両親が階下にいるわけがない。
大きな声で歌っていても気にしない近所の人々にか細い声が届くはずもなく、少女は瞳を潤ませて小さく助けを求め続けた。
「やぁ、お嬢さん」
助けて、その言葉を吐き始めてから数分後。
時間にしてわずか数分、心細さ満点の少女からすれば数時間にも感じたその時間の後。
その青年は現れた。