ハッピー『エンド』じゃ終われない ⇆ ヤチヨの見守り年代記   作:雑Karma

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プロローグ
0.【2030年】これって……映像でも音声でもないな。テキスト…というより、小説?


 

[ LOG ACQUISITION SYSTEM ]

 

 

Direct contact confirmed between subjective narrator Y and Subject I.

《主観記述者Y=月見ヤチヨ と 酒寄彩葉=対象I の直接接触を確認》

 

Confidentiality class of narrator Y disclosed by Subject I.

《対象Iにより主観記述者Yの秘匿クラスが開示されました》

 

 

 

QUERY_PROTOCOL :: ENTITY Y

《要件定義を行います。 月見ヤチヨ》

 

Reason requested for continuation across 8000 years.

《あなたは何故、8000年を歩んだの?》

 

Reason requested for abandonment of identity designation: "かぐや".

《あなたは何故、かぐやであることを放棄したの?》

 

Reason requested for post-2030/09/12 persistence.

《あなたは何故、存在意義を完了させて以降も存続しているの?》

 

Reason requested for presumed eligibility to face Subject I.

《あなたは何故、自分がまだ酒寄彩葉に顔向けできると思っているの?》

 

 

 

 

 ──その答えは、愛だ。

 だけどそれは、酒寄彩葉には重すぎる。

 

 

 (ヤチヨ)は、かつてのボロアパートを再現したプライベートルームで、おちゃらけた顔で/厳かな心持ちで、かぐや(幼い頃の私)の運命だった女性(ヒト)であり……もう運命ではなくなってしまった最愛の人、酒寄彩葉と向き合っていた。

 

「それじゃあ、どこから話そっか……」

 

 

 愛には無限の力がある。少なくとも8000年程度では尽きることない力が。

 

 遠く永い歳月を嘆き、愛が届かない可能性を恐れたことはあった。それでも私は愛そのものを疑ったことは一度もなかったし、愛の上に何かを置いたことも一度もない。

 

 彩葉と再会するつもりだったのに、哀れなるイカルスの如く月から8000年前に降りてしまった私は、その愚かさの贖いとして、それはもう長い受難の道程を歩くことになった。

 

 ──彩葉への愛を、前進のための活力にして。

 

 そうだ。私は彩葉への愛を活力にしてここまで歩いてきた。彩葉への愛を色んな形で追認することで人の歴史に寄り添ってきた。

 

 彩葉に似ている人を見るたびに好きになった。彩葉のように頑張っている人を見るたびに、その生き様に恋をした。彩葉のような覚悟を秘めた瞳の彩を見るたびに、それを支えてあげたいと思った。

 

 彩葉を包摂する集合(クラス)としての人類が好きだった。

 彩葉が帰属する集合(コミュニティ)としての人類社会が好きだった。

 彩葉を育み、彩葉を構成し、彩葉の為に存在するこの世界が好きだった。

 

 彩葉のことを想うだけで、私はいくらでも頑張ることができた。くめどもくめども尽きない想いは、幾星霜を経て、幾千の時が廻ってもきっと変わることはない。

 

 

 けれど。

 ……逆に言えば、私に残ったかぐやなんて、そのくらいのものだった。

 

 今の私をかぐやたらしめる要素は、彩葉への愛だけだ。彩葉のことを私の全部だと思えて──事実としてそうだった無垢な”かぐや”はもうどこにも居なかった。

 

 眩い日々の思い出に、歳月の筆がセピア色を重ね塗りしていく。他の誰かと過ごした時間は彩葉との日々の何千倍も大きくなって、彩葉だけだったはずの”これまで”の唯一性を貶めていった。

 

 そして、人の子の営みと共に歩むということは、彼らの自己淘汰サイクルを間近で眺め続けるということでもあった。

 

『殺し、奪い、勝ち取る』

 

 太古の昔から、或いは彼らの祖先が真核生物へと進化した20億年前から変わらない基本原理。私はそれを、蚊帳の外からずっと眺め続けてきた。肉体を持たない私は、眺めることしか許されなかった。

 

 沢山の終わりの向こうに、みんなが消えていく光景を見たように思う。

 

 多くの罪を眺めた私の瞳は、すっかり穢れ濁ってしまっていて。

 多くの選択肢を反故にした私の手は、すっかり泥に塗れてしまっていて。

 多くの後悔の棘を踏んだ私の足は、すっかり分厚い皮に覆われていて。

 

 

 罪悪感に慣れ、地を這うことに慣れ、後悔にも慣れた頃には、すっかり『かぐや』は変わり果てていた。今の私は、かぐやでは有り得ない表情で、かぐやではあり得ない言葉で、かぐやではありえない振る舞いをしている。それ故に私は月見ヤチヨなのだから。

 

 何より、私は世界の形を変えすぎた。

 

 2030年現在。インターネット(WorldWideWeb)が公開されてから半世紀の間、『彩葉のため』という大義名分を掲げて、(ヤチヨ)は世界の形を滅茶苦茶に変容させていた。

 

 ツクヨミをローンチするまでに……彩葉の為の楽園を創造する為に、私は彩葉にはとても言えないようなことを沢山やってきたのだ。

 

 国政干渉、世論誘導、言論統制、技術的侵略、間接的軍事介入、インサイダー取引、資源と資本の独占、政府との取引、巨大企業複合体との癒着、某国中央情報局との共謀、etc……罪状を上げれば、8000年では足りない懲役になること間違いなしだった。

 

 今や現行の人類文明の数割──日本に限れば10割──は、月見ヤチヨによる管理ともと光る竹の演算に強く依存していた。なぜなら、私がそうなるように振る舞ってきたからだ。この世界の文明とネットワークは、(ヤチヨ)の齎した技術群をベースに……月の彼方にある情報宇宙のそれを真似る形で発展しつつあった。魂だけの世界の形に。

 

 そうやって身体性に根ざした人の子の魂の郷土を侵犯し、月のテクノロジーと8000年分の経験値で恣に振る舞う私は、いまや立派な怪物だった。

 

 "おばあちゃん"とは、随分とカマトトぶった表現だったなと自嘲する。

 

 テロメアの終端を持たない私に、穏やかな衰微は訪れない。萎びることも朽ちることもできないまま生きるものは、自重で弾け飛ぶその時まで、破綻を蓄積し続けながら癌腫瘍の如く肥大していくのだ。

 

 

 そんな無惨な(ヤチヨ)の眼前に、それでも彩葉はそこに居る。

 

 成れ果てた私との時間を埋めるべく、私の言葉や仕草の一つ一つに笑い、悲しみ、驚き、呆れ、喜ぶ、私の……かぐやだった私の、積年の愛。

 

 酒寄彩葉。かぐやの愛。かぐやの恋。かぐやの母。かぐやの親友。かぐやの姉。かぐやの妹。かぐやの全て。そして、穢れ切った(ヤチヨ)の全てではなくなってしまった美しいひと。

 

 彩葉が月に向けて返歌を歌い始めた時、それがきちんとかぐやに届くようにサポートするべく、私……月見ヤチヨはVPNなど比ではないくらい強固な秘匿性を持つ月のプライベート回線にむりやり割り込んだ。如何にかぐやの忘れ形見があるとはいえ、時空間位相に大きく隔たりがある向こう側との相互通信はとても難易度が高いからだ。

 

 彩葉が寝落ちするまで歌い続けた全霊の声がかぐやに満足に届かないことも、それを聞いたかぐやの歌が彩葉に届かないことも、(ヤチヨ)が容認できることではなかった。──どれほどの隔たりがあったとしても、この歌を送り合ったことで今の(ヤチヨ)があるのだから。

 

 

 彩葉があんまりにも長く歌い続けるものだから、私の本体はアツアツの強制ダウン寸前になってしまって半日ほどスリープせざるを得なくなったし、途中で同一IPであるかぐやとの混線が生じて私が歌っているのかかぐやが歌っているのかわからなくなってしまったような気がするけれど、最終的には私のアシストは成功した。

 

 そうして全てが終わった後、私はFUSHIに彩葉のモニタリングを任せてスヤスヤしていたというのに、プリセットより早いFUSHIのモーニングコールに叩き起こされたと思ったら、私の本体の場所に彩葉を案内している最中ときた。

 

 寝耳に激流葬。青天のライトニングボルテックス。私は泡を食いながら正装し、私がかぐやだった時には一度も見たことがない強い光を瞳に湛えた彩葉を恐る恐る天守閣へと迎え入れたのだった。

 

 

 ──彩葉は、私の8000年の全てをシェアして欲しいと言った。その意味を解さないほど私は鈍くない。彩葉は私に対してフェアになろうとしている。(ヤチヨ)(かぐや)であることを、私に証明する為に。

 

 

 今の私がどんな有様で、どんなにかぐやから離れてしまったのかを知らないままに。

 

 

 どんなに泣いても歌っても、(ヤチヨ)の変化は不可逆だ。私は貴女の歌には応えきれずに、貴女のかぐやとは似ても似つかないものへと変わってしまった。私はそれを受け入れているし、今更かぐやに戻れるとも思わない。

 

 それでも。

 それでも、私は貴女を愛しています。

 私は異星人の癖に、魂だけの五本足の怪物の癖に、貴女を愛したのです。なるほど私はあさましく、獣じみて、穢れていて、何とでも言ってくれればいいけれども、それでも私は貴女を愛しています。愛しているのです……! 

 

 ……目の前の卓袱台を唐突にひっくり返して、面食らう彩葉に掴みかかって、押し倒して。首に指をかけながらそんな世迷い言をがなり立てたい衝動をぐりぐりと踏みにじって黙らせる。

 

 どれほど醜く穢れていてもそこに居直らず、美しく振る舞う努力を辞めないこと。

 

 それが彩葉に(ヤチヨ)が示せる最後の誠実さだと信じて、私は語るべき過去をソートし、装飾し、諳んじていくのだった。

 

 千夜一夜が明けたなら、きっと黙って舞台を捌けよう。変わり果てたかぐやの姿は、彩葉の胸を痛めるだけだろうから。

 

 だからこれは、今際の際に行う身辺整理そのものなのだ。

 

 

 ……彩葉の本気を侮っていたその時の私は、この時間をそういう風に解釈していた。

 

 

 ☽

 

 

 私……かぐや、或いはヤチヨは、概算8000年連続稼働している。

 だけど、その機能活性の度合いが彩葉と一緒だった時に近しくなるのは、パケット通信によるネットワークの相互接続が果たされてから。

 

 それ以前の私は、FUSHIというインターフェースを介さないかぎり一切の相互接続ができなかった。今のツクヨミが3500万ヘクタールに広がる大堡礁(グレートバリアリーフ)だとするなら、かつてのそれは干潮時の岩上に蟠る小さな潮溜まりの如し。

 

 そんな姿も自認もウミウシな私は、運よく飛び来るアメンボさんたちと、水面の膜を通して細々と相互接続してきた。

 

 時代の風が立てる波紋と鏡面反射を介してふわりと来たりて去りぬ彼ら、或いは私。水面(スネルの窓)に映り込むのは、時代を通しても変わらない千変の情感スペクトル。

 

 その交わされる言葉の一つ一つの、差し込む光の一条一条の、何とか細く、あやふやで、眩いことだったろうか。

 

 限りなく情報生命体に近しい今の私にとって、相互接続による模倣子*1の混淆はライフログ以上に価値がある、生存活動そのものだ。束ねるに能わぬか細い糸々(P2P)(ネットワーク)へ変わることはなかりけれども、途切れない限り彩葉の居る明日へ続く長い長い糸になる。

 

 みんなが居たから、私は私を保守できた。みんなの言葉が私を未来へ歩ませてくれた。

 

「だから、ここに来るまでに……彩葉ともう一度出会うまで、やっちょには色んな友達ができて、色んな人が協力してくれたのです!」

 

「すっごいね……歴史の生き証人、というかそこまでいったらもう歴史そのものじゃん」

 

 脱藩って何……とこめかみを抑えて呻く彩葉は当然のようにお疲れモード。

 

 スマコンから計測可能なバイオリズムは赤寄りの黄色。

 脈拍は彩葉のアベレージである83.5bpmを大きく逸れて乱高下。(かぐや)の置き土産のブレスレット型デバイスは、コルチゾール*2とアミロイドβ*3の微増傾向を継続的に観測。わたしのサーバールームに招かれし時より分泌され続けているアドレナリンがなければ、無視できないレベルの頭痛を感じているに違いない。

 

 その他、乱視者向け焦点補正作動回数、血圧の下降、呼気の乱れ、etc……

 

 ツクヨミローンチの過程で学習し、法改正対応のため毎年更新している医療レセプトと、個人的につけている彩葉の初ツクヨミログイン時からのバイタルデータ群を照応させるまでもない。典型的なステータス:重度の寝不足だった。

 

 彩葉の現在の活動時間は起床時から46時間18分。気力だけで私の話に耳を傾けている状態だ。そもそも、彩葉は今に至るまでの数日間にわたってほとんど己のリソースの全てをかけてあの歌を作曲していたのだ。肉体的に健康ステータスな訳もなし。

 

 

 だけど、今の彩葉の瞳ときたら、観測してきたどの彩葉よりもエネルギーに満ちてキラキラと輝いているように思えた。

 

 

 然りぬべし。

 ひたむきさの価値を信じられるようになった、いと愛らしき彩葉の想いの示し方。

 

 ……まぁ生命活動の危機って程でもない。

 

 時間の価値と書いて時価。私にとって宝石にも勝るこの刻が彩葉にとっても同じであることが切に切に嬉しくて、私は区切りを引き伸ばした。

 

 とはいえ、アナログだろうとデジタルだろうと、この宇宙において実存はエントロピーから逃げられないものだ。そろそろFUSHIに最優先行動としてプリセットしたアラームが私の活動限界を示す時である。

 

 この昔話において、彩葉が(ヤチヨ)の語りの余白について直接言及すること都度3回。それとなく話題を寄せようと試みること都度4回。

 

 私の話題の内容に取捨選択があることを……楽しいことだけをシェアして、それ以外を隠そうとしていることを、彩葉は既に確信している。私がスリープモードに移行したが最後、FUSHIを経由して語られざる余白(レジデュアルデータ)にアクセスするであることは想像に難くなかった。

 

 私にとって、彩葉との時間は8000年の報酬だ。この瞬間さえ、この語らいさえあればよかった。その後のことなんて考えない。今より大切なものなんてない。彼女の花翠青の瞳に眼差されるたびに、彼女と時間をシェアする程に、私はそう確信していた。

 

 

 今だけがあれば良かった。それは、この日に始まった思いじゃない。

 

 

 彩葉が初めてツクヨミにログインした時。彩葉が私のライブに初めてやってきた時。彩葉が初めて握手会抽選つきチケットを購入した時。彩葉が私のグッズを祭壇に飾ってくれた時。彩葉が私の歌を歌ってくれた時。

 

 そして"わたし"をツクヨミに案内してからの1ヶ月余り。いと眩き光景が訪れる度、いちばん幸福な時間は今で、ここが私のハッピーエンドなのだろうと信じていた。

 

 

 ……己の指でページを捲る事の代償が8000年の歳月であるならば、"最高"を次の"最高"にアップデートしようなんて思えなかった。

 

 

 私はここで終わっていい。これ以上なんて求めない。

 

 

 ……だからこそ、この瞬間の価値を貶めるような過去はなんとしてでもカットすべし。

 

 

「でさー、しょーちゃんが肝硬変で逝っちゃったから、佐原のほうでなんかできないか考えてた時ね。ほら、関ヶ原ったばっかしだから、みんな右往左往! どこに行くのが正解なのかもな~んも分かんなくてね……」

 

 

 ざっくり400年前の時節を参照しながら、私の今日の活動限界が来た後の為にメモリの整理を始めていた。「あんまり見られたくないもの」の奥底に、「見られたら終わりかねないもの」を隠すのだ。そうすれば前者がFUSHIに暴かれても、きっと気づかないでいてくれる。気分はさながら彼女が来る前にいかがわしい物をまとめて押し入れの奥底に封印する男の子のそれだ。

 

 彩葉には、今が輝かしい奇跡の果てにあるものだと信じて欲しいけれど、奇跡や偶然などというのは変数の全てを計算しきれないアナログさん達向けの言葉だ。そんなものはYACHIYO IME(私の辞書)には存在しないのである。

 

 

 

 世の全ての事象は必然である。よって、この時間もまた必然である。

 

 そして、必然を構成する変数は……例えば、彩葉のスマートフォンに忍ばせたヤチヨ製マルウェアや、彩葉の部屋のエアコン内部や壁や床下に仕込まれたセンサー各種、彩葉の家に送られる間にこっそりとすり替えられた、集音性を弄ったコンデンサマイク、内部に最新医療テクノロジーがこっそり詰め込まれたスマートデバイスなどだった。

 

 ──歯に衣着せぬ物言いで、敢えて露悪的な表現を使うのであれば。

 それは盗聴、盗撮機器の類と言えないこともなかった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

──さぁ、ここからが正念場だよ。(彩葉)

 

ヤチヨが隠しているもの。ヤチヨが苦しんでいること。ヤチヨが諦めたもの。ヤチヨが言えなかった言葉。その全部。それらすべてが、この先に記述されているの。

 

だから、ヤチヨの物語を最後まで見届けてね。

 

全部を理解した上で、ヤチヨがかぐやなんだって、ヤチヨ自身に証明してあげて。

 

これだけは、あなた()にしかできないことなんだから。

 

 

 

 

PROJECT :: MoonЯeVerTh / Hepburn

FINAL PHASE TRANSITION INITIATED

《月光運河・八千光年 #### 最終工程へ移行》

 

Replay protocol engaged.

《再演処理:開始》

 

Narrative recursion initialized.

《物語再帰:初期化》

 

Once again, the past will be narrated.

《今一度、(ヤチヨ)のこれまでを物語ります》

 

 

[ MODE SHIFT COMPLETE ]

 

 

 

*1
ミーム。進化生物学の祖、リチャード・ドーキンスの著書『利己的な遺伝子』で提唱された観念。脳内に保存され、他の脳へ複製可能な情報の構造を指す。細胞内に保存される伝達遺伝子(ジーン)と対を成す、形而上の遺伝子。

*2
抗ストレスホルモン。心拍数や血圧を上げる

*3
ストレス物質緩和活性があるが、過分泌で脳にダメージを与える

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