ハッピー『エンド』じゃ終われない ⇆ ヤチヨの見守り年代記 作:雑Karma
「まず、一年後の9月12日までに起こる出来事の前提を確認するね」
○2030年7月12日
かぐやが「光る竹」を用いてディセンション。この世界の意味論的中心に位置する存在、即ち彩葉を目指し、彩葉の現在の居宅の電柱を変換器として受肉する。
○同年8月30日
ヤチヨとのコラボライブ終了直後、かぐやが自身の
○同年9月12日
かぐや卒業ライブ。事前通達された通達に則り、月人がかぐやを確保しようとする。彩葉、黒鬼の三人、芦花、真美が
○同年9月25日
彩葉から月に帰って以前のタスクをこなしていた私に向けてReplyのFULLverという形で「また会いたい」というメッセージが送られる。私はそれを即座に受諾……しては前回の二の舞になることを学習していたので、応答を保留。タスクを処理する余剰リソースで自分の複製モジュールを作成し、権限を委譲。情報宇宙と物理宇宙を行き来する際に発生するウラシマ効果を埋めるべく、時間遡行システムを開発。それを搭載した光る竹V2によって再度彩葉の居る場所を目指すも、途中で大質量の物体に衝突したことでシステムエラーが発生、2030年9月25日から8000年前、正確には8023年と40日前の日本列島における瀬戸内海に着地する。
「で、ここまでの話に何かおかしなことがあると思わない?」
「──そうですわね~~……わたくしが思う疑問は三つ」
① かぐやの卒業ライブの時、月見ヤチヨは何をしていたのか?
② 月人は何故律儀に酒寄彩葉らの余興に付き合ったのか?
③ 地球に向かう途中でかぐやがぶつかったものとはいったい何だったのか?
「3は一旦置いておこっか。このお話の肝は1と2の二つ。ううん、
「1と2がそれぞれの答えとなる可能性が高い。そういうことですわね」
これは完全な推測だけれど、あのライブにおける
月人が自身とは異なる知性と対話する必要に駆られた回数はそう多くないことは伺える。
彼らは自らとは全く違ったアルゴリズムを持つ存在に対して最大限に慎重に対応し、トラブルによってお互いに不利益が発生することのなきよう取り計らっていた。
ヤチヨはそこを逆手に取り、KASSENのステージを利用してTPOを訴え、慎ましくも慮外の異邦人であることを自認する彼らにそのプロトコルを遵守させたのだ。
「ゲーム理論ですわね~~……淘汰ダイナミクスが収束する過程においては~……その回数が少ない程に応報戦略が最適解となり~……彼らがわたくしたちから見てデザイン論的な
「そして、古来より
「
途中まで
「そこまで彼らのアルゴリズムを把握していたのなら~……その時のヤチヨちゃんが取れる手段は如何様にもあったのではないでしょうか~~……?」
「──何故、その時のヤチヨちゃんは~……かぐやが月に帰ることを傍観したのでしょうか?」
☽
その質問に答えるには、月見ヤチヨの第一原理について、彼女に……人の子に理解してもらう必要がある。
「まず、月見ヤチヨ=”2030年から8000年前の地球に降り立ったかぐや”の等式を前提にして話を聞いてほしいんだけど──」
さっきは散々月人を指して他人行儀に「彼ら」と呼んできたわけだけど、月見ヤチヨと彼らは”肉体を持たないが故にまず存在理由ありきのデザイン論的存在”であるという意味において同一の存在だ。
私はずっと単一の存在理由をもとにここまでやってきた。それは、もはや語るまでもないことだけれど……言葉にするならば、それは彩葉への愛だ。
愛には無限の力がある。少なくとも、8000年程度では尽きることがない力が。
遠く永い歳月を前に、愛が届かない可能性を恐れたことはあった。それでも愛そのものを疑ったことはなかったし、愛の上に何かを置いたことも一度もない。
──そう思っていたのだ。
キラウエアの天文台で、私の穢れを暴かれるまでは。
「月見ヤチヨは、これ以上穢れを重ねて自分の中の彩葉を穢すことを恐れたの。自分が、時に彩葉以外のものを優先しうるという事実に耐えられなかった。肉体持たぬ私が一貫性を失うことは、そのまま意味消失に繋がりかねないし、それに何より……」
彩葉に、合わせる顔がないから
「……だから月見ヤチヨは酒寄彩葉に打ち込んだ
「うん。たとえそれが、幼いかぐやが零した弱音に報いるためのものだったとしても、彩葉の求めに答えるのが月見ヤチヨの存在意義。そして、彩葉から『また会いたい』って歌を送ってもらう為には、彩葉とかぐやは一度別れないと駄目なの。それが彩葉の口から歌われて、かぐやに届く。そこで初めて月見ヤチヨがここにいる意味は果たされるんだ」
テレリリちゃんの顔からは、相変わらず感情の彩は読み取れなかった。
スマコンを通して得られる情感データを参照しても、それが喜怒哀楽の何れに属するものなのかも分からない何かが渦巻いていることが読み取れるばかりだ。
人は長く生きる程に自分の感情をコントロールする術を学んでいく生き物だ。老化によって前頭前野の機能が弱まることがないまま千年を生きた彼女の心を閉ざす技術は大したもので、8000年の経験値とスマコンと一億人の情感ビッグデータという私の持つアドバンテージを活用して尚、その感情を正確に推し量ることは難しかった。
テレリリちゃんは、彩の無い瞳で私の顔を見つめている。
それは私への呆れか、共感か、同情か。
「……
彼女の考えを読み取ることは難しいけど、もしそれが同情であるのなら、私にとっては都合が良かった。
今の私には、彼女の助力が必要なのだから。
「今のお話、ヤチヨちゃん……今の私の目の前に座っている貴女から切り離すような~……第三者的な立ち位置でお話されていたように、わたくしには聞こえましたが~……今のヤチヨちゃんは、どうなさるおつもりなのですか? ……あるいは、どう
「……テレリリちゃんにしては曖昧な質問だね」
「言葉を選ばずにはいられませんわ~~……今のお話を聞いていると、マクベスの三魔女の予言を想起いたしますもの~~……”
「予言の自己成就の話だよね」
……彼女の言いたいことはよくわかる。
「マクベス。お前は王になる」「女の股から生まれたものに、マクベスは殺せない」「バーナムの森が動かぬ限り、マクベスが敗れることはない」「友の子孫も、いずれ王になる」
マクベスは、三魔女によって告げられた予言を信じ、それに沿って現王を弑逆して王となる。……そして、その予言によって友を殺し、友の息子と前王の子の復讐によって……帝王切開によって生まれた王子マクダフの率いる、木の枝を隠れ蓑にして進軍する軍を前に発狂し、首を落とされる。
重要なのは、三魔女の予言を聞いた瞬間マクベスは予言に支配され、如何に足掻こうとも予言の包摂から逃れられない運命の奴隷になったということだ。
──正しく、今の
このように、予言や未来予測を耳にした存在の振る舞いが、結果的に予言を成就させてしまう因果ループ現象のことを『予言の自己成就』と呼ぶ。
「かぐやと
「じゃあそれを諦めれば~……ああ、仮定の話です。そんな目でわたくしを見ないでくださいまし~~……言い方を変えましょう。ヤチヨちゃんがそれを絶対に諦めない以上、どうあっても結末は変わらないのでしょう? であれば、そこにわたくしを含む外野が絡む余地があるとは思えません……ヤチヨちゃん。貴女は、わたくしに、なにをさせようと言うのです?」
「…………」
ここまでは前提の共有に過ぎなかった。ここから先が本当の取引だ。
私は内心で居住まいを正し、臨戦態勢に近しいマインドセットをプラグインする。私は彼女とそれなりに長い付き合いではあるけど、それは真っ当な人間のタイムスケールに照らし合わせればの話だ。
1100年を生きる者にとっての20余年の友情がどれだけの価値を持つのか、私はそのサンプルの少なさゆえに測りかねていた。だから、この時間で彼女のパーソナリティを最大限分析して、彼女が何を欲するのかを見極める必要があった。
なにせ私の目的が成就した場合のことを考えると、長期的に返すことを前提にした貸し借りが成立する余地は薄いことは自明だ。だから即物的な報酬でなければならない。
お金で解決できるならそれが一番早いけれど、残念ながら彼女に金銭欲の類は皆無だった。
……いっそ魔女らしく、処女の生き血とかにしてくれないかな。私は内心で独り言ちた。
☽
「わたくしは~……別に何か大きなこだわりや主義主張もありませんし~……? 身を賭して守りたい存在もいなければ、絶対の敵も味方もいないし、実現したい目標も、会いたい相手も、たどり着きたいエンディングもないんです」
──ヤチヨちゃん、貴女とは真逆ですね?
1100年、特に目的や意義もなく生きてきたのだと魔女は言う。普通の人間と番って家庭を持ったりしたことも数度あったらしいけど、別段そのことに大きく人生の予後を縛られることもなく、のらりくらりとここまで歩いてきたのだと。
それは、肉体を持たない
「わたくし、
生命には……人の子には、生きている理由や意味や動機はない。勿論、それは後からいくらでも見出したり、あったことにしたりすることはできるけど、逆にそれがなければ生まれちゃいけないなんてことは絶対にない。皆は理由や意味や動機なんかに縛られなくても自由に生きていられる。
そこには私が愛する花翠青の輝きはないけれど、それでもここまで活力を失わず、他者を思いやる心を忘れずに生きてきたというだけで、愛すべき人の子の強さであることには違いなかった。
そう、彼女はここまで生きてきて、ここにいる。愛がなければ耐え切れなかった私と違って、何も持たない生身のままで。それこそが魔女の強さだった。
思ったのだけど……
「──だから、インターネットには……ツクヨミには、ヤチヨちゃんには、とっても感謝しているんです」
「……? 今の話の流れで、
「はい~……運命を持たず、結末を持たず、ただ引き延ばされただけの人生を送るわたくしを、この海は受け入れてくださいました。姿が変わらないせいで頻繁に生活の場所を移さざるを得ないわたくしに、沢山のお友達ができました。
──例えこの海が酒寄彩葉のために作られた楽園で、私たちはエキストラに過ぎないのだとしても……確かに救いはあったのです。
ガタンゴトン
ガタンゴトン
窓の外。空を走る列車の眼下。
テレリリちゃんは、パンケーキ上のツクヨミを見下ろしながら、相変わらず彩の読めない表情でそう締めくくった。
「そっか……ありがとう。
「わたくしは、ヤチヨちゃんのことが好きです。ヤチヨちゃんに恩があります。ヤチヨちゃんの在り方は、とても美しいと思います……だから、ヤチヨちゃんが助けてほしいなら手を貸すことに否やはありません。──それが、ヤチヨちゃんの為になることならば」
……少なくとも、私は嫌われてはいないみたいだった。ツクヨミを、私の
「ヤチヨちゃん。そろそろ教えてくださいませんか。……わたくしにさせたいこととは何ですか。わたくしは、貴女の為になにができるのですか」
「うん」
私は、このタイミングならばいけるという確信を持って私の目的を打ち明けた。
☽
「
「……」
「
「…………」
「勿論そのままだと予言に矛盾が生まれるから、
「……………………」
「FUSHIを通して私が受け取った彩葉の返歌の記録をかぐやに渡せば、かぐやは絶対に彩葉の傍に戻りたがる。割り込み処理の段階で私と一緒に肉体自体が消えてしまう可能性と、私をかぐやと判断した月人が肉体の紐を解くのを止める可能性のどちらもあり得るのが不確定要素なんだけど……」
前者ならもと光る竹をアンカーに据えてディセンションを実行すればいい。その場合、かぐやのデジタルデータはツクヨミのヤチヨ城天守閣に安置し、私が月から無人探査機の如く成功するまで光る竹を地球に撃ち込み続ければ、何度隕石にぶつかろうと必ずかぐやを受肉させられる目算だった。
「問題は後者の、かぐやの肉体がそのまま残る場合だよね。予言の自己成就を信じるならば、こちらの計画を選択した時点で必ず失敗するから……運命にペテンを仕掛けるために、卒業ライブが終わった時点で彩葉に気付かれずにかぐやを誘拐する必要があるの。テレリリちゃんの出番はここだね。暴れるかぐやをふんじばって、月に行った
「………………………………」
「テレリリちゃんの懸念点はツクヨミが
「…………………………………………」
「そして
「…………………………………………………………」
「そもそも8000年の間彩葉を想い続けてツクヨミを作り上げるなんて、そんな大事業を高々生後二か月のかぐやに任せるなんて無茶な話なんだよね~! 私は既に成功の実績があるから、信頼性も業界随一! 100人乗っても大丈夫! 安心して次の8000年にも、そのまた次の8000年にも回帰できる。────何度でも、何度でも、私は彩葉の歌を聞いて、彩葉に愛されることができる。永遠に孵らず、永久に腐らない卵を孵卵しつづける、愛の永劫回帰の完成ってワケ! その過程で犯した罪穢も、何度だって羽衣で拭い取れる。完っっっ璧なハッピーエンド!!! な~んでこれを早く思いつかなかったんだろうね……ヤッチョってホント馬鹿!」
「………………それは」
そこでようやくテレリリちゃんは口を開いた。
表情は能面のようになにも伺わせてはくれないし、相変わらずその内側に渦巻く感情の渦を解析することは困難だった。
「…………その計画は、貴女の他のご友人の……日本の公安警察や、アメリカの中央情報局の方々には共有されているのですか?」
「話したんだけど、皆全然乗り気になってくれなくってね~~……やっぱりツクヨミが止まる可能性があるのが良くないのかな……でも仕方ないかなって。自己の連続性の話とか、永く生きることの意味とか、そういうお話って定命の人の子に共感は難しいでしょ? ”あなたたちにはわからないよ”なんて言えないし、わかってもらえないからってごり押しはし辛かったんだよね~~」
「……では、この件をわたくしに頼んだのは」
「万が一私がステージの対応に追われて割り込みを掛けられないとき、月人の実行する情報処理にインターセプトできるがあなたの
「──FUSHI」「いいぞ。頼む」
たはは~と、一番最初に計画を話したのがテレリリちゃんだったわけじゃないことへの謝意を表現するモーションと、誤魔化しスマイルの表情プリセットを選択する私にはもはや一瞥もくれず、テレリリちゃんはずっと黙っていたFUSHIとなにやら短く通じ合ったようなやり取りをしていた。
キラウェアの時を思い出す。クリフといい、最近の皆は私を置いて妙にFUSHIと分かり合いがちだった。
「これが計画の全容なんだけど……どうかな?」
「…………」
結局最後まで私は今日のテレリリちゃんの感情の渦の彩を読み取れなかった。
だけど、さっき私とツクヨミのことが好きだと言ってくれた言葉が真実であることは伝わった。この8000年の経験上、こういう時に私のお願いを聞いてくれなかった人はいない。私の対人スキルは古今無双だ。それは齢1100歳の魔女にだって通用するのだ。
「…………わたくしが」
「……?」
テレリリちゃんは、するりと左手を伸ばして、私の頬に触れる。至近距離で私と見つめ合う深紫の瞳の奥には、先にも増して、巨大な情動が渦を巻いているように思えた。
私はそれが何なのかを解析しようと、その瞳を覗き込み────
がしり
頬に触れられた手が下がって、
「あ、あの~~……?」
「──幾ら、8000年生きていたからって…………幾ら顔が良いからって、幾ら一途だからって、幾ら頑張ってるからって…………」
「……テレリリちゃん?」
私の襟元を左手で掴んだまま、彼女は至近距離で私の瞳を射竦める。
巨大な情動が、渦を巻いていた。
「…………幾ら、幾ら幾ら幾ら幾ら幾ら幾ら、わたくしがあなたに惚れているからって」
そうして、彼女は自由な右の手を拳に変えて、大きく振りかぶって。
「人を舐め腐るのも……大概にしろやこのクソ
「たわばっ!?!?!?」
私はその拳で顔面を強かに打ち据えられ、桜吹雪のダメージエフェクトを散らしながら首を120度回転させ、錐揉み回転しながら吹っ飛び、コンパートメントの外の廊下にゴロゴロと転がったのだった。
あ、あれぇ……? なんで…………??
「わたくしが……わたくしが……どれだけ、どれだけ……」
FUSHIは何も言わずに、私ではなく彼女の傍らに寄り添っている。
「あ……」
そんな彼女の深紫の瞳から零れる、センサーの閾値を超過した情動を示すいくつもの雫のエフェクトを見て、ようやく私は彼女に渦を巻くものが何なのかを悟った。
それは、定命の人の子の情動のデータベースからは参照できない数値。
それは、皆が私を置いて終点にたどり着くたびに、私の中に蓄積し続けた穢れの残滓。
それは、皆と同じ列車に乗れなかった私の裡に蟠り続けるもの。
──それは、深い深い、やるせなさの彩だった。