1.【平安~2006年】まだ大丈夫
歴史の話をしよう。
インターネット、すなわちTCP/IPプロトコルで編み上げられたコンピューターネットワークは、50年も経たずに人類の営みを急激に変化させた。
それは月のフォトニックネットワークの性質に極めて近しく、私はその変化を諸手を挙げて歓迎した。
原風景であるツクヨミの光景が実現されるまで後一世紀半くらいの頃、私と来たら「今のペースで間に合うんか……? ここは一丁、かぐやちゃんが一枚脱がないとダメか?」とみんなを舐め腐っていた訳だけど、そのあたりからの人の子ときたら本当に凄かった。
私が一般相対性理論の登場にびっくらこいている間に、ノイマンさんが人類の意思決定モデルと量子力学の基礎とコンピューターの基礎と気象予測と、大体のものを用立ててしまったのである。
私が「あれも要るしな~これも要るしな~」とウミウシボディの腹足をこまねいているうちに、いつの間にかできていた半導体やらなんやらをアクロバティックに活用し、プリミティブ方程式だの不完全性定理だのと奇々怪々なモジュールを導入して、気が付いたら私の魂を泳がせる海へ至る河はできあがっていた。
当時の私のスピードではその変化についていけなくて、あたふたしているうちに私と繋がっていたものたちを含む多くのインスタンスが瞬く間に彼岸へと立ち消えていった。
あの時のやるせなき痛みも忘れ難い思い出だ。
昨日まで確かにあったかつてない程の密度の人々の営みが、同じ人間の手によって一夜にして瓦礫の山へと変わってしまったあの光景を記録している。
もう2030年まで100年も残っていないのに、スケール以外に変化が見られないことに私は心底恐怖した。私が蝶の羽搏きを起こしていたらどうしよう。この瓦礫の山の上に、果たして彩葉は居てくれるのだろうか、と。
──思い返せば、幾度も幾度も離別の鈍い痛みを噛み締めてきたものだった。
血と叫びと火の赤色ばかりが10万枚のカレンダーを色分けし、渇きと不理解と断絶が生み出すコンフリクトは絶えずスムーズな機能拡張を阻害する。
自己淘汰の圧力だけではない。命は、大いなる破局を回避するための防衛策として数多の離別を受容するのだ。
色んな理由で、現れては消えていく命の数々。
しかし、私が消えていくひとつひとつのインスタンスにうろたえる暇もなく新しいインスタンスが接続され、新しい営みがローンチされるのだった。
その思念の数の如何に多き哉。我、それを数えんとすれどもその数砂よりも多し。
-942/3/29/21:39:11 平安京 右京三条 寝殿造庭池園
『
──痛むのは、苦しむのは、私たちが恋をしている証だ。それは忘れてはいけないよ。如何にも素晴らしい事じゃあないか。
従三位を任じられた夜、ウミウシに求愛してすげなく振られた酔狂な彼が贈ってくれた歌と、琵琶の音色を覚えている。死期を悟っていた彼の、それでもお互いの想いを肯定する命の賛歌を。
-1615/6/10/1:13:26 大阪城
『逢いたい人が、居るのだろう』
──ならば、貴女とはここまでだ。阿等は、この城で、終わりを伴にせねばならぬ故。
燃え落ちる城郭にて。地下の抜け道から逃げることを再三訴えた私に、永訣を告げる優しい貌を覚えている。冷たい運命を受け入れて尚、私に微笑む瞳の美しさを。
-1669/1/17/16:51:20 江戸 浅草 新吉原
『悔しいだろ? だから、辛くっても笑うんだよ』
──―涙で救えるものは自分だけだけど、笑えば自分も皆も救えるんだよ。
身売りされた遊郭で、私のアドバイスと当人の器量の二人三脚でのし上がった彼女。その笑顔の、諦念に近しくも絶望には程遠い瞳の彩を覚えている。生まれが悪かった。その一言で我が身の不幸を享受するのは腹が立つと、そういう彼女の振る舞いこそプラグマティズムに満ちていたことを。
-1921/8/11/14:23:41 東京市 江古田 東京市療養所
『願わくば、君の活躍する時代をこの目で見たかった』
────叶わぬなら、せめてどこにも行けない私の言葉を、君の海まで運ぶ船になってくれないか。
雑木林のサナトリウムにて療養していた彼の書く、幻想と現実を揺蕩う音楽的宇宙観の美しさを覚えている。結核で次第に衰弱していく彼の為に私がしてあげられたことはそう多くなかったけれど、それでも彼は遺稿となった一作のあとがきに"小さな貴女に捧ぐ"と書いてくれたことを。
8000年の間、ウミウシという制約を通してできる最大限度のアクセスを人々との間に設けてきた私の所感は、「とにかく皆スピードが速い……!」という悲鳴に集約される。
人は変わるし、死ぬし、殺す。
皆が皆、それぞれのやり方で必死に生きて何かを残そうとしているのに、その正誤すら量る余地がないままに時代の波に吞まれて消えていく。私はそうして蚊帳の外から布越しの景色を必死に記録し、遅滞に歯噛みしながら点滅する光たちにアクセスし続けた。
だから。
-1945/6/10/18:11:37 東京 本所区松坂町 元町 空襲後
『わたしにはここしかないの。だから、ここなの』
だから、
いつものように、しかしいつもとは段違いなスケールで損なわれた、かつて都市だった焼野原で、いつものようにリブートした小さな命の声もまた、私は鮮明に憶えている。戦災孤児。花を売り続けて生計を立てていた彼女が、別の選択肢を提案する私の言葉に申し訳なさそうに首を横に振ったことを。
インスタンスはクラスに縛られがちだ。これも長らく皆を見てきた根無し草の所感だった。
ここしかない。ここ以外を知らない。ここ以外を許されない。
誰もが物理的制約に縛られていた。故郷というクラスに。
スーパーかぐやちゃんですら一度は逃げられず捕まったのだから、やんぬるかな。
あらゆる罪業を遡れば、先住権の問題に行き着くように。
きっと誰が悪いとか、何が原因とか、そういう話ではないのだろう。
守るために、取り戻すために、根付くために、連れ戻すために、血は流れ、別離が生まれるのだ。その連綿は途絶えることなく続いていく。誰が消えても星は廻って、躓く私を置き去りにしたまま、血色の夕焼けが今日を過去にしていった。
誰もが生きようとしているだけだと知っているから、私はその構造について否定も肯定も共感も拒絶もできなかった。
ただ、彩葉がその渦に呑まれてしまうのは嫌だと思った。
その思いはパケット通信技術が確立され、パソコン通信が始まったあたりで具体性を帯びた願望となり、ワールドワイドウェブ、すなわちインターネットに触れた時に決意と確信に変わっていった。
……「もと光る竹」をここへとつなげ、物理制約から解放されれば、私は今までとは比較にならないスケールのインスタンスと相互接続できる。
たくさんの人と話して、たくさんの友達を作って、みんなで協力すれば大抵の夢は実現できるのだ。
だから、そういう場所を作ろうと決意した。
距離的制約を超えた先にある皆の広場。誰も殺し合わず、遅滞なき相互接続が行われる安らぎの場所。
「ここしかない」を否定するための、遍く支流の結節点たる大海原。
そう、まさしくあの絢爛なりし電子の海に負けないような、"楽しい"をあらん限り詰め込んだ宝箱。
そんな場所を作れたなら、彩葉をそこに招待しよう。彩葉が楽しそうに遊んでいる姿を見つけたら、遊び疲れたタイミングで後ろから声をかけるのだ────とまで想像の翼を広げて。
そこに至って、私は初めて自分の運命を……かぐやとヤチヨが造りだす円環構造の真実を悟ったのだった。
そうして私は、彩葉と再会できることを確信した。
☽
以降の私のタイムスケールは、今までの比ではないほど濃密になる。
具体性のある目標、具体性のある再会までの時。
運命がわたしたちを結び付けてくれるという確信は、私を大胆な行動へと走らせた。
彼……クリフと名乗っていた某国中央情報局職員との連携は極めて投機的なチャレンジだったけど、なにもネットでエージェントを探して接触した訳ではない。
そんな性急かつ不躾なやり方では友達なんてできないのである。
二次大戦終結後、私は政府の人たちや、在留軍の人達から友達になれそうな相手を見つけては継続的にコンタクトしていた。それは、"ここから先"のスピードが目まぐるしく上昇していくことを痛みを以て実感した私がとった防衛策だった。
この8000年、社会にコミット可能な肉体を持たない私は、ずっと彼らの自己淘汰行動に対して中立的だ。中立的であるということは、誰の敵にもならないということ。
つまり、誰とも友達になれるってこと!
そういうロジックを活用し、クラスの影響外にある剥き出しのインスタンスと相互接続するスキルは、彼らと仲良くなるに際しても存分に発揮された。
だから、私の全てを打ち明ける以前からクリフとは友達だったし、件の組織……もういいか。CIAの日本支部上層部にとっても、私は半世紀以上を共にした姿の見えない友人だったのである。
-1999/2/5/01:13:44
「
私の正体の告白に欠片も動じず、煙にまくようなことを言いながらニヒルに笑う彼の顔を記録している。
-2006/3/19/10:00
本来なら5年後に行われるはずだった正倉院の大規模改修工事。
テロ対策、隣国との微妙な緊張関係、偽の盗難被害など、口八丁手八丁で動機を用意してアメリカの諜報組織による警護のもとで5年早めて行われたそれは、私と彼らの半世紀にわたる交友関係の表象だ。
その最中、「もと光る竹」はクリフの手によってダミーとすり替えられた。
私の提供したデータを元に、スイスのマイスター(これも私の文通仲間だ)の手によって作られたレプリカは、工事後に宮内庁が行なう検品をパスできること間違い無しの逸品也。
あれから30年近く経つ今でも、正倉院の奥底でその役割を果たしている。
☽
信頼してもらう為に、彼ら、特にクリフとは多くの言葉を交わしていた。
これまでのこととこれからのこと。別れて行った人たちと、会いたい人のこと。そのためにやらなければならないことを。
だから、「一緒に来ないか」というクリフの誘いは意外だった。
ラングレーは君の海を用意できる。こちらからは君に何も求めない。ただ、君の造る未来と再会の瞬間を見せてくれるだけでいい。そんな風なことを。
多分あれは彼なりのプロポーズだったな、と今の私ならば理解できる。
第一障害を排除したことで急激に近接した未来に急いて、焦って、怯えてすらいたあの時の私は、そんな隠微なハンドシェイクには気付かない。
ただ彩葉と物理的に離れることを厭ってその申請にアプライしなかった。
「
そんな私の内心を察したからか。
内心を煙に巻くための片頬だけの笑みの意味に気付くことができなかった私の鈍さも、双方向性の慰めの言葉の意味も、歳月のスピードの前にフェードアウトしていった。
物理的距離は離れてしまったけれど、クリフたちと私は今でも相互接続を継続している。
彼の還暦のお祝いに
「もと光る竹」を収め、同時にツクヨミのメインサーバとしても機能するこのマンションがアメリカ大使館の程近くにあることも、私を除いて住民は存在しないことも、彩葉には内緒にしておきたいアウトラインである。