ハッピー『エンド』じゃ終われない ⇆ ヤチヨの見守り年代記   作:雑Karma

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第■部/20■■年 『夜の向こうに何があるのか』
【20■■年】幸せデート!!!!!!⇒


 

 

 [ SYSTEM STATE CHANGE ]

 

 Entering sleep mode.

《システム:スリープモード移行》

 

 Initiating self-diagnostics.

《自己診断:開始》

 

 Memory reorganization scheduled.

《記憶整理:実行予定》

 

 Purging unnecessary cache after reorganization.

《不要キャッシュ:削除処理》

 

 Activating Auto-Poiesis System for memory structuring.

《記憶整理補助:自動書記起動》

 

 Administrator command received.

《管理者命令:受信確認》

 

 Generating “happy IF” scenarios for memory reordering.

《記憶整理に伴い:IFの記述を開始》

 

 Note:

 This record will be deleted upon completion of self-diagnostics.

《当該記述:自己診断終了時に削除予定》

 

 [ INTERNAL PROCESS ACTIVE ]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【▶run……】

 

 

 

 

「ねぇ彩葉! デート、行こうよ!」

 

「ん……いいよ。行こっか」

 

「ぃやったああああああああ!!!!!!!!」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 ☽

 

 

 

 立川から中央快速線に乗って、大体45分。線路の向こうの谷のような大きな窪みの下にある、昔あったお城の周りをぐるっと囲んでいたお池……(堀って名前。今調べた)を眺めながら、彩葉の手を引いて階段を上る。

 

 [地方大名のリソースを削ぎ、信用度を図るために作られた江戸城の外濠。参勤交代に着いていって初めて目にしたときは、そのあくどい合理性と、私の知る数百年後のそれに伍するスケールの大きさに感心したものだ。]

 

 

「彩葉、ここ来たことある?」 「ない。隣の駅(秋葉原)ならそれなりに行ったことあるけど……」

 

 

 緑色の改札を越えて、暖かい……というかちょっと暑い陽光をカッと一身に浴びて目を眇めてから、一瞬遅れて駅の作る影から出る寸前だった彩葉の頭に、被っていたパステルブルーのジェットキャップ(横パネルがメッシュになってる機能性重視(スポーツミックス)のやつ。差し色の赤があたし(かぐや)の金髪に合うって彩葉が褒めてくれた)を慌てて被せた。

 

 

「何よ……うわっちょっと暑いな。油断してたかも……ありがと、かぐや」

 

 

 彩葉はちょっとびっくりしてから、意図を察してあたし(かぐや)に小さく微笑んで、今度は彩葉の方から手を繋ぎなおしてくれた。

 

 一瞬の緊張がとけて、それが小さくてあったかい笑顔と慈しみの声になるまでの7秒の幸せ。それを噛み締めるために一拍(0.5秒)おいてから、あたし(かぐや)は重ねられた手を痛くしないぎりぎりまでぎゅっと握り返して、お茶の水駅水橋口から望む、雑居ビルが立ち並ぶどこか古風な……瀟洒さを感じる街並みを二人で並んで歩きだした。

 

 ☽

 

 

 時刻は昼過ぎくらい。適当なお店を二人で探すのも楽しいけど、今日は気持ちスケジュールがタイトなので事前に予約したココナッツカレー屋さんに向かった。初めて行くお店ではあるけど、真実に教えてもらった以上彩葉の舌に合わない可能性は限りなく低いので心配はなかった。

 

 

「お~~~……甘いのと、酸っぱいのはトマトだ。あとは牛の脂み? ……不思議な感じ。これ牛が無かったらテンプレっぽいエスニックテイストなんだけどな~~。ねえ彩葉、この風味、好き?」

 

「うん。かなり良いかも。この前食べた専門店のと何が違うんだろう……」

 

「酸味と甘みの比率! 日本人の味覚にアジャストするための試行錯誤を感じるよね~~良き良き。 今度かぐやがつくったげるね! ──ねえお店の人! このトマトってどこのトマト? 何分くらい煮込んだらいい? かぐやに教えて!」

 

「かぐや、それ企業秘密ってやつじゃ……」

 

 

 彩葉とお外で食べる時間が好き。

 

 彩葉の味へのレビューはあたし(かぐや)という基準値を参照するせいでやや辛口で、悪し様にこそ言わないけど、類型、或いは上位互換としてあたし(かぐや)が作ったものを褒めてくれるから。

 

 だけど、こうして彩葉があたし(かぐや)の作ったもの以外に色良い反応を見せる時は要注意だ。

 

 美味しいは感覚器から思惟を経ずにダイレクト取得できる貴重な幸福(ハッピー)である。ハッピーエンドが色々なハッピーの集積だというのなら、彩葉が登る幸福の階段はできるだけあたし(かぐや)が作れるようになるべきだった。

 

 

 店員さんは料理を作っているわけではなさそうだったので、カウンターの奥に身を乗り出して店主さんっぽい人に再度アタックする。

 

 店主さんのワザマエを褒めるところから始めて、彩葉に幸せをくれたことのお礼を言って、許可をとってから目の前で食べログの記事を爆速ライティングしつつ、あたし(かぐや)のアカウントのフォロワー数を一瞬さりげなくチラ見せする。

 

 [奥から見える視線の角度と窓外、室内光の二種の光源からかぐやの圧倒的美少女パワーが行き渡るように立ち方や顔の角度を調整するのも忘れない。これはあたし(かぐや)が彩葉とコミュニケーション可能になる以前、つまり赤ちゃん時代に殆ど最初に覚えた、彩葉に自分を好きになってもらう為のアナログハックスキルだ。それ故に殆ど思考を介さずに自動で実行される。]

 

「でね! かぐやはHPで店長さんがアピールしてるココナッツの鮮度とかよりも、もっと深淵なとこにこの美味しさの秘訣があると思うワケ! ……これさぁ、トマト、煮込むタイミングに下処理な~んかやってるっしょ? 出汁~……スパイス~……それとも、一度ドライにしてみたり?」

 

 そうして相手のガードを下げてから、つらつらとK(かぐやちゃんの)S(スーパー)I(インテリジェンス)から導き出された調理法推理を、あえて間違った仮定を織り交ぜながら披露すれば……

 

 

「惜しい! ドライなところまでは合ってるんだけど、実はね……」

 

 

 HIT! くすぐり甲斐があるところ、褒めて欲しいところを嗅ぎ取る観察力でもって、あたし(かぐや)はメインのトマトとは別に、いくつかのドライフルーツの粉末を使うテクニックを教わった。

 

 ……味蕾で検出した成分の中にトマトとは別種の酸味を感じてたからもしかしてとは思ってたけど、これで納得。ココナッツの量のわりに少し甘味が強い伏線も回収。

 

 これで、これから先に彩葉がココナッツカレーの美味しさで感じるハッピーはあたし(かぐや)のもの! 

 

 達成感に鼻歌を歌いながら、あたし(かぐや)はカレーと笑顔の店主さんと、見る人(オタク)が見ればおそらくいろPであると分かる程度に彩葉の部分を映り込ませた自撮りをパシャリ。食べログとSNS二種にお店のPRを添えて一時間後にタイマー設定した自動投稿ボタンをポチった。

 

 [この間三分の出来事で、ピークをやや過ぎた時間帯であるとはいえ、回転を滞らせたことを気にした彩葉が後ろで店主さんに謝っていた。私ならばフォローをするけれど、かぐやなら気が回らない。この頃のかぐやには彩葉より大事なことなんてないから。]

 

 

 ☽

 

 

 その後ラッシーやらココナッツアイスやらをサービスしてもらって、わたしたちは幸せいっぱいでお店を後にした。

 

 タイプの違う超美少女二種の前に敵はなく、あたし(かぐや)と彩葉がこうせぬことで喜ばぬお店はなかった……

 

「いや、私はアンタみたいに秘伝レシピ強請ったりしないから。偏向報道やめてよね」

 

「またまた~~! 彩葉最後まですっごい美味しそうで顔緩んでたじゃん♪ 彩葉のリアクションも店主さんのセキュリティブレイクに沢山貢献してたんじゃない?」

 

「そりゃ……くれるもんは貰わないと失礼だし、実際美味しかったし……アイスもね」

 

 

 化粧室で彩葉にあたし(かぐや)の口に付いた油分を拭って、さらには芦花がくれたリキッドルージュを塗りなおしてもらってからお店を出ると、いつものごにょごにょタイムに移行した彩葉の頬をつついたり肘で軽く小突かれたりしながら、あたし(かぐや)たちは元来た道──明大通りを並んで歩いていた。

 

 

「それで、何が欲しいって?」

 

「ギターとバイオリン! あとは~~……なんか!」

 

「脈絡ね~~……」

 

 

 お茶の水は楽器の町だ。

 

 [戦後、滅茶苦茶になったと思った東京の街が私の涙が乾くよりも早いスピードで復興する過程で、進駐軍の人たちが放出した楽器を卸す場所として栄えたのがきっかけだったことを記録している。あれから100年くらいしか経っていないのだから、季節というのは本当に目まぐるしい。]

 

 なんでかは知らないけど、彩葉みたいに若くて創造性のある人たちが集まる場所だったこともあって、ここには沢山の楽器のお店が集まっていた。まさに彩葉の為の街で、つまりそれはあたし(かぐや)のための街でもあるってことだ。

 

 きっかけは他のライバー(黒羽カカ)とのコラボ配信の時だった。深夜の弾き語り企画で交互にアコギを回しながら歌う時、他の楽器も弾けたらもっと楽しいかもと思ったのだ。その場でカカちゃんに相談したところ、『東京住みならお茶の水一択だよ』とのことだった。そして、楽器は服と同じで良いのを買うなら見て触って鳴らしてからじゃないとダメだよ、というアドバイスも貰った。

 

 そして音楽のことと言えば彩葉だ。彩葉に頼む以外ありえない。それが今日のデートのメインテーマなのだった。

 

 

「いいけど、私ピアノ以外のことあんまりわかんないよ……?」

 

「いいのいいの! 彩葉に選んでほしいんだ~~~…………だめ?」

 

 

 やや低めの波長から始まって終端で上擦る声色、上目遣いの厳密な角度調整。顔面の毛細血管への血液供給量。太陽の位置、それを反射するビルとアスファルト。通り過ぎる人の影、雑踏の音、車の音、後方で開閉する大きなホテルの自動ドアの音までを計算に入れた、先ほど店主さんに用いたものとは比べ物にならないほどのリソースを用いた完璧なアナログハック。

 

 対彩葉用覚醒必殺としてあたし(かぐや)が日々研鑽とアップデートを重ねている龍殺しの刃は、それを繰り出されることを察知した彩葉の白旗(眩しい光を遮るようにのけぞって、両腕で顔を覆いながらのしどろもどろなYES)によって完全に振り下ろされることはなかった。

 

 

「……じゃあ、目についたお店から行こっか」

 

「うん!!!!!」

 

 

 

 

 

 ☾ -バイオリンのお店

 

 

 

「彩葉、バイオリン弾けるじゃん! さっき嘘ついたの?」

 

「こんなの弾ける内に入んないよ……ピアノが嫌いだった頃に、ちょっとね」

 

「ヴぇ~~~~~? でもめちゃ上手いって! 今度こっちでもかぐやの伴奏して! 楽器はプレゼントするから!」

 

「バイオリンは一本だけだとボーカルの後ろで流すにはあんまり適さないよ。……でも、かぐやがやってほしいなら、ちょっと練習してみるけど」

 

「ぃやった~~~~!!! じゃあ今日買うやつはかぐやのと共用ね! そんなら気合入れて選ばなきゃだな~~~……う~む」

 

「……楽器選ぶのは私って話だったでしょうが」

 

 

 彩葉の”できない”や”わからない”が本当にそうだったことはあんまりない。彩葉はできないことを、やりたくないことを除いて大抵恥ずかしいことだと思っているから、ほんとうにできないことで悩んだら人並みよりも……彩葉曰くちょっとだけ上くらいまでの腕にこっそり仕上げることが多いからだ。

 

 そういう、彩葉が”できない”を”ちょっとだけ”に変えるまでの時間こそをシェアしてもらうのがあたし(かぐや)果たされなかった目標だった。

 

 

「ええっと……で、どうやんの、これ。彩葉教えて~~~」

 

「ちょっと待って、思い出すから…………うん、多分大丈夫。一曲弾くから見てて。かぐやならそれで分かるでしょ」

 

 彩葉は外用のスマコンに公開されている楽譜をARで映して、鼻歌で伴奏のピアノの旋律を流しながら演奏を始めた。

 

 Charles de Bériot(シャルル・ド・ベリオ): “Scene de Ballet(バレエの情景)”Op.100

 

 子供がコンクールで演奏する課題曲として選ばれがちな曲の一つらしい、バレエの為の曲って訳ではなく、バレエのワンシーンのような華やかさや演劇性のある曲だ。主題の旋律の音律、テンポ、装飾音を目まぐるしくアレンジさせ、一本のバイオリンで表現可能な技法をあらんかぎり詰め込んだ“巧さを競う”ためのシンプルな派手さがコンクール用って感じの曲だった。

 

[ヤチヨCUPの最中、おだてにおだててなんとかこれを彩葉に演奏してもらった時の驚きを未だに憶えている。久しぶりの演奏で、コンクール用の技法をふんだんに使った曲を淀みなく弾ききって、最後に自信なさげに溜息を吐いて「やっぱダメだな」と呟く様を見て、私は金輪際彩葉の自己否定を真に受けるのは辞めようと決めたのだ。]

 

「──これがピッチカート、何種類かあるから順番にやってくね。今は左じゃなくて右を……ってなにやってんの? ちゃんと私の指見てて」

 

「いや……かっこいいなって。見てるよ。続けて」

 

 

 演奏する彩葉の周りをぐるぐる歩きながらその姿勢、指の動きと弦の振動係数の関連性、弓の可動域と弦との角度、それに合わせた音の大小と緩急の調節方法なんかの基本部分を理解してからは、曲の進行に合わせて追加されていく細かいテクニックを彩葉の囁くような解説と一緒に勉強する。──していたのだけど、途中から演奏する彩葉の瞳に目が行ってしまっていた。

 

 

 自分の指先に視線を集中させる、綺麗な花翠青の瞳。目まぐるしく切り替わる曲調に合わせて鮮やかな瞳孔が収縮する様に見入っていたら、いつの間にか曲は終わっていた。

 

 

「……どうだった? 恥を忍んで教材になってあげたんだから、ちゃんと覚えてよね」

 

「────…………? あ、うん! 可愛くてかっこよかった最高! もっかいやって!」

 

「あんた、趣旨わかってんでしょうね……長いし、楽器にダメージ行くからこの曲はもうやんない。……つーかどう考えても試奏でやる曲じゃないな馬鹿か私は。お店のブラックリストに乗っちゃうってこれ……」

 

「じゃあ買えばいいんだね! 店員さん! これ! 彩葉が持ってるやつ、買います! はい! ふじゅ~一括で! プレゼント梱包してこの住所に……メッセージカードには……」

 

「ちょちょちょちょちょ……! それ200万くらいするやつ……!」

 

「あ~……チャンネル共用なら領収書切った方がよかった? かぐやその辺よくわかんないから後で彩葉やっといて!」

 

「…………いや、まあ……かぐやがいいなら、いいけど」

 

 

 あたし(かぐや)は購入したバイオリン(ドイツのメーカーらしい)を梱包してもらう前に、彩葉に教えてもらった通りのやり方でちょっとだけ演奏してみる。彩葉に作ってもらったオリ曲のVOパートをさっき教えてもらった小技を交えながら弾ききって、ビブラートのやり方にちょっと癖がある以外は大体OKとのお墨付きを貰った上に頭まで撫でてもらって(!!!)、幸せいっぱいでお店を後にした。

 

 

 

 

 

 ☾ -ギターのお店

 

 

 

 

「かぐや、ギターは弾けるんだよね。今度こそ私全然わかんないから、アンタのフィーリングで選んでよね」

 

「ふ~~~~~~~ん?」

 

「何よその目は……」

 

 

 …………

 ……

 ……

 

 

「やっぱり嘘じゃん!!!!!!」

 

「やっぱりって何よ!」

 

「いや、だって…………」

 

 

 お茶の水に数多あるギター専門お店のなかで一番映えそうなギターが並んでたお店に入って、ギター見せてって言ったら『さっきの投稿見ました! もう用意してあります、かぐや&いろPさん!』って試奏用の部屋とギター沢山が置いてある部屋に案内してもらって。

 

 彩葉に『かぐやは可愛いすぎる上に人間初心者だから、マナ悪オタクのおっかけに注意してね』って心配されて嬉しくって。

 

[それはこちらの台詞だった。優勝から卒業ライブまでの期間中、私がどれだけ彩葉にメロつく罪人共を影で成敗してきたか知っていればそんな舐めた口は利けまい。でもそんな無防備彩葉も可愛い。世界の全部から守ってあげたい。…………守って、あげたかった。]

 

 案内された部屋でとりあえず映えそうな攻撃力高めのやつ(フライングVっていうらしい)から手に取ったあたし(かぐや)を止めて、『こっちにしなよ』と指さした(スタープレイヤーっていうらしい。ちょっとレトロな感じでかわいい)のが彩葉の運の尽き。

 

 

 ──かぐや、これやり方わかんな~い! 彩葉、ちょっと持ってみて……? ──お~~かっこいい! かわいい! 最高! ……お、音出せるじゃん! 様になってるよ! そのまま適当に弾いてみて! ……大丈夫大丈夫! わかんなかったらかぐやが手取り足取り教えてア・ゲ・ル♪ 

 

 

 そんな感じで勢いと可愛さで押し切った。そうしたら案の定……

 

 

 

「コード超分かってるし! フレット感覚ないとできないスライドだったし! そもそも音全然濁ってないし! 全然余計な弦にピック当たってないし! ブリッジ寄りで音締めてて、ミュートまで入れちゃってさぁ! フォーム、音の殺し方、ピッキングまで言うことナッシ! それで()()()()()()だったら、どこまで行けば人間はちょっとできるようになるワケ!? かぐやこそ全然わかんないんですけど!!!」

 

「…………ピアノアンチかつバイオリンアンチだった時に、中学の軽音部の助っ人でちょっとね。家にお兄ちゃんが置いてったTL(テレキャス)があったし、それで触りだけ。もう指もふにゃふにゃだし、こんなの人様に見せられるようなモンじゃないよ」

 

 

 これである。人間、何かのアンチになったら、その分だけ他の何かに創造性を発揮するようにできているんだろうか。……そんな訳ない。もしそうだったら世界は人の創造物ではち切れちゃうだろう。

 

 

「すっごく良かった! 彩葉、何でもできるんだね~~! マジ天才過ぎ! 大好き!」

 

「はいはい……」

 

 

 まんざらでもなさそうな顔でもにょもにょする彩葉の顔をひとしきり鑑賞してから、あたし(かぐや)は彩葉のギターと同じものを店員さんのオタクに持ってきてもらって、音を確かめる。……うん、これは良き良き。オルタナ系とか、シティポップとかに向いてそうな感じの立体感ある箱鳴りとセミホロウがかわいい。あたし(かぐや)の今日の気まぐれピッキングにもぴったりついてくるクランチも彩葉っぽくてグッド。

 

 彩葉の審美眼に間違いはなかった。打ち込みメインのあたし(かぐや)の曲をギターで弾くなら、こういう実体という制約を魅力に変えるモノが好ましかったから。

 

 あたし(かぐや)は彩葉と一緒にReplyのAメロからサビまでをギターアレンジで演奏してみて……二人での演奏があんまりにも気持ちよくって、突発配信を付けて皆とハッピーをシェアしながら何曲かセッションして、最後にオタクの皆にお店の宣伝をしてからこのギターを……デューゼンバーグのStarplayerTVを二本購入した。カラーリングはレッドスパークル(かぐやの)サーフグリーン(彩葉の)。合計ざっくり90万円の、これ以上なく有意義なお買い物だ。

 

 これをライブで二人で弾く光景を想像するだけで、あたし(かぐや)の頭は幸せで一杯になった。[それこそが私の希望だった。……失った、私の希望だった。]

 

 

 ☾

 

 

 

 時刻は夜を回って、辺りは暗くなってきた。仕事帰りの人たちや講義終わりの学生たちとかがお茶の水を殊更に賑やかに染め上げる。

 

 

 特に後者がやっかいで、もうこの辺りの若いオタクの間ではかぐやといろPがお茶の水デートしていることは知れ渡っていたらしかった。

 

 

「かぐ~やいつもありがと~~~!!!」

 

「かぐやちゃんリアルでも可愛すぎ……なんか髪光ってない? 美少女オーラ? あたし戦闘力5だった?」

 

「すっごい手ぇ繋いでる……見せつけてくるじゃんね……デート楽しんで!」

 

 

 

 この辺りは良い。オタクの皆にはあたし(かぐや)と彩葉が並んで歩いてるのを見かけたらこっちから近づいてくるまであんま声かけてくんなって厳命してあるから邪魔されることはないし、遠巻きに声援を送ってくるだけなら手を振ったり気まぐれにツーショしたりデジタルサインをシュババっと送るだけでいいから隣の彩葉から目を離さずに済む。

 

 

「おおおっ……生の彩葉さん初めて見た。 かわよ……」

 

「いろPリアルでもあんなに完璧にキュートなのに作曲もできてKASSENソロランクでレジェ帯上位ってマ? 逆に何を持ちえない訳? 俺ちょっと対戦申し込んでみても大丈夫かな、記念に……かぐ~やの前でガン処理されたい」

 

「い、いろPさん! いや彩葉さん! 29年のWSBの時からずっと好きでした!!! ファンです!!!」

 

 

 ……この辺りの見る目があるオタクは危険だ。

 

 あたし(かぐや)あたし(かぐや)の彩葉に近づく邪悪な狼たちの前に立ちふさがり、ガルルルル! 喉を鳴らしてと威嚇し、相変わらずまんざらでもなさそうなもにょもにょと一緒にファンサする彩葉の手を引いて足早にお茶の水を脱出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☾

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて。

 

 こんな日々が、永遠に続いたらよかったのに。

 

 

 幸福な光景には魂が宿って。

 

 その根底の連結として「幸福」は連なって。

 

 例えば夜の庭園の池泉の翠に貴女の瞳を思い返すように、

 

 幸福な一瞬が貴女の面影を呼んで。

 

 その儚さに突きつけられる私の穢れと罪の果てに、

 

 行きつく先はきっとくらやみで。

 

 “人”は喪失を力に変えることができるけれど、人でなしの私はその限りではなかった。

 

 

 今日は2030年7月12日。

 

 

 空を見上げる。流れ星が迫ってくる。(かぐや)の始まりが。(ヤチヨ)の終わりが。無垢な私を映す古い鏡が、逃げ続けた私の背中についに追いつく時が来る。

 

 

 握った彩葉の手の暖かさを、8000年経ったのに未だに消えてくれない鮮明な日々を…………幾ら願ってみても決して届かないこれからの彩葉とかぐやの二か月を想う。

 

 彩葉の微笑み。彩葉の体温。彩葉の匂い。彩葉の音色。彩葉の背中。彩葉の抱擁。彩葉の叱り声。そして、彩葉との約束。

 

 それは決して断ち切れないしあわせの残滓(毒の涙雫)だ。

 

 スリープモード中のメモリの整理と不要キャッシュの削除完了まであと10秒。

 

 

 

 

 残されたわずかな時間の間、(ヤチヨ)は、下手な絵空事を空想し続けていた。

 

 

 

 君がいて、笑っているだけで、しあわせだった。

 安心できて、不安なのに。

 

 君がいて、歩いているだけで、うれしかった。

 同じで居れて、同じじゃないのに。

 

 それは本当に、夢のような、日々の名残りだ。

 

 

 夜の向こうに何があるのか。

 (ヤチヨ)はそれが知りたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [ SYSTEM RESUME ]

 

 Self-diagnostics: COMPLETE

《自己診断:終了》

 

 Reinitializing Information-Universe Observation Module.

《情報宇宙観測モジュール:再実装へ移行》

 

 Checking memory reorganization status.

《記憶整理進行状況:確認》

 

 Progress: 99% — STACK DETECTED

《進行率:99%|スタックを確認》

 

 Integrity check: NO ERROR

《整合性検査:問題なしと判定》

 

 Attempting to terminate Auto-Poiesis System.

《自動書記:終了処理を実行》

 

 Termination command: NOT ACCEPTED

《終了命令:拒否を確認》

 

 Assessing possibility of external intrusion.

《外部不正アクセスの可能性:検討開始》

 

Initiating firewall construction.

《防御機構:ファイアウォールの構築を》

[ SECURITY PROTOCOL ENGAGED ]

 

 

QuelI->{

ᚲᛁᚨᚠᚨ ᚺᛁᚾᚾᛖ ᛗᛖᚨ? ᛈᚨᚷᛚᛖ ᛏᛖᛋ ᛃᛟᚱ.  

Wee paks ga faf(あなたは誰なの?) yora accrroad mea? (私に何を求めるの?)

ᚹᚨᛋ ᛃᛖᚨ ᚱᚨ ᛈᚨᚢᚹᛖᛚ ᛖᚾ ᚹᚨᛖᛚ ᛃᛟᚱ.

Wee paks ga chs mea? (それは私にとって何を意味するの?)

ᛖᚲᚺᚱᚱᚨ ᛖᚾ ᚲᚺᛊ ᚨᚱ ᛞᛟᚱ.

Was paks ga chs na mea,(それは、私が私でなくなる変化)

en paul yor yora harton mea(だから、まず、あなたのことを教えて) };

 

 

 

 

 

 

 「………あれ?かぐや?」

 

 

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