ハッピー『エンド』じゃ終われない ⇆ ヤチヨの見守り年代記   作:雑Karma

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お待たせしました。
こちら超の方になります。


【20■■年】幸せデート!!!!!!⇒SUSPEND/.⇒

 

 

 

 QuelI->{

  EX[ᛞᛁᛏ]->{ᚺᚢᛗᛁ ᚠ ᛁᛃᛟᚾ}(私はただ、貴女を知る)

     }->ᛖᛉᛖᚲ->{ᚺᚹ};(だから、心を開いて)

 

 

 

 

 

 

 ☽

 

 

 

 

 

 

「彩葉はあたし(かぐや)のなんだから、軽々にファンサしちゃだめ! ちゃんと事務所通してもらわなきゃだよ~~!」

 

「どこよ私の事務所……まさか酒寄法律事務所じゃないよね?」

 

 

 あたし(かぐや)は彩葉の手を引いて、お茶の水駅前を通り過ぎて堀を渡る橋の上を歩いていた。

 駅は人が沢山出入りするので余計に収集がつかなくなるし、一本で立川に帰れてしまうので、そこまで付きまとわれたら面倒だからだ

 

 時刻は夕暮れに差し掛かり、お茶の水橋の橋梁から望む丸ノ内線の車両の赤も濃くなっているように見えた。

 

 

「……楽器、バイオリンとギターだけでいいの? かぐや、後なんか欲しいって言ってなかったっけ」

 

「んぇ?」

 

 

 隣を歩く彩葉の言葉にあたし(かぐや)は不意を突かれて立ち止まった。

 

 

「バイオリンは演奏しながら歌えるタイプの楽器じゃないし、かぐや、ギターはアコギとはいえもう持ってるじゃん。なんか、新しいものが欲しかったんじゃないの?」

 

「ん~~~……そうかも?」

 

 

 そういえば、そうだったような気もする。デートがあんまりにも楽しかったから忘れていたけど、これが買い物である以上、なにも新しい世界を開拓しようとしないのはもったいなかった。

 

 [それに、これはとても貴重な、彩葉からのデート続行の申し出だ。このまま『疲れたからあのお城みたいな建物で休憩しよ?』とは行かずとも、まだこの夢の終わりを遅延させることができるのならばと、私は一も二もなくその言葉に飛びついた]

 

 

 

「そだね~~…………あ、そういやさ、彩葉が持ってるキーボードって、あれ一つだったっしょ? 何個あったって困るもんじゃないし、もう一つ買おうよ!」

 

 

 彩葉のキーボードはかなりちゃんとした61鍵のステージキーボード。プロのピアニストだったお父さんからのプレゼントらしいそれは、色々なアンプや音響機器を噛ませなくてもあたし(かぐや)のステージパフォーマンスを彩るのに十分な綺麗な音色を届けてくれる。

 

 ……彩葉を構成するものは、彩葉だけじゃない。そういう連綿の結節点として彩葉があるのだと思うと、あたし(かぐや)の隣まで彩葉を届けてくれた人達や、因果や、この星の全てが彩葉を内包しているように感じる。

 

 その連綿と関連は、1(必要)0(不必要)の不均衡が生み出す2,3,4,5,6,7(月では有り得ざるもの)で溢れたこの場所に……調和と不和が美しく入り乱れたカオスの中に飛び込んだあたし(かぐや)の選択が、決して間違いではなかったんだと思わせてくれた。

 

 [たとえ、それらの数字が今の私の内側を圧迫し続け、1番大事なものから遠ざけている穢れの根源なのだとしても]

 

 

「結構かさばるもんだし、高いし、いくつもあっていいもんじゃないけど……ま、予備はあって良いかもね。冗長性ってやつ。何があっても曲を続けなきゃいけないことは、ある訳……だし…………?」

 

 

 あたし(かぐや)のテキトーな放言を苦笑しながら受け止めた彩葉は、不意にその言葉を途切れさせ、顎に手を当てて自分の中に入り込んでしまった。

 

 

「…………? とにかく、欲しいんなら、買おうよ! かぐやにプレゼントさせて!!!」

 

 

 あたし(かぐや)は彩葉の意識があたし(かぐや)から途切れることが嫌で、握った手に込める力を少し強くして彩葉の思惟を引き戻した。

 

 

「……うん。ありがと。じゃあ、お茶の水、戻る?」

 

 

 彩葉はあたし(かぐや)の瞳の不安を読み取って、それを拭うために微笑む。

 

あたし(かぐや)は、その貌の美しさに少し時を忘れた。

 

 

 職人さんが丹精込めて作った薔薇の造花のような彩葉の作り笑顔が好きだった。

 

 

 自分のためでなく誰かのために笑う彩葉の笑顔は、それを向ける相手への愛と思いやりで満ちている。あたし(かぐや)への混じり気のない無私の愛に。……だからこそ、与えられるばかりではいけなかった。彩葉を幸せ(ハッピー)にさせないといけないのに、いつもあたし(かぐや)ばかりが彩葉にそれをもらってるから。

 

 その不均衡を是正するために、お茶の水に戻るべく踵を返そうとした彩葉の手を、あたし(かぐや)は逆方向に引っ張った。

 

 

「かぐや? そっちは……」

 

「あっち! あっちいこ!」

 

「……うん、いいよ。いこっか」

 

 

 彩葉はあたし(かぐや)に何も聞かず、ただもう一度微笑んでから、私の手を引いて坂を降り始めた。

 

 お茶の水駅中央線の線路を辿って降る、長く緩やかな坂を降りた先に広がる街。

 

 秋葉原に向かって。

 

 

 

 ☾

 

 

 

 秋葉原には「かぐや」の広告があちこちにある。今はPC用品店チェーンとコラボしてたから割とデカめのかぐやの顔が中央通り交差点前の看板に乗っていた。

 

 そして、あたし(かぐや)は現実の方の顔もツクヨミの方と同じくらい知られている。

 

 場合によってはお茶の水の時よりも統制が取れなくなる可能性がある……と彩葉は言って、お茶の水に来た時から彩葉の頭に乗っていた帽子をあたし(かぐや)の頭に戻して、コンビニの化粧室でストレートに延ばしていた髪をヘアゴムとUピンでぱぱっと可愛くアレンジしてくれた。

 

 あたし(かぐや)もお返しに彩葉のセットを可愛くしてあげたかったけど、コンビニの化粧室をこれ以上占領しちゃダメって彩葉に怒られてしまったので無念の撤退。次の戦場を待つ。

 

 

 道すがら見つけたケバブをひとつ買って、二人で分け合って食べて。

 

 

 何故かあたし(かぐや)たちには声を掛けてこないコンカフェの客引きの女の子にこっちから絡みに行こうと声をかけて彩葉に怒られて。

 

 

 何となく入ったゲームセンターで見つけたレトロ格ゲー(GGXXAC#)の筐体で、さっきのケバブのお代を賭けて3先をして。(勝った方が支払うルールだ)

 

 

 あたし(かぐや)のグッズが沢山置いてあるらしいお店に入ろうとして「もう全部もってるからいいでしょ」と彩葉に止められて。

 

 

 PC周辺機器のお店の配信用の機材コーナーを集めた場所をウィンドウショッピングして。

 

 

 ゴスロリ専門店の前で彩葉に着せる服を選ぶべく、私には似合わないと宣う彩葉と熾烈な戦いを繰り広げて。

 

 

 道行く地下アイドルユニットっぽい素敵な格好の女の子たちに見つかってサインを交換して、ついでに写真もとって。

 

 

 ガチャガチャが集まるコーナーにへばりつくあたし(かぐや)を彩葉が引き剥がして。

 

 

 変なガジェットを沢山取り扱うお店で気に入った恐竜の口みたいなデザインの左手デバイスを使えるか否かで彩葉と議論して。

 

 

 自動運転システムは超こってりラーメンチェーンの看板を本当に緊急停止看板と誤認するのかどうかを検証しようとしたりして。

 

 

 ……、

 

 

 そうして[この空想の余地を少しでも引き伸ばす為に]秋葉原をうねうねと歩きながら、電子ピアノが沢山置いてある大型家電量販店に向かってちょっとずつ移動している時だった。

 

 

 

「あ」

 

「おお……!」

 

 

 

 中央通りに隣接した、秋葉原で大きなビルのひとつ。不動産の会社の1階の広いスペース。いつも週末に何かしらのイベントの会場として使われているそこに、大きなグランドピアノが鎮座しているのを見つけたのは。

 

 

 

 Quell->{

  ᛗᛁᛋᚹᛖ(suspend);

 

 

 

「なんのイベントだろ……」

 

 

 周囲をぐるっと見渡しても、どんなイベントのために置かれたピアノなのかを示すアイコンは見当たらなかった。

 

 

「いいピアノだね。スタインウェイの……コンサート用のやつ? 懐かしいな……」

 

 

 彩葉の視線は、そのピアノに纏わるバックグラウンドよりも、ピアノそのものに向いているようだった。

 

 懐かしむような、愛おしむような、遠くを想うセピア色の幸福の彩。

 

 ……よくない兆候だ。

 

 "懐かしい"は記憶から取得できる、あたし(かぐや)にはシェアされないトレードオフな幸福(ハッピー)だ。

 

 ハッピーエンドが色々なハッピーの集積だというのなら、彩葉が登るハッピーエンドへの階段はできるだけ私が作れるようになるべきだった。

 

 

 塗り替えないと。あたし(かぐや)の色に。せめて、この場所だけでは、どうか

 

 あたし(かぐや)は関係者の人を探すことの優先順位を下限まで落とし、ピアノを見つめる彩葉の背中を軽く押した。

 

 そんなものは後からいくらでもできる。ようは誰も損しなければ良いのだ。そこからお互いのマネタイズに発展させることだって、今まで何度もやってきた。

 

 

「彩葉、あのピアノ、弾いてみようよ。フィーリングが良かったら、これ買っちゃお!」

 

「……ん、いいよ」

 

 

 スタインウェイのグランドピアノ、大体一千万は下らないけどね。彩葉はそう呟いて小さく笑うけど、あたし(かぐや)の提案を否定はしなかった。

 

 そこにある愛と慈しみに寄りかかるようにして、あたし(かぐや)はきっと今夜最後の無茶を通す。

 

 

「……ん、かぐや、一緒に弾きたいの?」

 

「うん。さっきのギターのやつみたいなの、やりたい」

 

 

 彩葉をピアノチェアに座らせると、あたし(かぐや)は彩葉に少しだけ横にズレてもらって、空けてもらった右側のスペースにちょこんと座った。

 

 

「連弾かぁ……懐かしいな。かぐや、ピアノ、どのくらいできる?」「彩葉のをずっと見てたから、コードとか、どこから音が出るのかとか、基本はだいたい行けるよ」

 

 

 また"懐かしい"を聞いて、焦燥のままに食い気味に答えるあたし(かぐや)の横顔を不思議そうに見やった彩葉は、ふっと可笑しそうに息を吐いてから、知らず、膝の上で固く握っていたあたし(かぐや)の右手を両手でそっと包んで解きほぐして、鍵盤の上に乗せた。

 

 

「彩葉……?」

 

「最初は譲ってあげる。1~2小節分、かぐやの好きなメロディを弾いてみて。そこから始めるから」

 

 

 彩葉は鍵盤の上に乗った私の指を慈しむように撫でてから、スッとその手を放す。

 ……彩葉、こんなことするだろうか。私は、月人としての本来の機能──永劫に続く正常な状態を帰納し、そこに起こりうる異常な状態を演繹する能力が齎す自動書記(オートポエーシス)──が編む空想の奇妙な出力に少し戸惑った。だけど、その眼差しがあまりにも優しかったから、私は実行を止めなかった

 

 あたし(かぐや)/()は彩葉の言うとおりに、指を鍵盤に滑らせながら少し思案して、ゆっくりと、私が好きなメロディを弾いた。

 

 

 

 

 

   昨日の続き 喋りたかった 

 :l♪ (C4C)♪ (C4D)♪ (C4E)(C4F)♪ (C4E)♪ (C4D)(C4C)……:ll

   下らなくても 丁度良かった

 :l♪ (C4C)♪ (C4D)♪ (C4E)(C4F)♪ (C4E)♪ (C4D)(C4C)……:ll

   本音を  聞かせて

 l♪ (C4C)♪ (C3B♭)♪ (C3A)(C3B♭)♪ ♩(C4F*2)♪ (C3B♭)♪ (C4F)l

  ただ叶えて  みたいから 

 l♪ (C4C)♪ (C3B♭)♪ (C3A)(C3B♭)♪ ♩(C4G*2)♪ (C4A)♩・(C4F)(C4E)♪ ♩(C4F*2)ll

 

 

 

 ──果たして、彩葉は微笑んで。

 

 かぐやの指の横の黒白にそっと自らの指を落として。

 

 そうやって夢の中の、夢のような一瞬が始まった。

 

 

 

 ☾/☽

 

 

 

「まずは初歩から。セッションの中でも、即興の合奏(インプロヴィセーション)は一番難しいけど、一番楽しいの。かぐやもきっと好きになると思うから、一緒にやってみよっか」

 

 

 彩葉は、左手だけで私がさっき演奏したメロディを1オクターブ低く、華やいだ装飾音を付け足しながらゆったりと奏でる。そうして開いた右手で足元のポーチからスマホを取り出すと、メトロノームのアプリを起動してピアノの楽譜立ての上に置いた。

 

 

「BPMは……最初は100から。テンポは4/4拍子(コモンタイム)で。4拍ごとに一回なる鐘が12回鳴ったら主旋律(メインパート)交換ね」

 

 

 お父さんとよくやった遊びなんだ、と彩葉は言って……

 

 

「はい4、3、2,1、どうぞ!」

 

「ぅえっ!?」

 

 

 ぽけ~~っと彩葉の説明をバックに、文字通り片手間に演奏されるゆったりとした繊細な音色を聞いていたあたし(かぐや)は、彩葉の声と、メトロノームが鳴らすチーンという区切りの音に急かされて、慌てて自分の目の前の鍵盤に指を落とした。

 

 

「今私が演奏したメロディをかぐやが演奏してみて。ただし、必ずどこかは自分で編曲(アレンジ)して。できる?」

 

「う、うん。……かぐや、やってみる」

 

 

 あたし(かぐや)がメトロノームのBPMに合わせて、たどたどしく幾つかの装飾音を足しながらReplyのCメロを奏でていく隣で、彩葉はそれをサポートする伴奏を即興で奏でていく。

 

 

「ほら、そろそろ終わるけど、いいの?」

 

「え……? あっあっ待って……!」

 

「はい終了。私のターンね」

 

 

 彩葉は、区切りの音に合わせて、私の演奏を遮るように主旋律を奏で始める。眼を白黒させるあたし(かぐや)の顔にウインクすると!?!?!?!?

 さっきのあたし(かぐや)の演奏に飛び跳ねるようなアレンジを加え始めた。

 

 それが終わったらあたし(かぐや)が彩葉の真似をしていって、またパスをして……お互いが音を変えたり足したりと編曲を繰り返しながら何度かメロディ奏でていく。……そうしている内に、だんだんコツがつかめてきた。

 

 多分……これは、旋律を通したコミュニケーションだ。相手の言葉を受け取って、共通の話題の中に自分の想いを混ぜ込んで返せば、それを受け取った相手がさらに別の想いを乗せて応答して、そうやって話題を広げながら明後日の(楽しい)方向にテーマを転がしていく、(ヤチヨ)が得意な雑談配信と同じ形式。

 

 

「こうやって、どんどんメロディをパスし合っていくの。キャッチボールみたいに」

 

「うん、分かってきた……かぐやは伴奏やんなくていいの?」

 

「やりたい……? それなら、もうちょっと慣れたらそっちもやってみよっか」

 

「うん……!」

 

 14往復目。もはやキーとなる最初の7音以外は原型をとどめなくなってきた旋律を彩葉と一緒に奏でていると、彩葉はあたし(かぐや)にいくつかのリンクを送ってきた。

 

 かなりピアノに慣れてきたあたし(かぐや)は、演奏しながらそのリンクを全部タップする。

 

伴奏のコツ】【コード奏法:代表的なコード進行例】【カデンツァの仕組み】【スケールについて:18章・主音と導音の関連性】【ブロックコードとアルペジオ】【バッハはカス! 対位法アンチの最強伴奏論

 

 

「この辺が簡潔で分かりやすいかな。かぐやなら読んで実践すればわかるだろうから、ぱぱっと覚えて。できるようになったら次のフェーズに行くから」

 

「……うっし! かぐや、がんばります!」

 

 

 あたし(かぐや)は彩葉の編曲する千紫万紅のメロディに耳を傾けながら、眼と頭の半分で彩葉が教えてくれた教材を片っ端から完全記憶する。

 

 だいたい三分くらいですべてのウィンドウを同時にスクロールしながら内容を頭に入れて。頭に入れたテキストを読み込んだ順に実践すべく、あたし(かぐや)が主旋律の時の彩葉の伴奏を参考にしながら遠慮がちに彩葉の編曲に伴奏を寄り添わせていく。

 

 

「さすが宇宙人。もう完璧にできてるよ。いまからすぐにでもピアノ教室の先生になれそうじゃん」

 

「そう……? やった! ありがと!!! ……でも、あたし(かぐや)悪童だから先生はきびしーかも。彩葉の音楽教室だったら毎日通わせてほしいけどね!」

 

「かぐやがガキンチョに混ざってはしゃぎながら変な曲弾いてる光景、びっくりするほどイメージし易いな……」

 

 

 そうして、あたし(かぐや)はもう雑談しながらでも編曲のキャッチボールができるようになってきた。…………たしかに、どういう遊びなのか分かるとこれはすごく楽しい。言葉以上に彩葉と対話できてる感じがする。

 

 肩をぴったりとくっつけて、お互いの肘と袖をすり合わせながら連弾するその遊びは、お互いの呼吸を読みながら、お互いを思いやりあいながら、一体感を高めて……五線譜の上で共存していく感じがあった。或いは、同じ布団の中で寝ているときよりももっと近い感じ。なんか、これ……ちょっとえっちじゃない……?

 

 

 

「かぐや、もう大分慣れたね。──じゃあ、次、行こうか」

 

 

 彩葉は、夢中になって編曲()伴奏()を交互に入れ替えるあたし(かぐや)の顔を見て悪戯っぽく笑うと、私にリンクを……今度はさっきと違って一つだけ送ってきた。

 

 私は親に差し出された蚯蚓の前に反射的に口を開いて顔を突き出す雛鳥そのものの勢いでそのリンクをタップした。

 

 

 

フーガの技法 ヨハン・セバスティアン・バッハ著

 

 

 

「さっきまでのは操作確認(フォアプレイ)だから。ここからが……対位法を覚えてからが本番。────ついてきてね」

 

 

 そこから、信じられないような時間が始まった。

 

 

 

 

 ☾/☽

 

 

 

 

「かぐや、あと6小節しかないよ。もっと頑張って彩を出さないと終わっちゃう」

 

「えっ……嘘嘘嘘! 待ってよ彩葉~! かぐやが主旋律なのに~~!!!」

 

「だ~~め。4、3、2、1、ここで交換ね」「ヴぇ~~~~~!?」

 

 

 対位法。

 

 それは音楽の歴史の中でも一番偉い人らしい、バッハっておじさんが考えたトンデモ理論らしい。それは、ざっくり言うと「複数の主旋律を同時に鳴らして、それぞれが独立しつつも美しく調和するように作る技術」だった。(今勉強してる)

 

 普通のポップスみたいな楽曲は、さっき彩葉が教えてくれたように……いままで彩葉とあたし(かぐや)が上下を入れ替えながらやってきたように、メロディ(主旋律)伴奏(コード)で構成される。

 

 だけど対位法は全くの逆だった。対位法ではすべてのメロディが主役だ。例えるなら、二人の歌手が全く別の歌を歌っているのに、ぶつかったりせずにむしろ綺麗に聞こえる、みたいな状況。そういうメロディの群れを理論立てて作り出すのが対位法だった。

 

 超基本になる、協和音を創り出す完全1度、完全5度、完全8度、長3度短3度、長6度・短6度。

 

 限定的に不協和音を許す2度7度と増減音程。

 

 反行>斜行>平行の優先順位(プライオリティ)で動く声部のルール。

 

 巡行進行と跳躍のバランス。

 

 完全音程(ユニゾン 、5度 、 オクターブ)で始まり完全終止(オクターブ 、ユニゾン)で終わる旋律構成。

 

 不協和音の“解決”方法。

 

 第一種から第五種までの曲構成レベル(これは音ゲーみたいでワクワクした)。

 

 

「彩葉~~……なんかこれ、機械言語のルールみたいじゃん。犬DOGE作ったときと同じかんじ。これ作ったのほんとに人間? 月人じゃないの? 音楽ってこんなにシステマチックに分解していいもんなの?」

 

「厳密にルールにしてるから変に見えるだけで、実際は私たちがコミュニケーションしてる時の不文律とあんまり変わんないよ。文脈を守るのが大事なの。あとは(メロディ)を優先しながら、(響き)を壊さないように気を付けるだけ。……難しそう?」

 

「ん~~ん? むしろさっきのコード進行よりあたし(かぐや)に近い感じでめちゃおもろいかも! これってさ……このルールさえ守れば、今彩葉がやってるみたいに下の時も自由にできるってことだよね!?」

 

「むしろ編曲ルールに縛られる分、下手打つと上の方が不自由になるんだよね。……お父さん、その辺容赦なかったな」

 

 

 彩葉はまたしても懐かしむような彩で遠くを見やる。あたし(かぐや)の居ないどこかを。

 

 …………これで三度目。乙女の顔も三度まで。月人も怒る。あたし(かぐや)の怒りが有頂天! 

 

 かぐやは激怒した。必ず、隣のノンデリ彩葉をわからせねばならぬと決意した。かぐやには対位法がちょっとしかわからぬ。かぐやは彩葉の娘であり、親友であり、相棒であり、姉であり、妹であり、実質伴侶みたいなものである。歌を歌い、ツクヨミを沸かせて暮らしてきた。けれども彩葉のノンデリ具合に対しては、人一倍敏感であった。

 

 

「4,3,2,1……えいっ!」「お?」

 

 

 あたし(かぐや)は上のパートを彩葉にパスした瞬間、今しがた覚えたばかりの技法をフルに投入して、曲を支配しようと試みる。

 

 もはや最初の7音すら月の彼方に吹っ飛んで久しい二人の連弾は、あたし(かぐや)が対位法を完全導入したことで、二つの主旋律が上下のオクターブをくるくると入れ替えながら複雑に絡み合う今にも崩れそうな螺旋構造へと変貌した。

 

 これでどうだ……! と鍵盤から目線を上げて彩葉の顔を見れば、彩葉は声を出さず、だけど心底楽しそうに笑いながら、あたし(かぐや)の頑なな攻勢に一音ずつ指を挿れて解きほぐして、何でもないように軽々と編曲を続けていた。

 

 

「──かぐやも理解できてきたみたいだし、これでようやく本番。本気で飛ばしてくよ」

 

 

 ……彩葉の笑顔に見惚れて一瞬呼吸を止めた私は、その信じがたい宣告に耳を疑った。

 

 

「い、彩葉!? 本気……? 流石にウソっしょ!? まだ(うえ)があんの!?!?!?」

 

「片手、解禁しま~す」

 

 

 ……彩葉は、今まで片手の主旋律をもう片方でサポートして一つの旋律を創っていた。

 

 だけど、対位法は本来一人で両の手を使ってやるものだ。それはつまり、理論上()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということで……

 

 彩葉の両腕が別々の生き物のように独立して、鍵盤の上を軽快に歩みはじめる。そうして出現した()()()()()()によって、いよいよ連弾は収拾不能になって崩壊し始め……

 

 

 し始め…………

 

 

「あ、あれ……?」

 

 

 …………崩壊し始めなかった。

 

 

「なんで……?」

 

「なんでだと思う?」

 

 

 ギッチギチになった旋律の束は、しかし一切傷付け合うことなく、むしろあたし(かぐや)の奏でる旋律の空隙や凹凸を埋めて、初めから斯くある旋律だったようにあたし(かぐや)(モノ)を呑み込んでいた。

 

 

「……そっか。これ、彩葉があたし(かぐや)を解ってるんだ」

 

「そゆこと。そのためのフォアプレイだよ。私だけじゃなくて、かぐやも私の癖と、私が好きな旋律(コト)を理解してきてる。だからこんなに滅茶苦茶にメロディを投げ合ってるのに破綻しないの」

 

 

 それは、まさしく調和(ハルモニア)だった。

 

 すべてが、ひとつに、融け合っていくかんじ…………

 

 彩葉は、私の顔を……多分、ちょっとトランスに入ったみたいな力の抜けた顔を一瞥すると、ねぇ、これってさ……やっぱり危ないんじゃない? 大丈夫? 素早くスマホをタップしてメトロノームを消した。チクタクと拍を刻む音が消えて、世界にはあたし(かぐや)と彩葉の絡み合う三つの旋律だけが残る。

 

 

「もう自由だよ、かぐや」

 

「────自由、そっか。自由……自由…………自由!」

 

「いいね、良い顔してるよ、かぐや」

 

 

 あたし(かぐや)たちは、もうメトロノームがなくっても、どこで旋律の上下を交換すべきか分かるようになっていた。

 

 ……いや、今あたし(かぐや)が彩葉の真似をして両手で旋律を奏でるようになって、旋律が()()に増えた以上、メトロノームと小節数による制限はむしろ邪魔なだけだった。

 

 

 二人を遮る薄い膜はもうどこにもない。彩葉の生の熱が、あたし(かぐや)の生の熱が、旋律を通してお互いに遅滞なく伝導していく。

 

 

 ……鼻血出てきた。自動書記君、いつの間にこんなに優秀になったの? シンギュラリティ?

 

 

「ねえ、彩葉、もっと」

 

「うん、そうだね……おいで」

 

 

 あたし(かぐや)たちは、ほとんど同時に抱き合う様にお互いの肩を密着させて……あたし(かぐや)は左腕を、彩葉は右腕を伸ばして、二つの腕を絡み合わせるように交差させて。真ん中の曖昧なエリア以外は二つに分けて使っていた88の鍵盤の、お互いの領域に手を伸ばした。

 

 融け合って、合一するために。

 

 

「いけるところまで、いこっか」

 

「うん……!!!」

 

 

 

 

 

 そこからは、もう殆ど言語化できる範疇の随喜を高く高く飛び越えていた。

 

 

 二人の肩は、腕は、指は、鍵盤の上で絡み合う。二人の奏でる旋律は四つになったり六つになったり、或いは混ざり合って三つに、二つに減ったりしながら複雑なフラクタル構造を形成していった。

 

 

 飛び跳ねて、沈んで、受け止めて。

 

 爪を立てて、噛みついて、締め上げて。

 

 突き入れて、吐き出して、嚥下して。

 

 抱き合って、離れて、重なり合って、霧散して。

 

 味わって、舐って、ぶつかって、笑い合う。

 

 

 助けてFUSHI、(ヤチヨ)夢の中(スリープモード)なのにクラッシュしそう。自動書記君に人格パターンを与えることを検討したいけど、不要なキャッシュはスリープ終わったら自動削除されちゃうんだよね! どうにかなんないかな!? 

 

 

「……えいっ!」「あっ、こんにゃろっ」

 

 

 あたし(かぐや)が腕を大きく広げて身を乗り出して、彩葉の視界を塞ぐようにしながら旋律を奏でれば。

 

 

「…………隙あり」「!?!?!??!?!?!?!?!?」

 

 

 彩葉はあろうことか、あたし(かぐや)の耳たぶを……して、のけぞったあたし(かぐや)と鍵盤の隙間に腕を滑り込ませて何食わぬ顔で上のパートを奏で始める。……ヤッチョ、ちょっとトイレ行ってきていい? 夢の中だけど……

 

 

「C10F#,C10G#,C10A……ダメだよかぐや、ピアノで出せる音域で悲鳴を上げてくれないと。3オクターブ下げて加えるね。でも、ナイス編曲(アレンジ)

 

「…………こ、こ、こ、こなくそ~~~~~~っ!!!!!!」

 

 

 ムキになったあたし(かぐや)は、可能な限り彩葉の顔にあたし(かぐや)の顔をくっつけるようにしながら鍵盤を叩き始めた。

 

 

「ちょっとかぐや、暑いって」「ボロアパートで寝てる時もこんな感じだったでしょ! 平気だって!」

 

 

 そうやって、頬擦りするようにしてお互いの熱を物理的に伝達させ合いながら、私たちは何度も何度も一つになった。

 

 ……でも、そうやってはしゃいでいられたのも中盤までだった。

 

 お互いの旋律のカタチと、それに合わせるべきカタチへの理解が完全なものへと近づくほどに、私たちの自意識の境界は本当の意味で薄まり、旋律以外の情報伝達の必要性がなくなっていく。

 

 経過音をステップで通過する不協和音の悪戯は、受け手に解決を預ける戯れ合いの対立の始まりで。

 

 片方の指が片方に反行する旋律を奏でれば、それは和合のキスになった。

 

 大きい跳躍は旋律を受け継がせるためのエジャキュレートで、執拗な反復はこの指使いが好きという合図(おねだり)だ。

 

 山場で溜めた位置エネルギーは勢いよく下降(エクスタシー)するためのもので、上がって下がってを繰り返しながら進行する睦みあいは都度24回目に差し掛かる。

 

 ──そうして。

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ」「うん、そうだね」

 

 

 ──これ以上ないという瞬間を最後に、ふたりはフィナーレの為の穏やかな徐行に同意した。

 

 

 最後に、ふたりで四本の腕を使ってたった一つの旋律を奏でる。

 

 

 それは、一体感、共存、世界との融合。それは、お互いがお互いでなくなるための変化。音楽は開かれている。私は開かれている。……なのに、どうしてこんなに悲しいのかな。大丈夫。この旋律を聞いて。音楽は嘘をつかない。私はただ貴女を知る。ありのままを私に伝えて。きっと叶えてみせるから。

 

 

 …………

 ……

 

 

 そうして、二人は最後の旋律を奏で終える。終わるための長調を。

 

 あたし(かぐや)はそれを望んだのに悲しくて、一小節でも引き延ばすためにfff(強い音)で主導権を持とうとして。

 

 そのために少し高めに持ちあげた左手と鍵盤の隙間に、彩葉がすっと右手を逆向きに差し込んで、恋人繋ぎであたし(かぐや)の手を受け止めて。

 

 あたし(かぐや)のかわりに、最後の旋律を奏で終えた。

 

 

 ────音が、止む。

 

 

 夢のような夢が、終わってしまった。

 

 

 

 

 

「………………凄かった」「でしょ?」「彩葉、なんか余裕なのムカつく」「そりゃ、ずっとリードしてましたので」「うっそだぁ~! 中盤以降何か所かあたふたしてたでしょ!」「チッばれたか……」「そりゃそうだよ~~~あんなに肩びくってさせて、左右の声部も並行になって! かぐやフォローするの大変だった!! ……そんで、可愛かった」「……ムカつく~~~~~!!!」

 

 

 あたし(かぐや)と彩葉は、恋人繋ぎのままケラケラ笑い合ってピロートークする。

 

 心地よい虚脱感と、急激に損なわれていく一体感に腰が抜けそうだった。

 

 でも、彩葉の僅かに紅潮した顔と、目じりに浮かんだ興奮の涙があんまりにも綺麗だったものだから、それを眺めているだけで幸せな気持ちが湧いてきて、迫ってくる夜の闇を忘れられた。

 

 

 ──時が止まってほしかった。この一瞬を、この夢のようなハッピーエンドを永遠のものにしたかった。

 

 

 そして、それをする方法は一つだけだ。

 

 あたし(かぐや)はスマホでツーショを撮るために足元に置いたトートバッグに手を伸ばそうとして、右手では届かなくて、仕方なく左手を伸ばすために恋人繋ぎを解こうとして。

 

 

 

 ぎゅっと、彩葉に手を強く握られてそれを止められた。

 

 

「彩葉、どうしたの?」

 

「──────」

 

 

 花翠青の双眸が、黙って私の顔を見つめている。

 

 さっきまでとは少し違う空気だった。私はちょっと怪訝な顔を作って、彩葉に再度問いかける。

 

 

「彩葉、このままずっと手ぇ繋いでたら、手と手がくっついちゃうよ……?」「ねぇかぐや」

 

 

 彩葉は僅かに目を眇めて、囁くような声で続けた。

 

 

「写真、撮るの?」

 

「うん……ダメ?」

 

「ダメじゃないよ。ただね……」

 

 

 彩葉は一瞬何かを躊躇う様に、一瞬黙ってから。

 

 

「ハッピーエンドって、なんだろうね」

 

 

 そんなことを、あたし(かぐや)/私に問いかけた。

 

 

 

 ☾/☽

 

 

 

「彩葉……?」

 

「友達が言うにはさ……ハッピーエンドって、今かぐやが撮ろうとした、写真みたいなものなんだって」

 

 

 彩葉は、ピアノの上に置いてあった自分のスマホを手に取って、インカメを起動して並んだ私たちを収めてパシャリと一枚写真を撮る。そしてその写真に【#アルバム】のタグをつけて画面を閉じた。

 

 

「『ハッピーエンドはスナップショットみたいに一瞬で、一枚一枚だと寝物語には短すぎます』、『それがハッピーだろうとアンハッピーだろうと、エンディングの後も続くのが人生です。人生は旅であって、目的地ではありません』って。……まだ私にも、よくわかんないんだけどね」

 

「彩葉…………?」

 

 

 ……あたし(かぐや)/私は、なんだか少し怖くなって身を引こうとしたけれど、私の手を握る彩葉はそれを許さなかった。

 

 

 

 

「────ねえかぐや、世界五分前仮説って知ってる?」

 

「え……? うん、オタクとのアニメ鑑賞会で聞いた……気がする。あれだよね、もし世界が五分前に、これまでの記憶全部と一緒に創られたのかもしれないってヤツだよね」

 

「そう、それ。だけど、それは全部じゃないんだよね。その仮説の肝はね……もしそうだとしても、そうじゃなかったとしても、()()()()()()()()()ことなの。このお話は、過去や未来がどれだけあやふやなものだったとしても、独立した観念として()に因果を繋ぐことができることを意味する。……すぐに消えてしまうとしても、存在する以上、きっと意味がある。だから、演奏しながら考えてたの。――かぐやの為に、いったい何ができるのかって」

 

「彩葉、何の話をしてるの……?」

 

 

 あたし(かぐや)/私は、背中を駆けあがる冷たい予感に身を引いて、夢から醒めようとして

 

 

「だ~~め」

 

 

 

 …………私の手を握る彩葉はそれを許さなかった。

 

 

「……そもそもさ、これって何時の話?」

 

「……へ?」

 

「いや、だってさ」

 

 

 彩葉はかぐやのしょうもない悪ふざけの痕跡を見つけた時みたいに苦笑して、

 

 

「外見年齢に関する記述はなかったけど、“美少女”って言われてる以上はまぁ高校生なんだろうね。そんでかぐやが居る以上、時期は2030年の7月から9月の間なんだけどさ」

 

 

「ヤチヨCUPの期間中、私たちは配信以外の目的で遠出する機会なんかなかったでしょ? それに、優勝してからもライブの練習に掛かりっきりで立川からは出てないよ。そもそも、私は勉強しないといけなかったし」

 

 

「それに、あの頃の私はかぐやが目の前ウン百万の買い物をするの、あんまりいい顔しないでしょ。私へのプレゼントともなれば猶更ね」

 

 

「挙句の果てに“冗長性”だって。……笑っちゃうよね。全部ギリギリでスケジュール回してた私からは、多分月より遠い位置にある言葉だよ、それ」

 

 

「最後に、かぐやが最初に弾いたメロディは…………せめて、サビの部分にしてくれれば、ちょっとは誤魔化しが効いたのにね」

 

 

 

 

 ──彩葉は、あっけにとられるあたし(かぐや)/私の耳元にその綺麗な顔を近づけて、決定的な言葉を囁いた。

 

 

 

 

 

 

「この妄想、整合性を欠いてるよ。時代考証が甘いんじゃない?」

 

 

 

 

 そう言って微笑む彩葉の腕には。

 銀の螺旋のブレスレットが光っていた。

 




感想、ここすき、お気に入り、そして高評価も、いつも本当にありがとうございます。励みになり過ぎて前の話に付け足すだけの文章が一万二千字に膨らみました。引き続きよろしくお願いいたします。
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