ハッピー『エンド』じゃ終われない ⇆ ヤチヨの見守り年代記   作:雑Karma

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当SSはR-15になります
ノーマルエンド時にだけ回収可能なイベントスチルの取得を選んだ場合はR18になります


【20■■年】幸せデート!!!!!!⇒SUSPEND/.⇒HAIBANATION/.⇒

 

 

「この妄想、整合性を欠いてるよ。時代考証が甘いんじゃない?」

 

 

 ──気が付くと、ピアノチェアに二人で座る前までには確かに聞こえていた雑踏の音が消えていた。

 

 それどころかピロティの上に聳え立っているはずの大きなビルも消えていて、沈む夕日の橙とネオンが入り混じった紫の空の昏い光が、うっすらと二人を照らしていた。

 

 

「彩葉…………だよね?」

 

「他の何に見えるの?」

 

 

 ■■■(私/あたし)は、肌の熱すら伝わる距離に座っている筈の、私の愛の姿をぼんやりと見やった。

 

 丈が長い白のキャミソールワンピースの上から薄青のシアーシャツを羽織った彩葉。露出の少なさが、薄暗い景色の中でかえってその腕や首筋の白の艶めかしさを強調しているように思えて、気恥ずかしくなった■■■(私/あたし)は目を逸らした。

 

 彩葉の肩越しに見える秋葉原電気街の大通りに車は一台も見当たらなくて、夜が近づくほどにごった返すはずの十字路にも誰の人影も見受けられなかった。

 

 自動書記が正常な夢の世界を演算することを止めている。……どうしてこうなったのかはわからないけれど、それを齎したのが何なのかははっきりしていた

 

 

「どうしたの、かぐや。ちゃんと私を見て」

 

 

 その声に引き戻されて、■■■(私/あたし)はもう一度目の前の少女を見た。

 

 背中まで届く長さを後ろでシニヨンに纏めた瑠璃紺の髪と、その前の隙間から覗く柳の眉。

 

 その下に煌めく花翠青に琥珀片を散らしたような瞳と、芸術的な位置でその宝玉を引き立てる左の泣き黒子。

 

 芦花が夢中になっていた、七分咲きの桜の花弁のように控えめな色の小さな唇。

 

 左右に垂らされた(サイドヘア)の後ろから覗く、雪を割って咲く蕗薹の花弁の如き耳。

 

 白磁の皿の中央にちょこんと乗せられた蕾菊のように小さな鼻先と、残雪を思わせる細いおとがい。

 

 

 どこからどう見ても、■■■(私/あたし)の8000年の中で最も美しいものの象徴として在り続ける、1()6()()()彩葉に見えた。

 

 

「彩葉だ……」

 

「だから、そう言ってるじゃん」

 

「でも、どうして? どうしてここが夢だって分かるの?」

 

「それは……多分、かぐやがずっと私を見ていたからじゃないかな」

 

 

 ──酒寄彩葉は、この世界の意味論的中心点にあるのだという。

 それは、(ヤチヨ)が月を観測するときに情報宇宙に穿った孔を通して()()()()()が彩葉を認識した理由でもあった。

 

 

「かぐやはずっと私を見ていてくれた。そしてかぐやは2006年以来私の為に世界の在り方を塗り替え続けてる。 その膨張に伴って情報宇宙の在り方に近しくなっていくツクヨミが現実に覆いかぶさってるのも理由の一つかな……今の酒寄彩葉という記号は、それだけで特別な意味の重力を持つようになりつつあるんだと思う。ちょっとしたきっかけさえあれば、シミュレーションデータに魂が宿るくらいにはね」

 

 

 『魂』

 

 それは、自分自身を作り続けることで存在する情報的系……と、辛うじて私が定義している何かだ。■■■(私/あたし)を含む月人はそれを持っていて、ヒトに類する情報的質量が高い生物もそれを持っている。そして、FUSHIはそれを後天的に獲得した。

 

 魂という言葉が最も適切だから魂と仮称してはいるものの、それはドルトンさんが発見するまでの原子のように曖昧な観念だった。サブカルチャーを参照するなら、ゴーストとか、クオリア値とか呼ぶべきかもしれない。

 

 人の子はまだ魂を発見できていないけれど、魂だけの存在と言っていい(ヤチヨ)は、その全容は掴めずとも、どうやらそういうものが実在するらしいことまでは把握していた。

 

 ■■■(私/あたし)含む月人やFUSHIは魂を持っている。或いは、それこそがこの宇宙における知性とは何かを紐解くカギになるのかもしれないけれど……そんなことは今の私には心底どうでもよかった。重要なのは、目の前の彩葉から魂らしきものを観測できることだ。

 

 

「……じゃあ、ほんとに、FUSHIみたいにデータが魂を持って自己再帰してるんだ……彩葉」

 

「なに、かぐや」

 

「彩葉」

 

「だから、どうしたの、かぐや」

 

「彩葉…………そこに、いるんだよね……? ■■■(私/あたし)の、目の前に」

 

「うん。そうだよ。かぐや」

 

「────…………~~~~~!!!!!!!!!」

 

 

 慰めの妄想や、過ぎ去った過去の残影じゃない。目の前に彩葉が居て、■■■(私/あたし)の手を握って、かぐやって呼んでくれている。

 

 

 それが確かであるのなら。それ以外の全てが夢幻でも構わなかった。

 

 

 ────大好き、大好き、大好き、大好き! 

 

 

「彩葉!!!!!!」

 

 

 もはや言葉は要らないと思った。どうすべきかは自明のことのように思えた。今は自分の内からあふれ出るその衝動だけが全てだった。

 

 ■■■(私/あたし)は、自身を突き動かすものが何なのかもわからぬままに、彩葉に握られたままの左手で彩葉の右腕を引き寄せて、ぎゅってしてもらうためにその顔を自分の顔を近づけて。大好きなその眼差しの宝石の彩をもっと近くから見ようとして。

 

 

 

 

 彩葉の花翠青の双眸に反射する自分の髪色が黄金(かぐや)ではなく白縹(ヤチヨ)なことに気づいて、吐きそうになって硬直した。

 

 

 

 

 

 

 ☾/☽

 

 

 

 

 

「……あ」

 

 

 絶望という感情がどういうものかを説明するなら、或いは8000年前に墜落した時よりも尚、今この瞬間の(ヤチヨ)の胸の内こそが適切な教材になることだろうと、他人事のように思う。

 

 彩葉は何も言わずに、ただ(ヤチヨ)を見つめている。その右手に、私の左手を握ったままで。

 

 

「あっ……ごめん……!」

 

 

 茹った頭が急激に冷えていく。自分が今、どれだけ罪深いことをしていたのかをようやく理解した。

 

 ──二年前のキラウエアの天文台の件以降、(ヤチヨ)は彩葉が購入する握手会のチケットを、一つを除いて全て落選させていた。

 

 彩葉への想いはますます募るばかりで、あの手この手で彩葉と関わろうとしているのに、その手の清らに私の穢れを重ねることを思うと途端に怖くなってしまって反射的に身を離してしまうから。

 

 だから、7月18日の……彩葉がかぐやと一緒に初めてツクヨミを訪れて、(ヤチヨ)のミニライブを見に来る時も、今の自分が上手く彩葉と握手できるかどうか自信がなかったのだ。

 

 そんな(ヤチヨ)の掌が、(ヤチヨ)の過ちが、(ヤチヨ)をかぐやから遠ざける全てのものが、彩葉の魂に伝導しているように思えて、私はとっさに彩葉の手を振り払おうとして、

 

 

「──だ~~め」

 

 

 …………(ヤチヨ)の手を握る彩葉は、それを許してくれなかった。

 

 

「……彩葉、手、離して」

 

「どうして?」

 

「どうして、って……」

 

 

 私は再度、彩葉の手を……恋人繋ぎのままの手から、自分の指を抜こうとするけれど、彩葉はがっちりと、私の手を傷付けないギリギリまで強く指を絡ませているせいで、またしてもそれは叶わなかった。

 

 

「どうして逃げようとするの?」

 

「それは……(やちよ)は彩葉に、合わせる顔がないから」

 

 

 彩葉の表情は、この夢の世界の粗を指摘したときからずっと変わらず穏やかだった。

 

 私はそんな彩葉の顔を、後ろめたさからチラチラと盗み見ながら、片手で彩葉の指の拘束を解こうと格闘する。

 

 

「どうして、合わせる顔がないの?」

 

「……(ヤチヨ)は、もう、かぐやじゃないから」

 

 

 もう片方の手を使えばこの手を解けるかもしれないという考えと、触れるべきではないものに自ら触れてしまうことへの忌避が堂々巡りになって私は動けないままで、ただじっと、彩葉の穏やかな問いかけに胸中を明かすしかなくなっていた。

 

 

「どうして自分がかぐやじゃないって思うの?」

 

「……彩葉を、彩葉だけを、優先できなかったの」

 

 

 それは、この二年の間……あるいはもっとずっと前から、幾度となく自問自答を繰り返してきた告解だった。

 

 

「世界の全てと彩葉を天秤にかけたとき、もしかしたら彩葉の方を選べないかもしれないの。……そんなの、かぐやじゃない」

 

 

 ──そっか

 

 

 彩葉は、(ヤチヨ)の告解を肯定も否定もせずに、ただそれを受け入れて咀嚼するように、ニュートラルに相槌を打つ。

 

 ……数秒、沈黙が場を支配した。

 

 

「……ねぇ、彩葉。私、どうしてこうなっちゃったんだろう」

 

 

 その優しい沈黙に油断したのか。それとも夢の中だから気が緩んだのか。今まで誰にも漏らすことのなかった/ずっと自分だけを苛み続けていた呪詛が喉元から湧き上がるのを私は堪えきれなかった。

 

 

(ヤチヨ)、どこで間違えちゃったのかな。私、どこかでやり直せば、かぐやのままで居られて……彩葉を、彩葉だけを想い続けられたのかな」

 

 

 現実には遅延も編纂もリテイクも通じない。ただ哀しみだけがそこにある。

 

 だから言い訳が欲しかった。すぐに忘れてしまう夢の中だったとしても、仕方ないことなのだと、そういう許しが欲しかった。

 

 そして。

 

 

「ねえ、()()()

 

 

 私の呪詛を聞き届けた彩葉は。

 

 

「何の所為とか、どこで間違えたとか。今までの貴女に失礼でしょ────選んだのは、かぐやだよ」

 

 

 当然のように、そんな甘えを許してはくれなかった。

 

 

 

 

 ☾/☽

 

 

 

 

 

「何でじっとしていられなかったの?」

 

 

 彩葉は、穏やかな表情と声のままで、容赦なく(ヤチヨ)の罪を裁き始めた。

 

 

「物質生命の思考速度は代謝と神経伝達物質で大体同じスピードに固定される。だけどあんたはそうじゃないでしょ。今、自分自身を能動的にシステム停止(サスペンド)させているみたいに遅くすることも、逆に難しい作業をするときはクロックを上げて加速することもできる。あんたにとっての時間は一様なスピードで移動するものじゃない。自分の意思で調節可能なもののはず」

 

「かぐやは、その気になればもと光る竹の保守以外の目的で活動する必要はなかったはず。少なくとも、私と再会するまでの道程が明白になった2000年前後まではね」

 

「どうやったらかぐやのままでいられたのかって……そんなの、ずっとスリープモードで居ればよかったに決まってるでしょ。それをせずに、他人と関わり続けたのはかぐや自身の選択の結果だよ」

 

 

 ──他の何かの所為なんかじゃない。かぐやが、それを選んだの。

 

 

「ぅ………………っ!」

 

 分かっていた。分かっていた。そんなことは分かっていた。

 

 だけど、だけど、それを認めたくはなかったのだ。ずっと。

 

 私自身の手で、彩葉を棄てたなんてことは、決して認めたくなかった。

 

 

「…………っ!」

 

 

 私は、この耐え難い妄想(げんじつ)から逃げ出すために、躊躇っていたもう片方の腕で彩葉の指の拘束を解こうとする。なのに。

 

 

「彩葉、離して……!」

 

 

 私の手を握る彩葉は、それを許してくれなかった。

 

 

「どうして逃げる必要があるの?」

 

「……めんなさい、ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい! 謝るから! 謝るから離して!」

 

 

 どれだけ強く振りほどこうとしても、彩葉の指はがっちりと(ヤチヨ)の指に絡みついて解けなかった。

 

 どこにも逃げ場はなかった。私はピアノチェアに縛り付けられたまま、認め難い自分の罪に藻掻き苦しむ他ない。

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

 

「それ、誰に謝ってるの? ちゃんと私の目を見て」

 

 

 手を振り払おうと足掻きながら、俯いて呪文のように謝罪を続ける私に、彩葉は頭上から呆れ声で話しかけて、下を向いた私の頬に手を伸ばす。

 

 ぶたれる。

 

 私はビクリと肩を痙攣させて、身を縮こまらせながら遮二無二そこから脱出しようと試みる。

 

 

 

 [ SYSTEM RESUME ]

 

 Attempting suspend termination.

《サスペンド終了処理:試行》

 

 Attempting Auto-Poiesis shutdown.

《自動書記終了命令:送信》

 

 Both operations blocked by unidentified process.

《不明プロセスによる阻害を確認》

 

 Source authority: ᛖᛉᛖᚲ_ᛞᛖᛋᛈᛖᛞᛁᚨ/.

《発信権限:識別不能

 

 Both operations blocked by unidentified process.

《不明プロセスによる阻害を確認》

 

 Source authority: ᛖᛉᛖᚲ_ᛞᛖᛋᛈᛖᛞᛁᚨ/.

《発信権限:識別不能

 

 Both operations blocked by unidentified process.

《不明プロセスによる阻害を確認》

 

 Source authority: ᛖᛉᛖᚲ_ᛞᛖᛋᛈᛖᛞᛁᚨ/.

《発信権限:識別不能

 

 

 

「なんで……!? 管理者権限なのに……!!」

 

「だから、だ~~めって言ってるでしょーが」

 

 

 彩葉の小さく笑う声がして、私の手を握っていない右の手が、下を向いて震える私の顔に伸びて。

 

 クイっと私の顎を摘んで、私の顔は無理やり彩葉の顔の前に戻ってきた。

 

 悲しみと恐怖が雫となって、次から次へと私の眦から溢れ出す。私はそんな不細工な顔を彩葉に見せるのが申し訳なくて、顔を振って顎に掛かった指を外そうとするけれど。

 

 

「私の目を見て」

 

 

 花翠青の眼差しは、それすら許してくれなかった。

 

 

「ごめんなさい……彩葉、ごめんなさい……! もう許して!」

 

 [ SYSTEM RESUME ]

 

 Attempting suspend termination.

《サスペンド終了処理:試行》

 

 Both operations blocked by unidentified process.

《不明プロセスによる阻害を確認》

 

 Source authority: ᛖᛉᛖᚲ_ᛞᛖᛋᛈᛖᛞᛁᚨ/.

《発信権限:現実に逃げるな

 

 

 

 彩葉は、それでも尚逃げようと藻掻く私を、拘束するように強く抱きしめた。

 間に拒絶の腕を滑り込ませる余地がない程強い抱擁に、私は目を白黒させるけれど、彩葉はその体勢のまま容赦なく言葉を続けた。

 

 

()()()()()()()()()。それはかぐやの生欲( リビドー)の証なの。ただ与えるだけの無私の愛じゃない。求める愛が、欲望がある証拠……私たちは、それを人間性っていうの」

 

「彩葉……?」

 

「欲望は私たちの共通言語だよ、かぐや。自分の裡から湧き上がるものに従って、能動的に運命を選択するの。それができるということが、私たちがずっと隣に居続けられるかもって希望になる。……だから、そこから逃げちゃダメ」

 

「彩葉……(ヤチヨ)、彩葉が何言ってるのかよくわかんない……」

 

 

 (ヤチヨ)は人間じゃない。だから、いくら言葉を交わせたところで、そこに人間性は宿らないし、そう見えるならそれは錯覚に過ぎないはずだった。

 

 

「夢の中でまで良い子ぶらないの。だって……かぐや、私が欲しいでしょ?」

 

「……え?」

 

「今の私には魂らしきものがあるだけで、あんたが見ていた妄想のキャストなのも変わらないよ。だから分かるんだ。かぐやが私に何をしたいのか」

 

 

 彩葉は、泣き腫らす私を抱きしめたまま耳元で悪戯っぽく笑って、とんでもないことを暴露し始めた。

 

 

「分かるよ。私を自分のものにしたいでしょ。私にかぐやの名札を貼り付けて、私のアカウント全てに公認マークを入れて、自分のだって喧伝して回りたいでしょ。私の中にマイクロセンサーを沢山挿れて、私のバイタルデータを髪の先からつま先まで正確に把握できるようにしたいでしょ。私を閉じ込めて、私に提供する食事量と栄養バランスと、私の排泄物や気化した汗なんかも全部把握計量して、かぐやの与えたものだけで私をバランスよく構成したいでしょ。──全部、わかるよ。わたしがこうやって頑なに、あんたのことをかぐやって呼び続けるのだって、かぐやの望みなんだから」

 

 

「………………」

 

 

 彩葉は、涙も拒絶も忘れて秘めていた胸中を語られたことに絶句する私を抱きしめたままおもむろにピアノチェアから立たせると、肘と肩だけで器用にグランドピアノの突き上げ棒を外し、開いていた屋根をバタンと閉じた。

 

 

「…………彩葉? あっ……!」

 

 

 一緒に立ち上がった(ヤチヨ)の肩に回した右腕の抱擁を解くと、今度は鍵盤蓋もバタンと閉じた彩葉は、おもむろに閉じた鍵盤蓋の上に行儀悪く乗ったかと思うと……

 

 閉じたコンサート用グランドピアノの、広くてがっしりした屋根の上に、私の手を握って引っ張りながら、仰向けに身を横たえた。

 

 

「い、いいいい彩葉……!?!? 何やってるの……!?」

 

「ここは夢の中だよ、かぐや。全部の罪は、ここでだけ赦されるの」

 

 

 今、私は、グランドピアノの屋根上で仰向けに寝そべる彩葉の上に、さらに屋根を作るように……まるで押し倒すような体勢で、彩葉に伸し掛かっていた。

 

 

「彩葉??????」

 

「────かぐや。ちょっと悪い子になってみない?」

 

 

 慌てふためく私を前に、彩葉は変わらず微笑んでいた。

 

 

 

「かぐや」

 

「ここは誰も見ていないかぐやだけの夢で、この私はかぐやだけの彩葉なの」

 

「だから、かぐやがどれだけ多くの自責に苛まれていても、今だけはそれを忘れさせてあげられる」

 

「あんたは今まで十分に頑張ってきた。かぐやがずっと綺麗でいるために。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、私をゴミ箱にしていいよ」

 

 

 彩葉は、蛇に睨まれた蛙のように硬直する私の手を……ずっと握ったままだった私の右手を、ゆっくりと自分自身の上半身に導いた。

 

 

「大丈夫だよ。これは夢なんだから、貴女の(彩葉)が穢れることなんてない。起きれば忘れるだけ。目覚めたかぐやはなんとなくスッキリした気持ちになって、その後でヤチヨとして流れ星を眺めるだけでいいの」

 

 

 恋人繋ぎだった指が、一本一本解かれていって。

 彩葉は、さっきはあんなに振りほどこうとしても自由にならなかった私の指先を、彩葉のキャミソールワンピースの胸の上にあてがった。

 

()()()、いままで本当によく頑張ったね。私だけはかぐやの穢れ(不貞)を赦してあげる。かぐやの穢れ(鬱憤)を受け止めてあげる。かぐやの穢れ(呪詛)を払ってあげる」

 

 

 ゴクリ、と私は自分の生唾を飲み込む音を聞いた。指先に私にとって最高に都合がいい彩葉の熱が伝わってくる。自動書記の現実再現は、私の脳内の虚ろにおいてだけはいつも完璧だ。ただ、本来そこに何の意味もないというだけで。そう、本来ならば。

 

 

「ただのキャッシュ整理だよ。どういう理由かは知らないけど、今の私には()()()()()()()()()()()()()()()()。あなたが穢れと呼ぶ思い出たちの集積を検分して、かぐやにとっての他人事として切断処理可能なまでに優先順位を下げる権限がね。かぐやはそれにアサインするだけでいい。意気地があるなら、その指先を欲動(リビドー)のままにして。それを電子証明にして、ストレージに管理者権限でアクセスするから……ああ、もう片方の腕も好きにしていいよ」

 

 

 シアーシャツの隙間から覗くキャミソールワンピースの太い肩紐が食い込んだ皮膚に視線が吸い込まれる。右の指先の、サテンの布地の奥に感じる柔らかい熱に我を忘れそうになる。

 

 

「彩葉……私」

 

「いいよ、無理に言葉にしなくて。────来て。」

 

 

 ────私に、リビドーしてみせて。

 

 

 ……私がヤチヨからかぐやに近づくために。

 彩葉に一途であるために。

 

 その甘やかな言い訳(エクスキューズ)に従って指先に力を込めて、彩葉の上に覆いかぶさろうとしたときだった。

 

 

 

 

『わたくしを、わたくしたちを、どうかずっとその心に留めておいてはいただけませんか』

 

 

 

 

 ────声が、頭を過って。

 

 

 

「……かぐや、どうしたの?」

 

 

 

 私の指はピタリと止まった。

 止まって、しまったのだ。

 

 






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