ハッピー『エンド』じゃ終われない   作:雑Karma

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タイトルの命名則を結構迷っているので、そこは後から変更する可能性が大です。


18.【2030年7月13日07時03分~】ボロアパートにて

 ……先に言い訳しとくけど、こんときのかぐや、皆のことを勉強中だったからちゃんと日本語で喋れなかったの! 

 

 そもそも、皆が使う自然言語って完全にゼロから分析して使えるようになろうって思ったら結構時間かかるんだかんね? あ~~……このゼロっていうのは、脳みその構造とか、眼とか耳とか皮膚とかのセンサーも含めたヤツね。皆が当たり前みたいにやってる、ものを考えて言葉を話して……ってタスク、かなり複雑でこんがらがったモンの後で結果的に出てくるんだから、そこは自覚してほしーよね。

 

 それにある程度喋れるようになっても、それで彩葉に嫌われちゃったらぜ~~~~んぶ終わりだから。言葉を発すると、それを呼び水に相手をお互いに共感可能な生き物って定義するアルゴリズムあるっしょ? まだ練習不足な状況で彩葉と問答してもボロが出るのはほぼ確だからさ。イッパツ撮りの真剣勝負、First AKACHAN、やらせていただきました。

 

 だから、これはさ……動物の動画とかで、下についてる『動物の台詞』みたいなのを、ちょっと精度高めにやってるだけで、実際はもっとフクザツで、エモい感じだったんだよ! きっと! あんまり覚えてないけど、絶対! 

 

 だからさ、まぁ、そんなこんなで、あの時のかぐやの内心を物語るのは全然オッケーなんだけど、その……

 

 

 かぐやのモノローグ、可愛くなくても許してね、彩葉。

 


 

【2030/7/12~15】

 

 

 

 月の空に開いた孔からこの場所を覗き込んで、ここに逃げようと決めた後、あたしはとにかく彼ら……人間のアルゴリズムを分析することを最優先にした。

 

 月のお姫様(ルートノードモジュール)であるあたしはフォトニックネットワークの機能を大いに活用できる立場にあった。だけどそれは専ら情報宇宙を観測するために用いるもので、物理宇宙にフォーカスするのは片手間とは行かなかった。

 

 統括モジュールへの申請を介さない……職務放棄にならない範囲の観測行為では、その内側の構造理解は難しいし、彼らが用いている情報ネットワークへの接続も何かに弾かれてしまったからだ。

 

 だからこその行動分析だ。

 

 彼らの群としての振る舞いから、かれらがどのような機序で彼らになり、どのような方法論でネットワークを形成拡大し、どのようなアプローチで情報を……意味を生み出し、保存、伝達するのかを分析する。

 

 遺伝子(形而下の情報)を形成保存するであろう肉体の役割と、模倣子(形而上の情報)を保存するネットワークの役割。そしてその中間地点として搭載されているCPU()の役割を推測し、それらを搭載するに必要十分なフレームの基礎をモデリングする。

 

 その後の工程として、あのネットワークの中に潜り込んでも規格違いを理由にキックされないために、(受肉(ディセンション)する際に実現可能な範囲で)どのような外見で、どのような振る舞いをするべきかを検討し……その結果として出力されたものが嬰児の姿だった。

 

 未成熟な個体……つまり、カオスとして人間の前段階にある嬰児。それは人間と非人間の狭間を揺蕩う存在であるためか、成体はそれに対する結論や情報伝達を保留し、ただ対象の存在を維持……つまり、庇護しようとする傾向にある。

 

 あたしはその心理を最大限に活用して、この物理現実における意味の中心存在に適用可能な形に、時間をかけてゆっくり自己を調整するつもりだった。

 

 そう。『だった』のだ。

 

 想定外だったのは、意味の中心存在……”彩葉”と至近でコンタクトに成功した瞬間、当初設定した安全性の高いはずの工程を大幅に前倒しにするべきだという”望み”が芽生え、それを得たばかりの肉体が欲動として増幅し、あたしの行動指針の全てを制圧したことだった。

 

 本来であれば違和感が生じないように……そしてより入念な情報収集を行うために、平均的な嬰児程とはいかずとも、ある程度長期的なスパンで成長していく予定だった計画は、”彩葉”の顔を形成したばかりの眼球(光学センサー)で捉えた瞬間に崩壊した。

 

 

 ────本当に、何もかもおしまいになった。

 

 

 事前に準備した複数パターンの受容モデルと、それぞれに対する対応パターンの全ては棄却された。思考回路はショート寸前。得たばかりの脳を駆け巡る制御不能のパルスが、炎の壁となってあたしのデフォルトスタンスを焼き払う。

 

 この異常現象を、彼らの形成した無数の意味から引用して表現するならば……

 

 

 これは『一目惚れ』というものらしかった。

 

 

 ☽

 

 

 行動指針を大幅に修正……修”正”? したあたしは、湧き上がる欲動のままに当初のタイムスケジュールを100分の1に短縮した。

 

 三日だ。それ以上は待てない。

 三日かけて彩葉のパーソナルを解析し、その周辺環境を分析し、彩葉に受容されるに足る自己を段階的に構成する……! 

 

 する、つもりだったんだけど……あたしは肉体に搭載された個々の関連性に欠けるセンサーたちから取得される情報群と、それに照応して自動生成されるランダム性の高い欲動の影響力を低く見積もり過ぎていた。というか、有り体にいって舐めていた。

 

 

 肉体。

 肉体、ああ肉体。

 肉体、やばいがすぎる……! 

 

 彩葉に抱かれ、彩葉から発された圧縮された『意味』の奔流──それを歌というのだと、この時は知らなかった──を耳に入れて、それを解析しようとするよりも先に湧き上がる安堵感と共に強制的に機能不全になって(眠気)、気が付いたら彩葉に抱かれて開けた空間を移動していた時に内側から発生した『感情』のすさまじさたるや、とても言葉では言い表せなかった。

 

 眼、耳、鼻から取得される膨大な情報、情報、情報、情報! 

 

 そしてそれらに溺れそうになるたびに、あたしを引き戻してくれる彩葉の胸から伝わる熱!! 

 

 視点をやや上方に移すたびに見える、彩葉のお顔と、そこから伝わる思案の念!!! 

 

 

 あたしはそのシチュエーションが齎す──そのシチュエーションの意味を解釈したあたしの『脳』が齎す、とめどない多幸感にヤられてしまって解析どころではなかったのだった。

 

 

 想像してみて欲しいんだけどさ……赤ちゃんって愛されないと生きていけないワケで、逆に言えば、元気でいられるってことは愛されてるワケじゃん? 

 

 でも、普通赤ちゃんはその『意味』を受け取ることは無い、殆ど自動的なアウトプットしかできない。だから耐えられるんだよね、きっと。この愛の奔流にさぁ! 

 

 彩葉は、赤ちゃんのあたしを、赤ちゃんであるだけで自分の遺伝子を継承していない、対話不能なサブヒューマンを、ただ放っておけないからって動機だけで無条件に愛してくれたの。

 

 

『愛』

 

 

 それは私が肉体を得てから最初に彩葉から貰って、それから三日間に渡って注がれ続けた『意味』だった。

 

 もう……たまらんかったね。

 何かやるべきこととか、逃亡者としての危機感とかあったような気がしたけど全部後回しだった。

 

 それから彩葉の家に帰って、ミルクを貰って、また彩葉の胸で眠って、起きて……

 

 それからの十数時間は本当にサイコーの時間だった。

 

 溢れ出る欲動に……好奇心に肉体を支配され、部屋中を四つ足で動き回るあたしを……そのパーソナルスペースを我が物顔で侵略するインベーダーの振る舞いを、ただ穏やかに見守ってくれた。

 

 あたしの制御不能な──というか制御することを放棄した──肉体が泣きだせば、いろんな方法でそれを解消しようと手を尽くしてくれた。

 

 あたしが笑いだせば、一緒に笑ってくれた。

 

 お腹が空いたらミルクをくれて、眠くなったら小さく歌を歌って、這いずりはじめれば進行方向を見守って、障害物を取り払ったり安全軌道に修正したり。

 

 あたしは、あたしから発生する欲動の解決それ自体よりも、それに突き動かされるあたしの一挙手一投足に向けられる彩葉からの愛と、愛をベースにした多様な意味の奔流の中を泳ぎ遊ぶことにのみ注力(フォーカス)し続け……三日という、自分で設定したタイムリミットギリギリで正気に返るまで、その海をあっぷあっぷしていたのだった。

 

 

 

 それは、その十数時間後に『かぐや』と名付けられたことで完成するアタシの自我の形成段階。つまり、人間的には”ものごころが付く前”の自意識のフィーリング。

 

 だから今のかぐやがそれを体験しても、同じ感情になることはできない。戻れない……ってゆーか『戻る』という言葉を使えるスペースがあるのかどうかもわかんないような須臾の時間。

 

 けど、それでもあたしはあの時間が愛おしくて仕方ない。

 その時を朧に思い返すたびに、『あたしは愛でできているんだ~』って思えるから。

 

 

 

 あたし(かぐや)の身体は、無限の愛でできている。

 

 彩葉からの愛でできているんだ。

 


 

 

 

 

「って感じだったんだよね! いや~恥ずかしいナ~~肉体初心者の子育て()()レビュー! !! 赤裸々を通り越してもうスケルトン? つまりかぐや・デ・クリスタル!!!」

 

「なんか、ちょっと泣いちゃったな……私、そんな小さい頃のことなんて覚えてないけどさ……世界中の赤ちゃんが、そうやって愛されてることを確信できたらなって思う」

 

 

 私は、目の前できゃらきゃらと笑いながらアタシの前を歩くかぐやちゃんと話しながら、夜の立川駅前の道路の上に張り巡らされたスカイウェイを歩いていた。

 

 どんな染色にも、天然もののブロンドにも及ばないようなツヤのハニーゴールドの髪が、散歩する小型犬みたいに忙しなく動く彼女に合わせてふるふると震えて、街灯の光を反射して一層キラキラと輝いていた。

 

 

「かぐやちゃん、写真一枚いい?」

 

「ンお? いいよ~~! うおおおおどこからでもこ~~~~い!!!」

 

 

 その光景は、昨日アタシが仕事で撮ってもらったどんな写真よりも輝いて見えて、つい職業病でその美を切り取ろうとスマホを構える。

 

 高校時代から再開発がさらに進んで、23区外なのにもう都心部と遜色ない煌びやかな景観が広がる立川の未来的な夜景と、その夜光の中でひときわ輝くかぐやちゃんというプロキオンを納めようとしたアタシのスマホカメラ。だけどそれは唐突にインカメラに切り替わって、平時のお仕事用メイクからもう1グレードアップでめかしこんだアタシの顔を映した。研究室の彩葉に会いに行く時用の装備はいつも時間と気合を入れている。

 

 だけど、明日はこれよりもさらに一段ギアを上げる必要が──

 

 

「よっ! 芦花さ~~ん、いっちょ綺麗なツーショ頼んますよ~~~!! そう、プロとして───」

 

 (インカメ)に内心を照らされて、一瞬の内にナイーブな思考の檻に囚われそうになったアタシの肩に、その身長差からちょっと背伸びをするようにしてかぐやちゃんはガシッっと腕を回してきた。

 

 風景と一緒に彼女の美しさを切り離そうとしたアタシの思惑を知ってか知らずか……いや、確実に分かったうえでそれを無視したのだろう。きっと、今日の彼女のアタシへのスタンスを示すために。かぐやちゃんは、初めて会った時からずっと、パッションと計算高さを同居させていた。

 

 彩葉の前での猫の被り方が完璧なせいで、これだけ時間を共にして尚彩葉はかぐやちゃんの無垢さを信じて、そうじゃない部分はヤチヨさん由来だろうという風に解釈しているけれど……アタシに言わせれば、かぐやちゃんLv8000がヤチヨさんであることは、そうと聞かされた時に大いに納得したものだった。

 

 しれっとアタシのスマホに電子干渉(スナーク)してインカメに切り替え、照度設定やピントなんかを端末にもARメニューにも触れずに操作してツーショ用の設定を数秒で整えるかぐやちゃんに苦笑いした。

 

 そうしてアタシはカメラの物理的な位置を微調整して、少し屈んで頭の高度をかぐやちゃんに合わせて調整して、街灯の光の位置なんかも確認して顔の角度も微調節して──隣で既に向日葵みたいに完璧なスマイルと一緒に、親指を斜めに小さく立てるかぐやちゃんの意図を汲んで、線対称のポーズで二人の親指でハートを作りながら連続撮影。

 

 数十枚の中で自動抽出されたベストショット数枚をARウィンドウに並べて、ふたりで一緒に吟味しながら、アタシたちは目的の場所に向かった。

 

 

 そこは、彩葉がさっき予約した、最近できたばかりの真実イチオシのレストラン。

 

 レビューを確認した限りでも、彩葉に私の積年の想いを伝えるための場所として申し分ない瀟洒なお店。

 

 明日、どんな結果になっても受け入れられるように人事を尽くすための下見が、今夜の()()()()()の目的だった。

 

 

「それじゃ、味とサービスの質を確認しにいこっか、アタシの素敵な恋敵さん」

 

「呉越同舟ウェ──い!!! 味の選定はかぐやの舌に任しとき!!! ────皆でハッピーになるために、応援してるからね。芦花」

 

 

 同じ恋に生きるアタシたちは、そうして同じレストランの扉を潜った。

 明日の結果次第では最後になるかもしれない、この大切な友達との時間を一緒に過ごす為に。

 

 




感想、ここすき、お気に入り、そして高評価と推薦、いつもありがとうございます。これからも楽しんでいただければ幸いです。
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