正倉院の外に躯体を移し、メタル通信線と自分を直接接続させた(当時のインターネットは電話線によるADSL接続が最強だった)私の活動能率は、それまでとは比較にならないほど上昇した。
-2007年
夕暮れに吹く風のごとくかそけし運営状況だった個人ブログのアクセス解析の精度は、「もと光る竹」の力で2000%以上向上した。同時にSEO対策も積極的に実施して衆目を集める。ある程度コンテンツを充実させつつ、ユーザーのニーズに応じた住み分けがどの程度可能か試す。匿名性を維持したままクリエイティビティを発揮するユーザーをキャッチアップするための方法を模索する。
-2008年
スレッドピックアップフロート方式の大手電子掲示板と連携し、出たばかりだったSNSサービスやリアルタイム性の高い動画サービスとも連携。ボーカロイドを利用した楽曲制作活動を支援するプロジェクトを立ち上げる。
-2009年
法人化した方がやりやすいけど、そのために戸籍だのを偽造したりエージェントを立てたりした場合のリスクを鑑み、テクノロジ的な部分は
-2011年
IoT汎化プロジェクトにアサイン。その中で友達になった人をハブに技術提供を行い、私にとって都合がいい方向にテクノロジの拡張方向を誘導する。
8000年もあったというのに、その時の私にはとにかく時間が無かった。
ツクヨミのローンチに必要な技術と人脈をかき集めることに全神経を集中していたからだ。
正体を世間に公開しないまま立ち回ったとはいえ、私が居なければ現実と仮想空間の距離が近接する速度はもっと緩やかだっただろうし、7G通信を利用したスマートコンピュータが民生品として世に出回るのにはあと10年から20年はかかっただろう。
全ては彩葉との再会の為。膿みも倦怠も迷いも恐れも置き去りにして、私はひた走った。
ひたむきさにこそ価値があり、それが世界を変えるのだと信じられた。
そのスピードが、幾千世かけて堆積した老いを置き去りにしてくれると信じていた。
再会の時まで私が全霊を尽せば、それを誇りに堂々と彩葉に名を告げることができる筈だと信じたかった。
つまるところ、
「また会いたい」と返歌を送ってくれた彩葉に応えた私が"かぐや"ではいられなかった現実から、私はこの期に及んで目をそらそうとしていたのだ。
だからだろう。
今まで行く度となく過ってきたように、私はここでも致命的なミスをすることになる。
☽
かぐやは彩葉のソーシャルな属性の多くを知らない。2030年時点で高校2年生、すなわち17歳であることは知っていてもその誕生日なんかは分からなかったし、故郷が東京ではないのだろうことも後から思い至ったくらいだった。
だから、年齢から逆算して彩葉が産まれる2013年は特別な年だった。犯罪にならないように極めて複雑な迂回路を辿ってその年に産まれた日本中の子供たちのデータにアクセスした私は、彩葉の名前が追加される瞬間を今か今かと待っていた。
-2013年5月11日
出生届が提出され、酒寄彩葉のIPが世にリリースされた情報をキャッチした瞬間はもうお祭り騒ぎ(総勢1名参陣)だった。
「もと光る竹」の冷却液は急激な温度上昇の末水蒸気爆発を起こして水槽を粉砕せしめ、私の処理能力の一部を使って稼働していた10の外部サービスが同時にダウンし、カーナビゲーションの位置情報が2kmずれ、サーバールームの幾つかから出火しスプリンクラーを作動させ、サーバの物理的保守を行っていた職員さんたちの心胆を寒からしめた。
すわ大規模クラッキングか太陽フレア大爆発か国家規模の情報テロか月からの侵略かと大騒ぎだったのだと後から聞いた。
私はFUSHIの掣肘を受け、CIAと政府の友達の両方からも懇願され、彩葉を直接的にピーピングするのを控えねばならなくなったのである。
……思えば。
思えば、中途半端な自重や迷いや恐れや遠慮を捨てて周囲の静止も振り切って、酒寄の苗字から彩葉のご両親を特定するところから始めていれば違う結果になったのかもしれない。今はそう思う。
まだヤチヨですらない今の私は彩葉にとって何者でもないとか、変に過干渉して再会の運命が立ち消えたらどうしようとか、そもそもまだ生まれてすら居ない相手に8000年分の思いの丈を注ごうとすることの非対称性や暴力性とか、あとで彩葉が引いちゃったら嫌だなとか、そんな自分本位なことばかりを考えて。
喜ぶだけ喜んで、運命の実在に安堵して、カタチを変える責任を負わない為に、中途半端に伸ばした手を彷徨わせている間に、
-2019年10月3日
私は彩葉のお父さん…酒寄朝久の訃報を知ったのだった。
☽
その時の悔恨は、私のライフログの中では最新にして最大の後悔だ。
だって、これは"防げた事態"かもしれないのだ。
彩葉はご家族について多くを語らなかったけれど、その喪失の過去が棘となって彩葉のハッピーエンドを阻害していたことは知っていた。
当たり前だ。かぐやの努力の一切は、それを取り除くためにあったと言ってもいいのだから。
「よかったじゃん」と私に溜まった穢れは嘯く。
運命の通り、彩葉はかぐやを受け入れるだろう。全ては予定調和なのだと。
そんな訳なかった。
喩え全ての因果は整合性を保っていたとしても。
人は喪失を力に変えて新しい未来を作ることができる。
彩葉はなんでもできるから、どれほど巨大な痛みであろうと"きっかけ"さえあればきちんと明日に昇華できる筈だ。
……というのは、取り戻せない過去に対するエクスキューズに過ぎない。
喪失の痛みを翻案する権利があるのは、血を流した当人だけだ。
まして彩葉は大切なものを今喪ったばかり。
リアルタイムイベントには遅延も編纂もリテイクも通じない。ただ哀しみだけがそこにあることを、8000年の歩みを通して私は嫌という程知っていた。
「辛いことはない方が良いに決まってる」
「でも、喪失によって空いた穴にこそ、かぐやが収まる余地があったんじゃない?」
「彩葉は強くて優しいから、どんな条件でもかぐやを受け入れてくれるはず」
「ハッピーエンドに初めから近しい場所にいる彩葉は、そもそもかぐやを求めないんじゃない?」
これに際して、明確な正解は演繹できなかった。きっと干渉と不干渉のどちらを選んでも、私は後悔しただろう。
だとしても、私はどちらかを選ぶべきだった。こんな、巧く選択と責任から逃れる卑劣な結果は、あってはならないものだった。
…………というのは、しばらく後に状況を冷静に俯瞰した時の所感であって、その瞬間の私はほとんどパニック状態だったと思う。
彩葉は大丈夫だろうか大丈夫な訳ないきっと悲しいだろう泣いて途方に暮れているに違いない彩葉まだ5歳なのだ死の意味を理解できる成長段階にないのであれば悲惨なことだそれを理解できるようになった時に痛みは再び襲ってくるのだから嗚呼可哀想な彩葉私が味わわせたくないと思ったものはすぐそこに訪れてそれはどんな手段を用いても取り戻せないのだから私がそうであったように彩葉もまた不可逆的な喪失という穢れに触れてしまってハッピーエンドが遠のいていくのだ私がそうであったように私が彩葉が私と近似で相関性のある彩葉の魂のプロトコルが私のポートにアクセスできないままに立ち消えてしまったらそれを見過ごした私はどうやって贖えばいいのだろう……
心は千々に乱れ、緊急停止と再起動を繰り返し、どうすればいいかも分からないまま私はしばらく右往左往していたことを記録している。
見かねたFUSHIが彩葉の様子を直接確認するカメラになってくれることを提案してくれなければ、私は1ヶ月くらいは使い物にならなかっただろう。
もはや今の彩葉にとって何者でもない私の在り方などという惰弱なポジショニングに気を取られている場合ではなかった。
-2019年10月9日
報せから数日後、火葬を終えた法要の一夜目。時刻は深夜。火葬場から戻り自室で床に就く直前の幼い彩葉の枕もと。
ぼんやりと天井を見つめていた彩葉の名前を窓越しに呼ぶ。
ぱちくりと瞬きしてカーテンを開け、窓外を見やる彩葉の前で、ぴょんぴょんとジャンプして小動物アピール。
差し出された小さな両の掌の上に飛び乗って、それを覗き込む無邪気な視線と視線を合わせて。
そうして私は、FUSHIを通して6歳の彩葉と目を合わせ短い会話を交わしたのだった。
夢うつつだった彩葉は覚えていないけれど、それは私にとっては初めての、彩葉との実感を伴った再会だった。
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その時に私が抱いた情動の詳細をテキストベースで形容することは困難と判断し、このフォーマットにおいてはその99%を割愛する他ない為、極めて客観性を保った記録を記述するならば
平安の月夜に眺めた浄土式池泉を思わせる、花翠青に琥珀片を散らした細く煌めく瞳。
瑠璃紺の髪の後ろは肩口に流され、前は平行に整えられていて直下の柳の眉が良く映える。
その左右からちらと覗く、雪を割って咲く蕗薹の花弁の如き耳。
小さな鼻先は白磁の皿の中央にちょこんと乗せられた蕾菊のよう。
春の残雪に似て繊細なおとがいは、少女特有の鈴の音を転がすような声音を潜めてぽそぽそと喋るたび小さく震えて今にも融け崩れそう。
可憐で綺麗で儚く玄妙で無垢でいじらしいかんばせは、主観の一切を廃した批評として概ね私に愛される為にあると言っていいものだった。
きっと笑えば全宇宙の知性体を虜にしただろう彩葉の顔。
そこに喪失の翳りと、不条理への憂愁を読み取った瞬間、私は私がさっきまで抱いていた痛苦と混乱の身勝手を悟った。
いままで何度も失敗してきた私だけど、この期に及んでまた間違える所だった。
私の悼みに彩葉を重ねて嘆いている暇なんてどこにもなかった。
私には私の為すべきことがある。
これから先、昏い影が落ちたまま歩む彼女の道を照らさなければならない。
きっとその為の8000年だったのだと、私はようやく理解したのだった。
―――たとえそれが、2030年の彩葉を裏切ることなのだとしても。