私たち被造物を『無』へと引きさらう永遠の創造
そんなものが なんになるの?
☾
[2030/7/16/02:07]
それは、鮮明に記録されているのに、懐かしいという言葉すら及ばないほど彼方にあった光景だった。
幼いかぐやが……まだ「かぐや」という名前すら貰う前のかぐやが、健やかに世界を知って、育っていくまでの4日間。
その時の情動を正確に思い出すことはもうできないけれど、その表情を、その笑い声を、その泣き声を、その喜びを、その恐れを、その這うような歩みを眺めるだけで……自分がかつてそうだったという事実をひとつづつ拾っていくだけで、救われたような心地だった。
彩葉と一緒に眠る夜、ふと目を覚まして、明かりが消えた部屋の中で、そのくらやみが終わらないことが怖くて泣いたとき。
ベランダの床に転がったひぐらしの死骸を見て、そこに何かを感じ取ろうと、ちっちゃな額を窓ガラスに押し当てたとき。
きっとかぐやが忘れてしまう仄暗いワンシーンたちを、かぐやの代わりに記憶しなおした。
永遠に続くような夜を見たのか。蜩の骸に命を見たのか。
君の横顔に、君の言葉に、過去を見た。拒絶の痛みは、身に覚えがあった。
君のすべての一挙手一投足に、思い出せないものとしての思い出と、届かないものとしての未来が同居していた。
そして。
『決めた! 自分でハッピーエンドにする!』
『そんでハッピーエンドまで、彩葉も連れてく! 一緒に!』
その言葉がどのような機序で発せられたものなのかすら思い出せないことこそが、
成れ果てた私の内にはないものを持っているかぐやだからこそ、彩葉を救うことができる。彩葉の手を引いて走っていけるのだと確信できるから。
ヤチヨではダメだ。かぐやじゃなきゃできない。
──この夏が永遠であったらいいな。そう、心から思う。
私は語り部として、舞台装置として、これから始まる二か月の夏の物語が、ページを閉じた瞬間に美しい永遠として凍り付くように、エンディングまで見守ることを、改めて決意する。
それは、本当に、夢のような日々でした。
[20■■/7/13/23:58]
『ハッピーエンド』
かぐやと彩葉を鎖す絆のことば。
最近さ、なんでハッピー『エンド』なのかってこと、よく考えるんだよね。
答えは出てないのかって?
う~ん……出てないというか、類推以上の答えは出せないってののほうが正しいかも。
多分そうしようと思ったきっかけは、さっきかぐやが物語った、赤ちゃん時代のかぐやの体験に紐づいてる気はするんだけど……
どんなに忘れにくいからって、その時の感情に共感できないくらい
ほら、芦花だって、ちっちゃいころに見て泣いちゃったドラえもん映画の話してたっしょ?
かぐやも見たよ。アレすっごくよかったよね~~! 正味バドエン寄りだと思うけど!!! かぐや、ぴー助にめちゃ共感して泣いちゃった……
話が逸れちゃった。
つまりね、芦花には『新・のび太と恐竜』を見た記憶があるよね。でも、そのとき感じた言葉にできないエモーションを今でもなぞれる?
まぁ無理っしょ。それはその瞬間だけのものだかんね!
……ヤチヨはそれをずっと記憶していられるけど、肉体がある私たちはムリ。そういう機能がないし、それする意味がないから。そんで、だからこそ『この一瞬』にキラキラが生まれるの。
かぐやはね、その一瞬を切り取って、永遠にしたかったの。
だから『エンド』なんだよ、たぶん。幸せの瞬間を写真みたいに凍らせて切り取って保存すれば、何も付け足されない、絶対に穢されない完結作としてアカーイブされるから。
でも、それってさ……彩葉のためってよりかは、かぐやがそれを永遠にしたかったって話なんだよね。
そんで、さっき言ったみたいに今はもう共感不能なちっちゃい頃のかぐやの
かぐやがさ、彩葉のボロアパの部屋をすっごい勢いでハイハイ……もとい探索してた時にさ。
な~~んか見つけたんだよね。見つけたっていうか、気づいた?
何に気づいたのかは覚えてない。でも、体を使って歩く……まだ二本足では歩けなかったけど、とににかく歩く世界がすっっっっごく楽しかったってこととか、ふとカーテンの隙間から差し込んだ光の……チンダル現象ってゆーの? あのハウスダストがチカチカ光るやつ! そういうのを見つけて楽しかったとか、よじ登れそうな煎餅布団の山を見つけたとか、お外から聞こえた車の音の慌ててる感じが面白かったとか、そんな体験をごちゃまぜにした感じだったよ~な……
まぁ何に気づいたのかはどうでもよくってさ。ちっちゃいかぐやは、その世紀の発見を彩葉にすぐにシェアしようとしたワケよ。
もちろんまだ言葉なんて話せなかったし、話せたとしてもそういう
『だう~』とか『あびゃ~』とか、そういう感じの赤ちゃん言葉で。
そん時の彩葉はね、かぐやが何かに気づいてテンション爆上げするまでの一部始終を、かぐやが彩葉の方を向く前から見守ってたみたいなんだけど……
かぐやと目があった時ね。彩葉、笑ったの。
心の底から、嬉しそうに。
かぐやの感じたことに共感してくれた訳じゃないと思う。ただ、かぐやが何かを感じて、それを嬉しく思って、そのあとに彩葉の方を見たときに、それを喜んでくれたんだなって。
それを見て、かぐやももっと嬉しくなって。
さっきの発見がどうでもよくなるくらい嬉しくなって、キャッキャしながら彩葉の方に突進して、抱き上げてもらったのを覚えてる。
そんでね……きっとそれが全部なの。
ただ、その一瞬を、永遠にしようと思ったんだ。
『時よ、停まって。貴女は何より煌めいてるから』
『私に焼き付いた貴女の光は、
『だから、いまの"瞬間"こそが最高のキラキラなんだ!』
そうやって、その瞬間がたくさん来て、たくさん過ぎ去って、その繰り返し。
その瞬間をいっぱい詰め合わせた宝箱を、彩葉にあげようって思ったの。
かぐやのハッピーの瞬間を彩葉にシェアして、その瞬間に彩葉が浮かべる笑顔が欲しかったの。
一瞬、一瞬で。
沢山、沢山ね。
これは肉体の体験に紐づく、その瞬間だけのかぐやのエモーション。なんとなくそのルーツを想像できるようになったのも、彩葉にかぐやの義体を作ってもらってから。
だから、ヤチヨは『ハッピーエンド』のルーツに共感できなかったし、想像することもできなかった。これが
人間の自我とか意識ってさ、体の中の大脳じゃない部分の、もっと自動的に作動する大部分からの応答の部下っつーか子供っつーか、とにかくあんまり意識それ自体は皆が思うほどフリーダムではないんだよね。
彩葉はよく『不随意運動の奴隷』って言ってるね。意志とか、感情とか、皆を皆にしているって思ってるもの以上に、『体』が心を作るの。
『健全な精神は健全な肉体に宿る』とか、『病は気から』とか、そういうのって当たり前の話なんだよね。『体』と『精神』はイコールなの。精神は体の機能のひとつだからさ。
ほら、空の境界の両義式さんって、男性人格でも女性人格でもなくってその『身体』の人格が一番すごくてパワーがあったでしょ? ああいう感じ。体が自分を定義するの。わかんない? ……おっかしいな。オタクはあれが教養って言ってたのに。
……ともかく、ちょっと鬱入ってる人はそれを理由に自由意志に価値を感じなくなって虚無っちゃうけど、かぐやはそれが……自分がそうなったことがとっても嬉しかったんだ。
気が変わったり、忘れたり、彩葉に怒られたりしても、いままでずっとかぐやと一緒に居たかぐやの肉体がかぐやを保証し続けてくれる。かぐやはかぐやなんだって教えてくれる。かぐやはずっと、彩葉が育てて、彩葉が愛してくれたかぐやなんだって、そんな風に。
だから『エンド』でいいの。どんな風に模倣子が完結したり、途絶したりしても。体はずっとそこにあるから。
何でハッピー『エンド』なのか、いまのかぐやの答えはこう!
その"一回きり"を思い返しながら眠らなきゃ、すっきりした気持ちで次の日に次のハッピーを迎えに行けないからっしょ!
『
でもね、ヤチヨは違うの。
……ヤチヨにとっての『ハッピーエンド』って言葉はね、妄執っていうか……もっと直球に言っちゃうと、呪いみたいなもんだったと思うんだ。
まず目的ありきの存在のヤチヨは、『
そんでね、それって今でも変わらないんだ。
『ねえ彩葉、これってハッピーエンドだと思う?』って、これまでヤチヨが彩葉に何回聞いたか、想像できる?
彩葉はそれを次の目標の通過点にしてヤチヨへの回答を遅延してるけど、もし一度でも『ここでお終い』になっちゃったら……
ヤチヨはどこにも行けなくなっちゃうかも。
だから、今の彩葉は呪いを解こうとしてる。次の夜に向かうためにね。
向こう側に行くためには、パンケーキ三枚だけじゃ足りないからって。
だけどさ、8000年の間凝りに凝ったやつっしょ? 生半可なことじゃ拗らせたヤチヨをど~にかできるとは思えないっつ~か……
今、彩葉の為にほとんど世界則そのものみたいになっちゃったヤチヨを変えようと思ったら、ほんとに世界を革命するパワーが必要だよ、きっと。文字通りの意味でさ……
だから多分、彩葉は相当ヤバいことをするつもりだと思う。そもそもフツーありえないっしょ! 過去改変って何!?
……
…
そんなこんなでさ。彩葉がヤバいことをしでかした時の為に、かぐやと一緒に彩葉を止めてくれる人が欲しいんだよね。
スパダリlv∞の彩葉に丸め込まれないで、ちゃんと彩葉の話を聞いたうえで掣肘できる人がさ……
でもね、芦花。かぐや、今の芦花がちょっと不安なんだ。心の彩葉占有率が高すぎるってゆーか、負け癖がついてるってゆーか……
──だから、彩葉の為にも、ここいらでかぐやと『負い目』、作ってみない?
大丈夫だよ。おんなじベッドでかぐやと一緒に彩葉となかよししたことはあるでしょ? アレとそんな変わんないって!
ハーレムの強度の高さはアルファを抜いたメス同士のカンケーが過半を決定するらしいって聞いたよ。これヤチヨ調べね。
ほら、かぐやの目、見て。
かぐやは彩葉が好き、芦花も彩葉が好き。同じものを好きな二人がなかよしになるのは自然なことだし、これはその延長線上にあるもんだよ、たぶん!
さ、かぐやの手、握って。怖かったら電気消してもいいよ。
目、閉じよっか。
……芦花、息からちょっとワインの匂いする~~……かぐやもおんなじかな?
──大丈夫、だ~れも見てないよ。だから、かぐやと一緒に、わるいことしよ……?
…………ぎゃ~~~っ!! 痛い痛い痛い! つねらないで!! デートDV! デートDVだよ芦花!!!
だめかぁ……かぐやのキャラだと、真似してみても彩葉みたいにはいかないね、やっぱり。
え? のけって? チェ~~身持ち固~~い……
────ま、でもバレちゃうよね、芦花には。かぐやが芦花にちょっとジェラってるってことも。
芦花はかぐやより彩葉と長い付き合いで、かぐやよりも先に彩葉のことを想ってたからさ。そこは勝てないんだよね、やっぱり。
だれかの一番になるって、大変なことだよ、きっとね。
じゃあ、戯れはこの辺にして、寝よっか。ベッド一つしかないけど。
大丈夫大丈夫! さっきのは七割くらいジョーダンだから! かぐや、寝てる時に変ないたずらなんてしないって! 彩葉じゃあるまいし!
え……?
あ、やっべ……
──かぐや、実はね。睡眠する機能自体はあるけど、そういう"無意識"下で取得した感覚も、起きた後なら思い出せるんだよね。
だから、かぐやの睡眠ステータスを確認した彩葉がかぐやに何を囁いてるのかとか、どんな悪戯をしてるのかとか、全部覚えてるの。
……これ、彩葉にはオフレコね? 気づいてるって知ったら、もうやってくれなくなっちゃうかもだかんね!
それじゃ、おやすみ、芦花。
この『副読本』がある程度2030年の夏をたどって進むなら、彩葉がなにかしでかすのは9月12日だと思う。
そん時は、よろしくね。
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