[2030/07/15/17:30]
「で、俺らにその新規イベント告知会場で1発かましてほしいって? ……6金、クラムクラムを最速擁立だ。ツキが良いな」
シャカシャカパチパチと、手元のカードを弄ぶ音が響く。
そこは、神谷町のオフィスビルにあるハイクラスレンタルオフィスの一室……を模したツクヨミのプライベートルーム。
部屋の中央に鎮座した丸テーブルを囲むようにして
「そうそう! 天上のディーヴァ・月見ヤチヨ初のコラボライブ……その座を賭けたバトル開幕の号砲を、ツクヨミの申し子にしてアルファ・メール、アイドルユニットとしての活動とマルチタイトルプロゲーマーとしての活躍を両立させ、活動期間たった4年でチャンネル登録者数1800万人を突破したトップライバー、ブラックオニキスが打ち上げる! フロア熱狂間違いなしで御座いましょう? ……4金止まり。都市を購入してお茶濁し候~」
かつて彼らと夜通し色々な対戦ゲームで遊んだ場所を模したこの場所は、4年の歳月の間に
最初の体験が故か、それとも彼らが誰かとミーティングする時の習慣なのかは定かではないけれど、会議の時は4人のうちの誰かが持ち寄ったボードゲームなんかで
本日のタイトルはHEART OF CROWN。皇帝没後の巨大帝国を牛耳るべく、自分好みの
「そうやってお褒めいただくのはありがたいんだけど~……ヤチヨの横に並べて遜色ないかって考えるとびみょいよね~~帝は。……ぴえん3金、見習い次女がハンドに吸い付き過ぎ…」
「──チャンネル登録者数数10億人。ツクヨミのユーザーも1億人を突破。ニューシングルのMVをアップロードすれば1週間は最大再生回数動画の位置を譲らず、日々の雑談配信ですら各媒体合計30万人以上を集める……最早信仰の対象だ。ヤチヨのフォロワーであることも、高頻度でヤチヨの配信を見に行くことも、"推している"とは言わない当たり前の行為になりつつある。
「お陰で話題出したりゲームコラボしたりしても熱心なファンに目くじら立てられることもなくなった。スポンサードされてる身としては助かる話だぜ。……いちライバー集団としては、手の届かない場所があることに思わないことがない訳じゃないけどな。……錬金術師と早馬を購入。こりゃ勝ちだな。っぱアグロクラムは最強戦術っしょ」
月見ヤチヨの現在の立ち位置は、概ね今の彼らの批評通りだった。
ツクヨミ内部のライバーどころか、より大きな枠組みにおけるストリーマーとアーティストの2枠における天上の座。一等星を通り越し、十五夜を眩ますスーパームーン。
……"比較にすらならない"という立ち位置は、却って論争をもたらさない。それが誰も傷つけたくなかった
「演出のやり方はいつも通り、俺らの自由でいいのか?」
「うん。いつも通りね。ここで細かく発注をつけないとパフォーマンスができないようなヒトにヤッチョが声をかけたりしませんとも!」
信頼と実績のブラックオニキスである。彼らのパフォーマーとしてのプロ意識に関しては彼らを知る皆が太鼓判を押すところであるし、このような大舞台で、ファンもそうでない人も自分のストリームに飲み込んでいく力を、
アキラ君はいつもの笑顔でサムズアップする
そう、ヤチヨCUPに関する書類に。
☾
「それじゃあ受注してくれたってことで改めて、ブリーフィングをやっちゃうね」
ボードゲームもひと段落ついたところで(ちなみに結果は
「今回のイベント……『ヤチヨCUP』は期間内の新規チャンネル登録者数を競うもの。期間内に獲得した登録者数が最も多いライバーが優勝し、めでたく
「それを分かりやすく皆に示すために、ヤチヨがイベントを発表→帝ちゃんが大見得を切って勝利宣言する→その流れをPVにして公式チャンネルで動画公開するってワケね……ウチらのプロモとしても申し分ないし、そこは美味しいところしかないケド……ねえアキラ、どう思う?」
昔はあんなに小さかった彼も、もう今年度で16歳になる。前々からその利発さをアキラ君に頼りにされていたけれど、この4年で彼はマネージャーとしての振る舞いがプロ並みに板についていた。
「そうだな……参加自体はいいし、イベントの性質上優勝しようがしまいが新規ファンの獲得チャンスとして申し分ない。……しっかし、少し慎重に立ち回らないといけないかもだな」
「俺も同意見だリーダー。ヤチヨが誰かと歌うのは前例がない。故に、その座を狙う行為がマジョリティにどういう受容のされ方になるのか読めん。なまじ優勝者の第一候補となる俺たちの場合、特にネガティブな影響を視野に入れねばならん」
乃依ちゃんの『どこまで見えているか』の確認に、アキラ君と雷君が答える。ブラックオニキスはこの3人以外の後方支援スタッフを最低限しか雇ってない少数精鋭事務所だ。そのスタイルは必然的に彼ら全員にショービジネスの全体観をもたらすことになった。
先輩として最初はちょこちょことアドバイスをしていた
「神聖にして侵すべからず。ヤチヨちゃんの舞台をそういう風に捉える人、結構居るからな。……んで、そういう層がヤチヨフォロワーの1%くらいだとして、そのうちのさらに1%くらいが有力候補のファンダムを荒らしてみろ……」
「10万人……ストリーマー人生を断つには、そのさらに1%でも十分な数だな」
「ま、そこはイメージ戦略次第ではあるけどな。"ヤチヨというトロフィーを手にする為"って風じゃなくて、このイベントを一番盛り上げられて、一番クオリティの高いライブを提供できるのは誰なのか、ってモチベをアピールすりゃいいんじゃねぇか?」
「いつも通りってこと~? でも、それをするには帝ちゃんのビジュがオラオラ系過ぎるんだよね~。帝寄りのユーザーはそれで受け入れてくれるけど、ヤチヨのユニコーン達はそうじゃないんじゃない?」
「おいコラ、このデザイン考えたの……まあいい。ヤチヨちゃん、そういうファンの暴走はどれくらい有り得る? あったとして、それは抑止できそうか?」
彼らの絆の表象としての丁々発止のやり取りを眺めていた
「そだね~……ウチの神々の皆には念入りに言い含めておくし、それでも愛が暴走しちゃう可愛い子たちは期間中のアカウントの行動制限を科す予定ではあるかな。でも……」
「でも、マナー違反や荒らしまでではないにしても、単純な好悪に基づく他ライバーに対する否定的な意見がトラブルを産む可能性は常にある。それに、このルールだと呼びかけとやり方次第じゃ登録者を"奪う"ことすらできるかもな。思ったより殺伐とした企画だぜこりゃ。ヤチヨちゃんらしいぜ全く」
言い淀んた
……そう、このイベントの趣旨を一言で言うなれば『
私は、血が流れない限りにおいて、人の子が競争する姿が好きだった。
このそれに、アキラ君が指摘した登録者の収奪も、事前にそういうことが起こりうることは想定済だった。
なんせヤチヨCUP期間内のチャンネル登録者数カウントは
既にチャンネル登録済のアカウントが再登録しても数に計上されないルールこそあれ、複数のチャンネルに登録しているユーザーに『期間内だけは他の参加者チャンネルの登録を解除して! それで私だけを推して欲しい!』というのは特に制限していない。むしろ望んですらいる展開だった。
「いくら既存登録者はカウントされないって言ってもさ~、自分を発信するならそれだけの数字を事前に確保できてるってだけでちょーぜつアドいじゃんね? だから、新人にちょっとでも勝ち目を作ろうと思ったら、数字持ち達が足を引っ張り合って貰わないと勝負にすらなんないもんね」
「これを機にライバーを志す者らへのアシストとしては、その潜在的悪辣さに目を瞑れば悪くない。……だが」
目を通し終えたお手元の資料ウィンドウを消去した雷君は、
「新人ライバーのスタートダッシュイベントとしては悪くないが、それで優勝できるかといえば絶対に否だ。これだけでは9割9分ありえない。このアンフェアさは常の貴女らしくないぞ、ヤチヨ……何を考えている?」
……最初は寡黙だったし、世間でも寡黙キャラで通している雷君も、この4年でずいぶん私と打ち解けて、こうして忌憚のない意見をズバズバ言ってくれるようになった。
しかしその質問へは黙秘である。私はいつもの笑顔だけを浮かべ、その質問を聞き流した。
「今回受注したオーダー通りに厄介ヤチヨファンへのタゲ取り、少なくなった新規市場の開拓必要性、登録者の奪い合いシステムっつー逆風環境……これ全部を前提にしても、このままだとブラックオニキスの勝ちは揺らがねぇぞ。テテテさんがなりふり構わなくなったらようやくちょっと気にする必要あるかなってくらいのモンだ。下馬評通りにな……そういう既定路線嫌いだろ、ヤチヨちゃんは」
雷君の一番槍から、
「どうやらヤチヨちゃんが俺たち向けの縛りをこの程度のあってなきが如しなモンにすりゃ十分って判断するくらい、
「…………」
……私は、いつもの笑顔でその発言を聞き流した。
──そうだ。この戦いの勝者は運命によって決定づけられている。月見ヤチヨの8000年が待ち望んだ運命によって。
だから今の
あの二人なら、場さえ整えれば黒鬼ファンダムだろうがヤチヨ信者であろうが惚れさせることができる力がある。
なんせ私が記憶している範囲では、黒鬼との対決時点でかぐやいろPチャンネルは全体の60位前後だったはずだ。僅か1ヶ月でこれなのだ。あと1週間あれば黒鬼と並ぶか越えていたであろう数字は、記憶している限りのその結果の必然性と合わせて
それに、腐っても
助力はこんなものだけでよかった。あとの私はその"場"を整えるだけで良い。それが
……
私が黙したことで生まれた一瞬の静寂を埋め合わせるように、ピピピッとアラームの音が響いた。
アキラ君が使うスケジュール管理アプリのデフォルトサウンドだ。
「っと、配信準備の時間だ。ヤチヨちゃん、今日はここいらでお開きだな」
アキラ君はそれ以上
「りょ~! ……それじゃ、ヤチヨCUP、よろしくね?」
「おう! ミニライブ後もの宣伝もイベント中の模範ライバーとしての治安維持もいつもオレらがやってることと変わらねぇんだ。大船に乗ったつもりでいてくれよ、ヤチヨちゃん……ああ、それと最後にひとつ」
お開きの挨拶と共にログアウトせんと言うところで、アキラ君は乃依ちゃんからの目配せの後にこちらに向き直った。
「……? どうしたの、アキラ君?」
「……いや、全くの気のせいってこともあるし、そうだった場合は笑ってくれればいいんだけどな」
アキラ君は、天井を仰いで幾ばくか言い淀んでから、意を決したようにそれを告げた。刃のような言葉を。
「今回のヤチヨちゃん、最近一線を引いたプロゲーマーの先輩にちょっと雰囲気が似ててな」
「ヤチヨちゃんが居なくなると、この海は一気に色褪せる。……だから、なにか悩みがあるなら力になるぜ。仕事じゃなくてもな。俺たちは、それくらいの恩義をアンタから受けてるんだ。そこんとこ、忘れないでくれよな」
──それは、アキラ君の言葉というよりは、黒鬼を代表しての言葉という風だった。
そうして、いつもの笑顔を浮かべたまま絶句する
……げに恐ろしきBlack onyX。
その洞察力を前に、私は改めてそう思ったのだった。
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