──かぐやをツクヨミに迎えてから、
彩葉に導かれてツクヨミ第一層の街並みを歩くかぐやの遥か頭上には、月を覆い隠すミラーボールが回転している。
二年前の私の観測によって開いて、かぐやの家出によってさらに拡張された、情報宇宙と物理宇宙を繋ぐ孔。それを塞いで、かぐやが『変化』するために月と交信するシグナルをカットするためのファイアウォールこそが、あのミラーボールの正体だった。
かぐやは、取得した情報に合わせて自身を改変、成長させる力がある。そして、あの腕輪を通して月から変化の為のリソースと承認を得るのだ。
赤子から成体になったことで存在が物理宇宙に近接したため、初期ほど大規模な成長を行うには、情報宇宙の在り方に極めて近いツクヨミを経由してそれを行う必要がある。
かぐやがコラボライブを経て成ろうとしていたカタチに覚えがある私は、かぐやが月を見上げて自己を更新しようとして、それができずに首を傾げる様を見るたびに気が気ではなかった。
あまりに決定的な自己変革は月人の存続を危ぶませる事態を引き起こして侵攻の引き金になるし……なにより、彩葉にとって望ましい姿に……
大抵のものはかぐやに手渡す覚悟はあるけれど、そこだけは譲れないのだ。
「ヤチヨ。……彩葉とかぐやの会場入りと、チケットの使用を確認してる」
物思いに沈んでいた私は、FUSHIの呼びかけで我に返った。
「うん、
けれど、やるべきことは殆ど終わっている。あとは舞台に上るだけだ。
「プレミア会員特権の『布教枠』*1がこの時の為だけに用意されてるなんて、ヤチヨのファンの誰も思ってないだろうな。……心の準備はいいか?」
「勿論。身は落とせども心はめちゃ万端也! ──FUSHI、現在時刻を記録して」
「ああ」
──2030/7/18/20:58(JST)月見ヤチヨ ツクヨミ沿岸部ミニライブ開始まで、後120秒。
天上の歌姫に、夜空を呑み込む望月に心をスイッチする変身バンクとして、ヤチヨ城天守閣内部の螺旋階段を登りながら、これまでの舞台を想う。
電子の海の歌姫・月見ヤチヨとして壇上で歌うようになってから幾年か。
それはもう幾度となく大きな舞台で歌ってきた
“月見ヤチヨ”を彩葉と世界に届けるべく、全力で楽しんでみせたのがファーストライブ。
彩葉が初めて生で見に来てくれた会場で、同じ喜びを共有したのが2025年のミニライブ。
彩葉の愛を必然のものにするために、
そしてこのミニライブに臨む
『キタキタキタキタァ~~~! これがなければツクヨミの夜は始まらない! 本日のヤチヨミニライブ!! 今夜も完全生中継を、ツクヨミ各地でもお届け中で~す!!!』
螺旋階段の頂上。開始まで残り15秒。ツクヨミ沿岸部に積み上げられた、友人たちとの思い出をライトアップするゲーミング鳥居の山へと繋がるゲートを前に、私は形式的に深呼吸して…………ゴキゴキと首を回し、両の指をポキポキとクラッキングする。
『9! 8! 7!』
今日のテーマは概して3つ。『祝福』『開演』
『6! 5! 4!』
そして、『挑発』
『3、2、1!』
海蛍の輝きを一点に収束させる。
神楽鈴と釣鐘の音を鳴らし、鳥居を顕して、私はその上に足を踏み出した。
「────お待たせ!」
“待ち合わせ場所で先に待っていたお相手を見つけた女の子”を意識した品を作って、照れ笑いの表情プリセットと共に会場全体とライブビューイングのカメラの全てを……私をリアルタイムで眼差す、文字通り八百万に届こうかという瞳の数の全てを感覚する。
役者が舞台に上がれどしんと静まり返ってコールを待つ会場は、ツクヨミリリース当初から皆と一緒に築き上げたプロトコルの表象だ。
ここは、月夜の巫女が神座に愛を捧げる神楽殿。
喧騒は殺され、静寂の全ては
「ヤオヨロ────! 神々の皆! 今日も最高だった────?」
────最高──────!!!!
私のコールで神々が声を取り戻し、想いの丈を定型に乗せて届けてくれる。
コール&レスポンスの定型は、一長一短ではできない絆の形だ。
私は自然な所作で、既に感極まって涙ぐんでいる(可愛い)彩葉と、その隣で怪訝そうに初めて自分に
──その困惑と不安と興奮を、うっすらと憶えている。
わかるかな、かぐや。彩葉の心がどこにあるのかを。
この会場におわす全ての神々の心が、貴女が望んで止まなかった「楽しい」が、どこにあるのかを。
「よ~~し! 今宵もみんなを誘っちゃうよ~~!!! ──せ~のっ!!!!」
幾ら呼び掛けても答えてくれなくて、業を煮やしてがくがくと彩葉の肩を揺さぶるかぐやの姿をみてクスリと笑って、歓声と静寂の急制動を越える。
「「「「Let’s go on a trip!」」」」
そうして
────さあ、かぐや、存分に嫉妬して。
彩葉の心は、あなたが生まれる前から私のものだ。
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ノタリエ>音楽>特集・インタビュー>月見ヤチヨ>月見ヤチヨ「星降る海」インタビュー 安らぎの海原で、貴方の未来を言祝ぐ歌を
月見ヤチヨの新曲「星降る海」が、その初公開となるツクヨミ沿岸部ミニライブ終了翌日の7月19日に配信リリースされた。
「星降る海」はお披露目の直後に発表され、現在進行中の一大イベント「YACHIYO CUP」のオープニングとして制作された一曲だ。
今回のインタビューでは、「星降る海」の制作背景を中心に、「YACHIYO CUP」への思いや、一億人を超えて尚勢いを増すツクヨミのユーザー、特にこれからを作る若い世代へと伝えたいメッセージなどについて話を聞いた。
──「星降る海」はライブで初披露された直後から大きな反響がありました。まずはこの楽曲を制作した経緯から教えてください。
その説明をするために、今のツクヨミの状況についてを理解してもらう必要があります。少し長くなりますよ……?
──短めにお願いします。
はい。では端的に。
ツクヨミは前例の殆どない、ゼロから創った文化の中心地です。けれど、ここに至るまでには多くの文化からのアトリビュートと、“ここを表現者にとって良い場所にしたい”という皆の総意に基づいた努力があります。
私が見ていたのは、ローンチから6年だけではなくて、もっとずっと昔からの……インターネットという場が生み出した文化の数々や、もっと古く普遍的な、人が古代から伝達してきた模倣子が、
誰かと出会ったり、何かに憧れたり、遠くまで来てしまったことに気付いたり。
そういう、一人ひとりが抱えたり、今まさに記述されようとしている物語を大切にしたいと思いました。
だからこの曲は、長い長い時間を経てここまで来てくれた人への
──たしかに、包み込むような優しさを感じます。
そうだと嬉しいです。
私は昔から、人が前に進む瞬間が好きなんですよ。
運命を受け入れる決意であったり、新しい世界へ踏み出す瞬間であったり。
でも、私はそれが良いものであれば良いと……できれば楽しく、祝福されたものであればいいと願っています。
きっと私の始まりが、そういう風な、世界からの愛と祝福に包まれていたからなんでしょうね。
これから先に踏み出すあなたを、私の、世界の、愛と祝福で後押しできたらいいなと思っています。
──「月夜の海」は月見さんの歌に度々登場し、まさに月見さんが管理するツクヨミという場そのものを表しているものだと思います。このリリックもそういう世界観をベースに作られたものなのでしょうか。
月夜の海って、不思議なんです。
遠くを見ると境界線が消えるんですよ。
淡い月光とその乱反射が、視覚情報を曖昧にして、空と海を……夢と
そして、それは私の原風景でもあります。
どこまでが過去で、どこからが未来なのか。
どこまでが自分で、どこからが誰かなのか。
どこまでが身体で、どこまでが影なのか。
そういう境目が溶けていく感じがあるんです。
私の魂とでもいうものが、月から射し下ろして来る光線を溯って、昇天してゆくのです。
──梶井基次郎の『Kの昇天』の一節ですね。
はい。だから「星降る海」も、K君が拘ったように、どちらかというと場所の歌でもあります。
誰かを送り出す場所。誰かを待つ場所。
そして、いつかまた会うための場所。
──それは、この歌の「労い、祝福し、送り出す」という行為の、お別れの側面に深くフォーカスしているということですか?
はい。これはこれから何処かへ向かうあなたを見送る私の心境の歌ですから。
とはいえ、どんなお別れでも、それは必ずしも永遠のものではないと思っています。
会えなくなった人も。
遠くへ行ってしまった人も、ずっと昔に置いてきた何かも、案外、巡り巡って戻ってきたりするものです。
だから私は別れの歌を書いたつもりはなくて。
あなた
──なるほど。"別れの歌"という言葉から感じる寂しさを殆ど感じないのはそういうことなんですね。
そうかもしれません。もちろん、失ったものが何もない人なんていません。
私もそうです。
でも、失ったから終わりではないと思うんです。
大切だった時間は消えませんから。
どれだけ遠くへ行っても、どれだけ長い時間が経っても、その人と過ごした記憶は、自分の中でくらやみを照らし続けるものです。
「星降る海」で描きたかった光も、そういうものですね。
──今までのお話は、「YACHIYO CUP」というイベントそのものにも重なる考え方でしょうか。
はい。
何かを競う場である以上、結果だけみれば順位が付くものなんですけど……私はそれ以上に「人が出会う場所」であってほしいと思います。
これは、ライバーとして臨む皆にも、それを応援する皆にも言える話です。
このイベントで神々の皆には「この人より上に行きたい」「誰よりも推しが魅力的であって欲しい」というモチベーションと同じくらい「この人と出会えて楽しかった」「今までにない出会いがあった」という体験を大事にして欲しいと思います。
昔は一人だった人が仲間を見つけたり。
夢中になれる何かを見つけたり。
人生が少しだけ変わったりする。
そういう瞬間が、このイベントに臨むあなたに訪れればいいなと思っています。
──ありがとうございます。次は、圧巻の映像表現として観客の心を鷲掴んだ輝く魚の大群の演出についてお聞きしたいところですが……そのまえに、ライターとして、というより一ヤチヨファンガールとして、突っ込んだ質問をしても宜しいでしょうか。
いいですよ。私とオタ公さんの仲ですし……でも、改まってそういわれると少し緊張しますね(笑)
──ありがとうござます。では……月見ヤチヨさんの手がける楽曲は、タイアップ曲などを除いて厳密な世界観に則って制作されていると感じています。しかし、この「星降る海」はその何れでもあると同時に、どれにも属さない雰囲気を感じました。
というと?
──はい。ヤチヨさんの楽曲は主に「私の歌」と「あなたへの歌」の二種で構成されていると思っています。カバー曲にしてもそうで、例えば最近のカバーの「トリノコシティ」は前者を、「Tell your world 」は後者に適合するチョイスです。ファーストシングルの「Remember」なんかはどちらに属するかは語るまでもありませんね。
オタ公ちゃん、凄い早口になってますけど大丈夫そ? ここボツにならない?
──いいんです。専属ライターなので。……話を続けます。この楽曲は、今までにない……「わたし」と「あなた」の双方への歌であると同時に、そのどちらにも属さない誰かへの曲であると感じました。全く的外れだったらこの項目ごとボツにするんですが、もし心当たりがあるようでしたら、月見さんがこの楽曲を制作する時の、今までの楽曲制作との心境の違いを教えていただけますか。
そうですね……心境の変化というか、心構えが今までの何れのものとも違うのは間違いありません。
強いて言うなら、今の自分の歌という側面と同じくらい、昔の自分にフィーチャーした、って感じなんですが……それ以上は今は秘密です。
──最後に、この曲を聴く若い世代と、YACHIYO CUPに臨むライバー達へのメッセージをお願いします。
重いメッセージですね。
一つだけ言えることがあるとすれば、未来を怖がらなくていいと思います。
今は答えを求められることが多い時代ですけど、答えなんて、なくてもいいんです。
誰かと出会って、笑って、泣いて、遠回りして。そうやって歩いているうちに、気付けば自分だけの場所へ辿り着いている。あなたの人生って、そのくらいでいいと思います。
だからこの曲が、夜の海を渡るあなたの灯りになれたら嬉しいです。
お気に入り、ここすき、高評価、いつも本当にありがとうございます。大変励みになりますので、これからも応援よろしくお願いします