「アンタの寝間着、一応買ってたんだけどね。すぐ大っきくなっちゃったせいで、2回しか使わなかったな……だからそのTシャツで我慢してね」
「寝間着って、着なきゃいけないのがルールなの? ……でも、彩葉の
ヤチヨのライブを見てびっくりして、ヤチヨCUPのお話を聞いてびっくりして、帝がしゃしゃり出てくることろを見てムキーッってなって、そこに彩葉を連れていこうって決めて……
でも、そのためには「ライバー」というものにならないといけないらしいというお話をヤチヨから聞いて、それがどういうものなのかをばーっと調べて、それもめっちゃ面白そうで……
「考えとくけど……ウチ、ほんとにお金ないんだから。その辺、配慮してよね」
「わかった! なんとかする!」
「なんとかって何よなんとかって……ほら、電気消すよ」
とにかく、やりたいことがはっきりして、でもライバーが何をするものなのかを定義することが難しくって、手探りでやるしかないってログボふじゅ~と
「あんまり動かないで。それと足も絡めない。私はアンタの抱き枕かっての」
「え~~? いーじゃんちょっとくらい……」
そうしている間に、この家に来てからずっとそうしてきたように、彩葉と同じ布団の上で眠る時間がやってきた。
「あっちょっと、こっちの背中に手ぇ回さないの……それ以上ひっついて安眠妨害するならエリア51に突き出すよ、
「……! うん、わかった。彩葉、エリア51ってどこ?」
「アンタがアメリカの電柱に落ちてたら連行されてた場所……あっコラまた引っ付いて……」
"
「……ま、仕方ないか。かぐや、頭、ちょっと上げて」
「うん……!」
胸の前のスペースを
それは、腕の中にすっぽりと
「……狭い」
「かぐやはこれ好き~!」
「そっか。生まれてからずっとこうして寝てたもんね……自分で言ってて訳わかんないけど」
「いぐざくとりぃ……これじゃなきゃダメみたい」
「生後数日でネットミーム寄りの言葉を覚えんなっつーの……」
おでこをちょっと彩葉の鎖骨から離して、
寝る前の彩葉の声はふんわりしてて優しい響き。聞いているだけで気持ちが安らいだ。
彩葉の言う通り、
「それじゃ、おやすみ、彩葉。……ヤチヨCUP、がんばろーね」
「いや私は……まぁ、今日はいいや。おやすみ、かぐや」
その甘い響きにちょっと目眩を感じながら、とっても綺麗な色の彩葉の瞳がゆっくりと降りた瞼の後ろに消えていく様を、
『かぐや』
ほんの数時間前に、彩葉がつけてくれた名前。
地上のどんなものよりも美しくて、ケッコンしたくなってしまうらしい女の子の名前。
『美しいもの』として定義された自分自身と、それを表す名前を彩葉から呼ばれるたびに、
──その痺れが、あのヤチヨのライブで感じた感動と等量の
☽
ツクヨミの在り方が、
彩葉からは「水の中に潜る感じ」って聞いて、それをまだやったことのない
そう、きっとあの場所とベースは変わらない。
…………変わらない。その筈なのに、決して月にはないものがありえんくらい積み重なっているのがツクヨミだった。
それは『意味』。
そして、たくさんの意味の集積としての『物語』。
ツクヨミに溢れていたそれは、今のかぐやの自意識を構成する、人間がもつ不思議な仕組みの表象だった。
人間の意味記憶……ものごとの一般知識と、言葉の意味を司る頭の場所は
月とか、コンピューターの中での情報のやり取りは、純粋な情報の量(こっちだとビットとかバイト)の構造物だ。ヤチヨのライブをむりやり昔の自分風に処理するなら……いや、やっぱムリ。今の
こういうふうに、人間の記憶はデータ量で表すことはできないから、代わりに
たとえば。
彩葉は綺麗 → 綺麗なものは見ていたくなる → 見ていたいものは大切なもの →
大切なものとはずっと一緒に居たい → ずっと一緒に居たいものは守りたい →
守りたいものは愛しい
だから、「彩葉は愛おしい」という推論が導き出せる。
こんな感じで、彩葉が案内してくれたツクヨミで出会ったたくさんのものには、その事物だけでは完結しない沢山の
────そして、ヤチヨのライブは
穏やかで優しい、きっと
その周波数の高低と、後ろで流れる楽しい音の数々。光る【魚】の群れと、たくさんの魚が作り出す光の帯。分身して、それを眺める
たくさんの、連続性のない情報のひとつひとつ。その膨大な……だけど月では何のプログラムとしても機能しえないそれらが、それを受け取る
まだ海を見たことはないけれど、今度彩葉と一緒に行ってみようと思う。
きっと楽しいに決まってる。
あの沢山の『意味』に込められた想いと物語の関連は、話に聞く海のイメージそのものだったから。
光る魚の群れ→沢山の観客→みんなで同じ流れを泳ぐもの→みんなが作る沢山の色彩→光の帯→宇宙→孤独→その中心に立って歌うヤチヨ→何の為に?
数日前まで彩葉に抱っこされてた時みたいな安心感。
きれいで、穏やかな、まだ見たことのない未知の世界。
とってもキラキラしていて、それだけじゃないピリピリしたかんじ。
出会えたことと、始まることを喜ぶ歌→彩葉と
────今思えば、あれは
だって確かに感じたのだ。何を言っても、何を聞いても、それに応えてくれないまま、ただヤチヨの作り出す渦に身を任せる彩葉。それにむくれる
ヤチヨの笑顔→その笑顔の意味→ピリピリ→それはどんな意味?
……その『意味』を感じ取った
ヤチヨはきっと、
だけど、だれがどう見てもヤチヨのことが大好きな彩葉のそばに、ヤチヨは近寄ろうとしない。
「彩葉、まだ起きてる?」
「…………ぅ」
鎖骨の辺りに顔を埋めたまま、くぐもった声で彩葉に聞けば、寝言未満の寝息だけが帰ってくる。
彩葉が起きないことを確認してから、すこし体の位置を上に調整して、鎖骨の上、彩葉の首筋に鼻を埋めて、深く息を吸い込んでみる。
汗に含まれる乳酸と、皮脂に含まれるトリグリセリド、スクワレン、脂肪酸。
甘いミルクの匂いの
ボディソープとシャンプー由来の植物の香り(ラベンダーって書いてあった)。
それらの混合物として表出する「彩葉の匂い」。
獲得したばかりの嗅覚受容体を限界まで活用するように、深く深く彩葉を吸って、細く吐き出す。
それだけで、
嗅覚と味覚は根は同じものらしい。ならばこれを舌先で感覚すればもっとダイレクトに幸せになれるだろうかと口を開けて吸い付こうとして、彩葉を起こしたらダメだと思い直して、折衷案として軽く唇を落とすだけにする。
「ん…………んぅ」
「やっべ……」
ちゅっという水音にむずがるような彩葉の呻きに
もう一度、3センチだけの距離をおいて彩葉の匂いを感覚すれば、今度は幸せと一緒に体が安心と眠気を持ち寄ってきた。
彩葉の匂い。彩葉の体温。彩葉の寝息。彩葉の布団。彩葉のタオルケット。彩葉の部屋。彩葉の住む町。彩葉の生きる世界。彩葉が属する人類種。彩葉を生かす物理法則。
→大好き。
今の
そして、その全部が愛おしいのに、その全部について、ほとんどをまだ知らないことも。
──だから、これから沢山調べないと。
まだ知らないものを知りたいと思う。まだ味わえないものを味わいたいと思う。まだ歌えない歌を歌いたいと思う。まだ見えない場所に行きたいと思う。
その先に、ハッピーエンドがあるはずだ。きっと、絶対。
「……いっしょに行こうね、彩葉」
眠る彩葉にそれだけ告げる。後は自分の身体が差し出した眠気に名残惜しくもありがたく身をゆだねて、それを以て明日を迎えることにした。
目を閉じて意識をくらやみに沈めながら、これからのことを考える。
明日になったら色々届く。ライバーがなんなのかをもっと調べて、そんで彩葉をヤチヨの隣に連れて行こう。その過程にあるもの、全部を味わい尽くしながら。
ライバーのこと以外だと、スマコンの分もそれ以外の分も彩葉に返したいし、芦花にはパンケーキのお礼をしたいし、真実には美味しいお寿司屋? を紹介したいし、明日の彩葉のご飯の献立も考えたい。
やりたいことは沢山あって、この先も沢山生まれると思う。
明日も、明後日も、その先も。
何があるのかわからない。どんなに楽しいのかわからない、明日。
夜の向こうに何があるのか。
かぐやはそれが知りたかった。
今は、まだ。
感想、ここすき、高評価、いつも本当にありがとうございます。気候が不安定になり体調を崩すなどしましたが、皆さんの応援のおかげで描き続けられています。
ちょっと自分で定めていた投稿ペースをやや下回ってしまったので、間に合えば明日にも投稿する予定です(間に合わなかったら明後日になります)。
ニッチな作風ではありますが、これからも楽しんでいただければ幸いです。