月見ヤチヨの酒寄彩葉ストーキング年代記   作:雑Karma

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二部に入ってからヤチヨ以外の視点が増えて、現在のタイトルに全然そぐわなくなってきたので改題を考えていますが、じゃあどんな方向性のタイトルを付けたものかと悩んでいます


【2030年7月19日01時25分】ボロアパートにて_№2

「アンタの寝間着、一応買ってたんだけどね。すぐ大っきくなっちゃったせいで、2回しか使わなかったな……だからそのTシャツで我慢してね」

 

「寝間着って、着なきゃいけないのがルールなの? ……でも、彩葉のそれ(パジャマ)、可愛いね。おそろのやつ欲しい!」

 

 

 ヤチヨのライブを見てびっくりして、ヤチヨCUPのお話を聞いてびっくりして、帝がしゃしゃり出てくることろを見てムキーッってなって、そこに彩葉を連れていこうって決めて……

 

 でも、そのためには「ライバー」というものにならないといけないらしいというお話をヤチヨから聞いて、それがどういうものなのかをばーっと調べて、それもめっちゃ面白そうで……

 

 

「考えとくけど……ウチ、ほんとにお金ないんだから。その辺、配慮してよね」

 

「わかった! なんとかする!」

 

「なんとかって何よなんとかって……ほら、電気消すよ」

 

 

 とにかく、やりたいことがはっきりして、でもライバーが何をするものなのかを定義することが難しくって、手探りでやるしかないってログボふじゅ~と()()()()()()()()()()()()()()()を使って安いお店(百均と言うらしい)の通販で面白そうなものを買えるだけ買って、それで……

 

 

「あんまり動かないで。それと足も絡めない。私はアンタの抱き枕かっての」

 

「え~~? いーじゃんちょっとくらい……」

 

 

 そうしている間に、この家に来てからずっとそうしてきたように、彩葉と同じ布団の上で眠る時間がやってきた。

 

 

「あっちょっと、こっちの背中に手ぇ回さないの……それ以上ひっついて安眠妨害するならエリア51に突き出すよ、()()()

 

「……! うん、わかった。彩葉、エリア51ってどこ?」

 

「アンタがアメリカの電柱に落ちてたら連行されてた場所……あっコラまた引っ付いて……」

 

 

 "あたし(かぐや)"は、彩葉の脇の下に通して後ろに回そうとしてた腕を引っ込める。代わりに、彩葉のパジャマの前を緩く握って、そのちょっと上あたりの……昨夜の色々な試行錯誤の末、ベストな場所と定めた彩葉の鎖骨の辺りにおでこをグリグリと押し付けた。

 

 

「……ま、仕方ないか。かぐや、頭、ちょっと上げて」

 

「うん……!」

 

 

 胸の前のスペースをあたし(かぐや)の全身に占領されて行き場を無くした彩葉の腕は、当然の帰結としてあたし(かぐや)の首の下の隙間を通して伸ばされ、もう片腕はあたし(かぐや)の肩の上辺りに載せられた。

 

 それは、腕の中にすっぽりとあたし(かぐや)を収める形。つまり、ハグだ。

 

 

「……狭い」

 

「かぐやはこれ好き~!」

 

「そっか。生まれてからずっとこうして寝てたもんね……自分で言ってて訳わかんないけど」

 

「いぐざくとりぃ……これじゃなきゃダメみたい」

 

「生後数日でネットミーム寄りの言葉を覚えんなっつーの……」

 

 

 おでこをちょっと彩葉の鎖骨から離して、あたし(かぐや)の顔を覗き込む彩葉を見上げて、お互いの鼻先がくっつきそうな距離でポソポソと話す。

 

 寝る前の彩葉の声はふんわりしてて優しい響き。聞いているだけで気持ちが安らいだ。

 

 彩葉の言う通り、あたし(かぐや)はずっと彩葉の腕の中で眠って、腕の中で起きる。そうじゃなかった時は一度もなかったし、これからもずっとそうだったらいいと思う。

 

 

「それじゃ、おやすみ、彩葉。……ヤチヨCUP、がんばろーね」

 

「いや私は……まぁ、今日はいいや。おやすみ、かぐや」

 

 

 その甘い響きにちょっと目眩を感じながら、とっても綺麗な色の彩葉の瞳がゆっくりと降りた瞼の後ろに消えていく様を、あたし(かぐや)はじっと見守った。

 

 

『かぐや』

 

 

 ほんの数時間前に、彩葉がつけてくれた名前。

 

 地上のどんなものよりも美しくて、ケッコンしたくなってしまうらしい女の子の名前。

 

『美しいもの』として定義された自分自身と、それを表す名前を彩葉から呼ばれるたびに、あたし(かぐや)の胸にはパンケーキみたいな甘さと、じんとした痺れが広がった。

 

 ──その痺れが、あのヤチヨのライブで感じた感動と等量の()()()()を和らげてくれた。

 

 

 

 ☽

 

 

 

 ツクヨミの在り方が、あたし(かぐや)が逃げてきた故郷に近しいことは、ログインの数瞬でわかった。

 

 彩葉からは「水の中に潜る感じ」って聞いて、それをまだやったことのないあたし(かぐや)はよくわからなかったけど……あの感覚は、月の区画間(セグメント)を移動する時のそれとそっくりだった。

 

 そう、きっとあの場所とベースは変わらない。

 

 …………変わらない。その筈なのに、決して月にはないものがありえんくらい積み重なっているのがツクヨミだった。

 

 それは『意味』。

 そして、たくさんの意味の集積としての『物語』。

 

 ツクヨミに溢れていたそれは、今のかぐやの自意識を構成する、人間がもつ不思議な仕組みの表象だった。

 

 人間の意味記憶……ものごとの一般知識と、言葉の意味を司る頭の場所は意味論的情報網(セマンティック・ネットワーク)って名前の仕組みで動いてるらしいというのをネットで調べて知った。

 

 月とか、コンピューターの中での情報のやり取りは、純粋な情報の量(こっちだとビットとかバイト)の構造物だ。ヤチヨのライブをむりやり昔の自分風に処理するなら……いや、やっぱムリ。今のあたし(かぐや)にはできない。

 

 こういうふうに、人間の記憶はデータ量で表すことはできないから、代わりに名前(観念)(関係性)=物語の連なりで形作られた『意味』でものごとを感じる。

 

 たとえば。

 

彩葉は綺麗綺麗なものは見ていたくなる見ていたいものは大切なもの

大切なものとはずっと一緒に居たいずっと一緒に居たいものは守りたい

守りたいものは愛しい

 

 だから、「彩葉は愛おしい」という推論が導き出せる。

 

 

 こんな感じで、彩葉が案内してくれたツクヨミで出会ったたくさんのものには、その事物だけでは完結しない沢山の関連性(ものがたり)を読み取ることができた。

 

 

 ────そして、ヤチヨのライブは(関係性)の大渦だった。

 

 

 穏やかで優しい、きっとあたし(かぐや)がまだ知らない、いろんなことを知って、そこに意味を見出すことができるヤチヨの声。それが紡ぐ言葉。その連なりとしての歌。

 

 その周波数の高低と、後ろで流れる楽しい音の数々。光る【魚】の群れと、たくさんの魚が作り出す光の帯。分身して、それを眺めるあたし(かぐや)たちに寄り添う小さいヤチヨ。

 

 たくさんの、連続性のない情報のひとつひとつ。その膨大な……だけど月では何のプログラムとしても機能しえないそれらが、それを受け取るあたし(かぐや)の頭の中でひとつの物語になるのを確かに感じた。

 

 

 まだ海を見たことはないけれど、今度彩葉と一緒に行ってみようと思う。

 きっと楽しいに決まってる。

 あの沢山の『意味』に込められた想いと物語の関連は、話に聞く海のイメージそのものだったから。

 

 

 光る魚の群れ沢山の観客みんなで同じ流れを泳ぐものみんなが作る沢山の色彩光の帯宇宙孤独その中心に立って歌うヤチヨ何の為に? 

 

 数日前まで彩葉に抱っこされてた時みたいな安心感。

 きれいで、穏やかな、まだ見たことのない未知の世界。

 とってもキラキラしていて、それだけじゃないピリピリしたかんじ。

 

 

 出会えたことと、始まることを喜ぶ歌彩葉とあたし(かぐや)のお話それを見守るって宣言上から目線あたし(かぐや)の目線の先彩葉彩葉の目線の先ヤチヨ彩葉を振り向かせようとするあたし(かぐや)それをじっと見ていたヤチヨの眼差しヤチヨの笑顔

 

 

 ────今思えば、あれはあたし(かぐや)が生まれて初めて感覚した『敵意』の味だった。

 

 

 だって確かに感じたのだ。何を言っても、何を聞いても、それに応えてくれないまま、ただヤチヨの作り出す渦に身を任せる彩葉。それにむくれるあたし(かぐや)

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ヤチヨの笑顔その笑顔の意味ピリピリそれはどんな意味? 

 

 

 ……その『意味』を感じ取ったあたし(かぐや)は推論した。

 

 ヤチヨはきっと、あたし(かぐや)とおんなじくらい彩葉のことが好きだ。だからきっとかぐやにモヤモヤしてるんだ。そういう根拠を越えた確信的推論。

 

 だけど、だれがどう見てもヤチヨのことが大好きな彩葉のそばに、ヤチヨは近寄ろうとしない。

 

 あたし(かぐや)には、その『意味』が分からない。今は、まだ。

 

 

「彩葉、まだ起きてる?」

 

 

「…………ぅ」

 

 

 鎖骨の辺りに顔を埋めたまま、くぐもった声で彩葉に聞けば、寝言未満の寝息だけが帰ってくる。

 

 

 彩葉が起きないことを確認してから、すこし体の位置を上に調整して、鎖骨の上、彩葉の首筋に鼻を埋めて、深く息を吸い込んでみる。

 

 汗に含まれる乳酸と、皮脂に含まれるトリグリセリド、スクワレン、脂肪酸。

 甘いミルクの匂いのフェロモン様物質(エストラテトラエノール)

 ボディソープとシャンプー由来の植物の香り(ラベンダーって書いてあった)。

 

 それらの混合物として表出する「彩葉の匂い」。

 獲得したばかりの嗅覚受容体を限界まで活用するように、深く深く彩葉を吸って、細く吐き出す。

 

 それだけで、あたし(かぐや)の胸ははち切れそうな程のふわふわの幸せで満ち溢れた。

 

 嗅覚と味覚は根は同じものらしい。ならばこれを舌先で感覚すればもっとダイレクトに幸せになれるだろうかと口を開けて吸い付こうとして、彩葉を起こしたらダメだと思い直して、折衷案として軽く唇を落とすだけにする。

 

 

「ん…………んぅ」

 

「やっべ……」

 

 

 ちゅっという水音にむずがるような彩葉の呻きにあたし(かぐや)慌てて、だけど最小の動作で唇を離した。

 

 

 もう一度、3センチだけの距離をおいて彩葉の匂いを感覚すれば、今度は幸せと一緒に体が安心と眠気を持ち寄ってきた。

 

 彩葉の匂い。彩葉の体温。彩葉の寝息。彩葉の布団。彩葉のタオルケット。彩葉の部屋。彩葉の住む町。彩葉の生きる世界。彩葉が属する人類種。彩葉を生かす物理法則。

 →大好き。

 

 今のあたし(かぐや)はそれらにすっぽりと包まれているのを深く実感…体感する。

 

 そして、その全部が愛おしいのに、その全部について、ほとんどをまだ知らないことも。

 

 

 ──だから、これから沢山調べないと。

 

 

 まだ知らないものを知りたいと思う。まだ味わえないものを味わいたいと思う。まだ歌えない歌を歌いたいと思う。まだ見えない場所に行きたいと思う。

 

 その先に、ハッピーエンドがあるはずだ。きっと、絶対。

 

 

「……いっしょに行こうね、彩葉」

 

 

 眠る彩葉にそれだけ告げる。後は自分の身体が差し出した眠気に名残惜しくもありがたく身をゆだねて、それを以て明日を迎えることにした。 

 

 目を閉じて意識をくらやみに沈めながら、これからのことを考える。

 

 明日になったら色々届く。ライバーがなんなのかをもっと調べて、そんで彩葉をヤチヨの隣に連れて行こう。その過程にあるもの、全部を味わい尽くしながら。

 

 ライバーのこと以外だと、スマコンの分もそれ以外の分も彩葉に返したいし、芦花にはパンケーキのお礼をしたいし、真実には美味しいお寿司屋? を紹介したいし、明日の彩葉のご飯の献立も考えたい。

 

 

 やりたいことは沢山あって、この先も沢山生まれると思う。

 

 明日も、明後日も、その先も。

 

 

 何があるのかわからない。どんなに楽しいのかわからない、明日。

 

 あたし(かぐや)はそれが、嬉しくて嬉しくて、待ち遠しくて仕方なかった。

 

 

 

 

 

 夜の向こうに何があるのか。

 かぐやはそれが知りたかった。

 

 

 今は、まだ。

 




感想、ここすき、高評価、いつも本当にありがとうございます。気候が不安定になり体調を崩すなどしましたが、皆さんの応援のおかげで描き続けられています。

ちょっと自分で定めていた投稿ペースをやや下回ってしまったので、間に合えば明日にも投稿する予定です(間に合わなかったら明後日になります)。

ニッチな作風ではありますが、これからも楽しんでいただければ幸いです。
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