「彩葉、こっちこっち! あんまし時間ないから急いでー!」
私は、かぐやに手を引かれながらツクヨミの街並をバタバタと走っていた。
「ちょっとかぐや! なんでプラベとかスタジオとかカラオケとかでやらない訳? 時間ないなら尚更そっちの方がいいんじゃ……」
「練習部屋でやるのと生の空気でやるのって全然違うっしょ! それに、いい場所見つけたから彩葉にも紹介したかったんだ~♪」
私は、半ば引きずられるようにして、誰も通らないような大路と大路の隙間にある小路を縫うように進んで行った。
「かぐや、これどこに繋がってんの? 場所知ってるならその座標にワープしちゃおうよ。わざわざ走らんでも」
「ご~めん! いい場所あんじゃ~~ん! って感動したままピン立て忘れちゃってさ! でも大丈夫! かぐや、ちゃんと覚えてるから!!」
道幅1mもないような、建物オブジェクトの隙間に便宜上置かれただけの道を、かぐやは迷う様子も無くスイスイ進む。
私は転ばないように気をつけてかぐやの後に続きながら、小さく溜息を吐いた。
なんでこんなことになったんだっけ……
スピードに棚引く長い髪に僅かに遅れて、垂れ兎耳がかぐやの側頭部でぴょんぴょんと跳ねる。その動きを目で追いながら、私は遠い目でこれまでの経緯を追想した。
『彩葉! 新曲作って! あと伴奏もして~!』
これ以上は無理だって言ったのに。
『かぐや、このまま終わりたくない……! 彩葉に演奏して欲しい! ……ダメ?』
言ったのに。
『まぁ、時間があいてたら……ね』
どうかしてる。時間なんてあるはずないのに。
そんなこんなで、私はスケジュール的な安全マージンを切り詰めて時間を作っては、慣れないショルダーキーボードでの伴奏練習や、久しぶりの作曲に挑戦していた。
ショルダーキーボードについては意外とすぐに慣れた。あれはヤチヨ……ひいては『電子の歌姫』というアイコンに付帯する表象の一つだ。
実際に演奏してみたことはなかったけれど、ヤチヨのファン兼ピアノ経験者の端くれとして、ヤチヨの隣であれを演奏する妄想をしたことは無いでもなかった。
恥ずかしいやら烏滸がましいやらで誰にも言うつもりはないけど、そういうイメージを持っていたお陰かすんなりやり方は覚えられた。
問題は後者、つまり作曲の方だった。
名前もつけていなかったあのトラック……かぐやに『私は私のことが好き』と命名された曲は、かぐやの作詞と振り付けによって私の手を離れて、すっごく明るくて『かぐやらしい』曲として生まれ変わった。
かぐやから貰った曲の解釈を取り入れつつ、手拍子とコールを入れやすいように編曲しなおしたあの曲が大バズしたのはある意味当然だ。あれは半分以上かぐやでできている、かぐやの魅力を体現した曲なんだから。
……そして、それは酒寄彩葉という
ヤチヨCUPが終わるまでの半月程度じゃ作曲の時間が足りないなんてのは根本的な問題じゃない。
かぐやに相応しい曲。夏の太陽の光を水晶の中に閉じ込めたみたいな娘が歌うべき曲。
そんな代物が、どこにも行けなくて、なんにも作れなくなった酒寄彩葉の手から生み出せるなんて思えなかった。
でも、やると言ってしまった以上やらないわけにもいかない……なんてのはただの言い訳か。つまり私は……かぐやに貰ってばっかりの私は、せめて何かお返しをしてあげたいのだと思う。
あの名前のない曲を光の当たる場所に連れ出してくれたかぐやのように、あの娘が望む『知らない場所』へ手を引いて連れて行けるような、そんな曲を。
だから。
| 今日のごはんなにがいい? |
| 真実と出かけてるんじゃなかったの? |
| ちょうどコラボしゅーろくおわったとこ |
| いろはのごはん作るから7じまでにはかえる!!れ! |
| まみがぜんこーへんでお互いのチャンネルにあげるって |
| 編集は? |
| どっちもまみがやってくれるって! |
| まみ、すき! |
| 甘やかしおってからに |
| あんまり真実を振り回さないようにね |
| あれ |
| ねぇ彩葉 |
| どうさおもい |
| 今時間ある? |
| まみがよんでるからあとで |
| 真実が編集してるあいだ時間あるから |
| ちょっとライブの練習付き合って!一時間だけでいいから! |
| たべたいごはんあったらはやめリクエストよろ |
この提案は、ちょうど休憩時間に作曲の方向性で頭を悩ませていた私には渡りに船だった。
そうして、睡眠時間を削ることを決めて、かぐやからインスピレーションを貰いに、指定されたツクヨミの区画にログインしたと思ったら……
「こっち! こっち! もうちょっと!
「わっ……ちょ……待っ……マップ表示も変なんだけど! ほんとにここ何処!?」
迷路のように入り組んだ路地に入り込んでから幾ばくか。
かぐやは地図も見ないで獣道のような小径を、私の手を引いて走っている。
ツクヨミの内部において、前進の動作は、モーショントラッキングを行える環境以外では細かな体重移動とスティック操作によって実行される。
だから体力的な消耗はないけれど、それにしたってこれだけ入り組んだ道を、手をグラップした私の方を頻繁に振り向きながらながら、壁にぶつかることなく走るかぐやのこの場所への適正は本当に高い。KASSENを始めとするツクヨミ内部で遊べるアクションゲームが得意なのも納得だった。
それは……意識よりも先に心を先に反映させるツクヨミならではの身体操作感覚への適正であるように見えた。ここではない何処か。私では決してたどり着けない場所に進むことができる、物怖じしない精神性がそれを可能にしているのだと。
そんな感慨に耽っていると……目の前が突然開けた。
「彩葉、着いたよ! お疲れ様! なんか
「
「知らない! この前みっけたとこ!」
建物と建物の隙間でしかないはずのその場所にあったのは、空間をそのまま削り取ったような真球状の大きな空間と、その中央に聳える柳の樹だった。
……なんか、曲とは別の黒歴史が脳裏を掠めたような気がするけど、あれは遥か昔にゴミ箱の中にシュートしている。そのまま思い出からも消えろ。
「ツクヨミ突発パルクール大会配信やったじゃん? あれの終わりに散歩してるときみっけたの!」
「ああ、あれ……警備員ヤチヨに厳重注意されたやつじゃん。アレのあとによく散歩できんね……」
ツクヨミは5層から下やスポーツ用の固有ワールド、KASSENNなどのプレイエリアを含む派手なゲームのためのワールドを除いて、派手なアクションの際はヤチヨに許可を取ることが推奨されている。
だけど、ほとんどのイベントをその場の思い付きで行うかぐやはそんな許可はとっていなかった。いつもなら私が何とかするところなのだけど、ちょっとスケジュールが詰め詰めになっていたせいで疲れて見逃してしまったのだ。無念。
“推奨”なのは、厳密にルール化することでユーザーの自己表現の幅を狭めることを防ぐための措置だ。
そんな曖昧なルールでもツクヨミの治安が良いのは、全ユーザーをリアルタイムで見守るヤチヨの尽力と、『ここを良い場所にしよう』という皆の総意に基づく努力、そして表現者へのリスペクトという不文律あってのものだった。
私はツクヨミが色々な変節を乗り越えて今に辿り着くまでの過程を何年も見てきたから、イベントが終わった後に私とかぐやの前に現れた警備モードのヤチヨ(婦警さんスキンだ。かっちりしたジャケットと相反するタイトなスカートがとても目に良い)には肝を冷やした。
あの姿のヤチヨが現れる時。それは『怒られ』が発生する時だからだ。
幸いにして私がヤチヨから怒られたことは一度もないけれど、SETSUNAやKASSENN、SENGOKUなんかを遊んでいるときにたまに遭遇する悪質ユーザーにイエローカードを突き付けたり、時に容赦なくBANするヤチヨの姿は幾度も見てきた。
マナわるユーザーに罰則を与えた後、決まってヤチヨは申し訳なさそうにこっちに微笑んで、『元気出してね』と手を振って、たま~~に私の手を握って慰めてくれたこともあった。
だけど心の準備ができていないときのヤチヨのファンサに心臓が止まりそうになるわ、いつ私が”あちら側”になるか知れないという恐怖に身が竦むやらで色々な意味で気が気ではないイベントである。
遂にあちら側になるときが来た……! せめて責任を肩代わりしようとかぐやの盾になろうと前に出つつ、狼狽してまともな台詞を喋れない私。
『お、ヤチヨじゃん! どしたの? もう大会終わっちゃったけど、参加したかった? もっかいやろっか?』と無邪気に私の肩から顔を覗かせる状況を理解していないかぐや。
そんな私たちを交互に見比べたヤチヨは一言、『貸し一つ、だよ。かぐや』から始まり、デフォルト笑顔で私の心胆を大いに寒からしめながら、京ことばじみて遠回しな『次はないぞ』というありがたいお言葉をくださった。寛大な御心に感謝します。
ヤチヨはちぇーとむくれるかぐやの額を咎めるようにチョコンと人差し指でつつくと、私に向けていつものパーフェクトファンサスマイルを振りまいてから去っていった。可愛い。けど怖い。
そうして参加希望者約三千人の中から抽選で選ばれた100名のかぐやリスナーによるパルクール大会は幕を閉じたのだった。
しかし、身内がヤチヨにご指導される光景にビビり散らかしていた私とは対照的に、かぐやはその後もツクヨミ市街の屋根上を散策していたらしい。ようやるわホント……
「で、その結果見つけたのがここってワケね……」
「そうそう! 凄くない!? 上から見ると屋根と屋根の隙間に変な穴が開いてるようにしか見えなかったんだけどね? 下見てみたらこんなんになってるの!」
改めて周囲を見渡す。そこは、まるでプラネタリウムを思わせるような真球状の空間だった。壁面の木目も含めて超自然的に(自然ではないので当たり前だけど)カーブを描いていて、その径が及ばない天辺の付近から丸い形の夜空が見えた。
形として一番近いのは金魚鉢とかだろうか。
……多分だけど、ここに元々あった大きな球体オブジェクト──それこそプラネタリウムがあったのかもしれない──が何らかの理由でデリートされて、この空間だけが残ったんだと思う。よくこんな場所を見つけたものだ。
その中央に立つ自然生成されたものであろう曲がりくねった柳の樹、そして空の孔から差し込む月光。総じて誰の目にも触れられずここにあることがもったいないくらいの
「かぐや、この前アコギ買ってちょっと練習したから、それ弾きながら歌う曲をオタクから募集したんだよね!」「だからオタク言うな」
「そんでね? 最初は彩葉に無理させちゃうのも悪いし、この企画はかぐや一人でやろって思てたんだけど……」
「……そうすりゃいいじゃん」
「うん……でもほら、ここでなら誰も見てないし、何やってもいいから彩葉も頑張らなくていいでしょ?」
──彩葉、誰かが見てるところだと頑張っちゃうから。
そう言って伏し目がちにこっちを見つめるかぐやは、ここに私を連れてくるまでの強引さは何だったのかというくらいに控えめに、自分のやりたいことを主張していた。
(へぇ……しおらしいトコあんじゃん)
つまりこの娘は、私とギターでセッションがしたかっただけなのだ。スタジオみたいにカッチリした場所や、衆目の前だと私が”頑張っちゃう”ことを気にして、こんな場所まで連れてきて。
「かぐやにしては随分殊勝だね……うん、いいよ。やろうか」
「ホント……? うおおおおおおおおやったああああああ~~~~!!!!!」
「大げさ大げさ」
かぐやはぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜ぶ。その動きに合わせて跳ねる
かぐやのの感情表現はいつだって剥き出しで、飾りがなく、それでいて千変万化だ。それを眺めているだけで飽きないし、自然に笑顔にさせてあげたいって思える魅力があった。
「スコアとかはないんだけど、メインはかぐやがやるから安心して! 彩葉はいい感じにちょいちょいサポートしてくれるだけでいいから!」「テキトーだね、いつも通りのかぐやだ」「そぉ? ……エヘヘ」「どこに喜ぶ要素あった? 褒めてないっつーの……」
そんなこんなで、私はかぐやに手を引かれて、この空間の中央に立つ柳に向かって歩きだした。
いつも通りに、だけどいつもより控えめに私にお願いするかぐや。
――その顔に、在りし日の自分の面影を重ねながら。
いいね、感想、ここすき、高評価、いつも本当にありがとうございます。
少し長くなったので前後編に分けました。改稿が上手くいけば明日に後編を投下予定です。