※PCのナイトモードで見ると視認性が著しく下がる現象を確認したので、PCで読む際はナイトモードを解除した方が読みやすいです。
■千光年先へ途切れない音で教えて
F→ G→ Em→Am
その髪に光を編んでいたい!
弾むように、定型を外した、胸のざわつきの赴くままの大ぶりなストローク*1から奔放なコード*2が響く。
私はその和音の意味を全体観で何とか把握しながら、半拍分の遅れを埋める駆け足で追った。
──Em7、Cm/D#、G#、A#、C……え~っと、F、G、Em、Am。
おあつらえ向きに二人くらいは座れそうな柳の幹に腰を下ろした私たちは、各々の楽器を持ってセッションを始めた。曲のラインナップは、事前に募集していたツイートに送られたリプライの中からかぐやがフィーリングで選んだものだ。
生きていても死んでいても どっちでもいいんだよ 愛があるだけ
F→G/F→E→D#→Dm7→C#maj7→C→N.C
恋焦がれても 触れられるのは夢の中だけ だから!
ヤチヨがVOCALOID楽曲のカバーをすることが多いからか、ツクヨミでは昔のボカロ曲が突然ヒットチャートに上ることがままある。『一千光年』もそのひとつ、のはずなのだけど、なんか……
「かぐや、このセトリ、どういう募集の仕方したの?」
「ん~~? かぐやが歌いたい曲はかぐやが気分で決めるから面白くないっしょ? だから、”オタクの皆がかぐやに歌いたい曲”を募集したの!」
「──なるほどね。納得」
「いろPにまともに勝てないってわからされてから結婚希望のオタクはあんまり出てこなくなったんだけど、代わりに変化球で告白してくるのが増えたんだよね~!」
フィーリングで選んだもの、にしてはオタクの告白みたいな曲が多いのはそういう理由だったか。ガチ恋勢の癖に風流な真似をしやがる。小癪な。
「……つーか、アンタそれ分かっててリスナーの前でこれ歌おうとしてるワケ?」
「そだよ~! これをいろPに向かって歌うの! オタクの脳を破壊するぞ~~!」
「それ私が炎上する企画じゃん! 却下却下!! それやったら二度と伴奏してやんないからね!」
「ぅえ~~? そんな~~~!」
かぐやは目をばってんにして大げさに嘆いたかと思うと、「お、これとかいいんじゃね?」とリクエストから曲をピックアップして、私に公開されているベーススコアを渡した次の瞬間にはまた奔放で行き当たりばったりなコードで演奏を始めた。
曲名は『agony』……ええっと、私が知らない古い曲だ。
これで5曲目だけど、かぐやガチ恋勢の選曲センスってなんか古いんだよな……
或いは、過去から今に至るまでコンテンツの流れを追い続けた人たちだからこそ、落ちやすい魅力がかぐやにはあるのかもしれない。
私は、ゆったりしているのに駆け足なかぐやの旋律に合わせて指を走らせながら、そこに煌めく輝きに想いを馳せた。
──『かぐや』というライバーの受容のされ方は独特だ。
まだデビューしてから二週間程度しか経っていないから、
かぐやは天性のアイドルとしての才能……つまり、愛されるための才能がある。
かぐやの
美しさを数値で表せるなら、一般的なアバターの100倍以上のポリゴン数とテクスチャ解像度があると言われているヤチヨのそれに匹敵しかねないものがある。そして、それはリアルにおけるかぐやのそれとほとんど変わらないのだから、そこで目を惹くのは当然だった。
だけど、ツクヨミのアバターはリアルベースとはいえ、そのビジュアルは現実と同様にコストをかけた分だけ美しくなる。そして現実よりもコストのかけ方に多様性がある分、ある程度外見的な美観は上方で均一化される節があった。
見目麗しい外見はそれだけで人目を惹くけど、
目を惹く外見は前提に過ぎない。
テテテさんのような引き出しの多さ、ぬくみさんのような前歴をベースにした既存ファンと経験値、両弦さんのような分野を牽引するレベルの専門知識、お兄ちゃん……ブラックオニキスのような極まった競技者としての実績と、チームメンバーとの関係性のコンテンツ化。
そういったプラスアルファは必要不可欠だった。
だけど、その何れにも属さない──流れを作り出す力、流れを読む力、流れを維持する力、流れを切り替える力。根本的な人間力とでも言うべき魅力がかぐやには備わっていて……それこそがかぐやの魅力の根源だった。
数多の人を巻き込んで自分が作り出した
……それは、このツクヨミという海原にうねる唯一の大海流、
(待った待った……! それじゃ私がかぐやのことが……みたいじゃん!)
いや、別に嫌いなわけでは全くなくて──不味い。これは危険な流れだ。私はピンク色になりかけた思考をカットして、かぐやの弾き語りに私の音を添わせることに集中する。
出逢ったあの時に胸突いた笑顔 護りたくて
D♭→G♭→B→D♭→B♭
ずっと崩れそうな約束を痛み潰すほどに抱きしめてた
曲は、丁度サビに入る直前だった。
かぐやが覚えたギターは、いわゆる弾き語りスタイルだ。右手で弦を掻き鳴らし、左手でコードを押さえる。コードというのは「相性の良い音のセット」みたいなものだ。
ピアノなら十本の指で好きな音を選んで鳴らせるけれど、ギターは左手の形を変えることでまとめて音を切り替える楽器である。
だから初心者が最初に覚えるのはメロディではなくコードだし、演奏にこなれてきてもずっとコードに付き合うことになる。
側にいられるだけで
今のかぐやが弾いているのは、G#→A#→D#。教科書にも載っているような定番進行……この流れを端的に説明するなら、「盛り上がって」「帰ってくる」ためのコード進行だ。
旅に出て、望みを手にして、故郷へ帰ってくるみたいな雰囲気の、始まりと終わりが明確なストーリー仕立てのコードの並び。
だから、本来であればD#に辿り着いた時点で一度話は終わる。少なくとも、そう聞こえるはずだった。
かぐやの歌声が前へ出る。
走っているわけではない。でもリズムの中心よりほんの少しだけ前を掴みに行くような歌い方だった。
その背中を追いかけるように、私は鍵盤へ指を落とした。
私は左手でルートを支え、右手で三度と五度を拾っていく。和音は足さない。今欲しいのは音の厚みじゃなくて全体の透明感だ。
A#→D#。ここで旅を終えて、D#へと綺麗に着地するのがセオリー進行だけど……
同じ時間に 居られるだけで
そこで突然現れたG7に、私は思わず目を細めた。D#で終われたはずの流れを否定して、もう一度振り返らせる音だからだ。
ようやく家に帰ってきたと思ったら、「そういえば忘れ物してた!」と踵を返して、再び外へ出ていくような感覚。G7を構成するB、D、Fは、この曲が今まで積み上げてきた景色の外側にある音だ。
だから、かぐやが選んだその一音だけで空気が変わって、さっきまで見えていたはずの風景が少しだけ違う彩を帯びて、既定路線を塗り替えていく。
遠い記憶 蘇る悲しみも 温めて行けるのに
(なるほどね……)
歌に続いてコードが
だからきっと、嬉しいだけじゃ駄目なんだ。
失った時間。戻らない記憶。置いてきた悲しみ。そういうのを全部連れてきて、そこに光を飾っていく感じ。これもまた、私ではできないストーリーテリングだった。
私はかぐやの意図を汲みとって、右手を少しだけ変えてCmの上にDを置いてみる。完全な解決を避けて、少しだけ余韻を残すイメージを作るために。
────待ってたよ、彩葉。
私のイメージを受け取って、かぐやのストロークが変わった。
細かい音が埋もれることを気にしない、コード全体を勢いよく鳴らして次の小節に曲を引っ張っていく、今までの弾き語り的な奏法。如何にもかぐやらしいそれを、もっと繊細でコンパクトなものに切り替えていく感じ。
廻り続けている想いに
G →Gadd9 →Gmaj7
安らぎ満ちた終わりは来るの?
かぐやの右手の振り幅が小さくなる。一小節間を六本の弦でまとめて鳴らすのではなく、高音側の弦を中心に軽く撫でるようにストロークしながら、3つ刻みに分割する。
私が足した音を消さないようにわずかに力を抜いて、わざと未解決にした音の余韻を味わう雰囲気。
その
かぐやは、歌いながら私を見つめて微笑んでいる。はにかんで、ちょっとだけ頬を赤らめた、今まで見たことのない未知の表情で。
──その彩を見た時に胸の内に湧いたヘンな衝動を無視するように、私はもう一度鍵盤に指を落とす。
Cm→G#→A#
今度はコードを鳴らさずに、単音だけで内声*4を繋いだ。
D→D#→F
今までかぐやが提示した解釈に合わせるように私が声部を滑らせると、かぐやがその流れに沿ってまたコード進行を微妙に変化させる。
まるで会話みたいだった。
私が今日のスケジュールを告げて、かぐやが元気に返事をする。かぐやが今日あった出来事を話して、私が相槌を打って続きを促す。
セッションなんてざっと10年ぶりなのに。そのやり取りは不思議なほど自然だった。
今日のかぐやは……今私とセッションするかぐやは、その音選びの自由さはとってもかぐやらしいのに、そこから読み取れる彩はいつものそれとは随分違う。
ライブの時のかぐやは、もっと前へ前へと走っていた。夏の日差しのように曇りのないストレートで私の手を引いて、それを聞くリスナーの皆も巻き込んで、ここではない何処かへと連れて行こうとする感じ。
だけど、今日のかぐやは私の音を……私の選択を待っていた。
私が何を弾いてどんな和音を選ぶのか。その答えを聞いてから次の音を決めているみたいに。これじゃあどっちが伴奏してるのか分からない。
──それはまるで、長い間誰かの伴奏をしてきた人みたいに、こなれた音への寄り添い方に聞こえた
触れ合うだけで、その幸せを想っただけで
Esus4→E7→Em→Em(maj7)
こみあげていく つかの間のさよならも 消えぬ絆になると
セッションは、お互いの想いと解釈を交互に渡し合いながら続いていく。
万華鏡のようにころころと入れ替わっていく、如何にもかぐやらしいようにも、どこかかぐやらしくないようにも感じる
☾
「あ~~~~~~~~~つっかれた! でも良い!!! 最高!!!!!」
「こんなに何曲も、ようやるわホントに……」
私は息も絶え絶えにキーボードから指を放した。
演奏した曲は計10曲ほどだろうか。
セッションと言っても私はあくまで伴奏だけだし、演奏していた時間それ自体も大した長さじゃない。
だけど、その時間の中で私とかぐやとの間で交わされた非言語の対話の濃密さに、私はすっかり参ってしまっていた。
「ねぇ彩葉! もう一曲! もう一曲だけやろ! これすっごく気持ち佳い…じゃなかった、楽しいよ!!!」
「……私はもうムリ。疲れた。かぐや一人でやって」
「ぅえ~~~!? なんで~~~!?」
横でジタバタと暴れるかぐやをいなしながら、私はそっと、かぐやに気付かれないように自分の胸で激しく脈打つ鼓動を抑えた。
……最初はいつもと何かが違うかぐやの様子を探るつもりだった。
だけど、セッションという形式の濃密なコミュニケーションを通じて伝わってきた……その、普段言葉で伝えられるものよりもずっとストレートな”好き”の奔流に対処するのが精一杯になってしまって、途中からは他のことに気を払う余裕は全然なくなってしまった。
そしてなにより、コードのキャッチボールの最中にかぐやが見せる、はにかんだような、照れるような、未知の表情を垣間見るたびに私の鼓動は不規則に跳ねた。
だから、その振動がキーに置かれた指先にまで伝導しないように気を使うのにかなりの神経を費やすことになってしまったのだ。
────様子がおかしいのは私もおんなじか。
けれど、それもかぐやの前では仕方ないことのようにも思える。
かぐやが来てから、私の調子は狂いっぱなしで、いままでどおりの
私をハッピーエンドに連れて行くと、かぐやは言った。
かぐやはやることなすことの全てを楽しそうにこなすから忘れちゃいそうになるけど、その行動原理はずっと私の手を引くためだということは分かる。
かぐやはずっと、私を元居た場所ではない何処かに連れて行こうとしていた。
恥ずかしいからかぐやには絶対に言えないけれど、私はそれがずっと幸せで、嬉しかった。かぐやの言う『ハッピーエンド』がどんなものなのかイメージできなくても、私の手を引いてくれるだけで良いと思えた。
貴女がいて、笑っているだけで、しあわせだった。
貴女がいて、歩いているだけで、嬉しかった。
それは本当に夢のような日々。どう受け止めていいのか、それを受け取るだけの価値が私にあるのかも分からないような、持て余すほどのきらめきの海。
だから、何かを返してあげたいと思う。
貰ってばかりで、かぐやに何もしてあげられていない私だけれど、せめて形あるものとして、かぐやに曲を送りたかった。
実は、タイトルだけはもう決めてある。
『瞬間、シンフォニー。』
私に作詞と振り付けの才能は無いから、そこはかぐやに決めてもらうつもりだけれど……それでも、かぐやという星を見上げる私の想いを、その祈りをかぐやに届けてあげたいと思う。
実際、今日のセッションで何かを掴めたような気配はあった。これを上手く育てて行ければ……
そうやってインスピレーションの種を胸中で育てる方法を考える私。その横で猫のように伸びをしたかぐやは……何故か、再びギターを構えていた。
「かぐや。私、もうムリだって……」
「うん。大丈夫。彩葉はもう休んでいいよ。これは私が弾きたいだけだから」
……今、何か、変だったような。
何でもない筈のやりとり。そこに抱いた奇妙な違和感の感触に首を捻る私の横で、かぐやはゆったりとしたシンプルな進行と一緒に、いつもより低いトーンでその歌を歌い始めた。
『Moon river』
きっと、今日最後になる歌を。
感想、ここすき、高評価、いつも本当にありがとうございます。
尚、アキレスの愚を犯すことはしたくないので、流石に次の下半分を二分割することはないと思います。