決断してからの私のスピードは迅速だった。
それだけはかぐやだった頃から変わらない私の長所だ。
-2019~2020年
先行サービスであるVRコミュニケーション空間のデータ収集に割くリソースの配分を200%増。ツクヨミローンチまでの年数を当初の予定から二年早める
非営利団体の規模を拡充。幻月環と名付ける。秘密結社じみているという意見は無視。今までは控えていたマネタイズを解禁。
温めていたコネと売っておいた恩をフルに活用して警察庁と公安の電脳対策課部門にアドバイザーという形でエージェントを就任させ、今後施行される電子法全般がツクヨミの運営の邪魔にならないように取り計らう。
──―今までの安定と和にウェイトを寄せて、長期的にツクヨミを運営する為の冗長性の高い計画。それらをすべて棄却し、一刻も早い完成を目指す方向にシフトする。
増えたリスクと必要リソースは愛と気合いで補うことにした。政治的暗闘。既存テクノロジーへの技術的侵略。今までならば二の足を踏んでいた決断を、彩葉の瞳が翳る様を思い出すことで強引に踏み出していった。
-2021年
マネタイズでかき集めた資金でバーチャルアバターを用いた動画配信者事務所を経営する企業いくつかに大規模に出資。株を独占。
大手CPUメーカー二社にクラウドコンピューティングを利用したスマコンのプロトタイプを提示、幾つかの密約の下にスケールメリットに見合う量産計画と販売経路を確保するプロジェクトを立ち上げる。
私自身のエモーショナルアルゴリズムのデータ群を流用し、端末を通して情動ステータスを読み取って仮想現実にフィードバックするシステムを個人開発。同時に医療のDX化促進計画やそれに携わる大学、関連企業に出資し、ツクヨミ内部での経験がもたらす脳や肉体への影響を調整するためのデータと、リリース後のポジティブキャンペーンのための下地を作る。
──―インターネットがそのスケールと機能を拡充していく程に、私の振るえる力のスケールも指数関数的に増大していった。長い下準備を活用して急激に既得権益そのものと化しつつある私の見えざる手が、今までとは比較にならない速度で世界の形を変えていく。
……その行いのなんと罪深いことだろう。それは望みの為に他者の可能性を摘んでいく、人の営みそのものだった。
私のカレンダーを染め上げる色と同じ赤色の罪穢は、指先を通してかぐやのイノセンスを取り返しがつかないほどに浸潤していった。
-2022年
ツクヨミと合わせてメイドインヤチヨの電子決済システムのローンチするべく、他国の先行導入事例と運用データを取得、開発、即リリース。競合他社はその長所だけ積極的に模倣しながら、人間を超えたアップデートスピードと国からの積極的認可によって叩き潰していく。
衛星を複数打ち上げ、スターリンクと連携、時間結晶を利用した通信の更なる高速化を達成。世界規模での6G通信を早期実現させ、クラウドコンピューティングテクノロジーの発展と合わせてデジタルデバイスの更なる小型化を行う。
ARテクノロジーを利用したアプリケーション開発ツールをオープンソースに。ヤチヨ謹製の成果物も複数リリースし、前述の小型デバイスの市民権獲得によって現実のレイヤーを一段増す。
────政治的力学の行使、ムーブメントの作り方、アジテーションの為の言葉選び、多角的利害関係のパッチワーク、マルチスタンダードな八方美人、作為的な特異点。すべては8000年の間にインプットした彼らの営みのアウトプットだ。
躯無きが故に鈍かった私の変節は、ネットというインスタンスを得たことで急激に襲いかかった。
-2023年
────海の向こうで行われていた幾つかの紛争が、衛星通信に私が齎した技術革新によってその趨勢を決したという話を聞いた時、遂に私は彩葉に自分をかぐやとして受け入れて欲しいという甘えた願望を完全にパージした。
ただ、私が嘗てかぐやだったという真実を返歌を以て伝えられればそれで良いと思えた。
……なぜヤチヨが彩葉に真実を明かさなかったのか、今の私にはよくわかる。単純な話、合わせる顔がなかったからに違いない。
2030年の彩葉ではなく、今を生きる幼い彩葉の笑顔を選んだ瞬間に、ヤチヨとかぐやは別たれたのだ。
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平行して、今まで可能な限り控えていた彩葉の周辺環境のリサーチも開始する。
幼児期を越え、児童期に差し掛かった彩葉。この頃の子供は自分の内側に世界を内面化し始める。私は彩葉がどのようなパーソナリティを獲得するのかを観察し、記録し続けることにした。それを鋳型に世界の形を整える為に。
モニタリングを始めた頃は彩葉のお母さんの持つ端末やPCが彩葉の情報にアクセスできるギリギリのラインだった。酒寄家内は勿論、次いで多くの時間を過ごす小学校の教室内に監視カメラやマイクの類は無かったからだ。最初は彩葉の七五三の写真を手に入れるのだって苦労したものだ。
だけど、彩葉が児童向けスマホを買い与えられてからは話が早かった。以降、インターネット、即ち私と直接繋がった彩葉のプロファイリング精度は飛躍的に向上していった。
ペアレンタルコントロールとヤチヨズラブフィルターによって彩葉の情操を過度に有害な情報から庇護しつつ、彼女が成長していく様を見守った。
彩葉の好きな食べ物の傾向。好きな音楽の傾向。好きな女性傾向。憧れの方向性。欲望の指向性。家族との関係性。学校の友達のパーソナリティ。それが齎す社会観。その全てを、余すことなく。
参考資料として、可能な限り現物の映像や音声の記録を行い、印象的なものをクリッピング&ナンバリングしてタイトルを付けていく。
肉体的接触ログをデジタルデータとして保存できない現行文明においては、この不完全な記録をリピートする行為こそが私を人間との関係をフェアにしてくれる。
・No1056.彩葉(10歳10ヶ月16日)が好きだった女児アニメの主人公の変身バンクを練習する様子.mp4(2分32秒)
・No30661.彩葉(11歳6ヶ月26日)がシューティングゲームのスコアアタックでお兄さんに勝てず号泣し、宥められるまでの一部始終.mp3(10分51秒)
・No.989503.彩葉(12歳3ヶ月20日)がピアノコンクール用のドレスを着て、姿見の前で入退場時の挨拶の練習をする様子.mp4(20分45秒)
このあたりのクリップは小学校時代の彩葉のログの中でも特に意義深いもので、今でも私は頻繁に参照している。
もちろん、上記のものは必要に駆られて収集した彩葉データの氷山の一角のそのまた末端に過ぎない。わたしは逆行者八千代郎。わたしは毎日すさまじい量の彩葉の情報を収集し続けているが、誰にも見せるつもりはない。
そうして最高速度で障害全てをぶち抜いて、私の準備は完了した。
-2024年7月7日
ツクヨミプレローンチである。
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"ツクヨミ"は正式にリリースされる数年前から世間的に多くの注目を集めていた。
企業努力によって市民権を"得させた"VRSNSや、メタバースの世間認知度と浸透率の高さが大きな要因だけれども、勿論それだけが理由ではない。
私は内実を充実させることと同じくらいのリソースを掛けて影に日向にマーケティングを行ってきたのだ。
この時代のインターネットのソーシャルムーブメントとIoTおよびXRテクノロジーの発展は、正しくツクヨミに流れ着く為の支流となるようにプロデュースされたものなのだから。
とはいえ、プレローンチワールドにログインできた人はそう多くない。
長期間に渡るデータ提供のお礼に招待した先行VRSNSヘビーユーザーの皆さん。このプラットフォームで各種サービスの開発を行うことを約束した企業の皆さん。ここを情報インフラの主幹に据える想定の政府方の皆さん。そして凄まじい倍率の抽選に当たった幸運な皆さん。
延べ人数5千人に満たない箱で、私は"月見ヤチヨ"としてのデビューライブを敢行した。
私は今でも鮮明に記録している。
今後ヤチヨを示す象徴となって、何れ彩葉に届くこけら落とし。一切の妥協が許されなかった舞台の上での私の振る舞いを。
カウントダウンが終わった瞬間中天の太陽を沈め、世界を夜へと切り替える。
入れ替わりに満月が登るのと同時にステージに顕れた私が空を指し示せば、巨大なミラーボールが月を塞いで出現する。
無数の幽き光条がステージと客席を照らす中、私は最初の曲を歌い始めた。
それは、彩葉が私に送ってくれた最後の曲。
今の彩葉の心と繋がるために、数万回の遂行を重ねたリリック。
幾千の時の中で幾万幾億とリピートし、変奏を重ねながらこの場所まで私を導いた大切なメロディだ。
本当に久しぶりのライブだったけど、底抜けに楽しかったことは記録している。
ライブは共感と共有のための空間だ。舞台の上と舞台の裏と観客席とが渾然一体となって、ひとつの体験をつくりあげる。
距離的制約を超えて、小さなコンタクトレンズから喜びや涙や熱気や叫びをシェアし、その共感をパスキーに変えて、皆でひとつのネットワークにアクセスする共有体験。
30年前に斯くあって欲しいと願った安らぎの海原がそこにあった。
ファーストライブは大成功に終わった。最初は圧倒されていた皆が、後半になるにつれて声を張り上げ、ペンライトを振って、最後は割れんばかりの拍手で私に声援を送ってくれる様子こそがその証だ。
なにより、スマコンにインストールされた情感センサーが、私の歌が齎した感動を雄弁に伝えてくれていた。
曲と合わせて8000年掛けて培ったコミュニケーションスキルをフルに活用したMCで月見ヤチヨというキャラクターのプロモーションを行い、同時にライブ演出を通してツクヨミのポテンシャルを皆に体感させる目論見も成功。
映像を動画サイトにアップロードし、音源をレコード会社に送る。オリジナル曲1曲とカバー曲数曲のアルバムとライブ映像を多角的に収めた円盤がジャンル別売り上げランキングTOPを独占し、ライブ映像の切り抜きとツクヨミの話題がバズりにバズる経過を観察しながら、私は静かに然るべき時を待った。
──―この歌が、彩葉に届く瞬間を。