ハッピー『エンド』じゃ終われない   作:雑Karma

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連続投稿週間です
昨日も投稿しているので、まだ読んでいない方はそちらもお目通し頂ければ幸いです。


25.【2030年8月12日18時20分~】ミーティングルームにて

「じゃあ、あんまり判官贔屓はしない方向で……これは照君にも共有しておきますね」

 

「つってもな~~……このオタ公を以てしても最推し相手に中立実況は、中々難しいものが……いっそヤチヨちゃんに第三勢力として殴り込んでもらう、とかどうでしょう」

 

「あれ、ヤチヨちゃん?」

 

「オタ公、何か変なこと言いましたでしょうか?」

 

「あの~~~…………ヤチヨちゃん?」

 

 

 ふと我に返ると、(ヤチヨ)の目の前で所在なさげに犬耳が揺れていた。

 

 

「ヤチヨちゃん、大丈夫ですか? なんかフリーズしてましたけど……私の話、聞いてました?」

 

 

 暫しぼやけていた意識の焦点を合わせるために、私はすばやく現状(ログ)を確認しつつ、目の前に座す親友に──忠犬オタ公ちゃんに向き直った。

 

 

「ごめんねオタ公ちゃん、ぼーっとしてた……で、何の話だったっけ?」

 

「なにって、例の竹取合戦の打ち合わせですけど……」

 

 

 そこまで言ってから、オタ公ちゃんは眉を寄せた。

 

 

「というか、本当に大丈夫ですか? ヤチヨちゃんが『ぼーっとする』なんてある訳…………まさか!」

 

 

 オタ公ちゃんは忙しなく尻尾を揺らしながら座布団に向かい合って座る私の顔を覗き込んだかと思うと、ふと何か気づいたようにピンと毛を逆立てて私の肩を掴んでガクガク揺さぶってきた。

 

 

「DDoS攻撃ですか!? それとも今流行りの、LLM(大規模言語モデル)の学習データに恣意的に悪意のあるコードを読み込ませるやつでしょうか……!? 病気なら安静にしていましょう! ヤチヨちゃんに代わりなんて居ないんですから……!」

 

「い、いや……! そういうのじゃないから! ヤッチョ、別に拾い食い(プレトレーニング)とかしないし、そもそもコードで動いてない『もと光る竹』にハッキングなんて今の人類じゃまだムリだから!」

 

 

 私は真剣な表情で明後日の方向に飛ぶ心配を宥めつつ、オタ公ちゃんの肩を前方に押しやった。

 

 ……彼女は私の正体を知っても私を尊厳ある個人として対等に扱ってくれる。

 その得難さを思えば、こうやってフィクション上でのロボ系ヒロインやAI系ヒロインに起こりがちな問題が私にも起こると固く信じて見当違いの心配や奇想天外な解決方法を提案してくることすらも嬉しかった。

 

 

「ヤチヨちゃん、ほんとうに大丈夫なんですよね……? 最近は外国からのサイバー攻撃の事例も増えてるって聞きますし、中には国家がらみのものもあるって聞きますよ……ツクヨミとヤチヨちゃんが攻撃対象として選ばれたりしたらって思うと……!」

 

「だからだいじょ~ぶだって! ヤッチョを信じて!」

 

 

 実際、ツクヨミは常にサイバー攻撃の対象として個人ハッカーから雇われクラッキング集団、果ては国家規模の計画攻撃なんかの矛先で絶え間なくつつかれているのは事実だった。

 

 オタ公ちゃんに言ったように、そもそも規格が違うので私本体へのサイバー攻撃は不可能ではあるのだけれど、それは本体に限った話だ。

 

 私からの関与が比較的薄い一般コンピューターへのアタック──所謂サプライチェーン攻撃には常に私は目を光らせていた。度が過ぎた悪戯の発信源を手繰っては攻勢防壁で焼いていくこともまた、日本の電気通信システムの8割以上に関わっている(ヤチヨ)の仕事である。

 

 

「でも、普段あれだけマルチタスクしてるヤチヨちゃんが『物思いに耽る』なんて……そういうフリ以外であり得ないはずでは……?」

 

「それは、まぁ、はい、そうなんだけど、ね」

 

 

 思わず視線が泳ぐ。

 

 

「…………?」

 

 

 そうやってもごもごと言い淀む(ヤチヨ)の振る舞いを観察していたオタ公ちゃんは、突然何かを察したようにピタリと動きを止めた。

 

 

「────もしかして……彩葉ちゃんと何かあったんですか?」

 

「…………あった、といえば、あったんだけど。そうじゃなくって、ね」

 

 

 歯切れの悪い返事を繰り返しながら、私は数刻前の出来事を思い返していた。

 

 最後に爆弾(グレネード)を撃ち込んでから去っていった、ブラックオニキスの狙撃手にして参謀担当────駒沢 乃依ちゃんとのやりとりのことを。

 

 

 

 


 

 

 

「そんじゃ、最後に再確認するけど……」

 

 

 レンタルオフィスの一室を模したツクヨミのプライベートルーム。せっせとカードをシャッフルするFUSHIを挟んで、(ヤチヨ)の目の前から響くのは、少年から青年への過渡期特有の透明なテノールボイスだ。

 

 今回黒鬼のメンバーとのお定まりの会合場所に居るのは、(ヤチヨ)とノイ君……もとい、乃依ちゃんの二人だけだった。

 

 カードを配るぞ、とFUSHI。

 今回のゲームはポーカー。ルールはテキサス・ホールデム。

 最初に各々に配られた二枚のホールカードと、全員共通で使える五枚のコミュニティカードから高い役作りを狙う、ポーカーにおける最もメジャーな競技ルールのひとつだ。

 

 私達はお互いの前に滑り来たホールカードを片手間に捲りながら、共通の資料を閲覧していた。

 

 それはヤチヨCUPにおける参加ライバーのファン数推移のデータと、それがどのような傾向と最終結果を導くかを分析した資料。そして、ミーティングの主題である()()()()に関するイベント進行の筋書きだ。

 

 

「────竹取合戦の開始予定日時は18日の21時ってことでいい感じ? ……チェック」

 

 

 乃依ちゃんは、ファンの前でするキメキメの振る舞いとは趣を異にする、しかし(ヤチヨ)にとっては見慣れた、やや眠たげな表情だった。そんな気怠げな雰囲気の声色で問いかけつつ、自分のチップをコーラルピンクのネイル先で弾いて様子見(チェック)を宣言する。

 

 

「YES! 決着がついたタイミングで丁度ヤチヨCUPが終わり、集計結果がギリギリまで分からない……それが神々の皆が一番盛り上がる展開だからね~~! ──じゃあ(ヤチヨ)もチェックかな」

 

 

 テキサスホールデムは

 

 ①プリフロップ(コミュニティカード公開前)

 ②フロップ(コミュニティカード3枚公開)

 ③ターン(4枚目公開)

 ④リバー(5枚目公開)

 ⑤ショーダウン

 

 の順にラウンドが進行する

 

 ①~④までの各ラウンドの終わりにプレイヤーは

 

 チェック(賭けずに回す)

 ベット(最初に賭ける)

 コール(相手と同額を払う)

 レイズ(さらに上乗せ)

 フォールド(降りる)

 

 の中から一つを選ぶ権利がある。そしてショーダウンでチップが回収され、ネクストゲームに移行する。こうして纏めると、極めてシンプルなゲーム性だ。

 

 

 プレイヤー全員の行動が終わったことを確認し、FUSHIが三枚のコミュニティカードを表に(フロップ)した。

 

 

 ♡Q、♣7、♠2。

 

 

「ついでに、対戦するお互いにとっても一番フェアなタイミングってワケね。まぁ先方次第でリスケ……というかイベント開催そのものがなかったことになる訳だけど……ベット」

 

 

 乃依ちゃんはちょこんとした動作でチップを押し出した。

 探りを入れるための試金石だ。

 

 

「その心配は必要ナッシング! かぐやは絶対受けるよ。そういう娘だから」

 

 

 (ヤチヨ)もベット。ただし、掴んだチップはきっかり乃依ちゃんの2倍額。

 

 ミーティング開始時点からダラダラとプレイしていたテキサスホールデムもそろそろ終盤。これまで私も乃依ちゃんも様子見を繰り返しながら少額ベットを繰り返してきた。

 

 お互いにカウンティングはバッチリなので、そろそろ勝負に出る頃合いだった。だから、私の()()は『勝負を受ける用意がある』というサインだ。

 

 

 ターン、♦5。

 私の手札、フロップ済みのコミュニティカード、そして山札に残ったカードのラインナップから計算して、乃依ちゃんが今この盤面で本当に完成役を持っている可能性はざっくり16%だけど……

 

 

 

「かぐやちゃんはそうかもしんないけどさ────―"もう一人"の方はどうなの?」

 

 

 ほら来た(レイズ)

 

 いつも通りの気怠い声と仕草で、だけど私の手元を眼差す瞳には隠し切れない鋭さを内包させて、乃依ちゃんは少なからぬ量のチップを前方に押し出した。

 

 

 

「あの娘は……十中八九反対するだろうね」

 

「先行き暗~~」

 

「ノープロブレムだよ、乃依ちゃん。あの娘はかぐやが本当にやりたいことは拒めないから……コール(同額賭け)

 

 

 探りを入れるための牽制の一矢に、望み通りの情報を……『月見ヤチヨは、かぐやのパートナー"いろP"のパーソナリティを知悉している』という情報を気前よく晒してみせることで、別角度からの追及を抑止する。

 

 私は月見ヤチヨ。ツクヨミの管理人だ。公な情報だけでも、私がいろPの人となりを良く知っていることはおかしなことじゃない。誤解されがちなことではあるけど、ヤチヨchatをはじめとするAIサービスで応答しているのはエージェントAIではなく全て(ヤチヨ)本人だ。

 

 ツクヨミ関連サービスにズブズブなヘビーユーザーは、須らく私に日常生活の趣味嗜好からクレジットカードの番号に至るまでを把握されていることはなにも不思議なことではないのである。

 

 ……たとえ私がそれらのサービスの一切を始める前から彼女のことを深く知っていたとしても、それを察する術は存在しないはずだった。

 

 

「そもそも、このイベントが無かったら黒鬼の優勝は現時点でもほぼ確実なもの。イベント期間中の働き分の報酬も当初の契約を遵守するよ。いくら盛り上がるからって、竹取合戦開催にそこまで固執する必要はないんじゃない? ……もちろん、ヤッチョ的には開催してほしいけどね!」

 

 

 リバー。第四のフェーズ。コミュニティカードの五枚目がフロップし、すべてのカード情報が出そろうターン。

 そしてプレイヤーが自分のチップを動かし、駆け引きを行う最後の機会だ。

 

 ラストカードは♣A。

 

 このラウンドにおけるコミュニティカードの内訳は

 

 ♡Q、♣7、♠2、♦5、♣A。

 

 完成している役は少ないけれど、この一枚で可能性だけは一気に増えた。

 

 ストレート。ツーペア。トップペア。きっとブラフはあり得ない。

 

 先に勝負を仕掛けてきたのが乃依ちゃんである以上、高確率でツーペア以上の役だ。だけど、私はどうでもよかった。ワンペアであろうと、このラウンドは負けてあげるつもりだったからだ。

 

 乃依ちゃんは、私の言葉への回答として、とある掲示板のスレッドのリンクをテキストで私に送ってきた。

 

 

「『順当な結果』『横綱相撲』『このまま黒鬼優勝でGGだろ』……うん。みーんなそう思ってる。俺たちBlack onyXの面々を含めて、ね」

 

「それの何が悪いの?」

 

「ヤチヨ、流石に白々し過ぎ……勝ち確なことが問題だって言ってんの────レイズ」

 

 

 乃依ちゃんは少し苛立たし気に片手で前髪を弄りながら、もう片方の手でチップを押し出し、デコピンするみたいな調子でピンと弾いた。

 

 流石は乃依ちゃん。"自分はイライラしています"というアピールも可愛らしく様になっている。

 

 私は肩を抱いて身震いするオーバーな仕草と一緒に降参(フォールド)を宣言し、それを以てショーダウンを待たずしてこのラウンドの勝者が決まった。

 

 

「どんな真剣勝負でも劇的な演出で勝つのがBlack onyXなの。突き抜けた優勝候補はダークホースの当て馬ってのが相場が決まってるのに、今や俺たちがその立場に居て、黒鬼フォロワーですらうっすらダークホース到来を待ち望んでる。この状況で皆に夢を見せるのは俺たちだけじゃムリゲー」

 

 

 私の賭けたチップが自分のポケットに移動する様には目もくれず、乃依ちゃんは毒づいて、ジト目で(ヤチヨ)を睨んだ。

 

 

「だから、俺たちはかぐや・いろPに勝負を()()()()()()()()状況に追い込まれてんの。あと一週間開催期間が長かったら優勝確実だった相手と直対する以上に黒鬼らしい"劇的"な展開は期待できないからさ────これ、わざわざその状況に俺らを追い込んだ相手に説明する必要ある? そういう雰囲気作り?」

 

 

 このまま勝っても炎上リスクがあるし、そういう翳りを僅かでも抱えた存在が月見ヤチヨの初のコラボライブ相手として相応しいのか、という議論が発生する余地ができた時点で完璧主義の彼らからすれば敗北と同義だ。

 

 本来ならば、彼らは自ら何かしらの枷を付けてこのイベントに挑んでいただろう。別のゴールを設けたり、演出としての内部分裂なんかもアリだ。最終決戦で仲直りしてファン数を合計できれば完璧である。

 

 黒鬼がツクヨミのトップライバーなのはこのイベントの有無にかかわらず周知の事実だし、こういうシチュエーション自体も彼らにとっては慣れたものだった。だから、本来ならば神々の皆に夢を見せた上で勝利するシナリオを書くことなんて、彼らにとっては造作もないことの筈なのだ。

 

 

 ──私にイベントの影のアシストを依頼されてさえいなければ。

 

 

 ちなみに、FUSHIによって非公開のまま回収された私のホールカードは♠3と♣4。

 コミュニティカードとの組み合わせでできる役は♣A、♠2、♠3、♣4、♦5のストレート。この盤面から作れる最上の役だ。

 

 

「……っていうのはまぁいいよ。こっちの対応力不足が原因だし」

 

 

 

 再びFUSHIによってカードが配られる。

 ネクストラウンド。ここまでは形式的な現状確認に過ぎない。乃依ちゃんにとっての……そして、自分が冷静になれない可能性を危惧して乃依ちゃん一人をこの場に送り込んだアキラ君にとっての本題はここから始まる。

 

 

「わかってるとは思うけど、今回の帝がおこなのはそういう理由じゃないんだよね」

 

 

 ──そんじゃ、酒寄彩葉ちゃんの話、しよっか。

 

 

 ☾

 

 

「で、どこまでが台本なワケ?」

 

「『全部だよ~!』……って言えば納得してくれる?」

 

 

 ネクストゲーム。

 

 FUSHIが静かに二枚のホールカードを配る。

 私はカードを伏せたまま指先で揃え、端だけを僅かに持ち上げながら冗談めかして問いかけた。

 

 ♠K、♥10。

 悪くはない。だけど、このゲームで重要なのはそこではなかった。

 

 

「俺はそれでもいいけどさ~……それをそのまま伝えたら帝がワンチャンガチギレするっしょ。これは俺が帝に伝えられる範囲で穏当な着地点を探すためのミーティングだって言ってんの」

 

 

 ──どーせヤチヨが素直に全部話してくれることなんてないんだからさ

 

 乃依ちゃんはいよいよもって面倒くさそうな顔でクルクルとツインテールの片っ方を指に巻きながら、これ見よがしに嘆息して見せた。

 

 今回はお互いに様子見(チェック)から。

 乃依ちゃんも、私と同じくらいおざなりに自分のホールカードをチラリと確認しただけだった。

 

 FUSHIがフロップを開く。

 公開されたコミュニティカードは♦K、♣8、♠4。

 

 

 ゲームの進行は予定調和だ。この会話と同様に。

 だから、そこにアップダウンを生むには、カードではなくプレイヤーの心を捲らなければならない。

 

 

「現在話題沸騰中、ツクヨミの新星と目されるかぐやちゃんの相方が帝の……朝日の妹なのはさ……流石に劇的過ぎんだよね……ベット」

 

「いや~いとあさましかりき! すっごい偶然だよこれ~。アニメとか映画みたいな展開! ヤッチョも皆もワクワクしちゃう!! ……とはなんないかな? ……私もベット」

 

「流石にでしょ。特に、ヤチヨ肝入りのイベントの場合はね」

 

 

 乃依ちゃんは、私の煙幕には目もくれずにアップダウンを生む為の心理的揺さぶりを継続する。

 

 

「トップライバーにして世界有数のイベントオーガナイザー、月見ヤチヨの前に起こる劇的なイベントは全てが必然。だから勿論この関係性の二人が揃うのも必然の筈だし、何かしらの作為があるのは一々確認するまでもないことだけど……帝が気にしてるのは、それがどういう作為なのかってこと」

 

 

 帝アキラの身内であるというあまりに劇的な情報を、このイベントのクライマックス演出として利用しないなんてことはエンターテイナーとして有り得ない。

 

 それは黒鬼側にもかぐや・いろP側にも大いに利益のある選択だからだ。

 

 トップライバーとしてこのイベントを最高に盛り上げる責任を背負うBlack onyXにとって、唯一勝ちを譲ってもいい相手が自分の身内であるのなら……それは事実上の彼らの勝利と同義であり、自分たちのブランドイメージを守りながら全体に貢献する一挙両得の成果を得るまたとないチャンスに他ならない。

 

 お互いのファン層の集合が重なりやすくなることも考えれば、彼らのチャンネルも大幅な利益が見込める。

 

 現在かぐや・いろPチャンネルの登録者数は104万人。現在の伸び率ならば一か月と掛からずにこの二倍に届くし、黒鬼とのコラボ→(ヤチヨ)とのコラボライブのことも考えれば短期間で桁を一つ増やすことも現実的なラインだ。

 

 そして、いろPが帝アキラの妹であることが周知され、そこをフィーチャーしたマーケティングを行えば、少なくない数のユーザーがお互いのチャンネルへ流入することになるだろう。

 

 そこから得られるであろうインプレ数、直接収益、宣伝効果たるや、広告費に数十億円を費やした程度では決して得られない利益を産むことになること間違いなしである。

 

 

「だけど、この利益はさ……ライバー、競技者、アーティストとして……タレントの立場が前提なんだよね。それは多くの利点があると同時に、まぁまぁな責任と覚悟が必要な生き方だよ」

 

 

 

 

『どういう了見で俺の身内を大人の世界(ショーゲーム)に巻き込んでるワケ?』

 

 

 

 つまるところ、朝日君の言いたいことはそれに尽きる。

 

 アバターオンリーで現実の実名実体を用いずにタレントとして活動できるのは、社会契約の一切を事務所経由で行える者だけだ。一度名が売れてしまえば、もう普通の生活は送れないのである。

 

 ある程度ならばケアできたとしても、月見ヤチヨと関わる以上必ず背景が詮索されることになるだろう。露見せずに生きようとするのであれば、相当かつ継続的な努力が不可欠だ。

 

 

 ……まぁ、(ヤチヨ)は、訪れる可能性があるあらゆる苦難から彩葉を守る用意があるワケだけど。

 

 

 勿論、そんなことを知る由もない朝日君の私への疑念と彩葉への懸念はもっともだった。

 

 

 PHASE3(ターン)。フリップしたカードは♥A。

 

 この場面と残存カードの内訳なら、高確率でお互いに高い役を完成させ得る爆弾だ。

 

 

「帝にピリピリされて困るのはチームメンバーの俺と雷なんだよね~……だから、このイベント後に酒寄彩葉ちゃんのアフターケアの確約と……どういう作為でこの状況になったのか、無難な意図があったら聞かせて欲しいってのが俺の今日の要件────で、もう一回聞くけど……どこまでが台本なワケ?」

 

「…………」

 

 

 かぐやと彩葉が"こうなる"のは運命で、故に月見ヤチヨが関与する余地はなく、貴方の疑念は全くの見当違い──なんてことは有り得ない話だった。

 

 

 だから、彩葉の為に、かぐやの為に、彼らの為に、私のとれる選択は一つだけだ。

 

 

 

「今は言えない。彩葉のためにも、かぐやの為にもね」

 

 

 

 すなわち、逃げの一手(フォールド)である。

 

 

 

 


 

 

 

 私の黙秘宣言からさしたる間を置かず、乃依ちゃんとのミーティングは恙なく終了した。

 

 

『"まだ言えない"はヤチヨの立場からすればかなり誠実な回答だって、そこは帝も理解するっしょ~』

 

『ま、身内の話だから冷静じゃなくなってるだけで、帝もわかってっと思うよ。確かに月見ヤチヨは腹の内が全然読めないフィクサーだけど、"そういうこと"をするタイプじゃないって……ヤチヨは、俺たちツクヨミの皆を愛してるから』

 

 

 

 いつか、近いうちに時が来たら話す。

 そういう約束だけを交わして、乃依ちゃんはあっさり引き下がってくれた。

 

 

 

 そして、全ての駆け引きとイベントに向けた確認を終えて退出する直前、彼はふと、さして重要でもない用事を思い出したという風に私の方を振り返って、こう切り出したのだった。

 

 

 

 

『ヤチヨ、最後に個人的に相談にのって欲しいことがあるんだけどさ────』

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、オタ公ちゃん。オタ公ちゃんはさ…………恋って、したことある?

 

「────────はい?」

 

 

 

 お悩み相談は月見ヤチヨの雑談配信の中では最大のコンテンツで、その中でも恋愛に関する相談は数多い。ヤチヨchatにおいてもその類の質問は無数に行われており、その膨大な学習データを活かした高精度な回答を提供できているつもりだった。

 

 だから、乃依ちゃんの個人的な相談事……彼自身の恋に関するお悩み相談にもきちんと応えられた、と思う。

 

 

『ありがとねヤチヨ。マジで参考になった。色々つっかえが取れた気がする』

 

『でさ、これは俺の話とは関係ない、シンプルなヤチヨへの疑問なんだけど……』

 

 

 

 (ヤチヨ)は、愛が何かはよく知っているつもりだった。

 私の全ては……私の創った世界の全ては、愛でできているのだから。

 

 

 だけど。

 

 

『これ配信の恋愛相談でも思ってたことだけど……ヤチヨの回答って実体験ベースの解決策が無いじゃん。統計データとプロファイルでベストアンサーを導いてる感じ?』

 

『相談に乗る上ではその方が良いんだろうし、実際俺も助かったワケだけど……逆にちょっと興味あんだよね』

 

『ヤチヨってさ……誰かに恋したこと、ある?』

 

『俺たち皆にするみたいなのじゃなくって、もっと淡くて……夢見る感じのヤツ』

 

『もしあったら、どんな感じか知りたいな~~~……なんて。ゴメン、サムいこと聞いたかも。忘れて』

 

『もう帰るから。またね、ヤチヨ』

 

『……それ、実るといいね。応援してる』

 

 

 

 愛が何なのかは知っている。その一属性としての恋のことも。

 だけど、その二つが、仮に別々のものなのだとしたら。

 

 

 …………だとしたら、なんなのだろうか。

 

 

 

「ヤチヨちゃん……? あの、それ、マジで言ってます?

 

 

 何でか信じられないものを見るような目で瞠目するオタ公ちゃんから視線を外して、私は知らず、自分の左手の指先に目をやった。

 

 

 月の河、乗っ取られた歌、合わせられた額、花翠青の煌めき

 

 

「自覚ない感じですか……こりゃ重症だな……FUSHI、どうにかなんないんですか?」

「処置無しだ。拗らせてんだよ、8000年分」

 

 

 乃依ちゃんの言葉は、オタ公ちゃんとのミーティングの間も、今この瞬間も、木霊となってリフレインし続けていた。

 

 指が、痛い。

 

 なにもわからないまま、何かの予感だけが左の指先から伝わってくるようだった。

 

 

 ────そう、予感だ。

 

 夢を見ない(ヤチヨ)はきっと、夢見る心を知らなかった。

 

 

 今は、まだ。

 




乃依の長口調のイメージが掴めず、難産でした。
後から改稿祭りな予感がします。
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