テレリリ・ティートテートは何故酒寄彩葉を殺さなかったのか
「君死に給え~……!」
目の前にたった今
『注目のイベントが始まります! 王者ブラックオニキスが異例の速度でのし上がった超新星かぐや・いろPに宣戦! そしてまさかの求婚! 運命を懸けたKASSENが今まさにここツクヨミ特設スタジアムで始まろうとしています!』
世紀の竹取合戦と銘打った、ヤチヨCUPを締めくくるビッグイベントは、開始の瞬間から同時接続数一千万を超えるスタートを切った。
この接続数に伴う宣伝効果だけで協賛企業の顔を立てるには充分なものだったけれど、
様々なオプションを付けた有料視聴チケットは、そのための施策の一環だった。
多人数視点の共有、解説への注釈、特別視点挿入、ヤチヨのスペシャルコメンテート。
そしてBからSまで存在する席のチケット。
隣で同じものを見る人の熱量を感じることは『体験のシェア』という体験の中でも最上級のものだから、その需要は決して尽きることはなかった。
ここでは誰もが体験を分かち合うことを求めている。
ここでは誰もが一つの夢を見ようとしている。在り得ざるなにかを目撃することを、ここではない何処かへ連れて行ってくれることを期待して。
そして、その期待に応え続けてきたのが彼らだった。
「テレリリちゃんってさぁ……」
「はい?」
彩葉の前にいつも通りのド派手なエントリーをかますBlack onyXの三人に三本三色(赤、黄色、ピンク)のペンライトを振りながら、私は隣でそれを眺める友人になんでもないような調子で問いかけた。
「恋って、したことある?」
「────はい???????????」
VIP席。全ての視点オプションと解説オプションを選択可能かつ、会場の任意の場所に視点移動も可能ななんでもありの最上席。
そこに
オタ公ちゃんと大体同じリアクション。人が真剣に質問してるっていうのに、みんな失礼なものである。
「あの~~……ヤチヨちゃん? 何故、そんな、質問を、なさるのでしょうか~……? 他ならぬこの私に、他ならぬ月見ヤチヨが、何故……?」
「? …………ああ、そうだったね。質問を変えよっか。じゃあさ~~……」
「テレリリちゃんが
「どうしてそんな残酷な質問ができるのですか!?!?!?」
テレリリちゃんは応援用のペンライトを投げ捨てて、私に掴みかってきた。
「
「あはははは~~~!!!酷い言い草!……まぁヤッチョが悪いから仕方ないんだけど」
黒鬼の登場でヒートアップする会場を尻目に、私とテレリリちゃんはそれとはまったく関係なくヒートアップしながらワーキャーとキャットファイトを繰り広げる。
「お望みとあらば詩でも詠んで差し上げましょうか!? 六十三聯の歌謡律を!! 一節ごとに込めた想いと押韻の注釈を添えて!!! 私がどれだけ貴女を想っているか、懇切丁寧な解説と一緒にメールで送って差し上げますわ!!!!」
胸倉をつかんでガクガクと揺さぶるテレリリちゃんの腕を、私はポンポンとタップして降参のサインを告げた。
「別に喧嘩したかったわけじゃなくってね? ヤッチョ、今本気で悩んでるんだよね~。他の友達にも相談したんだけど、皆そういう冗談かなんかだと思って取り合ってくれなくてさ」
「────」
「テレリリちゃんだったら答えてくれるかもって思って、ね?」
「貴女ね…………」
目の端に涙を浮かべて憤怒を発散させていたテレリリちゃんは、その言葉を聞いてから数秒間私の顔を凝視して……
「────酷い既視感だこと」
諦めたように腕から力を抜いたのだった。
「真実、大丈夫!?」
『おおっと! かぐや・いろPチームの一人、まみまみのハートに帝の
『こ~れはキツいっすね~~~! 試合開始までにリスポーンが間に合わなかったらゲーム不成立で黒鬼の不戦勝っす! まぁ元々メインはかぐや・いろPな訳ですし、これは興行なわけですし?
[EVENT MANAGER]
Event Integrity Protocol WARNING.
【イベント品質維持プロトコルがアラートを通知】
Participant Status Changed.
【参加者状態の変化を検知しました】
Team A participant has been classified as incapacitated.
【試合開始前にチームAの参加者が戦闘不能と判定されました】
Expected audience experience degradation detected.
【観戦体験の品質低下を検出しました】
Searching for substitute participant.
【代替参加者を検索しています】
Search cancelled.
【検索を終了しました】
No suitable participant found within time limit.
【制限時間内に適正ランクの参加者を確保できませんでした】
Fallback Protocol Activated.
【代替プロトコルへ移行します】
Sending participation request.
Target : Administer
【参加要請を送信します】
【対象:月見ヤチヨ】
Request Accepted.
【月見ヤチヨが参加要請を受諾しました】
Analyzing team balance.
【チーム戦力を解析しています】
Calculating Rank Difference.
【チームA / チームBのランク差を演算しています】
Balance Modifier Generated.
【補正値を生成しました】
Generating Combat Profile.
Administer【SENGOKU】
【月見ヤチヨ"SENGOKU仕様"を生成しています】
Applying Status Modifier.
【能力補正を適用しています】
Synchronizing Battlefield.
【フィールドデータを同期しています】
Entry Sequence Started.
【エントリーシーケンスを開始します】
Please wait.
【しばらくお待ちください】
「じゃっじゃ~~~ん! ────呼んだ?」
「や、や、や、ヤチヨ!?!?!?!?」
「えへへっ……絶対勝とうねっ!」
Entry Complete.
【月見ヤチヨ"SENGOKU仕様"がエントリーしました】
Experience Quality Restored.
【観戦体験の品質を回復しました】
Audience Satisfaction : Stable
【観戦満足度:正常】
Narrative Continuity Preserved.
【イベントにおける連続的ナラティブ性の品質維持を確認】
Good Luck, Have Fun.
【良い試合を】
「う~~ん……この着ぐるみスキンだと彩葉が見えないにゃ~……透視モジュール入れま~す! ……ワァ、彩葉すんごいお顔になってる。ねぇ見てテレリリちゃん! 彩葉、ヤッチョの前だといっつも余裕なくなっちゃって、恥ずかしがってお話できなくなっちゃうの!! いとかわゆし~~~~!!!」
「わたくしには見えませんわ~……そしてオフの私の前で外向きの口調で話さないでくださいまし。並列タスクを処理できていませんよ」
──まったく、余裕がなくなってるのはどっちなのでしょう。
チームメイトに次ぐ第二の犠牲者を出す勢いでバトルフィールドで彩葉ちゃんを相手に至近距離でファンサービスを送る、月見ヤチヨが映るライブビューイング────を眺めながら、真横で両腕を振り回して激しく興奮する月見ヤチヨを横目に、わたくしは溜息を吐いた。
「……何度見ても、何度味わっても、実際にこうやって体験すると混乱いたしますわね~……あちらの貴女も、今こうして会話する貴女も、どちらも本物なのでしょう?」
「そうだよ! み~んな視覚的なイメージで誤解するんだよね。ど~しても"同じ個人が、複数の場所に、まったく同時に存在する"ってシチュエーションを想像しづらいみたい」
「当たり前です。貴女が世間に公開している振る舞いの殆どはそのスケールに目を瞑れば人間に可能な範囲に際どいところで収まっていますけれど、
今、隣ではしゃぐ月見ヤチヨは、試合においては
その上で、観客と彩葉ちゃんにファンサを振りまきながら試合に参加しているのである。
月見ヤチヨがイベントを管理するというのはこういうことだ。このフィールドで戦う限り、その品質とイベント進行スピードで彼女に勝るものは存在しない。
彼女の管理するイベントでは、トラブルが起きても観客は毛ほども心配しない。黒鬼の面々がキャストに居るともなれば猶更だ。どんなトラブルも大抵は事前の仕込みで、仮に本当に何かが起こったとしても即座に演出として観客のナラティブな体験の一部に組み込まれるという信頼があって、それができないなら一流のパフォーマーではないとすら思われている。
彼らは目を開けたまま同じ夢を見ていた。
月見ヤチヨが、その愛で描く夢を。
「テレリリちゃんもイベントの盛り上げに協力してもらっていいんだよ? CUP期間中に結構な新規ファンとの出会いがあったのはデータで確認してるし、まだまだ増やせるんだからさ~! ミラー配信、やんなくていいの?」
「……ええ、今回は辞退いたしますわ~……」
本来ならばミラー配信をしたり、コメンタリースタッフとして会場に出張るのが個人ライバーの頂であるテレリリ・ティートテートのあるべき振る舞いだ。
だけど、わたくしはそれを選ばなかった。
それはヤチヨCUPで月見ヤチヨというトロフィーを奪い合う戦いから降りるという宣言であり、
「テレリリちゃん、ヤチヨCUPが始まった瞬間いきなりすっごいやる気出しちゃって……開始前まで全っ然そんなそぶり見せなかったのに、ヤッチョびっくりしちゃった! そんなに
頬に手を当ててクネクネと身を捩るヤチヨちゃんの大仰で戯画的な振る舞いの中に、彼女の真実は何ひとつとしてありはしない。
わたくしがそうやって積極的に活動している間は露骨に一切の接触を断っていた癖に、勝負を降りることを察した瞬間に同時観戦の場を設けてきたのがその証拠だった。
おおよそ、普段では考えられない熱量で精力的に優勝を狙う姿を危ぶんで警戒していたのだろう。このイベントの……この二か月の筋書きを知っているわたくしは、裏を返せばピンポイントでそれを邪魔することができる立場でもあるのだから。
万が一にもそれが彩葉ちゃんとかぐやちゃんの邪魔になるようなことがあれば、ためらうことなくシナリオからキックアウトしていたに違いなかった。
月見ヤチヨの眼差しの先にあるのは、常に酒寄彩葉とかぐやの二人だ。
こうしてわたくしと試合を眺めているのは、単に運命の全容を知る存在を監視する為だろう……と、そう思っていただけに。
「────で、どうなの? 恋をするってどんな感じだった?」
「こいつ……! 人がせっかく聞かなかったことにしようとしていたのに……!」
こんな風に、さっきの冗談めかしたじゃれ合いに続きがあることが、わたくしは心底意外だった。
「…………冗談で流していい雰囲気、にしては下手な会話運びですわね」
「そりゃそうだよ~~! 乙女のハートの話題とあれば、ヤッチョはいつだって
「あなたの恋愛相談室、ためになると評判だったように思いますけれど……私の傷を抉らなくても、ご自分で考えた方が良いのではなくて?」
いつの間にか、ライブビューイングの音量は0に変更されている。ステージで今にも試合が始まろうとしているタイミングで、私とヤチヨちゃんは、その熱気から完全に切り離されていた。
「傷だなんてとんでもない! 誰かを想う心は、いつだってとっても素敵なものだよっ☆……それがどんな形に終わろうともね」
「貴女、本当にどの口がっ…………」
言うまでもなく、自分をフった相手にされる質問としては考え得る限り最悪の内容である。わたくし側に惚れた弱みがあるとはいえ……というか、弱みがあるからこそ、この追及をタチの悪い弄りと切って捨ててこの場から退出すべきなのだろうけれど────
「────────そう……貴女、本気でそんなことを知りたいのですね」
ヤチヨちゃんの角度によって彩を変える水面のような美しい瞳は、ある種の切実な光を湛えて、正面から私を見据えていた。…………始末の悪いことに、その光に気付いてしまった。
「………………いいでしょう、相談に乗ってさしあげます。ただし、貴女の事情もきちんと聞かせてもらいますから」
「さっすがテレリリちゃん! ヤッチョは素敵な友達を持てて果報者なのです~~!!!」
「……次に口を開くまでにその余所行きの口調を改めなかったら、本気で縁を切らせてもらいますから」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて大げさに喜んで見せるヤチヨちゃんの動きに遅れて、彼女のツインテールが波を打つ。顎の両手で抑える
わたくしは自分の無様な所感に舌打ちしたい衝動を意思の力で抑え込んでから、退出すべく浮かしかけていた腰を再び観客席のソファに下した。
「…………で? どんな悩みを抱えていて、どんな背景でそれを得たのか、洗いざらい吐いてくださいます?」
「うん…………実は、この前乃依ちゃんとミーティングした時にね────」
……とてもではないが、酒でも飲まないとこんな話は聞いていられない。
わたくしはイベント後のリスナーとの感想会を取りやめる旨のメッセージを告知すると、自室で保管している中で一番強い酒瓶を開いていたグラスにドバドバ入れて、氷も入れずにストレートで呷ったのだった。
感想、ここ好き、高評価、誤字報告、いつも本当にありがとうございます!