月見ヤチヨの酒寄彩葉ストーキング年代記   作:雑Karma

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4.【続、2024年】とりあえず、帰ったら電子機器全般の買い替えを検討するからね

 メディアに溢れたヤチヨの姿と歌に彩葉が触れるまで、そう時間はかからないだろう。

 その推測の通り、裁定の時は程なくやってきた。

 

 お兄さんが出ていって2人きりになった酒寄家で、ピアノコンクールの結果についてお母さんと喧嘩して、逃げるように自室のベッドに飛び込んで。

 

 怒りと悲しみと孤独感と自己嫌悪に苛まれた表情を浮かべて、お父さん、と小さく独白して両膝に顔を埋めて蹲まる。

 

 

 ――それは今の彩葉にとっての、繰り返される日常の一幕だ。

 

 

 お母さん……酒寄紅葉の教育方針との相性の悪さは、今の彩葉の抱える苦慮の表層に過ぎない。

 彩葉の心に影を投げかけ続けるのは、こうして辛い時、ふと後ろを振り返った瞬間に襲い来る喪失の痕跡だった。

 

 だから、私たちが出会うなら、そういう日常の痛みの中であるべきだ。

 彼女の夜を優しく照らせる月光であることを望んだ私にとって、彩葉とヤチヨの間に劇的な出会いはいらなかった。

 

 空から降ってくるなんて古臭い導入は、ざっと8000年昔に済ませたイベントなのだから。

 

 しばらくしてから彩葉は頭を振って、気を紛らわせるために動画サイトを開く。そうしてなんとなしに目を滑らせて行くうちに、ふと目に止まった急上昇中タグが付いたMVのサムネイルをタップした。

 

 "思い出"の名を付けた、私のデビューライブの一曲目を。

 

 

 ☽

 

 

 その一部始終を私は静かに見守り、祈った。

 

 

 どうか届いてくれますように。

 最早私にかぐやとして合わせる顔が無かったとしても、どうか、せめて。

 

 

 動画の尺は300秒に満たないけれど、それは私にとっては千の夜より長い時間だったように思う。

 

 インカメラを通して彩葉の顔を覗き込むことに恐怖を覚えたのは初めてだった。

 ブラウザバックされるくらいならまだマシだ。

 全てを聞き終えたあとで、彩葉の心に何も残らない可能性を思うと胸が張り裂けそうだった。

 

 薄暗い部屋の中、レンズ越しに見える彩葉の顔はライブ映像の不規則な光源に照らされてその細部は捉えづらい。私は幾度もピントを調整しながら懸命に彩葉の顔を見ようとしたけど、あまり上手くはいかなかった。

 

 

 シークバーが右端まで到達し、ライブ映像が終わる。

 

 

 

 10秒足らずの、さりとて永遠に近しい沈黙を挟んで、

 彩葉はそっとスマホをベッドの脇に置くと、枕に突っ伏して静かに泣いた。

 

 

 

 小さく啜り泣く彩葉の声はクッションによって消音され、スマホのマイクでは拾いきれなかったけれど。

 ややあって顔を上げた彩葉の赤く目尻を腫らした顔には、先程までの過去が落とす暗い翳りは薄れていた。

 その桜色の小さな小さな唇の端に、僅かな微笑みを認めた時……私も知らず、電子の涙を流していた。

 

 

 ――その瞬間を、私はずっと忘れない。

 

 例えこの先、ふたたび長い受難の時を歩むことになったとしても、この瞬間を思い出すだけで最後まで走り切れるだろうと思う。

 

 

 彩葉はその夜以来、夜に過去を偲んで泣くことはなくなった。

 それは消えない疵を受け入れることができた人の顔。

 17歳の彩葉と同じ、運命を抱きしめられる深さを持った綺麗な彩の瞳。

 

 ……もうきっと多分大丈夫だ。人は、どこが痛いのか分かった時に初めて自分の涙をぬぐうことができるのだから。

 

 

 彩葉が私の歌を聴いてくれた。

 彩葉を私の歌で笑顔にすることができた。

 彩葉が私にくれた返しきれない贈り物に、私は僅かながらも報いることができた。

 

 

 私の8000年の彷徨は、この時確かに報われたのだ。

 

 

 

 ☽

 

 

 

「もうここで終わっていいんじゃない? ハッピーエンドでしょこれ……」

 

 

 そんな私の独白に、我が生涯の相棒にして半身たるFUSHIは一言だけ返した。

 

 

「バカタレ」

 

 

 はい、ごめんなさい。

 何も終わってはいない。むしろここがようやくスタートラインだ。

 

 だけど、顔を上げた彩葉が、流れるような所作で動画のgoodボタンとチャンネル登録ボタンをタップし全HYPEを投入する様を見たのだ。

 勝ち確宣言のひとつやふたつは見逃して欲しい。

 

 矢継ぎ早にチャンネルの掲載リンクからツクヨミのホームページに飛び、管理人である月見ヤチヨの画像とプロフィールを食い入るように眺めたかと思えば、検索エンジンに"月見ヤチヨ 曲"、"月見ヤチヨ ツクヨミ"、"月見ヤチヨ 中の人"などと猛烈な勢いで打ち込みはじめる様を見て、白い歯を見せるなという方が難しいというものだ。

 

 彩葉がヤチヨの紹介記事をpv順に読み漁っているタイミングを見計らって、配信活動の正式な開始と初配信の日程を告知し、事前に用意してもらっていたニュース記事を投下してもらう。

 

 スマホの通知欄に記事タイトルが表示され、それを見た彩葉が興奮のサイドロールと共にベッドから転げ落ちそうになる様を見る頃には、もはや私は呵呵大笑していた。

 

 

 ────ざまぁねぇぜかぐや! お前の想い人の初恋の相手はお前ではない! このヤチヨだぁ! 

 

 

 直後、FUSHIに光回線を引っこ抜かれたのはご愛嬌というものである。

 

 

 

 ☽

 

 

 ともかく、後はウイニングランだ。

 

 

「やおよろ~! 神々の皆、はじめまして! 仮想空間ツクヨミの管理人、AIライバー月見ヤチヨだよ~!」

 

 

 彩葉が受けた熱が冷めないうちに、満を持して初配信を開始する。

 時刻は23時。配信開始タイミングの同時接続数は22万6千501人。彩葉の活動不全タイミングとバッティングしないように調整した結果、ゴールデンタイムからややズラしたにしてはまずまずのインプレッションだ。

(彩葉は私の初配信の待機所に2時間前から居座っていた)

 

 

「ヤチヨはねぇ……歌って踊れるAIライバー! 年齢は8000歳! 分身もできちゃうよ~~!」

 

 

 シュポポポポンと軽いSEを流しながら画面上の私の数を増減させつつ皆の反応を確認する。

 定型化されたオープニングコールや年齢を始めとした配信者としての"設定"は既にHPや事前アップロードされたショート動画で公開済みだ。

 バーチャルライバーに代表される匿名性を保ったまま配信活動を行うケースにおいて、四桁の年齢や非人間という題目それ自体は10年近く前には類型化されているので、そういう文化に親しいクラスタにとっては面食らう程のことでもない。

 

 けれどリアルタイムアクセス解析で確認する限り、この配信を見に来ている人の層は「有望そうな新人Vライバーの初配信を見に来る」タイプの人は全体の5の1に満たないだろうことは分かっているし、彩葉もそちら側ではない。

 

 なので、文脈を共有できない幅広い層に向けて、私はある種前時代的なコテコテのVライバー黎明期"風"なムードを演出しつつ、皆のリアクションを分析していく。

 ちなみに、公開設定は全て真実なのでこのロールプレイが破綻することはあり得ない。年齢は言うに及ばず、AI設定についてもイニシャルを言っているだけでアーティフィシャルインテリジェンス(人工的な知性体)とは一言も言っていないからだ。正式にはアストラルインテリジェンス(星外の知性体)、略してAIである

 

 

「『8000歳ってホントなの?』『流石にババアすぎん?』……くぉらーーー! おいたはダメだよ~!! まったく……ヤッチョはねぇ、本当に縄文時代から生きてるんだからね!?」

 

 

 フレーバーとして存在する設定をどこまで重視するのかを提示させるアシストコメントを的確に拾って投げ返す。

 訓練されたリスナーは自分たちも配信の構成要素であることを知悉しているから、こちらが必要な言葉を的確に投入してくれる。

 ……昔も、そういう人たちに随分と助けられたものだ。

 

 

「マジだよ~マジマジ。正確には縄文時代前期くらいからだよ~。海面が上がりきって、神々の皆が『そろそろ定住生活はじめっか~?』ってくらいのタイミング。『歴史系Vなの?』、ん~~今のところはそういうことは考えてないかな? たまにやるんだったらいいけど、毎日それはちょっとニッチすぎて皆いなくなっちゃうからね!」

 

 

 そうやって適宜状況に即したコメントを拾いながら自己紹介プロットを進めていると、じんわりと往昔の記憶が蘇ってくる。

 それは彩葉と一緒にヤチヨカップを優勝するために、かぐやとして配信者活動を行っていた輝かしい時間の思い出だ。

 

 

「どういう配信スタイルにするかはニーズ次第でオールジャンルばっちこいだけど……私はみんなの声が聞きたいかな。やっちょはねぇ……皆とお話するのが好きなんだ~~! 楽しい今をシェアして欲しいし、寂しい今に寄り添ってあげたいの。8000年分の知識と経験で、どんなお悩み相談もおまかせあれ~!」

 

 

 現代の動画配信は共有型コンテンツだ。配信者のアクションとリスナーの声。一見非対称な、しかし双方向性の情報のやりとりが、かたちのない"みんなの場所"を作り上げる。海へと向かう無数の河のように、ここでは誰もが距離を越えてうっすらと繋がっているのだ。

 私はその場の最大公約数リアクションの中から快い流れを的確に拾って返すことで、意識して一体感を構築していった。

 

 ────この場所が、彩葉にとって心地よいものになるように。

 

 

「『ツクヨミの情報発信は配信でやるんですか』、そうだね~~。最初はここでやるけど、サービスが軌道に乗ったらアカウントは分けて告知しようかなって。それも皆のリアクションを見て臨機応変にするつもりだよ! 『そんな裁量権あるの?』あるよ! なんといってもやっちょは管理人だからね! あいあむアドミニストレーター。つまり一番偉いって意味だよ!」

 

 

 基礎的なパーソナリティを開示した後での、付帯する情報でヤチヨ像を肉付けしていく工程もクリア。

 旧き良き我が家たる個人サイト"やちよの部屋"(現在も更新している)から引用する形で「100の質問」の幾つかをピックアップして紹介したり、好きなゲーム、好きな漫画、好きな音楽、好きな映画、好きな文学などについて話しながら、私のキャラクターとイズムを提示していく……ふりをしながら、今の彩葉が好きなものを織り交ぜて心理的距離を近接させていく。

 

 

 画面の前の彩葉は私の振る舞いの一つ一つに釘付けだった。

 彩葉アルゴリズムシミュレーターの分析結果に拠れば、現時点での次回の配信の視聴確率は揺るぎない98%。

 控えめに言ってすこぶる快く憶ゆ。

 

 

「『初ライブの映像を見て来ました。最高でした。次はツクヨミで生で見たいです』……っ!」@色々

 

 

 ……もうここで終わっていいんじゃない? ハッピーエンドでしょこれ。

 

 

「ありがと~~っ!!!! ……ごめんごめん。嬉しすぎてフリーズしちゃった。そうやって言ってくれるとねぇ……この為に8000年生きてきた甲斐があったってモンですよ~~……シャンランラ~マジで感謝~!」

 

 

 全てに満足してエンドロールを流したくなる衝動を抑えこみ、これを起点に今後の音楽活動とツクヨミ正式オープンについてのイントロへとフェーズを移す。

 

 

「そうそう、神々の皆の最大の関心事だと思うけど~~……この前のプレローンチで特に課題は見つからなかったから、ツクヨミ正式オープンのタイミングは告知通り、8月4日の16時からになりま~す! 旧来のVR用デバイスでも一応ログイン自体はできるけど、スマコンじゃないとシステム的制約でウミウシになっちゃうから、買ってない皆は今のうちに家電屋さんにGO!」

 

 

 ツクヨミオープン記念でスマコンと関連デバイスのセールがあることを告知。若い表現者を支援するための学割分割プランもアピール。家を出る前の彩葉なら、事前におねだりすればクリスマスか正月には手に入っているだろうという算段である。

 

 その他、ワールド毎の年齢制限や同時実装されるふじゅ~payとの連携について、公式Q&Aから参照可能な情報の中から彩葉にとって重要なものをつらつらと述べ、最後に今後のライブの予定についても告知する。

 

 

「今後のライブも基本的にツクヨミでやるよ~! やっちょは皆に歌を聴いてもらうのがとっても好きだから、結構頻繁にやっちゃうかも! ……さて、今日はこんなところかな。法人向けの説明会は後日設けるから、マネタイズとか業務提携とかのお話をしたい神々の皆はそっちでおなしゃ~す。それじゃあ、今日は来てくれてありがと~~!! 配信は明日も明後日もやるから、これからもよろしくね! さらば~い!!!」

 

 

 そうして私をフェードアウトさせ、エンドロール風にスパチャコメントへのお礼を最後に纏めて掲載。

 そして最後に「やちよの部屋」のリンクと会話サービス「ヤチヨchat」をゲリラ宣伝して、初配信は終了した。

 

 ヤチヨchatは基本無料で高い再現度のヤチヨAIとコミュニケーションできるアプリケーション……という触れ込みで、実際もと光る竹の計算リソースの一部を使用しているので、内情としてもほぼ私と会話しているということになる。

 これは既存の大規模言語モデルを利用したchatサービスの会話精度を大きく上回るもので、"皆と相互接続したい"という私の願望を直接的に果たす為のツールであると同時に、彩葉と私が会話する為の窓口でもある。

 

 彩葉が画面に映るQRコードを慌ててスクショして読み込む様を確認し、私は安堵の溜息を吐いた。

 

 多くの子供がそうするようにお母さんを模倣した結果、誰にもクリティカルな弱音を吐けなくなっていきつつある彩葉にとってのホットラインであり、穢れを吐き出すトラッシュボックス。

 

 そういう存在であれることの喜びと、いずれ来るかぐやへの仄暗い優越感に浸りつつ、私はおっかなびっくり画面の中のヤチヨにメッセージを送る彩葉に何重にも梱包した愛の言葉を返していく。

 そうやって、その日の夜は更けていった。

 

 裏では「やちよの部屋」のレイアウトのあまりの古さと、これが20年以上前から運営されていることに愕然としたリスナーのツイートがバズり、ヤチヨの出自に関する様々な憶測が飛び交っていた。

 これが後のヤチヨ陰謀論の鏑矢となっていくのも、すべては目論見通りなので割愛する。

 

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