ハッピー『エンド』じゃ終われない   作:雑Karma

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33.【2030年8月22日18時00分~】スタジオ風プライベートルームにて

Q.いろPのどんなところが好きですか?

 

 

 

 むずかしいこと聞くぢゃん……

 かぐやの『好き』って彩葉……あ~、いろPにどれだけ近いかが基準みたいなとこあるしな~~!

 

 ……ねぇ、もう彩葉でいい? 竹取合戦でとっくに実名バレしてるっしょ?

 

 そだね~~……でもこ~ゆ~質問まで『全部!』っていうのはなんか回答放棄みたいでヤだよね。ジッサイ全部かどうかは問題じゃなくって、彩葉に「かぐやは私のどこが好きなの?」って聞かれた時、どこが好きかを毎回考えて答えるのがイチバンじゃない?

 

 それを自分でじっくり考えて言葉にすんのって、かぐやにとってもすっごく幸せなことだと思うんだ~!

 

 ほら、お料理みたいな感じ?

 

 かぐや、彩葉のご飯全部作ってるんだけど……あー全部じゃないか。エナドリはちゃうねんな。あれ、いまのとこヤチヨ除いたらかぐや最大の敵ね。あれもかぐやが作るもので代替するチャンス、狙ってます。つきましてはエナドリの企業さん! かぐや監修エナジードリンクのオファー待ってま~す! 彩葉がやむなくカフェインに頼るときはそれしか飲ませない様にするんで! これガチね。

 

 ……ごめん話逸れたね。

 

 お料理って、込めるキモチはおんなじでも毎回レシピ変えるっしょ? 栄養バランスだったり、飽きさせないようにだったりって理由もあるけど、やっぱりさ……毎回自分で自分の”大好き”のカタチを考える時間が幸せで楽しいんだよね!

 

 だから今彩葉のこと考えます!

 かぐやが好きな彩葉……う~~ん…………直近だと、アレか、アレか……やっぱアレ?

 

 ほら……帝をかぐやと彩葉の宇宙最強連携で落とした後でさ、彩葉が今まで見たこともないくらい楽しそうに笑ってたの、皆も見たでしょ?

 

 かぐや、彩葉が笑ってくれたらいいなって思いながらライバー活動頑張ってたからさ……彩葉が笑ってくれた時は「やった~~~~~~よかった~~~~~~~!!!」って気持ちでいっぱいだったんだけど……あとから思い返したりアーカイブ見直したりして、かぐや、思いました。

 

 ──あれ……ヤバいくない?

 

 もう、めっっっっっちゃ可愛くてさ…………もう激マブダイヤモンド! 食べちゃいたいくらいキュート!!

 

 彩葉の笑顔、なんであんなにキレイなんだろ~ね。びっくりしたわ……

 

 みんなもそう思うっしょ?

 言っとくけど、あげねーかんな。あれ、かぐやのだから。

 

 いろPに恋しちゃった全国五千兆人のオタクどもは心しとけよ~~! あとヤチヨも!

 

 そんなワケで、今かぐやの中でいっちゃん熱い彩葉大好きポイントは「笑顔」! 来週の彩葉大好きポイントもよろしくな!

 

 じゃ~ね~~!

 

 …………え、勝手に終わるなって? まだインタビューあんの? そっか……

 

 

 

ツクヨミデイリーニュース 『今日の綺羅星さん:かぐや編』より抜粋。

 

インタビュアー:忠犬オタ公

 


 

 

 

「それじゃ、通しでやってみよっか。……ミュージック、スタート!」

 

 

 それは、私がヤチヨにライブパフォーマンスの指導を受けているときのことだった。

 

 

 ──五、六、七、八。

 

 私は自分が演奏する音の跳躍に合わせて一歩踏み込んだ。

 

 右手で鍵盤を押さえながら、身体を半身に。視線だけを客席方向へ向ける。

 

 

(遅い。減点1)

 

 

 そう思った瞬間には、次の動作へ移っていた。

 

 

(ここでターン。スカートの軌道を意識して……)

 

 

 左の爪先で着地。これは悪くない。でも、今のは数ミリ軸が高かった。次のフレーズで修正しないと。

 

 半ば自動的に奏でる旋律に身体を預けながら、私は頭の片隅でそんな採点を続けていく。

 

 

 振付そのものは、もう身体が覚えている。

 

 私は一度得た視覚情報と聴覚情報は基本忘れない。ヤチヨに色んな角度のお手本を何度も見せてもらって、それをベースにまる一日かけて反復練習したし、楽曲のサンプルも聞き込んだ。ヤチヨにそこまでやってもらっておいて演奏できないなんて論外だし、次にどの足を出すのか、どの角度で腕を上げるのかなんていちいち考える必要があるなら、その時点でヤチヨファン失格である。

 

 だから今、私が考えているのはもっと細かいところだった。

 

 それは視線。呼吸。力の入れ方。重心。そして──観客から、私がどう見えているか。

 

 Aメロでは動きを抑えて、全部を大きくしない。音の強いところだけにアクセントを置いて、それ以外はあえて抜く。そうした方が、次の動きが大きく見えるから。

 

 

(……うん、良い感じ。流石はヤチヨ。教材になっても完璧)

 

 

 そのままカウント。身体を開いて、視線を正面へ向けて一瞬静止。

 そうして溜めたところへ、サビへ。

 

 私は一気に身体を開いた。

 

 腕を振り、ステップを踏み、ターンする。今度は大きく。でも、全部を大きくしない。キメるところだけを強くして、その間は流さないと。鍵上の運指モーションもやや大げさに。動いて、抜いて、また動いて──うん、良い感じ。

 

 私はヤチヨが教えてくれたことを、頭の中でもう一度なぞる。

 

 ヤチヨ曰く、ライブで踊るということは、振付を正確に再現することだけじゃない。

 どこを見せるか。いつ見せるか。何を見せないか。

 私の視線ひとつ、旋律一音で客席の意識を動かして、次の瞬間には別の場所へ誘導しないと。

 

 そのための振付であり、そのための所作であり、そのための生演奏だ。

 

 

(……それなら)

 

 

 ここは、もう少しだけ視線を残して、次の動作で、かぐやに渡す。

 そうすれば観客の目線も自然に──

 

 

(……っと)

 

 

 危ない危ない。考えすぎて一瞬だけカウントを見失いかけた。

 身体はもう次のステップへ入ってる。私は咄嗟に呼吸を一つだけ挟んで、動作の遅延を修正した。

 

 集中しろ酒寄彩葉。分析は後だ。ヤチヨが見てるんだぞ。

 

 

 ──8、7、6、5。

 

 最後のフォーメーション。

 

 4。

 

 視線。

 

 3。

 

 床に半身を横たえる。

 

 2。

 

 流し目。そして、キメ。

 

 音が止まる。

 

 

「しゅ~りょ~! お疲れ様! お水飲んでね、彩葉!」

 

「はい……ありがとう、ございます」

 

 

 私はヤチヨの呼びかけに息を切らしながら応えて横に用意してあったミネラルウォーターのボトルを呷りつつ、今の自分のパフォーマンスについて採点する。

 

 ……これは今までで一番マシだった。

 でも、最後のキメで右肩がほんの少し上がった。それから、サビに入る直前の視線が半拍遅い。あと、ラスサビの──

 

 パンッ!

 

 突然、乾いた柏手がスタジオに響いた。

 

 内側に沈みかけていた私が慌てて顔を音源に向けると、正面に立つヤチヨの眼差しと目が合った。

 

 その顔には、いつもの柔らかな笑顔。けれど、その瞳だけは私の頭の先からつま先までを、まるで採点するようにじっくりと見つめている。

 

 そして。

 

 

 

「ねぇ彩葉、アナログハックって言葉、知ってる?」

 

 

 それは、唐突な問いかけだった。

 

 

「アナログ、ハック? えっと……ごめんなさい。聞き覚えない、です」

 

 

 今日で二度目になる通しのダンス練習。覚えた振り付けをヤチヨ直々に見てもらっている最中に……

 

『振り付けをヤチヨ直々に見てもらっている』──幾度も幾度も確認しても、到底信じられないシチュエーションだ。直(・)々(・)に(・)って何? おこがましいぞ酒寄彩葉。月見ヤチヨに何かを手ほどきしてもらえるような徳を、お前はどこで手に入れたんだ? ダンスでペースが速まった脈拍が戻ってくれない。この程度の運動で音を上げるようなやわな体力じゃないはずなのに、空気を求める肺が浅い呼吸を何度も要求する。

 

 それもこれも致し方のないことだった。だって、ヤチヨが、私の満月が、目の前で────

 

 

「もぉ……彩葉ってば、またお目々グルグルしてるよ~~! ほら、殻に籠らないで、ちゃんとヤッチョの目を見て、ね?」

 

「は、はい……!」

 

 

 私のキャパシティは推し(ヤチヨ)が目の前にいるってだけで既にいっぱいいっぱいだ。正直コラボライブとか言われても未だに信じられないくらい。これでも頑張って頑張って、ヤチヨに失望されないように無理やり慣らしたつもりだった。それでも不意を打たれたり、難しいことを考えさせられたりするとすぐこれだった。

 

 だけど……ヤチヨの言葉に犬のように反射的に従って、見る角度によって彩を変える水面のような瞳を見つめる。

 

 

(……きれい)

 

 

 言葉で切り取れば、それが表現の限界になってしまう。その眼差しの美しさに抱いた情動を形容することを、私はとっさに拒んだ。

 

 きっと歌が必要だった。私が生涯を通して鍵盤を叩きながら歌い続ければ、或いは表現できるだろうか。そんな眼差しをじっと見つめ返しながら深呼吸する。

 

 それが僅かに眇められる様と、凪いだ微笑みを湛える口角の弧に、私の乱れた呼吸と心臓は急速に平常を取り戻していった。

 

 

「────うん、落ち着いたね。いい子いい子」

 

「はい、なんとか……そ、それで、アナログハックって?」

 

 

 そんなこちらの顔を見てニッコリと相好を崩すヤチヨの笑顔の魔性具合に再びベースを上げようとする心臓を、ライブ衣装の胸のあたりをギュッと掴んで戒めながら、私はなんとか仕切りなおそうと、さっきのヤチヨの言葉の真意を問うた。

 

 

「うん。つまりね? 彩葉のダンス、表情とか、所作とかがちょっとだけ固いのをどうにかしたいなってヤッチョは思うんだけど……彩葉みたいな賢い子は、回数を熟して習熟度を上げるより、理屈と意図を覚えちゃった方が良いかなって思ったんだ~~! ────ほら」

 

 

 ヤチヨは、言い終わるや否や数歩下がり、今私が身に着けているものと同じライブ用のドレスのスカートを裾を摘んでくるっと流麗にターンした。

 すると、ツクヨミの完全な物理演算に従ってふわりと翻ったスカートの裾から雪のように白いヤチヨの太腿の上部がチラリと覗いて、私の視線もまた宇宙の法則に従ってそこに吸い寄せられ────

 

 トンッ

 

 ヤチヨはターンの慣性を前方に傾かせたかと思うと、呼吸の隙間に滑り込むようにして空いた距離を埋めて、瞬きのうちにその形のいい鼻先が私の鼻先とくっつかんばかりの距離まで近づいていた。……それは、ヤチヨの太腿の聖域と、もしかしたら見えるかもしれないその上の禁域を括目せんと視線を斜め下に固定した私の目線に合わせるように、やや屈んだ姿勢からの上目遣いだった。

 

 

「────見た?」

 

「……み、みてますん!!!」

 

「おお、双属性! 流石彩葉! …………つまり、これがアナログハック。今、ヤッチョは彩葉の心にハッキングしたんだよ」

 

 

 ヤチヨはそんなことを告げると、悪戯っぽく、私の心の裏側まで擽るように蠱惑的にクスクスと笑った。

 

 

 ────月見ヤチヨが語りて曰く、アナログハックとは、「人間のかたちをしたもの」に人間がさまざまな感情を持ってしまう性質を利用して、人間の意識に直接ハッキング(解析・改変)を仕掛けることだという。

 

 

 人間は、人間の”かたち”をしたものに強く反応する本能を持っている。

 たとえば、『笑顔』が描かれた絵や映像で幸福な気持ちになることができるように。

 たとえば、警官の絵を描いただけの看板を見て、警戒心を呼び起こされて車のスピードを緩めるように。

 

 それらは脳が持つ性質から、人間の意識が無意識にそう動くものだ。

 

 だけど、この性質は、私たちの感情や意識が、『人間のかたち』をつくことで接触可能な、脆弱性があるセキュリティホールを持っているのだとも言える。

 

 アナログハックは、既に様々な形で利用される普遍的な技法らしい。

 たとえば経済の世界では、アナログハックは、"かたち"と"意味"を分離して扱えることで、商品やサービスに実際以上の価値を感じさせ、需要を膨らませる。人間が愛さずにいられない”かたち”や、興味を引かずにいられない”かたち”を利用して、ユーザーや潜在的ユーザーを望ましい方向に誘導するのだとか。

 

 

「さっきのチラ見せの視線誘導も大枠ではその一種だよ! ヒトのカタチをしたヤッチョのそういう振る舞いが、彩葉をこっそり誘導するの! ──そう、だからつい目がそこに行っちゃっても、彩葉は何も悪くないんだよ?」

 

「……はい、ガン見してました。ごめんなさい」

 

 

 ヤチヨは居たたまれなくなって縮こまる私を見てクスクスと、口元に手をやって上品に笑うと……トトンッっと、ツーステップで後ろに距離を取った。手元には私のものとは色違いのショルダーキーボードが顕れる。それは、私へのお手本であることを示していた。

 

 

「彩葉は演奏ベースな分、大きな身振り手振りの振り付けは少ないけど……だからこそ、視線とか、表情とか、小さな所作を最大限に効果的に使って、神々の皆のハートを誘導するの!」

 

 

 パチンッ! とヤチヨが指を鳴らせば、EX-Otogibanashiのイントロが流れ始める。

 ヤチヨはショルダーキーボードに指を滑らせながら、歯を覗かせる心底楽し気な笑顔の視線で、架空の客席とカメラを撃ち抜いていく。

 

 左回りのターンに追従して棚引く白縹のサイドテールの軌道は、その軌跡の先にある二人……つまりメインボーカルであるかぐやとヤチヨのペアへの誘導だ。そして、曲がサビへ向かうほどに、喜びと緊張を両立させるために細かに振る舞いの意図を変えていって、サビで貯めたエネルギーを一気に開放させるカタルシス──

 

 

(すっご……)

 

 

 事前に教えられてから見れば、ヤチヨの所作の一つ一つに……小さな肩の動きから、回転(ターン)を伴う大きなモーションにまで、観客(私たち)の意識と感情を任意の在り方に誘導する意図が確かに見て取れた。

 

 心を射止める流し目、安堵させる微笑み、緊張の伏目、開放のビッグスマイル。

 楽器演奏を邪魔しない小さな所作と表情だけで、ヤチヨは私(観客)を支配していた。

 

 

 これが、月見ヤチヨ。

 

 

 キラキラと、湖面に反射する月光のように煌めく笑顔が、私の心に焼き付いていく。

 それこそが、幾億の心を捉えて止まない、私の畏敬する女神様なのです。

 

 

「──―こんな感じかな。どう? 彩葉、参考になった?」

 

「…………………………………………え? あ、はい! 凄かったです!」

 

 

 私は、途中からそれが私へのお手本であることを忘れて、すっかりヤチヨのパフォーマンスに……そしてそのお顔に浮かぶ千変の笑顔に魅入ってしまっていた。

 

 

「ヤッチョの魅力にすっかり見惚れちゃってたかな? だとしたら大成功!」

 

「えっと……はい、そうなんだけど、それだけじゃなくって…………!」

 

 

 慌てて取り繕おうと、学んだことを言葉でなんとか出力しようとするも結局緊張で口ごもる私を見て、ヤチヨは再び凪いだ微笑みを湛えて…………そっか、こ(・)れ(・)も(・)ア(・)ナ(・)ロ(・)グ(・)ハ(・)ッ(・)ク(・)な(・)ん(・)だ(・)。

 

 

「気付いた?」

 

「うん……ヤチヨは、ライブの時以外も、笑顔の種類で私をコントロールしてる……んだよね?」

 

「大正解!!!」

 

 

 ヤチヨは、満面の笑顔で私の元に再び駆け寄ると、自分の口端に両の一指し指をあてて、ニッコリした口元を作って見せた。

 

 

「笑顔の表情モデルは一番の初歩にして、最強のアナログハック! だから……」

 

「…………っ!」

 

 

 ヤチヨはその二つの指を、今度は私の口元に宛がった。

 

 

「彩葉のキュートなスマイルで、神々の皆のセキュリティーホールにおっきな風穴、開けちゃおうね!」

 

 

 そういって、ヤチヨは大輪の花のような表情で笑う。

 そう告げるヤチヨの笑顔にこそ風穴を開けられるような心地で、私はコクコクと頷いた。

 

 

 ☾

 

 

「うん、彩葉、すっごくいいよ! 笑顔の作り方がもっと素敵になった! いと可愛ゆし! 最高!」

 

「そ、そうでしょうか……エッ、エッヘヘヘ……」

 

 

 細かい修正点を洗ってからの四度目の通しの後、私はヤチヨに抱き着かれて何度目かの限界を迎えていた。

 

 目の前にはヤチヨの艶めかしい首筋と肩甲骨の段差がいっぱいに広がっていて、VRの筈なのにすっごく良い匂いがしてくる。私の脳がヤチヨの匂いを勝手に幻視ならぬ幻嗅していた。

 

 

「彩葉なら曲の譜面は暗記しながらでも振り付け覚えられちゃうんだろうな~~って思ってたけど、まさかたったこれだけの期間でほぼ完ぺきにマスターしちゃうなんて! 彩葉、恐ろしい子……!」

 

 

 ヤチヨが、私をハグしながら……私のことを話してる…………

 

 ヤチヨの胸に顔が埋まるという、私の幸福の瞬間許容値を遥かに上回る事象から逃れるべく、私は顔を上に向ける。すると、そこに輝く水面の輝きを湛えた瞳と、超至近距離から目が合った。

 

 まるで、私と目が合ったことが心底うれしいみたいに錯覚する笑顔でパッと笑うヤチヨがそこに。

 

 

 ゆ、夢…………?

 

 

「とりあえず、この場でできる範囲はこのくらいかにゃ~? あとはかぐや含めて三人で合わせなきゃだけど……」

 

 

 

 ヤチヨは私の心中を知ってか知らずか、スッと私から身体を放すと、口端に人差し指を添えて瞑目し、何事か思案するようなポーズを取った。きっと、私たち二人のライブに対する習熟度を見極めながら、今後の打ち合わせのスケジュールを考えているのだろう。

 

 その眼差しが閉じた一時を使って、私はどうにか茹った頭と暴れる心拍をクールダウンさせるように努める。……ヤチヨが目の前に居るとこうなってしまう。それは私が酒寄彩葉である以上もう仕方ないことだ。なので、ここは私の生活から頭の中までを最近急激に占有するアイツに話題ごと意識を逸らすことにした。

 

 

「か、かぐやの方にも、ヤチヨがついてるんですよね? あの子の進捗、どうですか……?」

 

 

 かぐやはすっごく物覚えがいい。

 だけど同時にすっごく気まぐれな子でもあるのだ。

 

 それがかぐやのかぐやらしさだ。あの子だけの舞台なら、できるだけ自由にさせてあげるべきだと普段の私なら思うだろう。……だけど、これはヤチヨとのコラボライブなのだ。今回ばかりはそうはいかなかった。

 

 それに、あの子は何故かヤチヨにやたらと対抗心を燃やしている節もあった。だから、今回のコラボライブの練習に際して、素直にヤチヨのいうことを聞くかどうかは心配だったのだけれど……

 

 

「基本は全然心配ないよ~! ヤッチョならあの子のノリに合わせられるし、あの子もヤッチョのノリに合わせられるのは分かってるから……あとは実際の舞台のレイアウトとかのイメージを掴んで、95%を100%に寄せていくための反復練習って感じかにゃ~~……」

 

「そっか。良かった……」

 

 

 ヤチヨがそう言うなら大丈夫なのだろう。宇宙最強のパフォーマーであるヤチヨ自身については言うに及ばず。

 

 

 ……となると、問題になるのはやっぱり私か。

 

 

「ねぇ、ヤチヨ……」

 

「なんだいなんだい?」

 

 

 一番足を引っ張るの最大要素が私自身だって考えると、途端にさっきまでの浮ついた気持ちが嘘みたいに沈み込んで、お腹の奥にズンと重しができたみたいに不安が溢れてきた。

 

 ……というのは半分嘘だ。この不安はコラボライブが決まった瞬間からずっとあって、私はそれをヤチヨがそばに居るってシチュエーションの非現実具合にフォーカスすることで目を逸らしていただけだった。

 

 

「……コラボライブ、私なんかが出て大丈夫なのかな」

 

「チャンネル名がかぐや・いろPチャンネルなんだから、二人とも出なきゃ! ────それとも、彩葉はヤッチョと一緒なの、嫌? ヤッチョのこと、嫌いなの?」

 

「い、いやいやいやいやいやいや! 決して、決してそんなことは!!!!!!」

 

 

 コテン、と首を僅かに傾け、視線を斜め45度下方に向けて憂いを帯びた表情を浮かべるヤチヨの哀し気な声色の問いかけ。私は首と両手を全力でブンブンと振って必死にそれを否定する。

 

 このやり取りは、練習が始まってから既に何度か行われてきたものだった。

 

 私はそのたびにヤチヨの憂い顔にノックアウトされてしまって、問題提起を取り下げてきたけれど……さっきのアナログハックの話を前提にすれば、ヤチヨのことになると知能指数が大幅に下がる私でも流石に誘導されていることくらいは分かる。

 

 

「チャンネル名はそうだけど、私が顔出ししてきちんと喋ったのって黒鬼コラボの時が初だから、ウチのチャンネルの固定ファンもきっとかぐや目当てだし……それに、私は二人と違ってあんまり可愛くないから、どうしても見劣りしちゃうでしょ? そのせいで私がヤチヨのライブのマイナス要素になっちゃったら、私…………!」

 

 

 これは誤魔化されてはいけない私の本心だ。私はヤチヨに心をハッキングされないように目を瞑って、精一杯の心境を最後までぶちまけた。

 

 ヤチヨはパフォーマーの頂点だ。私程度の不安要素なら、きっと軽々と乗りこなして対処してみせるだろうと思う。……だけど、そうだったとしても、対処さ(・)せ(・)て(・)し(・)ま(・)う(・)こと自体が許されざる罪業だった。もしヤチヨを煩わせるようなあれば……憂いの根源としてヤチヨを穢すことになるようなことがあれば、私は私を二度と許せなくなってしまうだろう。

 

 

「────────」

 

 

 

 女神様(ヤチヨ)は、沈黙を保って信者(私)の告解に耳を傾けている。まるでヤチヨchatに相談ごとを書き込んでいるみたいだな、と思い立って……そこで私は、猛烈な恐怖に襲われて身震いした。

 

 ヤチヨchatが実際にヤチヨが応対しているのかはファンダムにおいても意見が割れるところだ。とはいえ、勿論私はあのサービスを活用するとき、いつもヤチヨに話しかけているつもりでいたけれど……それは、こうして目の前にヤチヨが居る時と同じような言動でいられたかというと嘘になってしまうだろう。

 

 

「…………ぁ」

 

 

 あのサービスを、私の日常の苦しみを和らげるためのゴミ箱として利用していたのではないかと問われたら、完全な反論は難しかった。

 

 今、私がヤチヨに向けて放った不安は、そんな何の建設性も何もない愚痴のようではなかっただろうか?

 

 私は、ヤチヨを穢したくないなんて宣っておきながら、その実目の前のヤチヨに自分のしょうもない部分を押し付けてはいないだろうか?

 

 

「────────────────」

 

 

 そうして私が瞑目したまま震えている間も、ヤチヨはずっと黙っていた。

 

 私は目を閉じていることも怖くなって、怒りや失望がヤチヨの表情に浮かんでいる可能性に震えながら、恐る恐る薄目を開けて──────

 

 

 

「──────ん~~~~~~~」

 

「…………うぉわあぁぁぁぁぁっ!?!?!?!?!?!?」

 

 

 眼を閉じて頬を薄桃色に赤らめながら、私の唇まで残り数センチの位置にその色素の薄い花弁を押し当てようと迫るヤチヨをギリギリのところで視認した私は、絶叫しながら限界まで後ろに飛び退った。

 

 

「な、ななななな、何、何、何を???????????」

 

「ちぇ~~……もうちょっとだったのに」

 

 

 今、何が起ころうとしてた…………?

 

 目の前で起こりえたかもしれない現実の可能性に打ち震える私をひとしきり笑ったヤチヨは、斯くしてこれまで通りあくまで穏やかに、だけどこれまでよりも静謐なトーンで語り掛けてきた。

 

 

「不安、なんだよね、彩葉は」

 

「……はい」

 

「ヤッチョは彩葉に何の不安も感じてないよ!!! ……って言っても、納得できないんだよね、彩葉は」

 

「…………はい。ごめんなさい」

 

「謝らないで。もし彩葉を不安にさせるようなことがあるとするなら、それはこの舞台を用意したヤッチョと、ここまで彩葉を連れてきたかぐやに責任があるんだから」

 

「……っ! そんなこと!!! 「だから、責任をもって、ヤッチョが彩葉の不安を解消してあげるね」

 

 

 私の唇の前に人差し指をスッともっていって反射的にヤチヨの言葉を否定しようとした私の反駁を遮ってから、ヤチヨはこう続けた。

 

 

「────ねぇ彩葉」

 

「明日、デート、しよっか」

 

 

 ……………………やっぱりこれは、夢かもしれない。

 

 

 そうして私はコクコクと赤べこよろしく頷いて受諾の意を示しながら、もう何度目かになるかわからない独白を吐いたのだった。




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