『地下アイドル
フロアに響く音楽は魔術的なリズムによって聴く者の肉体に働きかけ、その場に居合わせた人々は踊るようなステップを強制される。リズムに合わせてステップを踏めばふじゅ~に変換可能なポイントが付与されるルールで、高等テクニックを披露したり、ダンジョンらしく『バトル』に勝利すれば更なるポイントがもらえるシステムである。
そう、バトルなのだ。
フロアのノリと音楽に合わせてステップを踏むだけなら、ただのクラブと変わらない。このクラブの面白い所は、様々な形でバトルが行えるという点にこそあった。
一つはPvE。フロアに流れる音楽に合わせてノーツ攻撃を放つ「モンスター」の特殊譜面を捌いて倒すことでドロップアイテムがもらえるスタイル。
もう一つはPvP。お互いに課題曲を選択して総合得点を競うオーソドックスな音ゲースタイル。
そしてもう一つ、このダンジョンを支配する存在、
これから彩葉が挑むのは、そんなボス戦だった。
カカちゃんのアイドルステップに合わせて、洪水じみた物量のノーツの波がフロアタイルを明るく染め上げる。その上では立体ノーツが弾幕の壁となって、無謀にも
黒羽カカ。
『地下迷宮』を『地下アイドル迷宮』に改めさせた、このナイトクラブの筆頭DJ。
カカちゃんはバトルというゲームの形式に固執してナイトクラブ本来の在り方から離れつつあったこの
以降、皆とリズムにノること、その雰囲気を楽しむことこそを第一義とするクラブの空気がカカちゃんを中心に形成された。DJの立ち位置もまた、ディスクジョッキー兼フロアボスから、可憐さ、美しさを競うスター、つまりアイドルへと上書きされた。
その結果として腕に覚えのあるライバーがこぞって押しかけて大バズし、地下アイドル迷宮は一躍大人気のナイトクラブになったのである。
だけど、今夜のカカちゃんは既に『魅せる』ための振る舞いを投げ捨てていた。
アイドルポージングや視線とフェイシャルワークを駆使したファンサを削ぎ落し、ノーツ生成速度と譜面難度を向上させることにのみ注力するその姿に情け容赦は一切ない。
ノーツ生成に必要な体力、ダンスに合わせて溜まる必殺ゲージまでもふんだんに吐いて、確実に彩葉を殺しきる構えだった。
だけど……
『えぐ~~~~~~い!!! 三重階段をステップだけで対処し、四方から迫る立体四連トリルの群れをノールックの二刀で処理! これは処理を超えた処理、ガン処理だぁ!!!』
『ゲージは十分! ここからはいろPのターンだ! リーサルまで見込んで投入した全ノーツリソースを凌がれた黒羽カカの未来は如何に!』
「うっっそでしょ……捌き切っただけならともかく、先輩の顔を立ててせめてボムの一つでも切っておきなさいよ!」
所定時間内に全てのノーツを捌きったことを讃える明るいファンファーレが鳴り響く。カカちゃんは本気だった。筆頭DJの繰り出す譜面を余力を残して乗りこなしたことが何を意味するのかを気にも留めないみたいな凪いだ表情で剣を担ぎ、片手で曲を選択する彩葉はとってもクールで激しくメロかった。
『なんか殆どのノーツが光ってた気がしたんですがそれは』
『キッショ……』
『音感と運動神経どっちもステSなのは知ってたけど、流石にそれだけだと説明つかなくないかこれ』
『カカちゃんの天下も今日で終わりか』
『DJいろP、お前はツクヨミの柱になれ』
『行け いろP お前の行く手には俺達の 世界がある』
彩葉が曲選択を終えたことで、フロアタイルのベースカラーが塗り替えられる。
カカちゃんを示す紫のダークな色調から、彩葉を示す紺と翠へ。
そうして、フロアボスに向けて剣を構えた彩葉が選択した曲は――――
恋に落ちたわけであります
『この曲は……!』
『見せつけて来ますね』
『ここでヤチヨの歌以外を選ぶとはね』
『メッセージ性、感じるんでしたよね?』
『いろP、罪な女だ……』
歌に合わせて彩葉は
『これほどの強者が野心も持たずに隠れてたっていうのか……』
『そり過ぎてソリになった。これで無名だったの嘘過ぎるだろ』
『ヤッチョ、何もデータ無いんですか!?』
『いろP、或いは彩葉。アグレッシブコンポーザー。性格は冷静沈着で他人に流されない。
少し神経質な面もあるが 常に前向きで虎視耽々とヤチヨの隣を狙っていたようだ。誕生日は5月11日 血液型はAB型……好きな言葉は──―』
「うるさいよギャラリー! 下剋上なんてさせないっつーの!」
着地と同時に
「見ててよね~~~カカのノーツ捌きを────っってナニコレ、滝?」
サビの後半でフェッテからアラベスク、そこからグリッサードを挟んで
そして。
「ちょ、無理無理無理!このゲームに餡蜜とかないんだって…………!」
ヴーンという鈍い音と共にノーツを映すフロアタイルが真っ赤に染まり、ステップと二刀捌きが生み出す発狂譜面の物量に飲まれたカカちゃんのHPバーは全損した。
「か、勝った……?」
「な~~に首傾げてんのよ。カカの完敗だっつーの…………おめでとう、いろP。今夜の華は貴女だよ」
『祝え! 過去と未来を超え、時空をしろしめす究極のアイドルの誕生を!』
『皆伝おめでとう!』
『さすがいろP! かぐや・いろPチャンネルのリーダーだ!』
『正直途中でかぐやちゃんが乱入して2対1になる展開を期待してました』
『なんで普通に勝ってるんだよ……』
『いろPは何故強いと思う? もとより強いからよ』
いろP!いろP!いろP!いろP!
歓声と賞賛の雨あられに、彩葉は高々と剣を握った片腕を天井に突き上げて勝ち名乗りを上げた。
シュプレヒコールと拍手、DJ撃破報酬として獲得したふじゅ~、ギャラリーの感動によって獲得したふじゅ~。ストレージに転送されるフラワースタンド。コングラチュレーションと讃えるファンファーレのサウンドエフェクト、鮮やかなグラデーションに波打つフロアタイル。
だけど。
(ここまでやっても、まだ駄目か)
社交性の仮面を深々と被ってそれらの賞賛を笑顔で受け取り、堂々と手を振る彩葉の姿。
だけど、その実すぐにでも逃げ出したいくらいの居心地の悪さに苛まれていることをスマコンのバイタルから読み取って、
突然だけど、私、月見ヤチヨは臨床心理学や社会心理学、発達心理学なんかの著書や論文は継続的にリサーチしている。
これはヤチヨchatでの皆の相談ごとの回答の精度向上の為の勉強の一環であり、彩葉の抱える問題への対処法を探るためのものでもあった。
だから、これはそういった見地に基づく述懐なのだけれど。
────彩葉の自罰的・自己否定的な完璧主義というパーソナリティは、家族心理学において『機能不全家族』と呼ばれる環境で育った子供に見られる類型的な認知モデルのひとつだ。
機能不全家族
これは、家庭内に対立や不法行為、身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクト等が恒常的に存在することで、「子育て」「団欒」「地域との関わり」みたいな、一般的に家庭に存在すべきとされる機能が健全に機能していない家庭の問題を指す名前だった。
条件付きの愛情、非尊重、発言の抑圧、内面の否定。
これらをベースに据えたアイデンティティの剥奪と完璧主義の内面化。
酒寄紅葉によって齎されたそれらは彩葉の心理発達に多大な負荷を与え、結果として自己への承認と自尊心が欠落した子供として育つことになった。
自己への承認の器に穴が開いた者は、どれほど他者に認められようと決して満たされることはない。
誰が見ても整った容姿と判断する顔のパーツの黄金比。全国模試で複数教科で満点を取れるだけの要領の良さ。毎年スポーツ功労賞で表彰される身体能力。瞬間記憶能力。初リリース楽曲の再生回数が億に届く、コンポーザーとしての才覚。社交性に富んだ老若男女問わず好かれるペルソナ。ほかにも枚挙に暇がない自身の優れた部分をきちんと認識しているのに、彩葉がそれらを根拠に自己を承認することは決してない。
機能不全家庭で育った子供は、その時点でも成長後も、心理的苦痛のために発達段階にふさわしくない行動を示す。例えば同年代の子供と比べて比較的未熟な行動をとったり、逆に感情的に「成長が早すぎる」ように見えたり。彩葉の場合は混合モード(自己管理が極めて雑だけど、対外的には大人びて振舞う)に当たる。
そうして被害者が被害者を再生産し、悲劇が悲劇を再生産する。
それは、死にたくなる程度にはありふれた、10万年前から連綿と続く呪詛の構造だった。
愛されなかった分や、報われなかった分や、人それぞれの身体に空いた無数の穴ぼこ。
それらを埋め合わせる為に犠牲になった何かは、差し詰め生涯悔やむことになるむごたらしい致命傷だ。
時に悲惨という名の炎は彩葉のような黄金を生み出すこともある。だけど、悲惨の熱に鋳られたものは、輝いていようとくすんでいようと、悲惨なことには変わらなかった。
あらゆる悲劇は類型的だ。8000年もの間、私は数えきれないくらい多くの苦しみを眺めてきた。
だけど、喋るウミウシに過ぎなかった私では、その痛みを真に分かち合い、側に寄り添うことは終ぞ叶わなかった。
だけど、今は違う。
酒寄彩葉のイデアルマザーとして、
今の二週間はそのためにあった。
つまり、隣にかぐやと言う導き手が居て、覆しようがない社会的承認を得ていて、さらに私がヤチヨとして正面から彩葉と接する機会があって、コラボライブを控え、かぐやが来る前の自分とこれから先の自分の分水嶺であることをうっすらと理解できはじめるタイミング。
この時間だけは、ヤチヨとして彩葉を導くことが叶うのだ。
ヤチヨは、彩葉の
だから、彩葉を苛む世界の構造から彩葉を連れ出すことだって叶うはずだった。
たとえ、私がかぐやでなかったとしても。
そうあってくれたら良いな、と思う。
そうだったら幸せだな、と願う。
もし、彩葉に「助けて」と言ってもらえたら、それはどんなに――――
私のおめでたい頭は、竹取合戦で彩葉に頼ってもらえた時からずっと茹ったままだった。
コラボライブが終るまで、この熱に浮かされていられる内に、せめて、もう一度。
「ねえ、彩葉」
「かっこよかったよ、彩葉。でも、デート相手をほっぽって他の女の子と踊るのはマナ悪じゃない?ヤッチョだけを見てって言ったのに……」
「ヤ、ヤヤヤ、ヤチヨ、泣いて………!?!?!?!?」
わざとらしく俯いて涙ぐんで見せた
さっきまでの凛々しさを放り捨て、
至近距離で彩葉を浴びた常人がメロつくのは自然の摂理でこそあれ、これは今は
「わ、私、どうすれば………………!」
「……って」
私は敢えて最初は小さな擦れ声で答えて、それを聞き取ろうと顔を寄せた彩葉の袖をちょこんと摘んで引き寄せる。
「
目に涙を溜めて品を作り、声のトーンを湿らせたあざとさ全開の振る舞い。ヤチヨの定型パターンらしからぬそれにギャラリーがどよめき、カカちゃんがげんなりした表情を浮かべる様が見えるけど知ったことではない。言葉もなくして、顔を真っ赤にしながらコクコクと頷く彩葉こそが今の私にとっての全てだ。
「それじゃ、いこっか」
彩葉の袖を摘んだまま、再びフロアの中央に向かいながら、思う。
彩葉にも、この狂騒に浸って欲しかった。
目を開けたまま夢を見て欲しかった。
彩葉には世界を変える力があるんだってことを。壁なんてどこにもなくて、彩葉を愛して気に掛けてくれる人は沢山いて、だから彩葉自身にはとってもとっても価値があって、そのために何かを望んでいいんだってことを。そこにさえ気づければハッピーエンドを迎えられることを、そんな夢のような現実があることを、
たとえ、その壁を作り出すものが、彩葉自身だったとしても、尚。
「ヤチヨ……踊るって、なにを……?」
「何をって――――」
言いながら、私は
「そりゃ勿論、ボス戦のラウンド2を、だよ♪」
感想、ここすき、高評価、誤字報告、いつも本当にありがとうございます。
カカちゃんの曲は、それらしいのを思いつかなかったので作詞は作者です。多分和楽器バンドみたいな感じの曲調だと思います