「こいつら……!」
スマホの画面の電源を落としながら、舌打ちしたくなるのをグッと堪える。
クラスの団結力は素晴らしい。少なくとも、私の発言をあまり聞かないという一点においては。
「まぁ、そりゃこうなるよね……こうなるんだけどさ……!」
見ての通り、都立武蔵川高校2-Aにおいて、酒寄彩葉=いろPの構図は既に暗黙の了解になっていた。
露見した理由は、声と、ゲームのPSと、ピアノの腕と……まぁ結構色々あるけど、最大のポイントはやっぱり名前とアバターの姿だ。
芦花と真実ほどではないにしても、交友関係を作る上でゲームは特に手っ取り早いツールであり、私たちの世代においてはKASSSENが選ばれることになる。
そんな背景もあって、クラスの風通しを良くするために私は入学間もない頃と進級時のクラス替えタイミングには睡眠時間を削って積極的にKASSSENでクラスメイトをキャリーしたり対戦したりしていた。だから私の狐耳アバターは学年の半数以上が把握していて……キャストオフした瞬間に燎原の火の如き勢いでいろPの正体が半ば公然のものとなるのは当然の帰結だったのである。
(声といろP呼びで察してた連中も空気読んで黙っててくれてたのになぁ……)
おのれ兄。おのれかぐや。この恨み晴らさでおくべきか!
…………と恨み言のひとつも吐きたくなるけど、これはかぐやを止められない私の責任であり、帝の挑発に乗ってかぐやの勝利を私の学校生活の予後に優先させた結果である。
誰かのせいにしたいけど、自分の顔しか浮かばないというのが私の現状だった。
もっとも、変に絡んできたり、外部に向けて喧伝するようなモラルに欠けた人が出てきていないのは不幸中の幸いである。これはさすが武蔵川であり、私が一年半かけて稼いだ人徳の成果でもあった。
私が私らしく振る舞っても驚かれたり僻まれたりしないだけの下積みがあればこそ、"まぁ酒寄さんだしな"とか"やっぱり酒寄さんは凄いな"で済んでいるのだ。日々の努力の玉藻の前である。
『まもなく立川、立川。お出口は右側です。立川の次は国分寺に停まります。国立、西国分寺へおいでのお客様と、青梅線、南武線、多摩モノレールは────』
(夏休みが終わった後で、『酒寄さん』の振る舞いの定型は結構変えなきゃなんだろうな……)
私は重い腰を上げてJR中央本線の座席から立ち上がると、他の降車する人たちと一緒に夏の夕時の生ぬるい風を浴びながら、JR立川駅のホームに降り立ったのだった。
☾
夕刻のこの時間。再開発が著しい立川駅構内は人混みでごった返している。川のようなその流れに沿って駅の改札を抜けると、駅ビルのガラス張りの壁面に反射した西日が僅かに私の目に刺さった。
かぐやに貸してもらったスポーツキャップのつばを目深にかぶって光を防ぎながらスマホを確認する。その画面が示す時刻は18時過ぎで、普段ならバイトを上がって家に帰っている時間だ。
空の色はまだ青さを残してはいても、建物の隙間に沈みかけた太陽は街全体を薄い橙色に染めている。暖色にグラデーションされた駅前のペデストリアンデッキには、私を含む改札から吐き出された人々が絶え間なく流れ込んでいた。
大多数を占める仕事帰りの会社員っぽい草臥れた人たち、連れ立って歩く見慣れた制服の学生カップル、ベビーカーを押す若い女の人、買い物袋を提げた主婦っぽい人。私と同じように、誰もがそれぞれに興味も関心も持たないままに目的地へ向かって、互いの肩がぶつからない程度に少しだけ身をよじってすれ違っていく。
私もその人の流れの全体観に沿ってデッキの端へ寄る。京都から出てきた当初はやや面食らったこの猥雑な冷たさにも、今ではすっかり慣れてしまっていた。
整った街路。24時間営業のスーパー。100m間隔で点在するコンビニ。無数の監視カメラに担保されたセキュリティ。無人タクシーとバイクシェアと、3分刻みの公共交通機関。それら全てが属人的な繋がりを排除してくれる。関心を持たれないというのは、ある種の救いだ。決して一人で生きられないのが人間の宿痾ならば、その病状を極限まで希薄化させることこそが都市の役割なのだろうと思う。
自分らしくあろうとする限りどうあっても目立ってしまう私だけれど、人の目に映る私自身の鏡像を気にする機会が減ったことは、東京に来て良かったと思う理由のひとつだった。
改札から駅ビルの店舗へ向かう人と、モノレール方面へ抜ける人、階段を下りてバス乗り場へ急ぐ人。いくつもの流れが交差するこの場所では、立ち止まる人間こそが最大の障害だ。私はイヤホンのノイズキャンセリングを貫通する騒めきをガイド音声代わりにして、猥雑に夕暮れのデッキを踏む靴音の一つへと淀みなく同化していった。
学校帰りにこの辺りを通ることは珍しくない。アトレはお値段が高いから書店以外はあんまり使わないけど、芦花と真実と一緒にこの辺でちょっと遊んでからバイト行くこともある。だから改札を出てからどちらへ向かえば人混みを避けられるかとか、どの階段を使えば目的地まで早いかとか。そうしたこともわざわざ考えるほどのことでもない。
ただ、そうやって無思考なルーティーンに目を塞いでいる間にも、立川の景色は少しずつ変わり続けているのも事実だった。
駅前の商業施設は新旧入り交じってるし、真新しいビルの隣には古びた看板が何食わぬ顔で残っている。工事用の仮囲いが外れた場所には新しい店舗が入っていて、広場の舗装や植え込みも気づけば整え直されていた。見慣れてきた街並みのはずなのに、いつの間にか以前はなかった建物や広告が目に入る。大きく変わったというより、日々の生活の隙間に新しいものがどんどん差し込まれているような感覚。その目まぐるしさを、私は良いとも悪いとも思わない。ただ『早いな』と思うだけだ。
駅前のデジタルサイネージなんかはその表象と言っていい。
化粧品、彩度を上げたスイーツ、新作映画の予告、スマコンの新機種。歩行者の視線を一秒奪うために作られた映像が、数秒ごとに切り替わっていく。
変わらないものはないとは言うけれど、予定調和の変化なんてなにも変わってないのと同じだ。私だって毎秒老いていくけれど、それで何かが劇的に変わってくれるわけでもないし、要らないものや、消えて欲しいものや、忘れたいことなんかがそのカタチを変えてくれることもない。
だから私も変わらないままで、斯く在るべき私のカタチも変える余地がないままで、能動性が切断された感性の力学に沿って、然るべきゴールにむかって突き進むのだ。
問1:自分で引いた直線上を等速で移動するいろPの現在地を求めよ、なんつって。
下らないことを考えつつも目的地に向かう私の歩行に合わせるみたいに、広告がスライドしていく。新築マンションの販売告知、転職サービスのキャリアアップ支援、旅行会社の海外ツアー、資格講座の合格実績、投資アプリの運用シミュレーション、季節ごとに入れ替わるアパレルブランドの新作コレクション。
そんな代わり映えのしない、私が映像記憶能力を持っていなければそもそも「見た」内にすら入らないような無の広告群のただなかに……一つだけ、私の意識を縫い留めるものが現れた。
ヤチヨだ。
歩きながら、視界の端に引っかかった私の女神様を反射的に目で追ってしまう。駅ビルの大きなディスプレイの中で、現世の穢れとは無関係なはずのヤチヨがこちらに向けて笑っていた。華やかな打掛風ドレス。サンゴ礁と魚の群れ。満月の淡い光。言葉で語るも無粋な美しさ。
私がその光景に一瞬目線を持っていかれるのも、この場所に於いてはありふれた一幕だ。
ただいつもと違うのは、その静謐な美しさを切り裂くような騒々しい光が横から差し込んで……見知ったもう一つの顔がヤチヨの横に並んだこと。
(……あ)
私は思わず足を止めそうになって、慌てて身を壁側に寄せて後ろを歩く人との衝突を避けた。
視線はディスプレイから動かせない。
画面の中で向日葵みたいな笑顔を浮かべながらわちゃわちゃした動作でヤチヨとハイタッチするのは、亜麻色の髪の上にロップイヤーを乗せた脇見せ和服の美少女。即ち、かぐやである。
ヤチヨとかぐやが並んでいる。それだけでも十分に私にとって特別な光景なのに、画面の下部にはコラボライブを告知する文字が大きく踊っていた。
開催日時、配信情報、チケット案内。細かな文字は読み取れなくても、中央の二人の姿だけは嫌でも目に入る。
(……もう、こんなところまで)
だから、そんな他人事めいた感慨に浸らずにはいられなかった。
もちろんこの広告自体は私もとっくに知っていた。ネットを開けばいくらでも見られるものだし、告知が更新されるたびに話題になるのも今さら驚くようなことじゃない。
それでも、いつもの通学路の延長にある景色の中で知らない誰かが当たり前のようにヤチヨと並ぶかぐやの姿を見上げている様は、切り離されているはずのツクヨミが急にこっちに近づいてきたような気がして妙な気分だった。
変わる余地がない。そう思っていた私の直線は、月からやってきた宇宙人のレーザーカッターで細切れにされていく。
それに対して私が抱く胸のざわつきが、焦燥感と爽快感のどちらなのかを判別する術は、現状を受け止めるだけでいっぱいいっぱいの私が持てるものじゃなかった。
────もっとも、これ以上感慨に浸っている暇はない。
人波は容赦なく私を先へ押し流していく。また少しでも立ち止まれば後ろから来た人の邪魔になるし、何より
私は頭を振って二人の笑顔から視線を切ってから、やや歩調を上げてデッキを抜ける。その先にある階段を下りて交差点に向かうためだ。
そうやってパタパタと歩く最中にふと、今度は別の広告が私の目に留まった。
「うわっ……」
今度は声に出してしまった。
ビルの壁面に設置された大型ビジョン。流れていた映像が切り替わり、そこに映ったのは、かぐやでもヤチヨでもなく────私のアバターだ。
…………自分のアバターをこんなに大きな画面で見ることにはいまだに慣れなかった。まして、駅前を行き交う大勢の人たちの目に触れるような場所では。
照明の下の私は、ショルダーキーボードを抱きながら決められたキメ顔で決められたポーズを取っている。そこにいるのは確かに私で、宣伝用の撮影もした記憶があるのに、私の中からはこれっぽちも現実感が湧いてこなかった。
映像はすぐに次のカットへ切り替わって、ヤチヨと、かぐやと、私の姿が順番に並んだ光景が映る。
通行人の二人組が、広告を見上げて何かを話しているのが見えた。声を聞き取れる距離ではなかったけど、私はそのまま逃げるように交差点へ歩き出した。
(コラボライブが終わるまで……コラボライブが終わるまで……!)
そうやって自分に言い聞かせながら大通りを離れる。見慣れた看板を目印に足早に先へ進むと、駅前の清潔感のある景色は少しずつ雑多な、ある種の馴染みのある街並みに変わっていった。
江東区や墨田区、江戸川区なんかのような、昔気質な雰囲気じゃない。この単純に開発が追い付いていないが故の雑然さは、立川がどういう街なのかを端的に示している。
立川は再開発が目まぐるしい街で、つまりそれは郊外であるということでもある。私が入学先として
もうひとつの、都心部の上位都立高特有の、自由闊達が過ぎて定型的な進学コースを揶揄して憚らず、勉強はできるのに一浪を誉れとすら思っていそうな雰囲気が苦手だったから、という理由もあるけれど。
(ど~せ私は根が
そんな風に勝手に不貞腐れながら、歩調だけは緩めずに足を進める。
飲食店やゲームセンターの看板が視界の上に重なって、店先から漏れる音楽と、歩道を行き交う人の話し声が混ざり合って────それは、街並みの只中に大きく鎮座していた。
「やっと着いた……」
私の目の前に立つそれは、今夜私を呼び出した相手が待ち合わせ場所として選んだ施設の看板だ。
ボウリング、カラオケ、バスケ、卓球、テニス、ダーツ、ビリヤード、アーケードゲーム……その他たくさんのアミューズメントを詰め込めるだけ詰め込んだ、屋内型複合レジャー施設の最大手。
武蔵川高校においても、主に放課後の遊び場や部活動の打ち上げなんかで活用される場所。
自分から行くことはないにしても、コミュニティ維持の為だったり芦花と真実に誘われてだったりと、それなりの頻度で訪れる場所。
即ち、ラウンドⅠである。
(最悪……)
もう帰ってもいいだろうか? という風にはいかないもので、私は賑やかなお店の中からお目当ての人物を探し出そうと足を踏み出して…………
いや、そもそもアイツ今どんな背恰好してるんだ……?
という、根本的な問題に行き当たった。
「終わってる……せめて着てる服とか持ってるバッグの色とかさぁ……!」
知らない人物じゃないし、先日もツクヨミで会って話をしたばかりだけれど、それと
やったことはないけれど、ネッ友とオフ会をするときなんかで良く起こる現象だと聞く。
通話掛けるべきか? ……でもこういう施設って環境音が大きいからマイクが声を拾ってくれないんだよな……
「あれ……もしかして酒寄さん?」
────なんて、ロビーの目立つところで立ち往生していたのが失敗だった。
ややぎこちなく聞き覚えがある声たちの方向を振り向けば、案の定見知った顔が3つ並んでいた。
「え、何? うわっマジで酒寄さんじゃんヤバ~! その服激カワだね! どこのやつ?」
「酒寄さんこゆトコロでろかまみと居ないの珍し。どしたの? ライブ練習の気分転換的な? 」
「有名人のオフに偶々そーぐーしちゃった感じ? アタシら見たかったことにした方が良い……?」
夏休みだし、確率は低いだろうと思っていたけど、甘い想定だったか……!
「峠岡さん、渡瀬さん、矢沢さん、おはよ。夏期講習だと見かけなかったから、一学期の終業式ぶり……かな?」
教室で見るときよりも攻めたシャドウとラインが映えるきゃぴきゃぴした笑顔。ブリーチの上に乗せられた鮮やかなヘアカラーは夏休み専用スタイル。スポッチャでの運動の邪魔にならない限界値を計算したアクセ群。メジャーなブランドを軸にした健康的なスポーツミックスコーデから覗く肌色は若干日焼けしていて、三人のバケーションの満喫具合を物語っている。
クレーンゲームで取ったと思しき何かのぬいぐるみを各々小脇に抱えた、いかにもさっきまでアミューズメントで遊んでいましたという風体の彼女たちは、所謂ギャルいことを自他ともに認めるクラスメイトの三人グループだった。
☾
私、酒寄彩葉はクラス全員との関係は良好だ。……というか、尊敬されている。
もちろん他クラスに於いても全員にそうされるように振る舞っているし、他学級においても可能な限り恩を売ったりリスペクトの対象になるように心掛けているけれど、同じ空間で一年を共にする面々を相手取るにあたってはその数倍は念を入れていた。
クラスメイト一人一人をプロファイリングして、どんな場面なら私と近接するかを分析して、一人一人ときちんと話す場をさりげなく作って"酒寄さん"というキャラクターのステルスマーケティングを行うポジティブな関係設計の努力。
それぞれの仲良しグループ内の力関係を把握して、グループ毎の関わりをチェックして、踏み込み過ぎないように気を付けながら摩擦を防いだり、トラブルの予兆を摘んだり、困りごとに手を差し伸べたり。仲人になったり、交渉人になったりする現状維持の努力。
そういうことが半ば自動的にできるようになって初めて、私が私のフルスペックを惜しげなく披露しても大丈夫なくらい心安らぐ環境が作れるのである。
「酒寄さん今一人? 一緒あそぶ? ボーリングとか!」
「ボーリングで酒寄さんに男子組がジェノサイド食らってたの一年の時見たけど結愛はそれで大丈夫そ? 別のにしようよ。ゴーカートとかどう?」
「いや──ラウⅠ一人で来る場所じゃないし、誰かと待ち合わせしてるんでしょ。ウチらがあんまり無理に誘わない方がいいんじゃないの? 芦花が怖いし……」
だから、教師の面々すらも下の名前+ちゃん付けにして憚らない彼女たちが私を"酒寄さん"と呼ぶのも、心の距離とかではなく私の努力の成果と言えた。
ちなみに、私のことを「彩葉」と呼ぶことを許されているのは芦花と真実だけだ。私が許す許さないを決めるのではなく、クラスで醸成された空気が有資格者を判断する仕組みだった。
「そう、矢沢さんの言う通り、私今待ち合わせしてて……で、そいつが出てこないから人探し中なんだよね。だから一緒に遊ぶのはまたの機会にってことでひとつ……」
「ほえ~~どんな人? ろかまみじゃないんだよね、口ぶり的に。一緒に探したげる!」
「酒寄さんを巌流島とはよっぽど上等なヤツらしいじゃんね。どんなやつなのか顔拝みたくなってきたわ」
待ち合わせ相手を伏せたい私にとって、事態は加速度的に悪化していく。
だけどこちらに詰め寄ってワイワイと話す三人にあるのは、純粋な私への善意とその場のノリだけだ。
そして私は、相手の内面を斟酌しない好意や善意の受け渡しをいなすのはそれなりに慣れている。普段の人徳ゲージを消費して、笑顔できっぱりと今はムリだと伝えるだけで良い筈だ。
「ごめんね皆。そうしてくれるのはすっごくありがたいんだけど、ちょっと今回は事情があって……」
「じじょー? てゆーと、あれかな。お忍び的な? …………あ、わかった! アレでしょ!! 待ち人ってかぐ……「はい結愛、おっきな声出さないの。酒寄さんが身バレしたら大変っしょ────で、かぐ~やがここに居るのマ? オーラ凄いから滅茶苦茶目立つっしょ。早く探して河岸変えた方がよくない?」
「わ……ってことはデートじゃん。やっぱりアタシらお暇した方がいいって」
こういうのをいなすのはそれなりに慣れている、筈だったのだけれど……
きゃぴきゃぴした笑顔。ブリーチの上から
「え~~~~~~~っと、そのですね。何のことだかちっともわかりませんけども、その、かぐ……なんとかさんはここには居ないですね、ハイ……」
…………べつに顔も声も雰囲気もちっとも似てない筈なのに、何故かあの暴虐宇宙人の上目遣いと一緒に放たれる甘ったるい声色が脳裏を掠める。そのせいで、私は三人への強い拒絶の対応に及び腰になっていた。
ま、まさか、金髪ギャルへの脆弱性が芽生えている、だと……?
「えっ違うの~~……? じゃあ、それってさぁ」
私が衝撃の事実に戦慄している間に、峠岡さんの口から、状況をさらに混沌とさせる爆弾発言が放たれた。
「酒寄さん、
「…………は?」
…………待った待った待った。突っ込みどころが多すぎる! 今浮気って言った?
そもそも
「えっ浮気マジ? この前のヤチヨとのスキャンダルあったばっかじゃん。あの後かぐやちゃんめちゃ配信で愚痴言ってたよ」
「かぐやちゃん可哀そ~~……だめだよ酒寄さん。いくらよりどりみどりだからってさぁ」
「わ、私かぐ~やの配信に鳩とばしてくる……!」
「嘘でしょ……?」
クラスメイトに身バレしていることが最悪の事態をこれでもかと招き、ロビーはいよいよ混沌とした空間になってきた。
「もしかして酒寄さんって、案外遊んでる感じなのかな……?」
「でも学期末の時も撃墜スコア増やしてなかった? 単純に男にキョーミないだけだったり?」
「いや女の子からの告白も断ってたでしょ」
……どうしよう。完全な冤罪だけど、
何がかぐいろ過激派だ。美少女二人が同棲してたくらいで何かが起こる筈もないだろ現実舐めてんのか。一緒に居るだけで付き合ったり別れたりするのが摂理なら、私と芦花はとっくに付き合ってるって~の!
遂には私の頭の中までも混沌に吞まれ、自分が何を考えているのかもよくわからなくなってきた時のことだった。
「そうそう、今夜のいろPのデート相手は俺なんだよね。だから悪いけど、かぐやちゃんには黙っといてくれない?」
立ち竦む私の肩に回された腕と、背後から至近に立つ男性の気配。
それが何者なのかを確認するよりも早く、私は条件反射的にそいつの爪先を踏み砕きながら腰を捻って鳩尾に
「痛ってぇ……容赦ねぇな。俺じゃなかったら病院送りもワンチャンあったんじゃね?」
「女の子の背後にいきなり立つやつが悪いでしょ…………インドアの割に鈍ってないみたいじゃん」
渾身の
それは小さい頃に通わされていた古武術道場で身に着けた、背後への組打ちとその対処法だ。だからこうやって攻防の駆け引きが組み手として綺麗に成立する時点で、顔を見ずとも背後の人物が誰なのかを察するには十分だった。
「兄妹揃って随分仕込まされたからな……リアルで会うのは10年ぶりくらいか?」
「うん、大体そんくらい。だから顔とか背格好とか全然わかんなかったんですけど。それであの情報量だけで待ち合わせは無理あんじゃない?」
馴れ馴れしく肩に置かれた腕を払いのけながら、憎まれ口を叩く私と親し気に会話するソイツをキョトンとした顔で見つめるクラスメイトのギャル三人衆。
……当人が現れてしまった以上仕方がない。私がどうやって誤魔化したものか、そもそも誤魔化せるのかどうかを考えながら口を開くよりも早く、峠岡さんがのけぞるようなオーバーリアクションで金髪を揺らしながら、私の背後に立つそいつに話しかけた。
「あ、あの……いま兄妹って……?」
「どうも。皆の酒寄さんのお兄ちゃんです。よろしくね」
その問いかけに応えるように私の斜め後方から隣にソイツが並んだことで、私はようやくそいつのご尊顔を拝むことができたのだった。
カラーチョークで毛先だけ赤く染めたミディアムツーブロをふんわり目にワックスで整えて、ちょっとチャラい感じにシルバーアクセで耳と首を飾ったその姿は私の頭の中のイメージ像とは全然違った。だけど、リアルでもアイドルとして全然やっていけそうなくらい整った顔立ちと、柔らかい印象を与える優し気な垂れ目は記憶のままだ。
「さ、酒寄さんのお兄さんってことは、いろPのお兄さんってことで……それって……!」
「そゆことそゆこと。だから悪いけど、これはオフレコってことで頼むぜ、子兎ちゃん♪」
知っていはいたけど、身内がこれをやっているという事実を直接見せられると流石にキツい……!
鼻を抜けるような響きと清涼感のある声を、ツクヨミやゲームイベントや、果ては街頭でもよく聞くいつものスカした声色に寄せて、イケメンにしか許されないウインクを飛ばす姿。それを私はげんなりした気分で眺めた。
彼の名を酒寄朝日。
ツクヨミでのハンドルネームは帝アキラ。
ヤチヨCUP最終日にて相対したツクヨミが誇るトップアイドルにして、プロゲーマー集団『BLACKonyx』のリーダー。そして私を置いて実家から早々にエスケープした我が実兄。
そいつこそ、私の今日の待ち合わせ相手だった。
感想、誤字報告、ここすき、高評価、いつも本当にありがとうございます。