「にしても……」
「ぁん?」
クラスメイトの三人と別れてようやくひと心地ついた私は、本当に久しぶりに相対した生身の兄の姿をしげしげと観察した。
ダークグレーの半袖Tシャツに、黒のイージースラックス。足元は白とグレーのアシックスのスニーカーで、肩から小ぶりな黒のショルダーバッグを斜めに掛けている。左手首にはシルバーの腕時計。小さいイヤーカフと地味なチェーンネックレスもシルバー。そこだけ機能性から離れてるのは多分こだわりポイントなのだろう。逆に言えば飾りらしい飾りはそのくらいだ。
Tシャツはデサントのオルテライン。パンツもおそらくテアトラだろう。どちらも機能性を重視したブランドで、見た目の簡素さに反して、それなりに値が張るヤツ。
なるほど、よく考えられている。
スポーツ施設で身体を動かすことを前提にしながら、街中を歩くにも差し支えない、色数を抑えた無難な組み合わせ。サイズ感や素材の選択には隙がない。二十代前半の男性として適度に落ち着いていて、かといって高校生の妹と並んで歩くのに不自然なほど大人びてもいない。
要するに、顔の良さに胡坐をかかない、久しぶりに再会する私への配慮に満ちた
「……ざっくり15万くらい、かな」
「はぁ?」
「合格ってことだよ。デート相手として認めたげる、”お兄ちゃん”」
「そりゃど~も。妹君のお眼鏡に叶って恐悦至極。────で、そういうお前は……なんか、意外だな。昔と随分イメージが違う感じ」
先に私が提示した今日のノリに素早く適応した兄……いや、お兄ちゃんは、顎に手を当てて目を眇め、分かりやすく私のコーデへの品評の構えを取った。
私は批評しやすいようにその場でクルっとターンして見せる。
お金は常にないけど、私が私の体裁を保つために。あるいは横を歩く友達に恥をかかせないために、服には予算の限りでかなり気を使っている私である。女の子であるというのは斯くも面倒くさい。
……もっとも今日に限っては、スニーカーとキャンバスショルダー以外は全部かぐやのコーデなので関係ないけど、それはお兄ちゃんには黙っておく。
今日の私の予定の為にかぐやが選んだコーデは、白のクルーネックTシャツにサックスブルーの半袖シャツを羽織り、チャコールグレーのタックショートパンツを合わせたもの。知らないブランドの白いスポーツキャップも、出がけの私にかぐやが被せてきたものだ。
これらは、昨日の夕食を囲んだ雑談の端で今日着ていくべき服の話題を上げた時、食べ終わった後でシュタタッっと自室に引っ込んだかぐやが、短期間の内に大量に買い集めた服の中から組み合わせたものを強引に押し付けてきたのだ。
あの子は服のブランドや値段には頓着せず、自分の感性に引っ掛かったものをなんでも買う。その中には仮装まがいのヘンなものも含まれるけど、私の為にと選んだその服はややガーリー過ぎるきらいこそあれ、しごく真っ当なものだった。
シャツは通気性がよく、トップスを脱ぐだけで激しい運動にも耐えらえるし、汗透けもしない素材だ。ショートパンツも脚の動きを妨げないし、全体的な色の組み合わせも落ち着いていて、街中でも施設内でも浮くようなことはないだろう。
ただ、シャツの袖をわざわざ二回折り返したり、髪に小さなシルバーのクリップを留めたりする必要があったかどうかについては、多少の疑問が残るけど。
曰く、『動きやすくて、めっちゃ可愛い! 最強!』とのこと。
「いくら天下の帝サマとはいえ、服カラオケがダサかったらカラオケコーナー以外には行かないつもりだったの。ほら……一緒に遊んで噂とかされたら恥ずかしいでしょ?」
「確かにさっきのお友達との会話を見るに、藤崎詩織の擬人化みたいな女に育ったのは間違いねぇな。理想高そ~~……」
「伝説のヤチヨ天守閣の下で待ってるね……」
「あそこ一般ユーザー立ち入り禁止じゃねーか! 告白させる気ねぇじゃん……」
そうやって冗談を飛ばしつつケラケラと笑い合いながら、こんな感じだったかな? と嘗ての距離感と比較する。
くだらない冗談や軽口を飛ばしあえる程度には、酒寄彩葉と酒寄朝日は仲がいい兄妹だった、と思う。私はよく彼に懐いていたし、彼は私を可愛がっていた、と思う。
だけど、すべてのものが須らく風化していくように、私たちの関係に過去系でないものは殆どない。だから、ふたりの間にあったものが今どれだけ有効なのか知れたものではなかった。
事実として、あの日彼は私を見捨てて大人になり、私は彼との一切の連絡手段を能動的に切断していたのだから。
それは風化する過去形ではなく、
「それじゃ、行くか」
「うん」
この時間がどういう意味を持つのか、きっと私たちのどちらもきちんと把握できていないだろう。だけど、彼は何故か私とのバーチャルという曖昧を許容しない環境での再会を申し入れて、私はそれを了承した。
私は凪いだ心持ちで、一先ず今日お兄ちゃんと呼ぶことにした彼と50cmほどの距離を保ちながら並んでスポッチャコーナーへ向かって歩き出す。
今日の私はレンタル彼女ならぬノスタル妹の彩葉ちゃんだ。ファジーな判断が可能な場面で負けを認めてマンションの保証人になってくれた彼への義理立てとしては、一先ずそのくらいの譲歩が妥当だろう。
カツン、カツン
「それじゃ、ネットで言われてるみたいに、黒鬼側にとっても選択の余地なんてなかった訳ね」
「ああ。これを伏せて恩に着せるのはフェアじゃないからぶっちゃけると、コラボを受けてくれて助かったのは俺たちの方って見立ては10割マジだ」
カツン、カツンカツンカツン
「見てた感じ、予定調和過ぎてつまんね~~ってコメントは結構多かったよね」
「過度な叩きはヤチヨちゃんにサイレントミュートされるから目立たないだけで、実際はかなりの数だったってのがリアルな話だ。もしかしたらコラボライブが無くても残り30分くらいでそっちに一気に票が流入してたかもってくらいにはな」
カツンカツンカッカッカカカン
「何もイベントを起こさないまま勝った負けたしたとき、結果がどうあれ叩かれるのは俺らだ。負けた場合はまだいいけど、僅差で勝っちまった場合なんか最悪だな。ヤチヨちゃんの持ってる10億人のファンに俺たちに対する否定的な意見が広まることになる。だからこそ、お互いのファンを交換し合って炎上を抑制可能なコラボは起死回生の一手だったってワケ」
「そこまでか~……まぁ、ヤチヨ含め皆にとって得がある企画なんだろうなとは思ってたけど……じゃあ求婚はなんだったの? アレも演出? こっちはすわ炎上かって肝冷やしたんだけど」
「あれはノリだ」
「あっそ……」
カカカカカカカカカカカカカカカカカカカ……バスッ
「11-9! よっし3-2で俺の勝ち!」
「卓球みたいな、体格差で押し切れないゲームならいけると思ったのに……せめてマイラケットがあれば……!」
「そのラケット、ラバーがツルツルで全然カットかけらんなそうだかんな……交換してもっかいやるか?」
「いや……それは潔くないからいい。次いこ次」
「よっ! ……うん、久々のボーリングにしてはいい感じ……そういえば、眼鏡はどうしたの? お兄ちゃんの視力、左右0.5とかじゃなかったっけ。今コンタクト?」
「二年前にレーシックで視力矯正したから裸眼だ。つっても、配信中とかはスマートグラスかけてるからあんまし意味ないけどな」
「じゃあなんで手術したわけ? 日常生活に支障が出るってほどでもないでしょ、元の視力でも」
「明確な数字が出てないオカルトの域なんだけど、度入りスマコンだと度なしに比べてpingが1~2F遅れるって都市伝説があって……なっ! ────重いな、16ポンド。腕が疲れてきた。俺普段はコントローラーより重いものあんま持たないんだけど」
「カッコつけて14ポンドを選ばなかったのはお兄ちゃんでしょ……にしても、プロゲーマーってシビアな世界だね。競技によっちゃ引退時期も早いって聞くし、大変そー」
「最近はそこまで引退はやくねぇぞ。格ゲーなら最高齢で50代まで居るし」
「それはそれで、競争相手が多い分業界でやってくの厳しそうだけど……ねっ!」
「最終フレームなのにポイント全然差がつかんね……にしても、さっきから話聞いてる限りでも、黒鬼が如何に例外集団なのかよ~わかるわ。再現性なさすぎ。ちょっとムカつくけど、ヤチヨが重宝するのも頷けるわ」
「それだけのモンを持ってないと今の立場は無理だからな……けど、彩葉もなろうと思えばなれるっしょ、アイドル兼プロゲーマー。他所のチームでSETSUNAのスパーリングに呼ばれてたし、現行でアイドル路線まっしぐらじゃんね」
「アイドル路線はともかく……スパーのことなんで知ってんの? ネトスト? ヤチヨに訴えるよ?」
「TSL*1で双大剣の相手と当たるときに同武器種の猛者片っ端から招待した時、お前にだけ招待送れなかったんだよ。その癖他のチームのスパーには顔出してたからウチのチーム会議の時に話題上がってな。そこでお前が俺をブロックしてることが判明したワケ。道理でランクマで当たらんわけだよ……あ、ちょっと手ぇ滑ったか?」
「セーフ……」
「パーフェクトゲームおめでと。ちなみに、SETSUNAだけじゃなくてSENGOKUとかの他ルールでもKASSENフォーマットでは全部ブロックしてるよ、お兄ちゃんのこと」
「知ってる。乃依と雷がお前とマッチングする度に俺に報告して煽ってくるからな」
「チームメイトのお二人とはフレンドだけどね。時々カスタムで戦ったりするよ……よし、完璧。私もパーフェクトかな」
「乃依くん、凄いよね……私よりも年下なのに、遠距離戦も結構いける双大剣相手に
「本当におかしいのはプラクティスに殆ど時間使ってないのに乃依相手に勝率五分まで持ってけるお前なんだわ」
「お互いパーフェクトゲーム……わかっちゃいたが、こういう競技だと決着がつかねーな」
「10フレームゲームだけだとね。もっかいやる?」
「いや、これ以上は腕がしんどい。休憩がてらアーケード行くぞ。腕に負担かかんないのを探す」
「は~い」
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………うげっ」
激流に身を任せ同化する……無想百裂拳! 無想! 無想百裂拳!
ゆくぞっゆくぞっ……ハァァァァァ! 北斗 有情断迅拳!
「バスケ入ったな……一応聞くけど、こっからコンボ落ちることある?」
「……10回に1回くらいは」
「うっし! コンボしてる間に俺飲み物買ってくるわ。何がいい?」
「アクエリお願い」
…………
……
「戻ったぞー……まだバスケしてる?」
「そろそろ終わるよ」
K.O
命は投げ捨てるものではない……
「即死コンたっけぇな*2……もう負けでいいだろこれ」
「負けでいいですじゃないでしょ。"負けた"んだよお兄ちゃんは」
刹活孔! ハァァァ! 北斗 有情破顔拳!
K.O
せめて痛みを知らず安らかに死ぬがよい……
「……そもそも、何で立川のアミューズメント施設にAC北斗の筐体があるのかもわからんし、何で俺の妹がトキを習熟してるのもわかんねーぞ」
「お兄ちゃんだって動かせてるじゃん。私がこのゲーム知ってるのは……ほら、ヤチヨのレトロ格ゲー大会企画でこのタイトルを選んだ時があったから、その時にちょっとね」
「まぁ俺もそのタイミングで覚えたクチだけどさ……それとアーケードスティックと6ボタンでキャラを操作できることに因果関係はないだろ」
「それは……あ~~ゴメン、長らく言うの忘れてた。お兄ちゃんが家に置いてったアケコン、無断で借りたままだった。ごめんね、今度返すよ。効きが悪くなった時にレバー取り換えてるけど、それ以外はそのままだから」
「いや、そのまま使ってくれて構わんけどよ……今までずっとあの
フン……!ハァ!……死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!…………
「ねぇ、お兄ちゃん」
「……何? 目押しミスらせようってんならそうはいかへんからな。このままこのラウンド貰うで」
「いや、そうじゃなくってさ。……今日、なんで私のこと誘ったのかなって」
「別に、妹と久々に旧交を温めたかっただけだ。何もおかしなことあらへんやろ……ってのは、通らないか」
「まぁ、ね」
「……このタイミングじゃないと、できへん話がある思ってな」
死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!
「そのキャラの永久コンボ、真面目な話にそぐわへんね。うるさいし……で、話って何なん?」
「なぁなぁで終わらせるつもりはないって話だよ……時間は問題を解決せぇへん。ただ風化させるだけやからな」
「私はそれでええけど」
「俺がよくねぇんだよ。俺より先に大人な対応を取らないでくれ──────悪かった。すまない、彩葉」
「何のことかわかりませんけど、終わったことやさかい。……そもそも、お互い子供やってん。あの状況で何かできる訳でもないし、謝られる理由もないやろ」
死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!
「…………駄目か、やっぱり」
「せやから、何のことかわかりませんけど……今さら戻らんもんにあーだこーだいうのは建設的ちゃうやろ。終わったことな訳やから」
「…………彩葉、俺は」「けどな、マンションの保証人になってくれたことはありがとう思っとるよ。あの子に窮屈な思いさせずに済むし……それで、今さらでも兄貴面できたってことにしとき……あ、動揺してコンボミスってやんの」
ゆくぞっ……天翔百裂! 天翔百裂! 天翔百裂! ゆくぞっ!
「またこのパターンかよ……キャラコンの再現性だと彩葉には勝てんね、昔から」
「1on1のゲームならね。逆に、戦術眼が必要なゲームだと私に勝ち目ゼロなわけやけど……まぁそういうんはここにはあんまないやろから、あんじょう今日はトータル勝ち越せそうやね」
「言ったな? これ終わったら次ビリヤードコーナー行くぞ。ボコボコにしたるわ」
「妹に対する兄の台詞か? それが……」
北斗 有情破顔拳!
K.O
せめて痛みを知らず安らかに死ぬがよい……
……そうやって、私たちはお互いにじゃれ合う素振りをしながら、対戦ゲームという昔ながらのツールを介して、慎重に距離を測っていった。
ちなみに、ビリヤード、ダーツは宣言通りお兄ちゃんの圧勝。逆にバスケの1on1とローラースケートの競争は私の圧勝。テニスは僅差でお兄ちゃんの勝ち。ゲートボールは僅差で私の勝ちだ。
意外だったのは、サッカー少年という属性を捨てて久しいインドアゲーマーの筈のお兄ちゃんが、体力も筋力もきちんと備えていたことだった。
曰く、場合によっては12時間ぶっ通しでイベントに望む配信者兼プロゲーマーにせよ、頻繁に歌って踊る必要があるアイドルにせよ、長期的に熟す上ではスタミナや運動能力が必ず求められる仕事であるのだとか。
それを知らなかった私は、勝てる見通しで挑み幾つかの競技で競り負けそうになった結果、必要以上に体力を消耗してしまった。そんな醜態を気合でカバーしようとする私を見兼ねたのか、それとも単純に自分が疲れたからなのか、お兄ちゃんの「ちょっと休戦しようぜ」の一言で、私たちは休憩室に居た。
「これ、今後俺たちがコラボ配信する時のロケハンも兼ねてるからな。さっきのAC北斗の永パみたいに面白みのない絵は、予測できた時点でエンタメ方向に踏み切っていけよ」
「コラボ配信かぁ……気ぃ思いんだけど。ねぇ、私が黒鬼のファンダムで何て呼ばれてるか知ってる?」
「皇女様、帝妹様、親王妃様あたりで揉めてるな。ウケる」
「ウケんな! もし学校で皇女サマ呼ばわりされたらどう責任とってくれんの!?」
休憩室の椅子に二人並んで座って、どうでもいい話題で、さして困っている訳でもないネタを交換し合って突き合う。
私たち兄妹は昔からこんな感じだった。
性別も年齢も違うから、特別に話題が合う訳でもなかったけれど……どんな時でも、ゲームが私たちを繋いでいた。
保存されたデータがバージョンアップで無効になっても、セーブスロット自体はそのままだ。それがいわゆる
だから歩み寄る意思さえあれば、壊れたものの上にだって新しいものを作ることはできる。
そしてその機会自体は今までいくらでもあって……それを拒否していたのは、私自身の選択だ。
子供らしい意地。子供らしい狭量さ。置き去りにされたっていう子供らしい逆恨みに由来する、あらゆる連絡手段のブロックという子供らしい解決方法。
子供らしい意地で家出同然に東京までやってきて、子供らしい意地でおじいちゃんからの仕送りには手をつけずに勝手に苦労して、子供らしい意地でさして興味もない法曹を目指して……
「まるっきりガキやね、私。しょーもな」
「なんや藪から棒に」
不本意ながらもかぐやと一緒に私が台頭した以上、竹取合戦を経ずともいろPと帝アキラの関係はどこかしらで露見していた可能性が高かった。
そこでネガティブな何かを引きずっていることが露見した場合、世間的な批判を多く浴びることになるのは年長者の彼だ。
そういうリスクや、うっかりカミングアウトによるアンコントローラブルな事態を誘発する前に敢えて世間に公表するのは彼にとって自衛のための正しい選択なのだろうし、同時に私に向かうバッシングも防止できるwin-winなやり方だった。
今日彼が着てきた服と同じだ。
世間体と個人的な拘りをケアしながら、可能な範囲で
そこに含みを持たせるべきじゃない。お互いの健全な今後の為にも、「気にしてないよ」というポーズを取るのが正解だ。
かぐやのことを思えば選択の余地なんてない。楽しいことだけをシェアしようと思うのなら、私の中のそういう澱は全部全部邪魔で、捨てるべきゴミなんだから。
(……一言、謝罪を受け入れますって言うだけでいい、筈だよね)
アイスブレイクは十分だ。客観的に見て、そろそろ気難しい妹が心の扉を開いても不思議じゃないくらいに昔の雰囲気を取り戻せているはず。
だから、私がやるべきことは、これから自分が話す告白の原稿を考えることだ。
私の中の下らない澱を殺して、この時間を終わらせる為の原稿を。
例えば、こんな風なのはどうだろう。
ごめん、お兄ちゃん、私、意地になってた。我ながらかなりしょーもなかったよね。そもそも保証人になってもらっといてから「置いてかれたことはまだ許してません」はダサすぎるって笑。うおっwって感じ。
お兄ちゃんが言いたいことは分かるよ。いい加減大人にならないとだよね、私も。それに、別にあそこで何か相談されてたところであの歳の私に何か建設的な回答を返せたわけないし、そこからお母さんに情報が漏れたら変に詰められるリスクもあったろうし。
私と違ってお兄ちゃんには叶えたい夢とかやりたいことがあったわけで、今も昔も何もない私が「ただ傍に居て欲しいから」なんて理由でそれを引き留めて良いわけないよ
だから、全然気にしてないし、お兄ちゃんは正しかったし、悪いことなんてしてないお兄ちゃんが謝る必要なんてないから。
今日はありがとう。昔に戻ったみたいで楽しかったよ。
……これでいい、かな。
「ごめん、お兄ちゃん。私、意地に────」「彩葉」
横に座る彼に向かい合って、この場を畳む台詞を切り出した矢先。
それを遮るように急に言葉を被せられて、私は思わず鼻白んだ。
「…………何?」
「時間も時間だ。次で最後にしようぜ…………それと、実はな」
彼は私の顔を見ずに椅子から立ち上がると、独り言のような調子で続けた。
「俺、今日着ていく服、結構……いや、かなり迷ってな。最終的に乃依に選んでもらったんだ」
「────それで?」
「俺は……本当にお前に会いたかっただけなんだ。それ以外の思惑があったわけじゃない。マジで、それだけなんだ」
「────そっか」
「ああ……だから、彩葉も、変に気を利かせなくていい。そんなアニメキャラみたいにハキハキした調子で俺を"お兄ちゃん"呼びしなくていいぞ」
────お互い、もうそんな年じゃないしな。
そう言って、私の方を見ないまま休憩室の扉に向かう彼の背中を見ながら、私は茫然と目を瞬かせる。
…………悪かったね、演技臭くって、とか。
そういう類の軽口で場を和ませるべきかどうかも分からないまま口をパクパクさせている間に、彼は休憩室を出て行ってしまった。
「…………じゃあどうしろっつーのよ、私に」
私は外に聞こえないように小さくそう毒づしてから、彼の後を追うべく鞄を持って立ち上がったのだった。
感想、誤字報告、ここすき、高評価、いつも本当にありがとうございます。